運命という名の、絶望

 「私も、行かせて下さい」
 空を見る事も、胸の内の焦燥感も、未だの中に燻る鈍い痛みも、全ては彼女を急かし立てる材料でしかなかったのだ。



Event No.2 白と雪と、ぬくもりと



 やはりアルバの小屋、否、ファンダリアは雪に包まれていた。
 閑静な森の中。彼らを邪魔するものは、何人たりとも存在しなかった
 「えーん!嫌ですぅ~さんが行っちゃうなんて~」
 声が響いた。チェルシーは涙目になりながらに訴えかけた。
 しかしは、穏やかな顔のまま、チェルシーの瞳を捕らえた。
 「御免ね。でも私は、此処に来てからずっと、何かもどかしいような、何かしなくちゃいけないような、そんな気ばかりしてた。 正直、記憶のことも気になるけれど、貴女が居てくれたから、私、笑顔で居られた。
 貴女やアルバさんと生活して、私、安心できた。チェルシー………有り難う」
 チェルシーは堪えきれなくなったのか、その大きな両目から、涙が溢れ出した。
 そしてに抱きついて、声を押し殺して泣いた。
 は、チェルシーが泣き止むまでその頭を撫でていた。寒かった。寒い日だった。
「……さん……また、こ、こに来て、くれます、か?」
涙は出なくなったものの、嗚咽が止まらないチェルシーを、は微笑んで
「うん。生きていれば会えるよ。必ず、此処にも遊びに来るから」
 そう、言った。
 未だに嗚咽が止まらず、ともすればまた涙が溢れ出しそうな瞳でを見上げたチェルシーは、その視線をウッドロウに移し、彼にも別れを告げた。



 視界が、白い。
 静かで、何も聞こえなくて。そして、それが静寂をうるさいほどに感じさせていた。
 静かすぎて、少し怖い。
 の呟きは、視界いっぱいに広がる一色に飲み込まれた。
 「そうだ、スタンって、何歳なの?」
 の声が響いた。否、響いたように思えただけで、本当はもっと小さな声だったのかも知れない。
 スタンは、を見下ろして、少し笑った。
 「俺は18だよ」
 まだ少し照れの残る表情が緩んだ。妹が居るんだ。そう言って、を見た。
 「は何歳?」
 「私は16」
 「へぇ」
 二人の会話を聞きながら、二人よりも少し先を行くウッドロウ。
 その背を見ながら、スタンが少し笑った。
 「俺、と歳の近い妹が居るんだ」
 「へぇ…会ってみたいな」
 「また機会があればね」
 ふふ、とどちらとも無く笑みがこぼれる。スタンは、外に出るの初めてなんだろ、と尋ね、それなのに良く落ち着いてるなと言った。
 落ち着いている、と、スタンは確かににそう言ったけれど、はそうは思っていなかった。どこか、他人事のように感じている。しかも、その自分を否定するどころか、肯定している。
 「変だね。若く見られたわけでもないのに、スタンが言うと随分誉められているような感覚になる」
 はそう言って笑った。自分の中にある、渦巻く何か。それを押しつぶすために。
 雪は降る。
 ウッドロウが歩くその先に、何かが見えた。ジェノスだった。ファンダリアの中の、国境の街と呼ばれる、そこ。
 三人はその街の中に入った。
 ふと、ウッドロウが二人を振り向く。
 「それでは、すまないが私は此処で失礼するよ」
 「はい。ウッドロウさんもお元気で」
 「また生きて会えると良いですね」
 「そうだな」
 そう言ってウッドロウと達は別れた。別れ際ののセリフには、ウッドロウもやや苦笑したが。
 しかしそれはそうと、二人はジェノスを抜けるための通行証を持っていなかった。
 は記憶喪失で、スタンは飛行竜に密航していたというのだから、二人は苦笑するしかなかった。
 関所を通ることができず、詰め所に立ち寄った二人は通行証を見つけた。 が、宿の二階にいたおじいさんが探していたのを思い出し、わざわざ知らせに走った。馬鹿者、と、スタンの持つ剣、ディムロスから叱咤された。 スタンは普通に、剣に向かって当たり前のことをしたまでだ、と言い貼った。が、これでは関所を通れない。
 どうすべきか、と宿を出た瞬間、スタンは人とぶつかった。
 「だ、大丈夫ですか!」
 「いや、すまない。こっちの方もよそ見をしていた」
 どちらかと言えば、赤と言うよりも深いオレンジ。その髪と同系統の服で、随分長身の女性が、二人の前に立っていた。
 マリーと名乗ったその女性は、とスタンに、トラップに掛かった仲間を助けて欲しいと頼んだ。
 スタンは当然のようにそれを引き受け、芋づる式にも同行することになった。
 ウッドロウと歩いてきた道を、逆に行く。
 途中マリーが道から逸れるように言った。
 そこは、洞窟だった。深い森の影に、ひっそりと、佇んでいた。
 薄暗い、まぁ普通の人間ならば、近づかないような所だった。
 「仲間は、この奥に居るんだ。」
 そう言ったマリーの声は、洞窟内に響いた。洞窟の壁にスイッチがあり、それを押すと、隣の岩が開いた。 くぐると景色は一転して、洞窟ではなく、神殿のような造りになった。
 洞窟を歩いていた時から寄ってくるモンスター達をなぎ払いつつ、先へと進む。
 奥には、マリーの言う仲間らしき人物が、何か、球体のような物の中にはまっていた。
 黒い短い髪の女性が喚く。名を、ルーティと言った。
 「………ルー、ティ?」
 鈍い痛み。は眉をひそめて、頭を振った。スタンはそれを気遣ったが、気にしないで早く罠を解除してやれと言うの言葉に従った。
 マリーとスタンはそれぞれ、ルーティの近くにある似たような台の前に立った。
 「そこにスイッチがあるだろう?」
 マリーがそう言うと、スタンは確認するようにそのボタンを押した。
 「!まだ触るな!」
 「え?」
 言った時にはもう遅かった。スタンはルーティと同じように、球体の中にいた。
 「う、うわわわわ!」
 「馬鹿ねぇ!何やってんのよ!」
 慌てるスタンに、ルーティの檄が飛ぶ。
 「スタン、大丈夫?」
 頭痛が引いてきたのか、はスタンを気遣った。
 逆に気遣われてどうすると、ルーティが球体の中からはやし立てた。スタンはむっとしたが、 マリーがトラップを解除してタイミングを合わせるんだ、と言った所為で、それは一応は引っ込んだ。
 「せーのっ!」
 二人が同時に押すと、罠は無事解除された。は一つ、息を吐いた。しかし、ルーティは礼の1つも言わなかった。
 「は?あたしはマリーに助けてくれって言ったのよ?あんた達を連れてきたのはマリーであって、あたしじゃないわ」
 礼にすら値段を付けているかと思えるほどの守銭奴。はこの時そう思った。
 その時だった。
 白い服を着た、三人の男が現れた。
 「もしかして盗賊ってヤツ?やぁ~ね~人のお宝横取りするなんて」
 ルーティの言葉に、男三人は何か抗議しようとした。しかしルーティ、マリーはもう既にやる気十分で、相手を張っ倒す勢い。
 はスタンが未だにおろおろしているのを見ながら、自分もレイピアを構えた。
 とりあえず、死ぬのは御免だ。
 「いっくわよ~」
 ルーティがさも楽しそうに笑顔で言う。戦闘開始の合図だった。
 男三人は先に力の弱そうな者から片を付けようとしたのか、真っ先にに迫ってきた。良い判断だった。体躯に最も恵まれていないのはなのだから。
 しかし、男三人が一気に迫ってくるのにもかかわらず、は冷静だった。
 しっかりと動きを見据えて、構える。
 一人目が正面から剣を突きだしてくる。小手調べと言った所なのか、はたまた女だからと手を抜いているのか、 それほど重くはなかった。
 軌道見え見えのその剣を、は難無くかわした。そして男の左側に飛び出し、足を狙ってレイピアを振った。
 「ぐぅあああああああああああ!!!!!」
 一人目の男は思いの他深く刺さったのか、大きな悲鳴を上げて倒れた。神殿内に、嫌な音が響いた。
 二人目。一人目の惨状を目の当たりにしているだけに、少々顔が引きつっている。
 しかしの射るような視線に、闇雲に叫んで剣を振って飛び出した。当たるはずがなかった。
 は、がむしゃらに剣を振って突っ込んでくる男から用心深く間合いを取りながら、男の足だけを狙っていた。
 男の腕を軽く傷つけた後、そのせいで一瞬剣を持つ手が止まった隙をついて、今度はあまり深くならないように、しかしえぐるようにレイピアを振った。
 二人目の男も、一人目よりはマシだが、うめいて膝をついた。血が、床を彩る。二人の男のうめき声が気味悪かった。
 三人目。は男の方を見やると、先程度同じように鋭い視線を向けた。
男はもう適わないと悟ったのか、二人目の男と共に、一人目の男を担ぎながら負け惜しみを吐いて逃げていった。
「………思ったよりも弱かったね」
 はスタンに同意を求めるが、生憎スタン、ルーティ、マリーともに戦わなかったために、その言葉に応えることはできなかった。
 ただ、ルーティは目を光らせていた。誰も、気がつかなかったが。
 「ああ!あとがとう。二人が居なかったらきっとあたし達が負けていたわ……」
 スタンと、マリーは”二人”と言うことに引っかかりを覚えたが、あえて突っ込まなかった。
 そのことよりも、急にしおらしくなったルーティに、なかなか対応できなかった、と言うのが正しい表現だろうか。
 とりあえず、ジェノスの酒場にでも行って今後のことをいろいろ話し合いましょう、とルーティが言う。
 また襲われるよりもそちらの方が良いだろうと判断し、まだ此処に留まる理由もなかったので、一行はルーティとマリーの案内で、一度ジェノスに戻ることとなった。道中、自己紹介をしながら。


 「ねぇ、あたし達と組まない?」
 酒場で一息ついてから、ルーティが言った。
  は先程の戦闘時とはかけ離れた穏やかな笑みで
 「悪事に関係なければ」
 と言い放った。のあまりにも率直な物言いに、ルーティは少々顔を引きつらせたが、同じ質問をスタンにもした。
 渋っていたスタンに、ルーティは一本の剣を机の上に置く。途端、ディムロスがしゃべり出した。
 『アトワイト!?』
 『ディムロス!!』
 感動の再会、と言っても良いのだろうか。そのシーンに、が口を挟んだ。
 「剣って、喋るものとそうでないものがあるんですね。私のは喋らないようですし……」
 そのセリフに、皆が固まった。
 「!もしかしてディムロスの声が聞こえるのか!!」
 いち早く状況に復帰したのは、以外にもスタンだった。
 「うん。だってさっき通行証のことで一緒にディムロスに怒られたじゃない」
 「あ」
 『あ』
 スタンとディムロスの声が重なる。ルーティは呆れるようにため息をついた。
 「………………マスターがマスターなら、ソーディアンもソーディアンみたいね」

200-/--/-- : UP

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