FUCK YOU GOD!

溶け合い混ざる
29TH STAGE: Stand by me and you.

 3時間ほど科学班で手伝いをした後、リナリーの少し休憩しましょうという言葉で手を休めた。その間にと、そこから離れて部屋へ向かう。途中食堂に立ち寄り、温かいコーヒーを一杯もらった。
 一応ノックをして部屋に入ると、出る直前とほぼ同じ体勢で寝ているリーバーさんが見えた。とても静かだった。死んだように眠るという言葉がこれほど似合うこともないと考える。
 日も昇り、晴れやかな天気につられて窓を開けた。涼しい空気が入り、一つ息をつく。リーバーさんを起こすべきかどうか迷っていた。
 誰も何も言わなかったのはジョニーが代表して言っていた通り、リーバーさんが自然に起きるのはともかくとして、起こすとなったときのタイミングは私にまかされているのだろう。余計に起こすのは気が引けた。まだリーバーさんが眠ってから4時間ほどしか経っていない。せめて6時間か8時間ほどは眠ったほうがいい気がする。それでも班長である彼のサインがなければ通らない書類がこうしている間にもたまっている。
 やっぱり起こした方がいいか。
 そう結論付けた瞬間、リーバーさんが身じろぎをした。そのまま唸ったかと思うと、上半身をゆっくりと起こして目頭を押さえた。
「おはようございます、ミスターリーバー」
「……何時間寝てた?」
「4時間ほど。はい、これ今さっき淹れてもらったばかりの甘めのコーヒーです」
「……サンキュ」
 まずまずだ、とリーバーさんはひとりごちてコーヒーに口をつける。シャワーでも浴びればどうですかと勧めると、少し頭が動いた。
「レモンスカッシュはその時にでもお渡ししますね」
 暗に忘れて無いことを主張して、まだまだぼんやりとした様子のリーバーさんに笑みがこぼれた。
「?どうしたんだ?」
「いえ、ミスターリーバーの寝起き姿が見られるのはレアだなとおもって」
 いつも書類と格闘しているか、コムイさんを仕事に連れ戻そうとしているか、疲れきったところしか見てませんから、と付け加えると少しばつが悪そうにリーバーさんが頭をかいた。
鞠夜、今度暇な時オレに時間をくれ」
「いいですけど、どうかしたんですか?何か手伝いでも」
「いや違う」
 リーバーさんは言うと、右手でエルの文字を作って、私にその人差し指を向けた。
「射撃。オレの趣味」
 イイトコ見せないとな、というリーバーさんの顔はずいぶんと元気になっているようだった。楽しみにしていますというと、ほころんだ顔が見えた。
 別れ際、書庫に返す本について聞くと
鞠夜、オレの机の位置分かるか?」
「……ええ、多分。いつもミスターリーバーが座っているところですよね」
「ああ、その机の一番下の引き出しにあるのがそれだ。確か、5、6冊あったと思う」
「わかりました。持って行きます」
「悪いな」
「大したことないですよ。気にしないでください」
 そんな会話をして、私は科学班へ足を向けた。
「あ、鞠夜
「ミスターリーバーが起きた。今はシャワー浴びてるから直にこっちに来る。顔色もよくなっていたし、大丈夫だと思う」
「そっか、よかった!」
 言いながらいつもリーバーさんの座っていた机まで行き引き出しから本とファイルを取る。冊子も含めると結構な重さだった。4kgはあるだろうか。
鞠夜、紅茶あるわよ?」
「ああ、じゃぁ書庫から戻ったらもらう」
 リナリーの言葉に答えて、書庫へ歩く。すでに朝ではないからか、科学班のところにも人が増えてきていた。というより、起きて活動する人数が増えたというべきだろうか。科学班はいつも人手不足で忙しいと聞くから。
 珍獣でも見るような視線に気づかないふりをして書庫のカウンターに持っていたものを置いた。ご苦労さんと言われ、片手を上げてこたえた。紅茶が冷めないうちにと駆け足で戻る。
「お帰り、はい紅茶」
「ありがとう」
鞠夜、班長の椅子使いなよ。まだ戻ってきてないし」
 ジョニーに薦められるままにそこに腰かけると、急にジョニーが身を乗り出した。
鞠夜、また団服作ろうかと思うんだけどさ、次はどんなのがいい?」
 どこか楽しそうな声になんでもいいですがと言うと、そんなこと言わずにさ!とジョニーが声をあげる。
「オレ、服飾好きなんだ。だからリクエストがあれば何でも言って!」
「……それじゃぁ…いままでのジャケットもいいですが、コート風にできますか?」
 羽ペンと空いた白い紙をもらって、ささっと大まかなデザインを描く。カッター風のデザインで、丈が長く膝上ほどあって、腰にはベルトを差し込む。ズボンは薄めで肌に沿ったものを。靴はふくらはぎを覆うほどのブーツ。ローズクロスの位置やこまやかなデザインはお任せします、というと、ジョニーは気に入ったように紙を眺めた。
鞠夜って服飾向いてるのかもな。今度手伝ってよ」
「……かまいませんが、センスはないと思いますよ」
「いやいや、十分だよ!鞠夜と団服作れるの楽しみにしてる!」
 にこにこと笑うジョニーにどうも、と返した。紅茶に口をつけて、ため息をついた。こんなに人に囲まれるのは初めてかもしれない。囲まれるというか、人の輪の中に入るというか、ここに来てからあまり人との交流がなかったことを改めて知った。それは確かに自分の意志だったはずなのに、なんだか惜しいことをした気がしてきて内心苦笑してしまう。
 わずらわしいと思っていたのに、鬱陶しくて仕方がなかったはずなのに、ころりと変わってしまう自分の感情にぐるりと気分が悪くなった。

 いったい私はどこまで自分本位でいれば気が済むのだろう。

 マグ・メルを探しにリルと任務に出てから、イノセンスと遭遇してから、わかったことがある。見えたことがある。
 私はやり直せる。まだ、やり直せる。きっとあの世界にいてもやり直せた。
 それでも新しい感情と昔馴染みの感情は私の心の中で同居することに対してまだ戸惑っていて、もちろんどちらも捨てることなんてできないのに、どちらかを選ばなければいけないような気がした。
 矛盾しているからだろうその戸惑いは、まだしばらくの間は消えてくれそうにない。
 それでもいいのだ、といつか言えるようになればいい。
 ふと思考を落として考えていると、不意にジョニーが声を上げた。。
「なぁなぁ、どうして鞠夜は班長のこと『ミスターリーバー』って呼ぶんだ?」
「え?」
「確かにそうよね、ミスターつけるならファミリーネームにつけるわよね」
「え?」
 ジョニーとリナリーだけでなく、いつの間にかやってきていたコムイさんや、他にコーヒーに口をつけている科学班の人も首をかしげて私の方を見ていた。
「……もしかして、リーバーって、名前、なのか?」
 つぶやくと、知らなかったの?とリナリーが目を見開いた。
 知らなかったも何も、自己紹介の時もリーバーとしか聞いてないし大人からもそう言われているからずっと名字だと思っていた。
 周りの驚いた気配に私の方が驚きたい。組織内というものは普通名字でやり取りするものじゃないだろうか。友達などではないのだし。
 いうと、さらに目を見開かれるから困った。
「じゃぁ、アレン君は名前って知ってる?」
「それは知ってます。ラビの名前についてはブックマンから伺ってたので知ってました」
「カンダは?」
「同じ日本人だし、初めは名字で呼んでましたよ」
「ミランダは?」
「名前で呼んでって言われたから」
「コムイ室長は?」
「リナリーと兄妹で姓が同じじゃないですか。便宜上名前の方がいいのかと」
 矢次に投げられる質問に答えていくと、なぜだか大きくため息をつかれた。なんだかとても納得がいかないのは気のせいではないはずだ。
「あ!オレの"ジョニー"は名前だからな!」
「それもわかりますよ。メジャーな英名は知っているつもりです」
 国籍がてんでバラけているせいで聞きなれない名前は名字なのか名前なのかわからない。フルネームで言われれば分かるものの、どちらか片方だけの場合は困る。
「リーバーさんの場合は名前しか教えていただけませんでしたし、年も立場も上ですし、敬称つけないと。それにあれくらいの方がポンと自己紹介すれば、誰だって名字だと思うでしょう?」
「班長はあんまりそういうの気にしない方だと思うけどな」
「日本人ってメンドクサイのな」
「いたって普通ですが」
「なんの話だ?」
「あっ!班長!」
鞠夜が几帳面で片っ苦しいって話だよ」
 その後かいつまんで説明を受けたリーバーさんに"やっぱ日本人だ!鞠夜が普通だよなカンダが特殊なんだよな!それでこそ日本人だよ鞠夜お前ってやつは!"となぜかものすごく泣き付かれ、私はぎくしゃくした動作でリーバーさんをなだめてレモンスカッシュをもらってきますと科学班を後にした。簡潔にいえば、逃げた。

鞠夜ってすぐ赤くなるんだなー」

 ジョニーの声が聞こえた気がしたが、聞こえないふりをした。

2009/03/18 : UP

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