FUCK YOU GOD!

抱いてくれその腕で
13TH STAGE: I hope to be held by you.

 談話室にまで足を運んだコムイさんはどうやらアレンを捜していた様で。
「ごめんねえー邪魔はしたくなかったんだけど……」
「だからコムイさんが考えている様なことは何一つありませんから」
 だらしなく笑うコムイさんに一つ息をつく。それからアレンの身体を数度叩いた。
「アル、コムイさんが呼んでる」
「ん……」
「……今アルコール入ってますけど、大丈夫なんですか?」
「あ、そうなの?」
「ケーキにブランデーが入ってたらしくて」
「まあこれを機に僕が作ったアルコールの酵素を分解する薬でも飲んで貰おうかなあ」

 恐ろしい気配のする言葉に、しかしアルは起きない。
 コムイさんはアルの首根っこを掴むとそのまま何処かへ引きずっていった。

 手持ち無沙汰になった、膝の上の温もりも
 遊ぶように甘い匂いの中に混じる、彼の残り香


 ソファに置き去りにされている彼の団服を手に取った。


 ここで羽織る趣味はない。ただなんとなく膝の上に置き、たたみ折り居座らせた。今更膝にやってきた痛みにも、切なさにも似た痺れは私に立ち上がることを許さず。
 冷めた紅茶は、けれど口にすれば鮮やかに花咲き。
 常温と変わらなくなってしまったケーキの残りも、その事によって寧ろ一層口内で甘く妖艶に舌の上を撫でた。

 また任務なのだろう。

 私はここで自分の優位な力を有意義に使うことも出来ず、一人で何をしているのだろうか。
 血まみれの肉体も苦しげな吐息の数々も、唸る様に耳の奥にざらつく、いっそ断末魔ならまだ良いと感じる苦痛の音も、そして私に投げかけてくるあの非難にも似た目線達でさえもこうも容易く私の無力さを知らしめることなどないのに。

 ……今度の任務でアレンが帰ってきた時、彼は来るだろうか私の元へ。

 世界の平和など要らないのだ。
 ただ私は私が幸せであるためだけに、私のほんの直ぐ側が平和でさえあるならば、決してそれ以上のことは求めない。
 正義などではない全ては自分のためだ。





 なァ、私は世界全てを望むほど傲っているつもりなどないのだ。
 だから些細なことくらい叶えてくれたって良いだろう?
 そう望む私は結局傲っている。





鞠夜
 澄んだ声に振り向いたのはなかなかどうして、その声が酷く暖かで甘美なまでに私の気をそそらせるからだ。
 振り向いた先に立っている少女は私が彼女の姿を確認したと知るといつも僅かに目を細め、口元を綻ばせる。つられて綻ぶ口もとで彼女の名を呼んだ。
「リナリー、お早う」
「お早う。今回の任務はカンダとアレン君みたい。今朝早く発ったわ」
「へぇ、つっても今もまだ結構朝早いと思うけど。アルとユウか……考え得る限り未だかつてないくらい面白そうなペア」
 綻びの端をつり上げて笑みを作ると、彼女はおかしそうに笑った。
「アレン君がここに来た最初の任務もカンダとペアだったんだけどね……。……あ、今日はね、鞠夜に紹介したい人が居るの」
 笑いもそこそこにリナリーは私の腕を取った。

 ふわ、と先を行く彼女から香るそれに穏やかに心が緩む。

 結局アレンとはあのまま一言も会話はしていなかった。団服はコムイさんに預けておいたし、それから直ぐに部屋で爆睡。起きたのは今さっき。
 やはり任務での招集だったのかと思うと同時に、今回は教団からどのくらいの距離でどのくらい時間が掛かるのか僅かに気になった。でもそれをここで知ったとしてどうなるものでもないことも知っている。
「ハィ、ミランダ!」
「リナリーちゃん」
 食堂前。リナリーに声を掛けられたのは、まるでレザースーツの様な団服に身を包んだ、女性、だった。教団に女は殆ど居ない。故に見かければ直ぐに覚えているはず。が、記憶にはなかった。教団にいる女を捜そうと意識したこともなかったのだし、余計だろう。
鞠夜、こちらはミランダ。先の任務でイノセンスを回収する時に、その適合者ってわかって教団に来たの」
「あ……は、初めまして、ミランダ・ロットーです」
「あ、阿部……鞠夜 阿部です。鞠夜がファーストネーム。鞠夜と呼んで下さい。初めまして、ミスオットー」
 多少怖々した様子で出された彼女の右手を握りかえして、少し振った。
「ミスオットーはエクソシストになって間もない……って認識で良いのかな」
「ええ。その点では鞠夜……ちゃんの方が先輩だと思うんだけど」
鞠夜で良いのに」
 少々声は弱いが、それでも穏やかな印象を受けるのは彼女の緩やかに弧を描く髪質だろうか、それとも……眼が、そう感じさせるのか。
 彼女の目は態度に反して酷く穏やかそうで、逆にそれが怖いと感じる。
「私もエクソシスト名乗って日もないし、まだ一回も任務に入ったことないんです。それに武器能力じゃないんで。ミスオットーと同じか、多分抜かされると思います」
 言って、食堂の中へ促す。
「お早う御座います、ジェリーさん」
「あらお早う!今日は何にする?」
 賑やかな食堂で三人目ニューを告げ席に座る。野郎共ばかりの所為か私達の座るテーブルは異質に思えなくもない。
「えっと……私のことは呼び捨てでも構わないし、敬語も使わなくていいわ」
「?そうですか?」
「ええ。仲間なんですもの」


 そうして穏やかに眼を細めた彼女の表情は、私には眩しすぎた。


 目眩がした。目を瞬かせて、頬が熱くなるのを自覚する。
 暖かくて仕方がない。寧ろ熱いくらいだ。心臓が脈打って熱くて火傷しそうで、何か込み上げてくる熱が吐き出そうなのにどこか痺れるように染みるように暖かくて。
「……それじゃ、お言葉に甘える」
「そうして頂戴」
 なんとかそれだけを口にして、依然として笑みの絶えないミランダを見ながら、その横で似た様な笑みを浮かべているのはリナリーだ。
「なんか良い雰囲気さー」
「あ、ラビ」
「毎度同じ台詞……」
「だってホントのことじゃんね。あ、ここ良い?」
「ドーゾ」
 脱力する様な調子のラビは空いていた私の隣、リナリーの正面に座り、私を見た。
「今日も訓練するんかい?」
「あ、そのつもり」
「あんま気ィ張ってブッ倒れんなよ?」
「それはない。ない」
 二度否定する。頼んだメニューが完成したとの声があがって、一度席を立った。ラビは既に朝食を済ませたらしいが、そのままテーブルに居座っていた。
 自分が可愛い私に限って、気を張って倒れることなんてまず無い。
鞠夜はさー」
「ん」
「アレンいなくて寂しい?」
「……なんで」
 こいつも変な想像してるんじゃないだろうかと言いたい感じの眼差しで見ると、ラビは他意のある含み笑いをして
「いーや?任務って平均で一ヶ月くらいかかるんさ」
「……ああ、そういや前もそのくらいだったっけ」
「前?」
「リナリーとアレンが一緒に任務に行った時。大体それくらいだった気がする」
「ああ、そうね……うん。一ヶ月かかってた」
 リナリーは納得して、
「そうなの?」
 と尋ねるミランダに頷いて軽く説明を。
「ラビこそユウが居なくて寂しいんじゃない」
「へ?」
「……からかう絶好の相手、居ないし」
 笑って言うと、ラビは思わず吹き出した。
鞠夜が一番ユウで遊んでるさー」
「それ、否定はしない」
 喉で笑う。
 ユウに会うのが楽しみだというミランダに、ラビと二人で先に変な知識を埋め込んでみたりしながら、談笑のうちに食事は終わった。勿論私が相当な量の料理を平らげたことにミランダは目を丸くしていたが。





 朝食を取り終えて直ぐに私は医療室へ。ラビがついてくるところを見ると今日の監修はラビらしい。
 歩を進めると同時にただでさえ食堂の喧噪が未だ耳に残る所為で酷く静けさを増している周囲に若干心地良さが戻ってくる。例えそれが死への通路でも、この静けさは私にとって癒しだった。
 ブーツが廊下を叩く音だけが響く中、後ろを歩いていたラビがふと私に声を掛けてきた。

鞠夜はさ、どんな気持ちで傷を治してんの?」

 それは酷く単純な質問で、しかし【私】をさらけ出すチャンスではあった。
「……どんな気持ちだと、ラビは思う?」
「ありゃ、質問を質問で返すか」
「いや?興味あるけどね」
 振り返らないまま尋ねた。また、間が空く。医療室の扉が遠くに見えてきた。
「何も考えて無さそー」
「結構アタリ」
「まじでか」
「まじでよ。……考えてる暇ないしな。傷を治すことで一杯一杯だよ」
 肩を竦めた。不意に後ろから手が伸びてきて、暖かい感触にしがみつきそうになる。
「……アレンの時もか?」
「いきなり何。……つか、なんでラビが知ってんの」
「コムイんトコ行ったらティムキャンピーの映像資料見せて貰えた。……鞠夜は自分の能力上げるためだけに【ここ】に来てるんじゃね?経験積むっての?」

 突かれた言葉に、それの何が悪いのかと尋ねた。
 だってそうだろう。
 使う能力にムラがあっては、実践などでは使えないのだから。

「俺的にはサ、アレンの傷直した時、そう言う打算的なこと考えてなかったと思う。これは推測な」
 腹に回っているラビの腕からの温もりはじわじわと服越しに滲んでくる。背後にある温もりも。まるであの世界を飛び出した白い流動物に暖かみが加わった様な感触。
「【掛け値】無しじゃないと発動しない能力なら、これ以上、いくらここ来ても無意味さ」
 頭に顎を乗せられ、その身長差が悔しくて思い切り上に突っ張ってやった。頭で。

「……それが【神の愛】か」
「へ?」
「なんでもない」

 踵を返した。ラビの言うことが仮に真実だと仮定して、掛け値なしに医療室に運ばれてくる探索部隊の傷を癒せるかと言われれば答えは否と決まっている。なぜならばそんな関わり合いのない人間を心から癒すことなど私には出来ないからだ。
 経験を積み能力を使いこなす、その掛け値さえも邪魔だと言うのか?
 このイノセンスの能力、【我】が過ぎるじゃないか。
鞠夜?」
「……ラビの仮定、使ってみよう」



 有りもしない【神】に、本当は私だって縋っている。
 都合の良い時に存在を立ち上げて気持ちのやり場を虚像に向けて
 嗚呼何と神とは可哀想な存在だろう。
 だが【神の愛】はそれをも包んでしまうと言うのか?
 神が与えた平等は時間と死だけだ。
 誰の上にも平等に送られ享受している。
 つまりその二つだけが神の愛ではないだろうか。
 逃げることの出来ない、檻の様にも見えるけれども。――嗚呼違う、鳥籠なのだ、恐らくは。
 何の見返りも求めない姿勢。
 ただそこに存在するから愛するのだ、神は。


 誰でも良いのではない。
 この世界に生まれ落ちたからだ。
 ここにただ在るから、愛しているのだ。

2006/10/28 : UP

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