FUCK YOU GOD!
至近距離
11TH STAGE: Close to you.
相も変わらず夜は冷え込む。科学班の皆々様に作って頂いた団服一式のお陰で裸足になるのが億劫になってしまうほどには、団服は着心地が良かった。
故に少し名残惜しみつつ普段のだらしない格好に着替える。
殆ど寝間着……パジャマに等しい格好で上に白衣を被った。
実のところ、アレンに絵の話をされる前にもう一つ、良い場所を見つけたのだ。
夜も更けた頃、格段に活動している人間の数が減ったのを見計らって、私は部屋を飛び出した。荷物はスケッチブックと鉛筆と、消しゴムだけ。
ブーツは矢張り音が鳴るので極力履きたくはない。出来るだけ人の少ない場所を通って目的地へ。
次の目的地は森の中だ。
限られた敷地の中に、まるで観葉植物でも置こうか、と言うノリで息づいている森。
初めの絵を描いた時から森があることは知っていたが、教団の中しか歩き回っていなかったから出口が何処にあるか知らなかったのだ。この間散策していた折りに見つけておいたそこを目指して歩く。
裸足のまま外に出た。
教団内の床以上に冷える土の上。足裏から脳天まで突き抜けていった冷気をひしひしと感じて、身震いを一つ。
熱い息を吐いて、足を踏み出した。
森の中は静かで、微かに虫の声が響いていた。
――日溜まりならぬ、月溜まりが予想以上に綺麗だった。
青白く、けれど確かに森の色合いを残したそこは神秘的で、まるで精霊か何かが出てきそうな雰囲気を持っている。しかしそれで居て静かに人一人など簡単に飲み込み殺してしまいそうなくらいに奥深く暗い。
少し歩くと開けた場所に出た。
「誰だ」
凛と響く声。
「……ユウ?」
自分の間の抜けた声が最低だと思った。
「……チッ……テメェか」
低く押し殺して、不機嫌最高潮と言いたそうな声が返ってきて、視界に入ったユウが目隠しを取った。予想以上に目が据わっている。
やる気を殺がれた様にしてユウはその辺に座り込んでこっちを見た。
「一体何しに……」
そこで発言が止まる。ユウの目が私の荷物に注がれているのに気付くと、私が今度はしまった、と顔を歪めた。
「……テメェもかよ」
「え」
しかし思っていた反応は来ない。
てっきり鼻で笑われるものかと思っていたのに。
「何でもない。……この場所を描くのか」
「いや……特に決めてないけど。余り深い場所だと分からなくなるから、まあ、この辺になるのかも」
「裸足じゃねェかよ」
「ユウは半裸じゃねェかよ」
「……寒くないのか」
「お前もな。……と、そんなに怒らないで頂戴よ」
「怒らせてるって自覚があるなら止めろ」
「それは無理かなあ」
「くたばれ」
「つれねー」
笑われないならばそれに越したことはないが。ユウに近づきながらそう思い直してスケッチブックを開いて、思う。
「そうだ」
「あ?」
「ユウ、描きたい」
「ああ!?」
ふっざけんな!と直ぐに怒声が飛んでくる。これは想定の範囲内なので問題ない。
「ユウの身体綺麗だし。顔整ってるから描き応えあると思うんだ」
「断る」
「じゃぁ記憶を頼りに描いたユウを食堂の壁に張り付ける」
「やってろ」
「ちなみに男すらときめかせる様なお色気大爆発超悩殺ポーズ。あっ折角だし女にしちゃ」
「殺されたくなかったらやめろ」
エモノを構えて首筋にあてられた。
「洒落にならないから止めてよ」
「テメェの言ってることも大概だろ」
「可愛げあるし」
「微塵もねェよ」
「まじでか」
肩を竦めると少しだけユウのエモノが揺れた。
「それ、対AKUMA武器、ってやつ?」
「……」
「うわぁ、もう会話もしてくれ無い系?」
少しばかり寂しい。
って、キャラじゃないな。
「六幻」
「ん?」
「こいつの名だ。六の幻」
「へえ……六幻、ね。形状は日本刀か。刀は良いなあ。芸術品としての価値がある」
「……武器だろ」
「いいや?それは人を殺す時に使った時でその目的限定。日本刀には芸術性があるんだぞ。硬いし。私は実物を見たことはなかったけど、光沢が物凄く綺麗なんだってさ」
「変な奴」
「そう言うユウは愛想に欠けるな」
「うるせェ」
「まあ今更愛想なんて振りまかれても気持ち悪いだけだけど」
「……」
しん、と静寂が降りるかと思った。しかし意外にも虫の声はBGMにはなるようだ。沈黙が降ったものの全くの無音ではない状態で幸いにも耳は痛くなかった。
「……って、私邪魔してる?」
「気付くのが遅ェ」
「悪い、退散するわ」
自覚した以上ここにいる理由もない。
告げて踵を返すと、何か音が響いた。
「……いい」
「え?」
呟かれたその声を拾えず、振り返る。
「気が削がれた。もう良い」
「……悪い」
「別に。謝るくらいなら寝てろ」
「いや、それが手持ち無沙汰で。何か描かないと気分が晴れない。今日アルに絵の事言われて我慢出来なくなった」
「もやしか」
敢えて言い直す辺りもやしと呼ぶのを気に入っている様に見えるのは気のせいだろうか。
「……腹減ったなァ」
「食堂に行けばいいだろ」
「つれねー」
「ふん」
「普通は一緒に食堂でも行くか、だと思うんだ」
「そう言うのは別の奴に期待してろ」
「ああ、リナリーとか。そういやあの子普段なにしてんの?」
「知るか。本人に聞け」
「つれねー」
良いながら教団の方へ引き返し始めたユウの後をなんとなくついていく。
「……ん?」
ユウの背中を見て気付いたことがあった。
「ここ、怪我してね?」
「あ?こんなモン直ぐに治る」
「まあまあ、練習がてら看させてちょーだいな」
「……」
こう言う時ユウが強く言ってこないのはその腹の底に何を思っているからなのか。
食堂によって大量にケーキと紅茶を用意して貰ってから談話室に移動した。人影もまばらで即座にユウに後ろを向かせて傷を確認した。
「……胸くそ悪ィ匂い……」
「我慢の子だ、ユウ君」
「キモい」
「セクハラされたくなければ黙るがいいよ」
つ、となぞると怒られたが、肩胛骨辺りに走る深めの線は明らかに軽傷とは言い難い。
あの森であれ以上続けなかったのは気が削がれてしまっただけではないだろう事が伺える。
「自分の体は大事にしないと。……これ、何時の傷よ」
「一つ前の任務の時だ。次には治るから問題ない」
「ふぅーん。でも治るからってこれじゃユウの身体が可哀想だろ。あ、マゾヒスト?」
「六幻の錆にしてやろうか」
「丁重にお断り申し上げます」
軽口を叩ける分には確かに問題ないのだと思うが。
それでもユウは同じ日本人としてそう簡単には死んで欲しくない。日本語で馬鹿やれるのはユウくらいなんだ。それに、変に気を使わなくて良いから、ユウの側は心地が良い。仮に嫌われていてもユウの反応は大して変わらないんだろうその事実が私には都合が良かった。
「あ、治った」
「ん」
簡単に治ってしまった傷に私は矢張り首を傾げる。
「イノセンスは治療する人間も選ぶのかな……エクソシスト限定とか……」
「探索部隊のヤツらの傷も治してたんだろ」
「いやまあそうなんだけどさあ」
治す人間を選んでたら神の愛って言わないよな。
思って、その偶像を振り切る様に頭を振った。駄目だ。これを利用して自分の目的のために【エクソシスト】になるのだから。
「あれ?鞠夜……と、カンダですか」
「何だその声」
「ははは、取って付けた様なしかも超重低音ですってよ、ユウ。明らかに邪見にされてやんの」
「テメェも気色悪い位爽やかに笑ってんじゃねェよ」
今にも六幻を構えて遮二無二振り回しそうなユウをまあまあと適当になだめすかして、アレンに何用かと問うた。
「特に用ってワケじゃないんですけど……鞠夜の姿が見えたので」
「ケッ暇人」
「カンダだって談話室で鞠夜と喋ってたんでしょう」
「連れてこられただけだ」
「それでもカンダが大人しくここにいるって事は同じでしょ」
「……つーかアルさ、私と居ると暇人みたいな言い方してね?」
「気のせいですよ」
「その取って付けた様な嘘くさい笑顔止めろ」
変わり身の早い奴。
「俺はもう風呂に入って寝る」
「お疲れー」
とことん調子を崩された様なカンダの声に手を振りながら見送って、アレンは私の側に座った。
「凄い量のケーキですね」
「アルも食べる?ジェリーさんのケーキだし超絶美味いよ」
「へえ」
「紅茶入れるわ」
「有り難う御座います」
「砂糖は自分でどうぞ」
「はい。……ところで鞠夜、その格好……。ああ!裸足じゃないですか!」
悲鳴の様な声を上げるアレンに、私は自分の足元を見る。教団に入る時にユウに持ってこさせた濡れタオルでちゃんと拭いたから問題ないと思うんだが。
「さっ寒くないんですか!?」
「ワタクシ、寒くても裸足派の人ですから」
下手くそなウインクなどをしながら私はケーキの一つを手に取った。
「絵を描いていたんですか?」
「……そこを突っ込むのかねアレン少年」
出来れば余り突っ込んでは欲しくない。何故ならアレンには前に今はそんな余裕がないと言ってしまっている。
「ユウを描こうと思ったんだけど振られちゃいましたよ」
「……カンダを?」
「おおい何故そこで不機嫌になるのだねアレン少年よ」
芝居がかった動作で問い掛けるとアレンは少し考える様に間を置いて
「何でカンダなんですか?」
と尋ねてきた。
「あの綺麗な黒髪とアジア系ならではの切れ長の目に凛々しい眉、あとユウ結構身体綺麗なんだよ」
「!?見たんですか!?」
「?ああ、偶々森に場所を見つけに行こうと思ったらユウが鍛錬してて。上半身裸だったし」
「……」
「どうした?」
不意に黙り込んだアレンに首を傾げる。
「鞠夜は、カンダと仲良いんですね」
言われて私は思わず眉間に皺が出来るのを感じていた。
まるでラビが良い雰囲気だと言う様な口調で。言外には確かにそのニュアンスが隠れているようにしか思えなかったから。
「不服?」
「いいえ。……なんとなく。あのカンダと、と思って」
言ってケーキにかぶりつく。
私は紅茶を一口啜って
「仲良いっつーか、単に日本人だし馴染みやすさを感じてる所為だと思うけど」
こんな時ばかりあの世界に未練たらたらな自分に気付く。
日本人とか、何処の誰それとか。
そんなもの、あの世界を捨てた時一緒に、捨ててきたと思っていたのに。
「友達って言われると違う気がするし。でもユウはあんなだけど良い奴だぞ」
「……」
「渋々だけど訳に付き合ってくれたし、なんか言えば反応くれるし。無視ってのは意外と地味にダメージ有るけど」
「……」
「アル?」
落ち込んでいる様子のアレンに掛けてやる言葉はなかった。何故ならどんな言葉も本人を追いつめることはあっても、結局何の役にも立たないからだ。
「少し羨ましいです」
はにかむ様な表情はけれど照れ笑いなどではない。
遠慮がちで昔を懐かしむ様な。
「羨ましい?」
何処か影のある表情に惹かれる様にして尋ねた。
「ええ。鞠夜がそうやって言葉添えするほどの間柄って事でしょ?」
寂しそうな顔はしかし遠慮の色が強く残って、それはもしかすると遠慮と言うほどの浅いものではなく壁の様な気もした。
自分は絶対にそんな風にはなれないと。
可能性を自分で否定して、恐らくそれは自分が傷つかないための防衛策。
「アルも良いところあるよ。でも、こう言うのは本人に言うもんじゃないから言ってやらないけどね」
「えー、残念です」
腹黒とか、イイコチャンに見せかけて違ったりとか、不貞不貞しかったりとか、大食漢とか、決して綺麗じゃないところとか。
そこが無ければ正直なところアレンに興味をそそられたりも好感を持ったりもしていない。
「……くしゅっ」
「自業自得ですよ鞠夜。今度こそこのコート着て下さい」
「いいよこの白衣汚れてるし臭いつくし」
「風邪引きますよ?」
「……もう引いてる気がする」
身体の熱がなかなか引かないんだ。原因は病気などではないのだろうが。
「じゃぁケーキ食べてる場合じゃないじゃないですか!」
「ん、大丈夫だ。引いてない気もするから」
「気のせいだったらどうするんですかっ」
「自分のことは自分が一番分かってるよ。……それよりも、温かい紅茶とケーキを美味しく食べられてるって事は風邪じゃないだろ」
「どういう基準なんですか」
呆れた様な声に、ケーキを勧める。
アレンがそれを食べた。
「……!!!」
「ん?」
同時に固まってしまったアレンに、私は首を傾げる。
「……鞠夜、このケーキ、お酒入ってます……?」
「んあ?……あ、本当だ」
「どうしよ……!」
「なんかあるの?」
青ざめておろおろと慌てふためくアレンに、酒は駄目だったのかと首を傾げる。
しかし返ってきたのは悲痛な叫びで。
「僕師匠からお酒はきつく禁止されてるんです!」
「はあ??なんで?」
涙をうっすらと浮かべてどうしよう、と頭を抱えたアレンの背中をさする。
そんなに多くの量は入ってないだろうと残りは私が引き受けたものの、慌てふためくアレンを落ち着かせるため、兎に角背中をさすってやっていると、アレンの頭が船をこぐ様にふらついた。
2006/09/22 : UP