運命という名の、絶望
「ハーメンツの村に行くわよ」
Event No.3 リオン・マグナス
莢が目覚めたのを確認したルーティは開口一番、そう言い放った。
「……ハーメンツ、ですか?」
「あぁ、そう言えば、何も知らなかったんだっけ」
いまいちよく分かっていない莢に、ルーティは別段皮肉でもないようなニュアンスで言った。さばさばと、竹を割ったような性格の彼女。莢はうんと頷いた。
「ここから少し離れたところにある、小さな村だ」
マリーが軽く説明する。
「そこに依頼主が居てね。あたし達はそこに頼まれた品物を渡しにいくのよ。報酬と引き替えにね」
そう言って親指と人差し指で丸を作り、ウインクするルーティ。
「ま、でも絶対報酬より多めに貰うけどね。何てったって罠があるなんて一言も言わなかったんだから」
先程とは打って変わって苛立ちを露わにするルーティに向かって、莢は慌てたように話題を変えた。
「そう言えば、スタンはまだ寝てる、の?」
昨日、就寝前に”敬語は無し!”と言われた莢は、少し引っかかりつつも、そう言った。
ああ、そういえば。とあっけらかんと言うルーティに莢は少し脱力した。
「それじゃぁ、起こしに行きましょうか」
「莢」
「あ」
敬語を使ってしまった莢は、ルーティにでこピンを喰らった。
「まったく……なんでスタンには使わないんだか」
「だって、何となく使う方がおかしい気がして」
「それは言えているな」
スタンを叩き起こした後、一行はハーメンツへ向けて出発した。
「そう言えば、莢はどうして旅に出たいと思ったんだ?」
マリーが問うた。同じ記憶喪失だと言うことが、彼女に親近感を沸かせているからかも知れなかった。
莢は少し考える仕草をした後に、
「自分でも、よく分からないんだ。ただ……。何故かは分からないんだけど、ファンダリアの空を見てると、なんだか、何かしなくちゃいけない気がして……。
後、特定の人物を見ると、頭痛がするんだけど、その痛さが……何か、とても大事なことを忘れているのを、叱ってるような気がして。
それを思い出させるために、痛みが走るというか………」
「特定の人物?」
「うん。スタンと会ったときにも、ウッドロウさんって言って………マリーに会う直前に一緒にいた人なんだけど。
その人を初めて見たときにも、頭痛がしたんだ。ルーティを見た時も、痛かったんだけど………」
そう言えば、とスタンが続く。
「ルーティを見た時、莢、痛がってたよな?」
「うん」
莢は軽い相づちを打った。
「…なんだか………本当は、スタン達のこと、知ってる気がするの……。それで……まだ、一番大切なことを忘れている気がする……」
莢の目は真剣だった。
「それが知りたくて、かな?」
だが、次に言ったセリフ。その目には、柔らかさしかなく。
穏やかに微笑む莢に、一行はやはり穏やかに微笑み返した。
「なんだ、じゃないわよ!5000ぽっちのはした金で納得すると思ってんの!これだけの杖だったらオークションかけたれば5万はくだらないわよ!?」
ルーティの怒声が飛ぶ。半分切れていた。
「ま、このくらいで勘弁しておいてあげるわ」
ルーティはウォルトが5000ガルド出した場所をもう一度漁り、もう5000ガルド引き出した後、ふんぞり返って言い放った。
「せっかく、宿屋まで予約してもてなすつもりでいたものを、恩を仇で返しおって!」
ルーティとマリーの依頼主であるウォルトが、憎々しげに唸った。だが、、ルーティはそれすらあざ笑い、さも当然かのように
「あ、そう。じゃあ、宿はありがたく使わせてもらうわ。行きましょ、スタン、莢」
ふふんと、鼻で笑って、先を歩いていった。
「鬼だ……」
スタンがこの時呟いた言葉は、幸いにもルーティには届かなかった。
だが、その翌日。
莢は太陽が昇る前に起きて、部屋の中で、他の客に迷惑にならない程度に剣を振った。ウッドロウに指南して貰う内に、自然と付いた習慣だった。
なるべく、音を立てないようにするのも、鍛錬の1つだと思いつつ。軽く汗をかくくらいでやめると、剣に潤滑油を引いて、鞘に戻した。
鞘から抜く際に音が出ると、何かと不便だった。ウッドロウはレイピアの他にもう一本、莢に剣を与えていた。莢はレイピアと片手剣の両方を手に持って、空を切った。
莢は、記憶はなくしていても、こと戦闘に関しては何よりも心得ていた。
「おはよう、ルーティ、マリー」
手入れが終わった後に、二人が目覚める。
莢は微笑んで、挨拶をした。ルーティは少しまだ眠たそうにしながら、マリーは爽やかに笑いながら、それぞれ莢に返した。
準備が整えられると、スタンを起こしに行く。
案の定まだ寝ていたスタンを、なんとかルーティと莢、二人係で起こした。
それからスタンの準備が整うのを待って、階下に降りていく。
何やら、騒がしい。
「?何だ?」
スタンがひょいと顔を覗かせると、この前のような、白い服を着た男、おそらく、同一人物だろう。が、スタンを指さして大声を上げた。
「ああっ!!いた!あいつだ!!!」
「え?え、え?」
スタンは状況に付いていけない。
「あー!あんたたち、この間の盗賊!」
ルーティが思い出したように告げる。
白い服の男達はいかにも心外だという風に怒った。
「誰が盗賊だ!」
「我々はセインガルドの兵士だぞ!」
声を荒げて言う男を、もう一人が止めた。
「よせ!まあ、いい。それよりもお前ら、あの神殿は王国の管理下にあると知っての所業だろうな?」
その言葉に、スタンと莢は驚いて、ルーティを見た。
「ちっ………」
ルーティが舌打ちをした。悪行だったのかと諫める二人の視線は、敢えて見ない。
「逃げるわよ!!」
ルーティが隊長、と呼ばれた男を突き飛ばし、マリーと共に外へと踊り出た。
そしてそれに続くように、未だに状況がよく分かっていないスタンの手首をつかみ、莢は急かすように引っ張った。
「早く!」
外に出ると、もう既に包囲された状態だった。先程の三人のような白い服の男達が、何人も立っている。
先程聞いた会話からすると、セインガルド王国とやらの兵士なのだろう。初めて聞くその地名。莢は思った。
既にルーティとマリーは、前の時のようにやる気に満ちていた。スタンが、声を上げた。
「ルーティ!悪事には手を貸さないって言っただろ!」
「あら!あたしが掴まるとでも思ってんの?」
さも楽しそうにルーティが言う。もはや悪人同然だった。よくも、とスタンが声を上げそうになるのを、莢は抑えていた。
「………ルーティ。後でちゃんと帳尻合わせて貰うからね」
二人のやる気を削ぐように莢は低い声で言うと、地を蹴って戦闘に入った。
1番強行突破としてはオーソドックスであろう、逃げる道がある位置。
当然兵士も多いだろうと思ったが、何を考えているんだと言いたくなる程、兵士の配置は横に集まっていた。
当然莢は兵士の配置の薄いそこに突っ込む。
それに反応した近くの兵士が何人か莢の行く手をふさごうとするが、莢のスピードには追いつけなかった。
しかも莢はそのまま逃げずに、周りに集まってきた兵士を殺さないように、慎重に斬りつけた。
その顔は、酷く険しい。気を使うのだろう、諸処で身体が強張って、妙な痙攣を起こしている。
「ルーティ!」
莢が叫ぶ。
「とりあえず手を組んでるから、一緒に戦ってるんだからね!」
一緒。その言葉にルーティとマリーは顔を見合わせてニヤリと笑みを浮かべた後、莢を後にして集まってきた兵士をなぎ払うと、戦いに参加した。
「とりあえずってのは要らないと思うわね!」
「私も莢に続くぞ!」
勇ましく剣を振るう。勿論、殺すような真似はしていない。莢に比べれば、ルーティとマリーは相手にする数が少なかったから。何よりも、人殺しの罪で問われるのは皆御免だった。
スタンは仕方がないと諦めたのか、途中から戦闘に加わった。
「あたし達に喧嘩売るには100年早いんじゃないの?」
勝ち誇ったようにルーティが笑う。周りには、地に伏した兵士達がたくさん。
「ええい、なにをやっている。相手はたかが三人だというのに!」
憎々しげに、とも、悔しそうに、はたまた、焦っているようにも取れる声が響いた。
「どけ!」
続いてそれを遮るかのように荒々しい声が響く。現れたのは、黒髪の少年だった。
「あ、あなたはリオン様ッ!」
兵士の一人が、声を上げた。
リオンと呼ばれた黒髪の少年は、莢達がひとしきり相手にし、倒した兵士達を見下したように見下ろした。
「チッ。役立たずどもが………」
吐き捨てる。莢は、その視界に、リオンの姿を捕らえた。そしてリオンを眼にした刹那、莢は例の頭痛に襲われた。
「莢!?」
ルーティが駆け寄るのが見えた。ウッドロウやスタン、ルーティのそれではない。
それよりも遙かに酷い頭痛だった。
「…………く、………ぅ、う………」
眉をひそめ、苦痛に身をよじらせる。無意識か、その爪は地面を強く引っ掻いていた。
「フン……。そいつが心配なら大人しくしていろ。しかし、どうしてもと言うのならば、僕も相手になろう。
ただし、罪人に人権はない事を覚えておけ」
莢がうずくまり、痛みに耐えているのを無視するかのように冷笑するリオン。
ルーティはカッとなったが、スタンに押さえられた。
「何すんのよ!」
「莢のことを思うなら、此処は大人しく掴まった方が良いと思う」
マリーが真剣にルーティに声を掛けた。
「………っ、仕方ないわね………」
ルーティがそう言って諦めた時、莢の意識は白濁色の中に飲み込まれた。
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