FUCK YOU GOD!

お前の笑顔が唯一の救いだ
10TH STAGE: Your smile is my hope.

 アレンの汚い食べ方をとやかく言えないほど乱暴に歩きながら向かったのは科学班の場所だ。あの馬鹿室長殿は何時も科学班の所をウロウロしているから。
 ティムキャンピー越しにいつかその記録を見るだろうコムイさんに向けて当たり散らしたが勿論それで腹の虫が収まるはずもない。
 文句を言わなければ気が済まない。

 だってティムキャンピーの画像と音声が全てアレンにも馬鹿室長殿にもリーバーさんにも知られていると言うことは、アレンに言った言葉の数々も絵を描いていると言うこともッ!恐らくはその画像を見た人全員に知られてるって事だ!!
 今考えればアレンを部屋に引き入れたのだって知られているに違いない。そしてアレンの怪我を治したところも。
 と言うことはつまりあの馬鹿室長がきっと変な解釈をしていると言うことで。

「あ、やあ鞠夜君、絵はもう良いのかな?」
「っ」

 ああもう、畜生!!!!その全て見透かした様な顔が腹立たしい!!今こうやって養って貰っている恩でもなければ殴り倒しているところだ!

「……見たんですってね」
「え?何を?ああ例のことかな??いやあまさかあんなに見せつけられるとは思っても見なかったけどお陰でいろいろ楽しめたよアレン君捕まえてティムキャンピーの様子も見がてら映像解析しようとしたらまさかあんなにいいものを見られるとはねえ。君達僕のプライベートな研究場で逢い引きしてたんだねえ」
「変な言い方しないで下さい!そもそもアレは一回だけです。ミスターコムイの研究場だって知らなかったし」
 人が居ないのは研究材料にされかねないと知ったのはつい最近だ。それでも私にとっては穴場には違いなかったが。
「うん、まあ今いろいろ憶測に憶測を重ね……じゃなくて調査に調査を重ねて君の力の発動について原因を究明中だよ」
「本音が先に出てますよ!」
「映像見てるの凄い楽しいんだもん。真っ赤な顔の鞠夜君とか」
「……!」
 怒鳴るよりも先に華麗に奥に引っ込んでいった馬鹿室長を見送るしかないのが癪だ。まともに文句も言えなかった。
 ちょっと当たれば崩れて科学班の皆が涙を流しそうなこの書類の山さえなければあの背中に跳び蹴りの一つでもかませたのに!
「……」
 戻るのも、気まずい。アレンはまだ談話室だろう。
 さっきの熱もまだ冷え切っていない。
 思い出せばまた心臓が震える。
 足は勝手に談話室へと舞い戻ろうと動き出した。
 彼は私が今まで日本語で言ってきた言葉の数々を聞いて気を悪くしなかっただろうか。
 今度こそ一線引かれるだろうか、折角彼はよく私に話し掛けてくれたりしたのに。

 そう考えて否、と正気に戻る。
 あいつはそんな普通じゃなかった。腹黒だった。腹黒が嫌いな奴にあんな言葉を掛けてくるはずがない。心配、してくれるわけがない。

「あ、お帰りなさい」
「……ただいま」
 嗚呼談話室についてしまった。
 その笑顔の奥底で今は私をどう罵っているだろう?それとも仕返しの機会でも狙っているだろうか?
「結局文句の一つも言えないまま逃げられた」
「あはは、お疲れ様です」
「全くだ。……伝わらないからこそ敢えて日本語をえらんだのに」
 日本語で呟いてみた。
鞠夜、日本語はもう使わないで下さい」
 アレンの、少し怒った様な顔が飛び込んでくる。
 めっ!とまるで私が幼子であるかの様に人差し指を立てて。
「僕は鞠夜が何を言っていたのか知れて良かったと思ってます。やっぱり言葉が通じないと意味が汲めないことは多いですし……。前と違って今は英語で話せるんですから、敢えて僕が分からない言葉で喋らないで」
 ……その言葉に目を瞬かせた私の反応は間違ってなんか無いはずだ。
「……それは、強制?」
「僕からのお願い、です」
 そう言いながら何処か圧迫感を感じるこの空気は強制しているのと余り大差ない様な気がする。

 でも【私】を垣間見ても何も変わらないアレンの態度は心温まる心地がした。

「少なくともアレンには言わない」
「……うーん、もうちょっと期待してたんですけど」
「期待を裏切るのは得意だから」
「残念です」
 肩を竦めて笑う少年の笑顔が変に笑いを呼び起こして私も笑った。


「アルのお陰だ」


 数拍秒、間を置いてそう告げた。
 神なんてクソッタレだ。そんな虚像に振り回されるのはまっぴら御免だしお伽噺みたいな話の中でまるで自分が気高い者であるかの様に錯覚するのも吐き気がする。
 でもアレンの姿勢に心惹かれた気持ちがしたのは本当だった。
「……鞠夜?」
「神話みたいなアホらしい作り話のシナリオで、アルの姿だけがリアルに見えたんだ」
 言うと、アレンは目を瞬かせていて。
 枠に拘ってたのは私の方だったんだ。
 神も悪魔も関係ない。
 私は、たった一つ虚像でもましてや偶像でもないここにいるアレンの姿を見たから
 その側でこの先に何があるのか知りたくて、それは私にとっても重要かも知れなかったから
「その姿を追うのに、イノセンスが必要だと思ったんだ」
 アレンの姿勢を見続けるには、側にいなくちゃ分からないから。
「アルが言ったんだ。宿命も、神も関係ない。……私は自分のために、イノセンスを使うんだ。アルの姿を追い続けるには……見続けるにはイノセンスは不可欠、だろ」
「確かに」
 言うと、アレンはようやっと笑った。
「なんだか良い雰囲気さー」
「!?」
「ラビ!」
 心臓が跳ねた。談話室のソファの背後から現れたのはラビで。
 そうだ、ラビもまだ談話室にいたんだ。
「やっぱ付き合ってるんじゃねぇの?」
 アレンではないがこれしか言えないのかと私も言いたくなった。
 そこでふと思いつく。
「まだ付き合ってない」
「え、鞠夜?」
「……可能性は無限大、だろ?言うだけはタダだしな」
 それとも今ので意識してくれんの?
 からかうつもりで言えばアレンはおかしそうに笑ってくれた。良かった、滑ったらどうしようかと思った。
「寄生型同士仲良くしよう」
「ですね」
 くつくつくつくつ、笑いが絶えない。

「やっぱ良い雰囲気さ」

 ラビの呟きにきりがないとまた笑った。





「そう言えば、鞠夜、もう絵は描かないんですか?」
「……あの馬鹿室長みたいな事言うな」
「ええ!?コムイさんも言ったんですか?」
「あの人の場合はからかい100パーセントだろうけど」
 言って、
「今はそういう気分じゃない。……描けたらいいとは思うけど、気持ち的にゆとりもないし」
 肩を竦めた。アレンは極端に残念だという風に肩を落として
「……鞠夜の絵をもっと見たかったんですけど」
「物好き」
「そうですか?」
「うん。……くだらない落書きならノートにもしてたけど」
「見たいです」
 即答か。
「あれ?僕に見せてくれるつもりで言ったんじゃないんですか?」
 いけしゃあしゃあと言ってくる様子はとても普段の落ち着いた物腰からは想像出来ないほど小憎たらしくて。
「……アルって年、幾つよ」
「僕?僕は大体15,6くらいらしいです」
 彼の言い回しに引っかかるところはあったが、敢えて流した。それが良い様な気がしたから。
「年下じゃん」
「え!?」
「……その反応はなんだろうかね、ん?アレン少年?」
「……同い年か年下かと思ってました……」
「!酷ッ!流石にそれは酷ッ!……そんなにガキに見えるのか……」
 僅かにショックを受けないでもない。アレンよりも年下と言ったら14かそこらになる。
 中学生に見えるのか私は。
 いや、でも西洋人からすると日本人は背が低いし体型も顔立ちも幼く見えるらしい。悪く言えば
「西洋人が老けてる所為だろ」
 と言うことだ。
鞠夜も大概酷いですよ」
「特にアルは白髪だしおじーちゃんに見える」
 ぷ、と笑えばアレンは不満そうな嫌そうな顔をした。気にしてるから止めて下さいと咎める様な声が飛んでくる。
「ごめんごめん、綺麗だよ、その白髪」
 しらが、をはくはつ、と敢えて言い直して告げる。
 きめ細やかで羨ましいくらい真っ直ぐな髪。
 アレンはこれを気にしているのか。世の中分からないものだ。
「……鞠夜こそ、物好きだと思います」
「んん?」
「そんなこと初めて言われました」
 よく見ると、アレンの銀灰色の瞳の中できらきらきらきら、光るものを見つける。照れくさそうにはにかむ顔はまだ少年のそれで、先ほどの不貞不貞しさなど微塵も感じさせないのだから質が悪い。
 ――犬の様だ、と彼を形容したのは何時だったか。
「本当に、アルこそ物好きだって。私みたいなヤツに懲りずに話し掛けてくるなんて」
 そういや、前にも物好きだっていったことがあったっけ?あの時は日本語だった様な気がする。
「私の印象、悪かったろ」
 笑って告げると、アレンは不思議そうな顔をして首を傾げた。
「いいえ?」
 まるでそれが簡単なことの様にその唇に乗せられ出てきたものだから私はアレンの唇を凝視してしまった。
 信じられない。
 余程のポジティブシンキングでもしない限りそんなことは言えないに違いない。
「だって鞠夜の言葉は全部僕を気遣うものばかりで、逆にこっちが気遣うと怒ったりした時もありましたけど……とても印象が悪いなんて思えませんよ」
「……アルはさ、よく『いい人なんだけど……』で女の子に振られるタイプだろ」
「ええ!?何ですかいきなり!そもそもかっ彼女だってそんなの作る暇ないし……」
 意味を成さないと知りながら両手を顔の前で振るアレンは年相応で少し奥手にも感じられた。
「ピュアピュアな奴め。年上キラーだな」
「ええッ?」
「あ、そうすると私も年上だから範疇に入るのか。アルの毒牙に落ちない様に気をつけないとなー」
鞠夜ッ」
 まるでそれは自分に向けて放たれた言葉の様な気がした。
 軽い口調に混ぜる様にして今はまだこの身体の熱には気づきたくない。

 だからまだこの少年のあどけなさを救いだと思う穏やかな心で自分の汚れきったヘドロの様な心臓と照らし合わせ涙しそうになる衝動に身を委ねたい。


 言い聞かせろ。
 愛だの恋だのと騒ぐまるで子どもの様な想いは既に私の中にはないのだと。





 言い聞かせている時点で既に手遅れだと、もう一人の私が嗤う。

2006/09/20 : UP

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