FUCK YOU GOD!

かみさまのせかい
22ND STAGE: I am an Exorcist.

 今日もまた爆風と爆発音で私の身体は汚される。その穢れを祓う術など無い何故ならば私もまた人間であるからだ。
 鼓膜を揺らしながら私の身体に対し平行に吹き付けてくるのは爆風なのかそれとも自然の引き起こすそれなのか、もう私には分からない。ただ嫌に大きく聞こえるその風の音と相反するように私の視界の中でヒトが吹き飛んでいるのが見えた。
 悲鳴もない、爆発の音すら聞こえない。恐らく既に鼓膜が麻痺して正常に機能しなくなっているのだろう。それでもその中で私の心を引き付けてしまうものがある。
 AKUMAだ。
 姿は見えないがレベル1の奴なら先ほどからうようよとその辺りを浮遊している。私はその街で一番高い時計台の上にいた。


 ――まず初めの異変は視力だ。その後、私はアレンやユウ達のような頑丈な身体に変化しつつある。それはもしかすると徐々に強化されていく団服のお陰なのかも知れないが、それだけで済ませたくない程度に私の生傷は格段に減ってきていた。
 戦いによって私の精神と肉体がイノセントに慣れてきているからではないかと科学班の誰かは言うが、そんなことは私に分かるはずもない。ただ以前のような平々凡々とした感覚を何処かに落としてきたような気がして、私はそれを望んでいたはずだというのに何故か、何か足りないような気がして私は少し、おかしかった。上手く言葉では言えない。でも何か変だった。
 それがもしかしたら淡々と流れていく時間を生きていくと言うことなのかも知れなかった。足りない何かは何故だかとても大事な物のように思えて、私はわけの分からないまま、ただそれがもうこの先一生手に入れることの出来ないものだとそれだけを確信する。
 戻れない道は、そして止まることすら出来ない道では、どうすればいいのだろう。
 時間という道はこの間にも私を包みながら未来と呼ばれる場所へ運んでいく。実は時間は現在というただ一点にしか存在せず因って私の存在は現在のみではあるものの、なかなかどうして、私は時間と共に在る所為でまるでずっと存在しているかのような不思議な感覚に陥ってしまうのだ。
 私はただただそれに焦燥感を募らせるばかりで結局水の中で藻掻くように前にも後ろにも、どこにも進めないまま何かに流されていくしかない。その事実に歯がゆさすら感じて、そして再び焦燥感が募る。その繰り返し。





 煮詰まりそうになる頭を開放するにはまず戦場に身を置くのが良い。行動と思考が一致しない時、敢えて行動に比重を置くことで、袋小路に入りそうな思考から脱却する。





 形容しがたい、風鈴のそれと酷似した鈴の音が聞こえた。





 直後私の直ぐ側にはやはり団服に身を包んだ男が立っていて、浅く息を吐いたのが分かった。
「やれやれ、数が多いのも問題だな」
 男は爆風で付いた埃を払うのと同じ仕草で、爆発によって飛び散った人の欠片を取り払った。見ていたものの、余り実感は湧かない。
 男の名はリル。変な名前だというと男は馬鹿みたいに快活に笑った。冷めているように見える外見とは異なって、中身は意外に一般人と大差ないようだった。ただ珍しいのは私への態度のみで、時折何か含みのある笑い方が私には癪だった。
「我らが聖母マリア、卑しきわたくしめにどうぞお力を」
「寒いですよ」
 一蹴しても男が気分を害することはないように見える。男は既に成人していて、それだけ大人と言うことなのかも知れないが、腹の底ではどうだか知れない。大体ケルト神話がどうのこうのと言っている人間がキリスト教に関係する人名を上げて助けを乞うのはおかしくないだろうか。リルは無神論者で単に知識としてケルト神話に精通しているだけかも知れないが。
「まったく、ここはぼくの地元だというのに。AKUMAにこんなに蹂躙されてしまうとは嘆かわしい」
「……マグ・メル、でしたっけ?イノセンスの名前」
 確認がてら問うと、リルは僅かに首を振った。
「いや、マグ・メルはイノセンスの名前ではなく、イノセンスの引き起こす事象になぞらえて呼ばれている名前だ。ケルト神話では喜びの島、海の底の死者の国と言う」
「確か行方不明だった船が急に海上に姿を現したり、その上船員は当時の記憶を保ったまま生きて発見された、とかでしたね」
「ああ。……それにしても、探索部隊が尽力し、ぼく達なりにこの街を探してみても、寄ってくるのはAKUMAばかり。困ったな」
 ベリーショートの琥珀色の髪は風でも殆ど揺れない。私はAKUMAを一瞥するとリルに向き直った。
「ここはあなたの腕の見せ所なんじゃないですか?ケルト神話になぞらえている要素がある以上は」
「やれやれ、マリア様は短気みたいだな」
鞠夜です」
 肩を竦める動作がまた私の神経に触れる。ラビとは違う意味でこいつも嫌な人種だ。
 取り敢えず私達は寄ってきたレベル1を適当に破壊し、時計台の中に隠れた。





 コムイさんから命を受けたのは一週間ほど前だ。スコットランドのとある海域で怪奇現象が報告されているから調べてこいと。勿論その時既に探索部隊が八割方調べをつけているわけだが、どうにも状況は百聞は一見に如かず、のようだ。いくら聞いてもそれは憶測の域を超えなかったり、怪奇の体験者は精神がおかしくなってしまったりとまともなことなど無かった。
 資料によれば無理もないらしい。ブックマンに話を聞いたところでもイノセンスそのものの力は強大で、普通の人間ならばその力の前に『壊れて』しまう程であるのだと言うことだった。生きているだけまだ良い方らしい。
 しかも怪奇の幅は広く、難破した船にいた乗組員のうち数名が溺れることなく海岸沿いにある街に漂流した例など様々だ。潮の流れでも有り得ないことらしいが、それら怪奇はやはり体験してみないと分からないしイノセンスに近づくことにもならないだろう。
「キィ・ワードは海、か」
「そうだな。小舟でも良いから適当に見繕って、例の海域に行くべきだな。AKUMAの破壊もあきたし」
「それも仕事じゃないですか」
「ぼくの力は一斉に破壊するのに向いてないんだ。シンクロ率も70%ちょっとだし」
 飄々とリルはそういって私は息をついた。
「……生存者はどれくらいいると思います?」
「さぁてな。ぼくが大半のAKUMAを破壊したから、まだ生きている人自体は多いと思うけど」
「見たところレベル1のAKUMAはもういないと思いますよ」
「そりゃ」
 リルは少しだけ笑みを浮かべて安堵したように息を吐いた。
 兎にも角にも、鼓膜の調子は未だに良いとは言えない所為で、耳から焼夷弾でも落とされたような最悪な気分だ。探索部隊から譲り受けた薬を服用する。これで幾分か、気分はマシになるはずだ。
 天気は晴れもせず雨も降らず、鬱蒼として陰惨だ。破壊されたこの街が戻ることはもう無いかも知れない。
 時計台の歯車が軋む音だけがこの街が生きているという証なのだ。





 AKUMAの居るところと言うのは必ず人間が居て、それはそうだ、AKUMAは人間によって、人間の皮を被って居るのだから。
 伯爵の命を受け、自我を持つレベル2以上のAKUMAはレベル1を率いてイノセントやエクソシストを潰しに世界各地、都会から秘境まであらゆる所へ行くと聞くが今のところ私には関係のない話だ。
 兎に角、人が死ぬ、と言うことは少なからずAKUMAを作り出す機会であることはまず間違いない。それが鬱陶しくて仕方がなかった。大体誰かに依存しないと生きていけないと言うのなら死んでみてはどうだろうか。
 誰かの死を超えて生きていけずまた死ぬことも出来ない、中途半端な人間の強さと根性の無さには呆れかえっても情けを掛ける気持ちなど沸いてくるはずがない。いっそ憐れみさえも感じる。
 形ある者は永遠にその姿を保っては居られない。これは真理だ。
 人間だって何時かは死ぬ。それを否定することは出来ない。自然というのは、理というのはそう言うものだ。西洋人は自然を支配下におけると考えているが、自然というのは人間が足を踏み入れるような、それが許されるような領域ではない。
 真理が覆ったように見えた時は、『何か』が潜んでいる時だ。それこそ、悪魔が。見かけ倒しの、しかし官能的なまでのトリックで人間を騙す。
 自分の感情を慰める事に関して余念のない人間は、何も考えずにAKUMAという兵器に手を出すのだろう。ただただ、自分の苦しみや悲しみから逃れたいためだけに伯爵の手を取る。そして、AKUMAの器にされる。なんだ、丁度良いじゃないか。これはていの良い自殺と変わらない。
 だがそのお陰で黒の教団は手を焼いているのだから、自殺するにしたってもう少し静かに死んで欲しいものだ。




 ゴーレムの無線機能を使って探索部隊と連絡を取り、船の手配をするように言ってから、私達は港へと向かっていた。
 港に着くと、海は靄がかかっていて、今にも時化そうな雰囲気だった。そこに船がずらり、静かに寝ている。波に揺られ、時折船が軋みを上げる。
「お待ちしておりました」
 探索部隊の一人が頭を軽く下げた。隣に、初老の女性が一人立っていた。
「……そちらは?」
「この近辺で真珠獲りを生業にしております者です」
 女性はそういって会釈を一つ。反射のように腰を折って、探索部隊を見る。
「こちらの女性が不思議な者を海中で見た、と」
「はい。……あれはもう随分と昔のことになります。真珠を獲りに海へと潜ったところ、不思議に淡く光る貝を見つけたのです」
「女性はその時は何も思わず、それを獲ることはしなかったそうです。しかし再びそこへ潜ってもその貝はなかったようでして」
 イノセンスと何か関係があるのだろうか、はたまた、その貝がイノセンスかどちらかだろう。探索部隊がこうして女性を捕まえておいたと言うことはその可能性が高いか、そうなのだ。私達は女性に一礼すると、探索部隊が手配した船を見上げた。
「……何というか、まあ、趣のある船だな」
「空気に飲まれないで下さい。イノセンスは新しい船も古い船も選びません」
 ホラーが苦手なのか、リルは余り乗船したく無さそうな声で言う。それをたしなめて私はさっさと用意されていた船に乗った。
 探索部隊も、リルも乗り込むと、船は静かに出航した。そこでAKUMAが追ってきたものの、リルが難なく撃破した。
鞠夜、せめて手伝えよ」
「私は超接近型なんで無理です。AKUMAが船の上にまで乗り込んでこない限り破壊出来ません」
「はあ……この組み合わせ、コムイもなに考えてんだか」
「案外何も考えてないかも知れないですよ」
「……かもな」
 否定されない辺りコムイさんの立ち位置が分かるものの、私達は噂の海域にまで船を走らせた。それは沿岸ではなく寧ろ街に近い場所で、徐々に晴れてきた天気に息をついた。リルが。意外に小心でもあるらしい。AKUMAは平気な辺りが笑いさえ引き起こす。
「まあ変に気合い入れても仕方ないですよ。上手い具合に怪奇と遭遇するか分かりませんし」
「いや……多分遭遇するな。ぼく達エクソシストの持つイノセンスと反応するだろう。或いは、鞠夜自身に」
 きみはイノセンスに好かれているようだから、とリルは言う。こっちは良い迷惑だ。

2007/06/24 : UP

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