FUCK YOU GOD!

茹だるように情熱的な熱
14TH STAGE: You are my fire.

「なー鞠夜ー。ドコ行くんさー?」
「森」
「医療班には一言言った方が良いんじゃねーのかよー」
「居ても居なくても良い様な存在が無言で消えたって問題ない」
「それは言い過ぎだろ」
 ぐ、と手首を掴まれて振り向いた先にはラビが居た。当然だ、先ほどから私の後を着いてきているのは他ならない彼なのだから。
「……?何が?」
 検討もつかず聞き返せば、その手は緩められた。そして溜め息が降ってくる。暖かい吐息は心地良いのに、見下ろしてくる苦笑めいたその表情が酷く癇に障った。
「自覚無しかい?手間が掛かる子だねー鞠夜は」
「……激しくむかつく気がするのは私だけだろうか」
「こう言う時は素直に聞いとけ」
「はーいラビせんせえ」
「うわあ可愛くない生徒さ」
「お褒めにあずかり誠に光栄ですう」
 言い返して、そこでようやく手首が開放された。


「自分のこと、悪く言うなよ」


 呟きはそれから数十秒経った後のことだった。
「別に、私は事実を言っているだけだ」
「聞く方は悲しくなるわけよ」
「頼んだ覚えはない」
「いやいや、そんな無茶な」
「……物好きだな、ラビも」
「あぇ?」
「二度は言わないのが私の主義」
 言って笑うと、ラビは酷く不思議そうな顔をして私を見続けて
「未来有望なブックマンを舐めて貰っちゃ困るさー」
「だろうと思った」
 そんな会話をして、
「なんでそんな気に掛けるわけ」
「んー?」
「煩わしいとかは?」
「思うけど?」
「へえ」
 意外な返答に私は進行方向を見たまま驚きの声を上げた。私の素直な反応にラビはノーだと思った?と無邪気に尋ねた。
「ノーだと答えていたら、さぞかし幸せなヤツなんだなと」
「はは、幸せなヤツなんてこの世にいないさー」
「……そう、だな」
 ラビの言葉に一瞬愕然となる自分を見つけてその事に更に反吐を吐いた。
 悲劇の主人公を気取るつもりなどない。なぜならば主人公などこの世に存在しないからだ。
 世界中で溢れかえる悲劇に主人公が居たならそれは、自惚れに他ならない。

 そう思いながら今確かに愕然となった私は、まるきりラビの言葉の真実を理解しては居なかった。その証拠だった。

 つくづく傲慢な自分に吐き気がした。
 違うだろう、私はもっと、傲ることさえも許されない人間だろう。
「誰かが誰かを幸せかどうか判断は出来ない」
「……。?」
 沈みかけた思考を引き起こしたのはラビの言葉だった。思わず浮上した意識と共に顔を上げた。その先でラビが僅かに笑む。
「幸せかどうかは、自分じゃないと決められないモンさ。他人が幸せだっていっても本人が幸せだと思ってないなら、幸せじゃないんさ。そゆコトな?」
「……分かってないだけだろ、本人が。幸せだって。だからやっぱり幸せなヤツなんだよ、そいつは」
「ううーん、そう来るか」
 苦笑したラビの真意は知らない。しかし余り気分のいいものではなかった。
「率直に何が言いたいか言ってくれない?変化球嫌いなんだよ」
「あ、なんかそれ分かる」
「ラビ」
鞠夜は幸せなヤツさ」
 窘めた直後やってきたのは変わらない笑みを顔に張り付けたラビだった。
「……確かに、幸せだったんだろ、戦争も知らないぬるい毎日で、死ぬ心配なんて微塵もしてない」
「違う、今も、幸せなヤツだよお前」
 酷く、そう、とても穏やかな声が私の頭に殴り込んできた。ラビは相変わらず静かに笑みを作っているし、声だって普通だった。
 ただそれが逆になにか重たい槍の様に私の脳天を貫いた。心臓が収縮した様に痛む。口を開こうとして鼻腔が熱くなったのを感じた。
「その辺が、ちょい煩わしいてトコかなー」
 気付けばラビは普段ののらりくらりとだらしなく笑うラビになっていた。ただそれが逆に普段の彼は飽くまで彼の一側面でしかないことを思い知らされた。
 何もかも知り尽くしているなどと思ったことはなかった。
 今し方のラビの一面を全く知らずに、そして同時に何の疑問を抱くこともなく普段の彼が彼であると思っていた。そんなはずはないのに。
「けど鞠夜が毎日無理してんのは、俺、少し見てるしさ。その分はやっぱ、心配って所かなー」
「……無理?」
 突き落として持ち上げる様なラビの発言に私は振り回されている。自覚はあった。それでも問わずには居られなかった。
「してないってさっきも言った」
「焦ってるだろ。それを無理って言ってんの、俺は。しかもイノセンスを上手く使いこなせないままだし」
「ウザい」
 舌打ちと共に出た言葉は静かな廊下には良く響く。が、今は比較的人の居る場所を歩いていた。ラビは笑う。
「煩わしいなら構わなくて良い。世辞も要らない、社交辞令も必要ない。私もその方が楽」
 睨み上げて言っても効果はなかった。ただ私の苛々した感覚は増していく。
 恐らくはこのいつも笑んでいる顔と言動にあるだろうが。
 知っている。知っている。
 普段はのらりくらりと人をかわしてそれはその実本質を隠せる蓑に過ぎない。
 笑みを振りまきながら油断して開いた壁に足を突っ込み突き崩しナイフを振りかざす。
 そう言う人種を私は知っている。
「ついてこなくて良い。どこぞの誰かと違って迷子にはならないから」
「ありゃ?」
 惚けた様な声を背に私は振り向きもせずに、談話室を抜けた。出口まではあともう少しだった。



鞠夜鞠夜ー」





「……なんだよ五月蝿いな!!構うなって言ってるだろ!」
 背後から私を追う声はラビ以外にはなかった。
 名を呼ぶラビが余りにも煩わしく、振り向き様に怒鳴りつけた。視界に移るのは嬉しそうに笑うラビの姿だった。
 何なんだ一体。
「マゾヒストめ」
「それは酷いさ、鞠夜
「さっさと何が目的か吐け」
「……なんか俺、スパイ扱いされてねえ?」
「少なくとも煙たがられてることは間違いないな」
鞠夜は直球過ぎさー」
「まどろっこしいのが嫌いなだけだ。早くしろ」
「ちぇー」
 急かすとラビは勿体つける様に私の求めるものをちらつかせる。それで居て私の感情が膨れあがり爆発する前には簡単に出すのだからああもう、質が悪い。





「お前が煩わしくても、それでも俺が話し掛けて一緒にいるってこれ、どういう意味か分かるか?」





 答えは出なかった。いや、出たがそれは即座に却下しただけだ。黙る私を彼は何と取ったのか、また、笑った。
「また、だなあ。……鞠夜はいっつも受け身さ?」
「……」
「んじゃあもうちょい簡単に言おうか?」
 早くして欲しい。
「大して付き合いのないヤツ、興味のないヤツの嫌な部分なんて見えないんだよ」
「そりゃ同意するけど?」
「その嫌な部分を知ってても、俺は鞠夜に話し掛けて、一緒にいるさ?」
「……。それが?」
「鈍いさー鞠夜ー」
 情けない様なか細い声を上げてラビの顔が破綻するのを見た気がした。
「……ナンチャッテー。鞠夜ももう分かってるっしょ」
 目の前にラビが立つ。ブーツとひょろい足が見えた。僅かにマフラーが私の視界に入って踊った。
「ほれほれ」
 急かすラビは私のつむじを指の腹で押した。
「そこ、下痢だったか身長延びなくなるだったかのツボ」
「話反らすなって」
 追いかけてくる声に逃げ場がないと悟りかける。いいや、いくらでも逃げられる本当は。でも出来なかった。それに縋りたい自分が居たから。そんな自分を見つけてしまった。
「取り敢えず、ラビに関して自惚れても良いって許可が下ったのは分かったかな」
「ううーん、もう一声さ、鞠夜!」
「調子のんな!」
「ええー!?……とか言っちゃって、鞠夜顔赤いさ」
「寒いからだろ」
「んじゃま、そういうコトにしておきまショー」
「ラビウザい」
鞠夜は酷いさ」

 それは彼にとっては酷く容易いことだったのかも知れない。もしかしたら。

「……実験台にするには誰が良いと思う」
「物騒な単語使うんじゃねェよ」
「イノセンスの試し打ちには変わりないだろ」
「言葉を選べって言ってるの」
「言葉は感性だ!」
「はいはい、アレンが帰ってくるまで待つしかないねえ」

 見つけてしまった、縋りたい想い。
 舞い上がってしまう自分を押さえつけていた自分が共に空を舞い始める。
 これでは、駄目だ。
 どこかでストッパーが作動するのに抑えきれない。
 嬉しかった、んだ。ラビの言葉が。

「子ども扱いするな」
「トシ幾つよ」
「18」
「ウソォ」
「なんだよ」
「タメ」
「マジか」
「マジよ。鞠夜嘘ついてるだろ」
「失礼だろそれは」
「いやだって考えられねェ」
「ラビもなかなかに酷いヤツ」
「どこをどうみても色気のいの字も」
「くたばれ」





 傷ついても、良いと思った。
 抉れる様な攻撃さえ耐えられる様な気がした。
 直後、勘違いする幸せなヤツを嗤う自分がいて、何かが軋んだ。


 ――陽の光を嫌に痛く頭痛さえ感じたのは昼に外に出ることがない所為だ。

2006/11/04 : UP

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