FUCK YOU GOD!
想いは目に見えない、だろ?
18TH STAGE: The visible one is not all of the world.
雨が降っていた。それは滑らかに私達を濡らして、前を行く子どもが雨は嫌いだよと呟く。直後汽車は好きだけどね、と言って私達を振り返る。
出会いは良くある、そんなものだ。
今回出向いた場所はプロイセン王国の田舎だった。バルト海に面したそこの風景は綺麗と言うよりは海が如何にして人間を喰ってやろうか考えているように静かだったのが印象的だった。
その地方唯一の駅を下りたそのその街に私達は用事があった。そうして汽車から降り立った直後、その汽車を輝いたような、嬉しそうな眼で見つめる少年を見たのがそれだ。今思えば新しい人間が来る場所としてアレは汽車が好きだったのだろう。
餌を待っていたのだ。
「確認したのはレベル2のAKUMAが一体。レベル1は取り敢えず数えにくいほどたくさんいました。同じくらい人間も居ただろうけど、帰ってくるまでには全滅していました。今回遭遇したレベル2のAKUMAには殺気は感じられず、ユウでも分からなかったことと、AKUMAの、イノセンスを破壊するという本能的な欲求が下がっていたことが伺えたので、参考データに踏まえて貰えたらありがたく思います」
「ふむ……鞠夜君の能力に関して、新たに分かったことはあるかな?」
「ありません。でも……はい、これ」
「それが例のものか……」
こってり絞られた馬鹿室長は結局その日立ち直れないとのたまって、私は改めて司令室で任務の報告をしていた。ユウは昨日の出来事があって面倒臭いのもあるだろうが、私の独断で、ユウがいるとまたコムイさんと一悶着起こすと思ってそれは避けることにした。
それに書類は探索部隊が作ってくれているはずだが、今回は異例の収穫がある。誰に言ってもこの黒い石を手にしてくれない所為で、私は自分の口でコムイさんに報告するしかなかった。
道中AKUMAに内蔵された魂が見えるというアレンを拾って今隣に座らせてみたが、彼も興味深そうにそれを見る。
「私がレベル1に対してするように、イノセンスを【発動】したら、光に飲み込まれました。そこで一瞬何かが見えて、其の石だけが残りました。ユウはダークマターってすでに決めつけてましたけど」
「ふぅむ……アレン君、何か、見えたりするかい?」
コムイさんは決して石に触らないままアレンに問うた。アレンは呪われているという左目を使って、石をじぃと見つめる。
座り位置的に私からは右眼しか見えないが、彼の銀灰色の瞳は司令室の淡い光に照らされて、やはりその中になにかきらきらと光の粒が動いていた。
「何も、見えないですよ?僕も触ってみましょうか?」
「お願いするよ」
言われ、私は石をアレンの手へ。其の石は左手に乗せた時は何ともなかったのに、アレンの右手に乗った瞬間、彼の手袋が焼け焦げた。
「うわわっ!?」
「っと、大丈夫?」
驚くアレンとコムイさんを余所に、私は石を確認した。……何ともない。
「……」
「……」
「……」
「そんな奇異な眼を向けるな」
コムイさんとアレンの視線が痛い。が、私には何ともないのだから仕方がないだろうに。
「取り敢えず人の手に触れると駄目らしいな。汽車で椅子の上に置いてたけど何ともなかったし……。他のヤツが触らなくて正解かも」
「ううーん……イノセンスはダークマターの破壊によって魂の開放を導くから触れても何ともないのかな?ダークマターを分析した資料って、どうしても極端に少なくてさー。僕困ってたんだよ。丁度良いから一度調べてみよう」
「へーい」
「結果が出れば報告はするから。今は取り敢えず休みに入って良いよ、カンダ君にもそのように言っておいてくれるかな」
「ふえーい」
「ついでにコーヒーもい」
「嫌です」
「ちぇ!」
唇を尖らせたコムイさんを余所に、私はアレンと共に司令室を出た。出て直ぐの科学班に私は立ち寄り、昨日は果たせなかった謝罪と、詫びの品をこそりとその手に忍ばせる。相手は言わずもがなミスターリーバーだ。
「本当はもっと高価なものとか買えたらよかったんですけど、何分私の金じゃないんで……」
「鞠夜……!ううっ、俺は今鞠夜が聖母に見えるぜ!」
「それは遠慮しますけど」
「はは、サンキュな!」
「……いえ、私いつも団服ボロボロにしてしまって」
「気にすんな。命張ってんだから、このくらいしか俺達はお前達に貢献できねェし」
まるで屈託無く笑うミスターリーバーは本当に格好良く見える。眼の下に出来たなかなか頑固そうなクマとか、顎に姿を見せる無精髭とか、曲がったネクタイとか、よれよれの服とか、決してファッションなんかではないその出で立ちは私なんかよりも余程立派だ。けして何も出来ない人間の姿ではないことだなんて、一目見れば判る。
「あ、そうだ。ちょっと今時間良いか?」
「?」
「サイズ測らせて欲しいんだケドよ」
「……ああ、良いですよ。メジャーありますか?」
「助かる。前の団服、結構でかそうだったからなァ。何時か計り直すタイミングを、って思ってたんだ」
「じゃ、アルはそこに居ても良いけどちょっと耳塞いでろ?」
やや振り返って置いていかれたように立っているアレンを見て、私は笑む。慌てて律儀に耳を塞ぐ少年を見て、笑った。
私達は森を歩いていた。教団の直ぐ側にある、ユウがよく鍛錬を行っている森だ。
「寒くないですか?」
「ん?ちょっとな」
「……コート、着ませんか?」
「アルのは私にはデカいよ。裾を引きずってしまう」
大きくなったね、と言うと、アレンは少しばかりくすぐったいような顔で笑う。元々私よりも身長は高かったが、この半年でかなり伸びていたようだ。
エクソシストは基本的に多忙を極める。初めての任務から私がアレンを見かけることはかなり稀になったし、昨日ミランダやリナリーを見たのも数ヶ月ぶりになる。ラビとはちょくちょく顔を合わせるが、ユウも今回の任務でパートナーになったのは初めてだったし彼は何より任務に出ていることの方が多い人だったから余り気にならないが。
「アレンは、魂が見えるんだっけ」
「……はい」
ダークマターの破壊によってその箱庭の中に閉じこめられた人の魂は開放されるとコムイさんは言う。しかしもし仮にあの黒い石がダークマターであった場合、魂は開放されていないと言うことになるのではないだろうか。けれど、その魂を見ることができるアレンですらそれを確認できず終いで、普段おちゃらけているコムイさんが本領を発揮しないことには何も分からない。今回の場合は何もせずとも意気揚々と本領をいかんなく発揮してくれるのであろうが。
木漏れ日が眩しくて心が躍る。静かな、といって決して無音ではない森の中で、私達は手頃な木の根に座り込んだ。まだ昼だというのに、身体を撫でる風だけが少し寒い。
「どこもかしこもキリスト教か」
流石は世界宗教。と言うと、アレンはなんだかよくわからないという風に首を傾げる。人の姿を――厳密に言えば人が神によく似た姿をしているそうだが――しているという神を生理的に受け付けないのは、それは何よりも傲慢であるという戒めからのような気がしていた。
神という存在を肯定しているという前提で成り立っている私の思考の一部は人間の傲慢さを蔑む一面を持ちながら、それで居て調子の良いことに神の存在を認めないと言い張っている。
神が居るか否か、という問題自体がそもそも見当違いなのではないだろうか。
「東洋の端っこ、小さい島国には古来アニミズム的な宗教があって、それが言うには、世の中のものというものには全て神が宿っているそうだ」
「?……はぁ」
「山には山の神。勿論木にも木の神。水の神、火の神、桶の神、家の神、石ころの神、太陽の神、ありとあらゆる神がいる。それらは八百万の神と言われていて、全てのものに神は宿っているから、だから全て大切にしないといけないという考え方をする」
「……うん」
「私はどちらかと言えばキリスト教徒ではなくて、そちらの宗教の方が好きなんだけどね」
君はどう思う?
尋ねるとアレンは首を捻った。
宗教の様な薄っぺらいものを信じる信じないは別として、だってアレンにはどんな形であれ魂というものが見えるのだ。彼にはこの世界がどんな風に見えているのかはずっと前からの疑問だった。
「私は魂も輪廻転生も見えないし信じない。神も同じように信じてない。だけど人の想いは別だ。それは見えないけど信じたい。……信じてないけどな」
「……僕も、そうかな」
「回答を真似るのは良くないな少年」
「いいえ?鞠夜が先に言ってしまっただけです」
「何をまたぬけぬけと」
きっとアレンは人間が好きだろう。AKUMAも同じように好きなんだろう。
「……私にはAKUMAの魂は見えない。だからAKUMAはただの悪性兵器にしか見えない。でも、」
そこでふと、雨が嫌いだと言ったAKUMAの姿が過ぎった。アレは私も嫌いだと言っていたが――
「……鞠夜?でも、なんですか?」
「いや、なんでもない」
「そうですか?」
「ああ」
「……それじゃ、戻りましょうか。余り居ても身体が冷えてしまいますから」
「まだ外に出たばっかじゃないか」
「鞠夜、薄手のカッターにスラックスだけの姿じゃいくら何でも無茶ですよ」
苦笑され、私は息を一つ吐く。
仕方ないなと言って立ち上がった。
「――……」
一緒にいよう?
AKUMAと子どもの姿が重なる。
もう、雨は降らない。
2007/02/13 : UP