運命という名の、絶望
「う………。ここ、は?」
Event No.4 ストレイライズ神殿
目を開けたら、知らない天井が見えた。
「気が付いた?」
声のした方に目を向けると、ルーティが心配そうに私を見つめていた。
そうか。頭痛がして、気絶したんだ…。逃げる気だったのに、悪いコトしちゃったな。
「………ごめんね?ルーティ。私の所為で………」
私が開口一番にそう言うと、ルーティは困ったように笑った。
「いいのよ。莢の方が心配だったんだから」
そう言って、私の頭を撫でた。
「そうだぞ。さっきからひっきりなしにお前の顔をのぞき込んでは、まだ起きない、まだ起きないと言っていたんだ」
マリーの言葉に、ルーティは慌てた。
「もう!要らないことは言わなくて良いの!」
私はその光景を微笑んでみていたけれど、ふと、此処がどこなのか、まだ知らないことに気付いた。
「そういえば。………。此処、どこ?」
私の問いにルーティが答えてくれた。
「ああ、ダリルシェイドの牢屋」
ダリルシェイド。
少しまた、頭が痛くなった。此処も、何か大事な場所なのかな……。分かんないけど…。
………。
?
「…………スタン、は?」
ここに来て、ようやくスタンがいないのに気付いた。
「ああ、アイツなら隣よ」
ルーティがさらっと告げた。
そっか。安心してため息を付く。
ふと、外が騒がしくなった。みると、幾人かの兵士がやってきた。
……。強面、って感じの、変に偉そうな感じの兵士。
私達は牢屋から出されると、縄をまかれた。
「歩け」
いたって無機質な、淡々とした声。
とりあえず、従った方が良いよね。もう既に手の自由きかないけど。
まだ少し痛みの残る頭。
何かを考えると、痛い。
痛みと闘うように、でも足は動かしたまましばらくすると、スタン達が止まった。
私はそれに気付くのが遅くなって、前を歩いていたマリーに当たった。
「あ………ゴメン、マリー」
「いや、気にしなくて良いぞ?」
顔だけチラッと私の方を見て、マリーは普段と変わらないように微笑んだ。
その後、何かよく分からないけれど、ヒューゴ…と言う人が現れて、”ストレイライズ神殿”と言うところに向かうことになった。
さっきから、知らない地名がぽんぽん出てくる。……地図とか……無いの、かな。
「……なに?」
ふと、頭に何か。
私は、気になって問うてみた。
「遠隔操作で電撃を流すことのできるティアラです。無理に取ろうとすると、致死量の電流が流れます」
ヒューゴの静かな声が、逆に微々たる恐怖を引きだたせる。
ふと、ヒューゴと眼が、あった。その口元が、少し、弧を描いた気がした。
「……こんな風に」
ヒューゴはそう言うと、手元にあるスイッチのようなものを動かした。
「――――――きゃぁあああああ!!!!!!!」
突然、身体中に衝撃が来る。心臓が跳ねたまま、動かないかとも思えた。
痛い痛い痛い。
痛い。
実質、ほんの数秒だけだったのだろう、でも、私にはかなり長いように思えた。
電流が駆け抜けて、心臓がぎゅっと押さえつけられて、そのまま動かなくなったような。
そんな、酷く痛い衝撃だった。
電流が抜けても力は入らなくて。
ただボーっとする私をニヤリと人の悪い笑みを浮かべているヒューゴに、恐怖を覚えた。
怖くて。
ヒューゴが、怖くて。
恐くて。
死ぬかも知れないと思って、恐くて。
涙が、出た。
「莢、莢っ!!」
ルーティが心配そうに私を見つめるけれど、涙が視界を歪ませて、あまりよく見えない。
「っ莢!!!」
がくがくと方を揺さぶられて。それでも、私は何も返せなかった。
「ルーティ。落ち着け。………ショックで何も考えられないだけだ」
マリーが、私の気持ちを代弁するかのように、ルーティを優しく諭すのが聞こえた。
「フン………」
遠くで、リオンが鼻で笑ったような気がした。
リオン。
私は、彼を知っている?
彼を見た時に感じた、激痛。
それ以上に、既視感を……デジャ・ビュを、感じた。……気が、する。
思い出せ。
思い、出さなくちゃ。
彼は……………………。
彼、は……………エミ、リオ?
否、彼はリオンだ。でも、エミリオ?
…………エミリオと言う名だったような気がする。
何故だろう。
私と彼は、前に会ったことがあったのだろうか。
「何をしている?早くヒューゴ様の屋敷へ向かうぞ」
何時までもうずくまっている私に、リオンが手をさしのべた。
「ありがとう……」
その手を取って、立ち上がる。
「フン……。あれくらいで放心状態になるとは、修行が足りん証拠だ」
リオンはそう言うと、まだ握っていた私の手を振り解いて、さっさと行ってしまった。
私も慌てて後を追う。
「待ってよ……」
自分の声が、酷く弱々しいのに気付く。
リオンもそう感じたのか、立ち止まって私の方を振り向いた。
「………まったく………。見てられんな」
何が、と私が問う前に、私は浮いていた。
否、私は抱きかかえられていた。
「え……!?ちょ、っと!」
「うるさい、黙れ。……………放り投げるぞ」
さすがにそれは嫌だったので、大人しく抱かれる。
………暖かい。
優しい。
さっきまで、人を見下したように笑っていた、リオン。
これは、エミリオ?
リオンの優しさをずいぶん前から知っているような気がする。
そして、その優しさを表に出すことがなかったことも。
何故?
疑問符ばかりが頭に浮かぶ。
………リオンは、何か知っているだろうか。
そう思って訊ねた。すると
「先程の電流でおかしくなったか?僕をお前はどこをどうしたって初対面だ」
と。キッパリと言い切られた。それを悲しく思う反面、妙な納得感が私を包む。
そう、だ。初対面。初対面、の、はず。
「………だよね。そう、だよね……。エミリオが私のこと知ってるわ………」
そこまで来て、私はハッと息をのんだ。
抱えられているため、近い位置にあるリオンの顔色を窺う。
案の定、彼は怒りとも、警戒とも取れる顔をしていた。
「何故………。僕の本名を知っている?」
それは静かで。それが逆に怒っていることを感じさせた。
違う。これは……警戒、されてる。何者をも立ち入らせないような、酷い、警戒。
私はリオンに少しの戸惑いと、おびえを感じながらも、応えた。
「知らない……。私、記憶がないの………だから……」
「……分かった、もういい。………ここからは一人で歩けるな?」
リオンは優しくそう訊ね、頷く私をそっとおろした。
怒って、いるのだろうか。
「リオ………」
「五月蠅い」
ぴしゃりとそう言われ、私は胸が苦しくなるのを感じた。
自然と、手が胸元の服をつかむ。それでも、足はリオンを追っていた。
何だろう、何だろう。
胸が、ドキドキしてる。
苦しくて、鼻の奥が、痛い。
スタン達は先にヒューゴ邸の屋敷に行っている、とリオンは説明してくれた。
「あのヒス女は駄々をこねていたがな」
とも。
「そう……」
私は素っ気なく返した。どうしても身体の痺れが取れずにいるために、そうなったと言った方が良いだろうか。
しばらくして、スタンの金髪が目に入った。
「ちょっと!あんた莢になにもしてないでしょうね!」
ルーティがリオンにくってかかった。
「フン………。お前には関係ないだろう」
「な、あああああんですってぇぇ!!!!」
ルーティはもうカンカンだ。……カルシウム、足りてる?
「お、落ち着いて、ルーティ。大丈夫だよ。ちょっと自分では歩けそうになかったから、抱きかかえて貰っただけ…」
そう言ったのが、まずかったらしい。
……私も、言ってから、しまったと、思わずリオンを見てしまった。
「な、あんた………っ!!!」
「何だ」
「何だじゃないわよ!今度莢に触ったらただじゃ済まないからね!」
ルーティ……。触ったらって………。
「ルーティ、いくら何でも触ったらって言うのは無理なんじゃないか?」
スタンが妙にぼける。嗚呼もう収拾がつかない…。
「……黙れ。彼女と僕の間に何があろうが、貴様らには関係のないことだ」
リオンも、そう言う曖昧なことを言うからルーティが食い下がるんだよ………。
私は少し気疲れしながらも、言い合いをする二人を見つめていた。
でも、隣に経って大丈夫だったか、と問うてきたマリーを、私はうんと返して、見上げた。
「……元気だな。良く、あそこまで言い合いができる」
ふと、マリーが傍でそうこぼす。
「そうだね。………あ」
ついにリオンが切れたのか、電流を流されてルーティが負けた。
ルーティの様子から、そんなにキツイ電流じゃないって言うのが分かった。
「ルーティ、大丈夫…………?」
私はルーティの傍に駆け寄った。
「そんなヤツごとき、心配しなくて良いだろう。
今自分が逆らったらどんな状態になるかなんて分かり切ってるというのに、食い下がるそいつが悪いんだ」
「……可愛くないガキねぇ」
「可愛げがあってたまるか。僕は男だ」
リオンはすたすたと屋敷に入っていく。私はルーティが立ち上がるのを待って、後を追った。
「マリアン!」
屋敷に入った途端、リオンが叫ぶ。
私の頭が、ズキ、と痛んだ。
………?
今、心なしか……胸が、痛んだような。
「マリアン?………いないのか?」
リオンはそう言って、もう一度誰か知らないその名を呼んでから、階段を上がった。
その後について、歩を進める。
ある一室に来たとき、リオンの足が止まった。
ノック。
「リオンです」
「入れ」
中から、ヒューゴの声がした。
リオンは失礼します、と言ってからドアノブに手をかけた。
部屋で、私は世界地図を見せて貰って、次の目的地のストレイライズ神殿の位置を確認して、
分からない事を全て聞いて、スタンとルーティに喋る剣、ソーディアンが返された後、ようやっと私達はストレイライズ神殿へと行けることになった。
この世界の地名も、国の状態も、聞ける事は全て聞いた………と、思う。
少しは覚えてる事でもあるかなと思ったけど、記憶はそう都合良く戻ってくるはずもなく。
部屋を出て階段を下りて、扉を開けて出ていくとき、不意にリオンが歩を止めた。
「ちょっと待ってろ」
「?なんだ?」
スタンは聞いたけれど、リオンが答えるはずもない。
私はちょっとつまらないなぁと言うようにリオンの背中を見つめた。
………。
好奇心が私を占めていく。
「あっ!ちょっ………莢!?」
私はリオンの後を追った。ついてくるな、とは言われていない。そんなことを理由に。
屁理屈だとは分かっていたけれど、それでもどうしようもなかった。
「 」
扉の奥から、声が聞こえた。先程の部屋だった。そっと、耳をあてがって様子を聞く。
「ご……さ…ね…………エ…オ…」
マリアン、と呼ばれたさっきの女性の声がする。
最後に言ったのは、きっと”エミリオ”。
嗚呼、彼女は彼に心を許されているのだと。
嗚呼、彼は彼女しか心を開かないのだと。
そして、彼女は彼が愛している人であると。
何故だろう。分かってしまった。
同時に、少しの嫉妬心が私を占める。
私が彼女でありたかった、と。
そこまで思って、馬鹿げている、と自嘲する。たかが、ほんの少し前に出会った人物ではないか。
何故此処まで心が揺さぶられる?
………揺さぶられるはずがない。彼と私は、他人なのだから。
それでなくとも、初対面で、会って、まだ、日もないのに。
そう自分に言い聞かせても、心に芽生えた嫉妬心は静まってはくれなかった。
急に私はその場を離れて、来た通路を戻った。
胸の動悸は、なかなか収まらなかった。
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