FUCK YOU GOD!

すげー抱きしめたい
12TH STAGE: I'm aching to hugging you.

 ――現在アレンは何処をどうしたらそうなるのか、私の膝の上で爆睡中だった。
 彼が私に掛けさせようとした彼のコートを身体に掛けてやり、談話室のソファで一人紅茶とケーキを口にしていた。
 時折身じろぎこそするものの特に暴れるわけでもない彼の酔い方に内心で安堵する。道行く人間のからかい混じりの口笛も聞こえてきたが、先ほどはそれどころではなかった。

 船をこいでそのままもたれてきたのを受け止めたのがいけなかった。

 暖かい場所を探す様に、猫がすり寄ってくる様に身体を固定されじっくりと彼の頬が身体の上を滑るのだ。気持ち悪くて背筋が凍るかと思った。
「……」
 酷く静かにお行儀良く眠っている彼。
 油絵の具臭い私など構いもせず。
 といって白衣は余りにもケーキと合わないのでさっき脱いだ。

 気持ちよさそうに寝て、一体何の夢を見ているのだか。

 折角だと彼の左目の傷に触れた。
 ざら、と明らかにそこだけ質感を異にしている、それは。
 エクソシストの癖に、払魔師の癖に、AKUMAのペンタクルをも宿している彼。
 正しく彼は灰色だ。
 闇色のペンタクルと、純白の髪が共存している。
 黒でも、ましてや白でもない。
 中途半端な、まるで人間のように。
 神の使徒と呼ばれるエクソシスト達は決して、神にも似た正義を振りかざしているわけではない。
 闇を、持たないわけではないのだ。
 神によって創られた偶像としての人間は、神に似る者だがしかし決してそれは神に非ず。
 思い上がれば落とされる。
 まるで蜘蛛の糸の様に。

 一つ例えるならば、彼は私の蜘蛛の糸。
 酷く頼り無げでともすれば直ぐに切れてしまうのに。
 もしかすると私をも地上へ引き上げてくれるかも知れない糸。

 期待している自分が居ることを否定出来ない。
 人間を、世界を、自分を嫌悪しながらそれでも尚払拭出来ないこの世界に対する希望は、私の甘さだろうか。
 生きている心地がまるでしなかった。
 嫌なことばかりの様な気がした。
 私は不幸で、でも周りとは違うと思っていた。





 それは単なる私の思い上がりに他ならない。





 高ぶる気持ちが浮かんでくる度に沈めた。
 それでも気が付けば漏れ出ている私の傲慢さは浅ましくて。
 もしも私が消えてしまっても、私の代わりはいくらでもいるのだと思っていた。
 だって
 私が、私でなければならないその必要性が、見つからなかった。

 ねえ、どうしてアレンは私に話し掛けてくるのかな。
 どうして笑ってくれるのかな。
 有り難う、って、言ってくれるのかな。

 それは、私だから?
 いいや、別の誰でも良かったはずだ。
 イノセンスの適合者が別に私ではなくても良い様に。
 【私】で無ければならないことは無かった。

 なのにどうしてこんなに嬉しくて
 目から熱湯が溢れそうな程、心を締め付けられたのだろう。

 どうして彼の言葉は何の嫌味も感じないまま、私の中に入ってきて、そのまま居座っているのだろう。
 どうして私はそれを受け入れているのだろう。

「ん」
 手持ち無沙汰だとでも言うかの様に彼の左手が私のものになっただらしない服を掴んだ。

 ――知っている。知っている。
 あどけない顔。響く声。きらきら光る灰色の瞳の中にある銀色の粒たち。
 穏やかな弧を描く口元と僅かに見える歯。細まる目。
 私が感じられるだけの、全ての感覚が報せていたんだ。彼が私を穏やかに包んでくれていたのを。
 だからだ。
 駆け引きのない自然体の彼を身体中で感じていた。


 不意にアレンの表情が険しくなった。身じろぎ、僅か辛そうに瞼が持ち上げられる。
「……お早う、気分はどう?」
 顔に掛かった髪を払ってやる。低血圧なのかなかなかに反応がなかった。
 彼の口が何かを言いたそうに二、三動く。
「――……ま、な?」
 掠れる様な声で耳にしたのは誰かの名前。
 それが泣きそうな時の声だと直感した。
 出来る限り安心させる様に、子どもの様に服を握ってくるアレンの身体をゆっくりと数度叩く。
「ま、な」
 目を閉じたアレンの瞳から涙がこぼれた。
 誰かと重ねているのだろうそんな彼をまさか振り払えるはずもなかった。
 もしかしたら彼も私も、同じものを求めている?

 全身を包み込む様な穏やかな、人の手を。

「……大きい子どもが出来たなあ」
 誤魔化す様に呟けばそれは私だと頭の奥で声が笑った。
 出来る限りその涙の後を服の袖で拾ってやる。
 泣きたいのはこっちだ。
 今更
 今更こんな醜くて汚い私がなにを幻想など抱いて
 夢になど溺れるものか。
 振り払ってきた幾つもの手を
 今更求めるな。

 そんな資格は、私にはないのだから。





 ねえ、やはり子どもの様な綺麗な残酷さで、君も多くのものを傷つけてきた?
 それともAKUMAを破壊することで、自分を傷つけてきた?
 自責の末には何があるんだ?
 苦しいだろう辛いだろう泣きたいだろう?
 自責にすら耐えられず自分を甘やかし続ける私は醜悪だろう?

 どうして君は私を他の何も変わらない人間と同じように扱うの。
 まるで対等な人間のように。
 護る者など無いよ。
 護りたい者もない。
 何処までも自分のために生きながら自分を忌み嫌い
 私は君の様に何をすべきか道も見えない。
 君の辿る道の先を見たいと言い訳をして
 まるで寄生する様にくっついて
 その実単に自分でどうすればいいか分からないだけ。
 だって自分の価値も分からない。
 私のこの力は価値がある。
 でも、【私】の価値は?

「――おはよ……御座います」
「はよ。オコサマアレン君」
「僕……あ。」
「思いだしたか」
「すみませ……」
「いーよ、気にしない」
 身体を起こすアレンは既にアレンになっていて。心細そうな、誰かの手を求める少年の姿は何処にも見当たらなかった。
 私の隣に腰掛け、寒いのか身震いを一度してコートを肩に掛ける。
「……義父の夢を見ました」
 しかしその顔は泣きそうに笑っていて。
 掛ける言葉など有るはずもなくふうんと相づちを。

「でも、鞠夜が泣いている声がしたから」
「……悪かったな、人の夢でさえ邪魔者で」
「まさか!」
 弾んでいる寝起きの声は、私の隣で光る。
「とても暖かくて、安心出来る夢でしたけど……泣き声が」
「それ、自分の泣き声だと思う」
「え?」
「泣いてたのは、アルの方だった。少しだけど」
 アレンが止まった気配がした。しかしそれはほんの一時。
鞠夜も……泣いてますよ?」
「……あ?」
「涙は出てないですけど……。泣いてます」
「は、なんだそれ」
「顔が、泣いてるんです。いつも。泣きそうな顔をして」
「険しいの間違いだ」
「いいえ。何かに耐える様にしているのを、僕は知ってる」


 それは、もしかすると嬉しいのかも知れなかった。


「知った風な口、きくな」
「……」
「何も言ってないのに、分かるはず無いだろ」
「……分かりますよ」
「そんなはずない」
鞠夜
 言い聞かせる様に名を呼ばれ、自然と体が硬くなった。
「分かります。ひそめられた眉も、歪んで細くなって何も見ようとしないその瞳も、引き締めて真一文字に結んだ唇も。本当は凄く優しくて、褒めると直ぐに照れて真っ赤になるのも、僕は見てきた」
 酷く直球な言葉にどうして良いか分からなくなった。
 言葉が何も浮かんでこない。身体は既に言い返す気で動いているのに。
「そうやって、一人になろうとするところも」
 アレンの、顔が見られなかった。
 今彼はどんな顔で言葉を吐き出しているのか。
「知らないから、知りたい。どうなるか分からなくて不安だから、放っておけません」
「……私は子どもか」
鞠夜の顔は、鞠夜が思っている以上にいろんな事、僕に教えてくれてますよ。心配とか、そんな綺麗な理由じゃない。僕は自分が安心したいから」
 ふわ、と香る匂いに違和があった。
 暖かいものに包まれている様な。
 それは、アレンのコートで。
「……だから、僕を安心させて下さい」
 その腕に引き寄せられ、顔が近づく。
 反射的に顔に手を当てて、押しのけた。





 待て待て。よく考えても見ろ。





「……アル……まだ酔ってるだろ」
「酔ってません」
「酔っぱらいに限ってそう言うんだ」
「酷いですね……酔ってないから酔ってないって言っただけなのに」
「アルは素面でそんなクサイ台詞を吐けるヤツじゃない」
 心臓が鳴り続けているのは仕方がない。……嬉しいと、感じていたのは嘘じゃないから。
 でも、いくら何でも酔っぱらいに言われたら虚しい。
「言う時は言います。……それに鞠夜だって顔赤いですよ?僕が酔ってるって事にして逃げるつもりですか」
「いや逃げるとかそう言う問題じゃないから。つーか顔が赤いのは男に免疫無い所為で別にときめいてる訳じゃないから」
「敢えてそんな事言う辺りが逆に怪しいです」
「てかこれ立場普段と違う」
「話をそらさないで下さい」
 アレンは良いながら確実に私の退路を断っていく。振り払おうにもアレンの方が力が強いことは明白。
「……トイレ行きたいなー。紅茶飲んでたしアルの所為でずっと行けなかったし」
「そんな事言ったって無駄です」
「アルは私にこの場で膀胱破裂して死ねと?それとも我慢の末にここで失禁しろって?うわ、アルってそういう趣味だったのかあー」
「テンポを戻そうとしたって無駄ですよ、鞠夜
 ……確実に彼は酔っている。しかもトイレに行きたいという言葉は少なくとも嘘ではない。
 どのみち膝が痺れて動けないが。
 私のテンポに乗ってこないのが何よりの証拠だ。素面なら確実に巻き込める自信がある。
「泣くぞ」
「泣いて欲しくはないですけど……僕だけが鞠夜の泣き顔を見られるならそれも良いですね」
「……アルらしくないし今すぐその歯が浮く様な台詞を店終いして欲しいなー。つか新手の嫌がらせかって話で」
 精神的に拷問されている心地がする……。かゆい。かゆくてたまらない。
 不毛な応酬に終止符を打つべく、私は
「こう言うのは合意の上でやるべきだと思いまーす」
 と、わざとらしく挙手をした。
「……僕のこと、嫌いですか?」
 途端にしょぼくれて泣きそうな顔が飛び込んでくる。
 嗚呼もう止めてくれ。悪くないのに何でこんなに罪悪感を感じるんだ。

 だが、彼の口から香るブランデーの香りは嘘偽りではない。

 と、ふとアレンの瞼が再び落ち始めた。そのままこっちへ覆い被さる様に倒れてくる。
「っ」
 ぐ、と堪えて何とか後頭部を打つのだけは免れた。丁度良い具合にソファの手すりに引っかかり、息をつく。
 そこで、ふとティムキャンピーが視界に踊った。
 凄く、嫌な予感がしたのは気のせいではない。気のせいではない!


「あれ?鞠夜君に……あ、僕お邪魔?もしかしてお邪魔?」





 今の私には悪魔にも相当する様な声。――あの馬鹿室長殿の嫌に陽気な声がした。
 アレン、起きたら覚悟して貰おうか。

2006/09/28 : UP

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