FUCK YOU GOD!
一羽の烏
20TH STAGE: A beautiful black bird has come "HOME".
昼。ブックマンが来ているとラビから聞いて、好奇心で部屋を出た。幸いにも彼にはすぐに出会えたし、聞きたいことも聞けた。相当な歳である彼から出てくる言葉の数々は実に質素で、飾り気のない語り方が『傍観者』と呼ばれているという彼をよく表していると思った。しかしその言葉の持つ空気よりも遥かに彼の目は冷ややかで、そして穏やかだった。まるでこの世界の存在ではないというかのように。それは実は私であるというのにどこかおかしさを感じ笑ってしまった。不審そうにした彼になんでもなくただ話が興味深かったと言ってはみたもののそれが嘘である事は彼には既にばれているだろう。
それにすら満足して彼に充てられていた部屋から一礼をして廊下へ出ると、どこか遠くのほうから叫び声。といってこの教団の中は限られた場所は吹き抜けになっているから位置が掴みにくい。叫び声は複数で、いつだったかコムイさんが馬鹿なことをしてコムリンとかいうロボットを暴走させたときの騒ぎ方と少しばかり様相が似ている気がする。あれで暴走させるのは三度目だというからいい加減懲りない人だ。
足を前に出して取り敢えず談話室まで行くと、どうやら音源はそこからのもののようだった。エクソシストの姿はほとんどない。居るのは科学班の人間と、探索部隊の屈強な男共。何故わかるのかと問われれば科学班は皆一様に白衣を着て、探索部隊も同じだからだ。その一群が何を見ているのかと思えば彼らは一様に高い天井を見上げていた。
知らない人間に声をかけるのは気が引け、私はそこから立ち去ろうとした。それができなかったのは何者かによる妨害行為以外のなにものでもない。
「おっ、鞠夜」
「……ミスターリーバー」
何故こういう時に限って漫画のように必ず引き止める人間がいるのか私は今ここで問いたい。明らかに快い返事ではなかった私の声を聞いてミスターリーバーは苦笑する。その手には網が握られていた。
訝る様にしてそれを見ていたのを察したのか、ミスターリーバーは即座に答えてくれた。
「迷子の迷子のなんとやらってな」
ひとつ肩をすくめて、彼は目線を私の後ろ、天井付近へと向けた。
それはほかの人間が見ている先と同じで。
「……烏?」
「ああ、どこをどうなって迷い込んだかは知らねェけど、あんまり勝手に飛ばれると重要書類が心配だからな。捕まえて外に出してやらねぇと」
「ふぅん」
初めて目標物に目を留めた先には、柱が連なる天井の隅、騒ぎ立てられているのもお構いなしで大人しく梁の先に止まっている一羽の黒い鳥。
じっと見ていると、不意に目が合った。
それにどこか気まずさを感じながらも、私の視力ではその一羽の烏を捕らえてしまっていて、どうにも逃げられない。
丸く小さな黒い瞳は綺麗で、見上げる私をしっかりと捉えているように思えた。漆黒の姿はおそらく外に出て陽の光に当たれば七色に変化するだろう。黒い、賢い烏は嫌いではなかった。
「うわ、飛んだぞ!」
「げ」
誰かの声に私の隣でミスターリーバーが声を上げる。私はこちらに向かって迷うことなく飛んできた烏にいやな予感を感じた。まさかいやでもそんなはずない。だが。
結果として、烏は迷うことなく私の頭で羽を休めた。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……あー、まあ、その、なんだ」
「ミスターリーバー、言いたい事があるなら言って欲しい」
「お前動物に好かれる性質だったんだな」
言って欲しい言葉も、言いたい言葉も本当はそんなことではないだろうことは分かりきっているのに何故かミスターリーバーはそれに触れない。
仕方なく腕を地面と平行になるように持ち上げると、烏は器用にそこに飛び乗る。多少の重みで腕は揺れたが、烏はそんなことなど構うまいと私の肩に居座った。
「……似合ってるぞ?」
「ミスターリーバー、目が泳いでる」
なんとなく居心地が悪くなり、私はこのまま居座っていそうな烏を外に出すのも何故だかこちらを凝視してくる奴等の手前癪だったから、そのまま自室へと引き上げることにした。元々この騒ぎを聞きつけなければとうに部屋に戻っている。
AKUMAとの戦闘回数も決して少ないとは言えなくなり始めた最近では、任務先からまた新しい任務へと向かわされることが多くなった。エクソシストの数、いや、寧ろ適合者といったほうが正しいだろうその人数は数えるくらいしか居らず、それだというのにAKUMAは景気よく右肩上がりに増えていくばかりだからだ。
今日はその中のわずかな休息日で。私は外に出しといてくれというミスターリーバーの言葉を背で受けながら歩き出した。
自室に入っても烏の態度は一向に変わらず、まるでこちらの意図など見通したかのように私の方から離れ、ベッドの一角へとその足を落ち着けた。
窓を開けておけば機が向いたときに外に出て行くだろうと見当をつけ、窓を開放する。
黒い羽は部屋の窓から差し込む光によって、やはり想像の様に艶やかに輝いていた。手を出しても嘴で突いて来ようとせず、烏は私の手を受けて静かに目を閉じた。どうにも、野生とは思えない。人馴れしているのか、それともこういう気質なのか。
比較的暖かいその黒い体を撫でると、烏はひとつ身じろぎをして瞬きをして、そして私を見上げる。懐こいその様子に動物特有の愛らしさを見た。
「鞠夜、いますか?アレンです」
「鍵ならかけてない」
律儀なアレンに私はそう返して、ドアが開くと同時に私の頭に再び飛び乗る烏にため息を。
アレンの白髪が見えて、彼の顔と体が私の部屋の中へ。それに合わせて彼がこっちを見て、私の好きな銀灰色の瞳は見開かれた。
案の定何か口に仕掛けたその言葉はどこかに飛んだ様子で、アレンは少しばかり口を開けたまま固まっっていた。
「……ええと」
「なに」
「……似合ってます、よ?」
「疑問系の上にそのこっちの様子を伺いながら喋るな」
ひとつ息を吐いて、ドアを閉めるよう促す。アレンはまじまじと私の顔と烏とを見比べて、さも感慨深そうにため息をついた。
「人間嫌いの動物好き、って狙ってますか?」
「誰が。……大体人間嫌いなんて誰が言ったんだ」
「主に探索部隊の方が鞠夜との任務を終えれば必ず。まぁ女性の印象は悪くないようですから男嫌いって言ったほうがいいですか?」
「そう言われる位なら人間嫌いのほうがマシだ。私は知らない人間に愛想を振りまくほど酔狂じゃない」
「どちらかというと愛想は知らない人に振舞うものですよ」
「……」
そういえばユウもそのような事を言っていたっけ。探索部隊なんてすぐに顔が変わっていく。ぱたぱたと糸が切れた人形のように地に伏していく存在を律儀に覚えていくのも馬鹿らしくなって、私はもう探索部隊一人一人の顔も名前も覚えていない。もうどれも同じ顔に見えるのは単に私が日本人だからというわけではないだろうが、別に人種間でそれは当たり前のことであるし特には気にしなかった。
そもそも、学校での馴れ合いじゃないんだ。顔を覚えて無くて不便する事もないし確かに探索部隊は私のことを知っているかも知れないが、それは私個人に興味を惹かせる要素があるからではなく単にエクソシストの絶対数が圧倒的なまでに彼らに劣っているからでしかない。
「随分懐いてるじゃないですか」
「さっき談話室で懐かれた」
「餌付けでもしました?」
「まさか、アル相手じゃあるまいし」
「……僕餌付けされましたっけ」
「さあ」
兎にも角にも、この黒い存在のせいで私の休日は軽く潰れたなとぼんやり思う。犬や猫ならまだ抱いて寝ることも可能だったが。休日を寝て過ごす私は時折アレンやリナリーに叩き起こされたりもしたが、こんな邪魔が入ったのは初めてだ。そもそもこんな野生の動物が迷い込める造りになっている黒の教団というこの場所の警備情勢は一体どうなっているのか。
私は頻繁に部屋に来るアレンに用意した椅子を引いて彼に勧めた。私はベッドに腰掛けたまま。
「うーん、ちょっと不吉な感じもしますね」
「なにが?」
「カラスですよ。まぁ、不吉なのはカラスに限らず黒猫もそうでしょうけど」
「……ああ、黒い烏や猫が不吉なのはどこでもよく言われてるな。でも猫は著名な作家の作品の印象から来たものだろうし、烏もその類だろう。私は烏も猫も賢いから好きだよ。勿論、黒も好きだ」
言えばアレンは変わっていますねと息をつく。
「あ、でも鞠夜が変わっているのは今に始まったことじゃなかったですね」
「どういう意味だ」
「そのままです」
からかわれたかと思われたその言葉は思いの他優しい響きを伴っていた。アレンの顔を見ても彼は柔らかく笑っていて、
「褒めてるんですよ?」
言われた言葉に、私の体が熱を持ったのは言うまでもなかった。
「マクシミリアンとアレキサンダー」
「……は?」
「この烏の名前。どっちがいいと思う?」
「……飼うんですか?」
「冗談だよ。満足に世話もできないのに飼うわけないだろ」
「僕、時々鞠夜がよくわかりません」
「あ、そ。……ああでも記念にスケッチとっておくのもいいかも」
渋い顔のアレンにそういうと、思いの他アレンは食いついてきた。初めてここで絵を描いて以来私の絵は彼のお気に入りらしい。反対にユウは私が絵を描いていることを知ると水と茶葉を同じ量で淹れた茶を飲んだみたいに渋そうな顔をしたが。
「それは久々ですね」
「……そういや最近は描いてなかったっけ」
「気づいてなかったんですか?」
「絵を描くまで気が回らない。アルこそ、滅多に会わないのにまるで四六時中私が絵を描いてるみたいに言うんだな」
息を吐くと同時にそう告げると、アレンは純粋に絵を描くところを見られるのが嬉しいだけです、と言いながらも何か考え込むように口元に手を当てる。そして彼は私に言った。
「あんまり無理しちゃだめですよ?」
その、あまりにも意外な言葉に私は瞬きを繰り返してしまった。
少しばかり下がった眉が怪訝そうな表情を作っているのに酷く悲しげで、私はアレンの意図を組めないまま返事をした。
「してない」
「鞠夜の言葉は信用なりません」
「なんだそれ」
「だって、毎回毎回AKUMAに打ち抜かれて服をぼろぼろにして帰ってくるの、知ってるんですよ?」
「……ストーカーかお前は」
「僕じゃなくても皆知っていることですよ」
変なところで名物にならないで下さい、と窘める言葉が溜め息混じりに吐かれて、厳しい声になんとなく居心地の悪さを感じる。ここは私の部屋なのに。
「痛くない。あれは、熱いけど」
「でも、僕たちからしてみれば痛いんです」
「……あ、そ」
「そうなんですよ」
視線をそらそうとして出来ない。アレンは私を見て、そして笑った。可愛らしいと形容することも出来るだろうが幾分か圧迫感のようなものを感じるから決して良いものじゃない。
私の膝に乗っていたカラスはその空気に反応したのか一鳴きすると、開けっ放しだった窓の縁にとまって、そして出て行った。
「あーあ、アルの所為だ」
「僕は何も悪いことは言ってませんよ?」
「……ま、そうだけど」
不思議と去っていった窓の傍が寂しく感じられるのは感傷に浸っているからだろうか。日はまだ高い。そろそろジェリーさんのところへ行ってお茶にでもしよう。
「あのカラス、戻って来るでしょうか」
「来ないだろうな」
「……どうしてですか?」
「野生って言うのはそういうものだから」
「でも……」
「さて、食べられるケーキと食べられない烏、アルはどちらがお好みかな?」
「随分な二択ですね」
笑ったアレンの顔に、やはり傍にいるのは彼がいいと、少し思った。
2007/02/27 : UP