運命という名の、絶望

 「静かすぎる」



Event No.6 フィリア・フィリス



 神殿に着いた一行は、神殿が異様な空気に包まれているのを汲み取った。
 「おかしいな」
 「え?なにが?」
 約一名、汲み取れない者もいたが。
 「馬鹿ねぇ、そのくらい分かりなさいよ。………静かすぎるの。ストレイライズ神殿よ?参拝者だってたくさんいるはずなのに……」
 ルーティは手を顎にあてて、考える仕草をした。
 「とりあえず、中に入ってみよう?」
 が提案したそれに、誰も異論はなかった。
 神殿内は、兎に角、静かだった。いっそモンスターでもいれば、まだ良かったのに、とまで、言ってしまいそうなくらいに。
 「酷い………こんなの……」
 誰かが、呟いた。
 静かな神殿の中に、明らかに不自然な塊。皆、人だった。
 「……血の匂いがまだするね………」
 鼻をごしごしと擦りながら、が言う。その顔は不快感からか、歪んでいた。
 スタンが生存者を捜そうと必死になっているのを見ながら、は辺りに気を配った。
 神殿内は、所々破壊された跡が見えた。
 だが、静かだ。
 見えるのは人の血ばかり。
 ………モンスターじゃ、ない?
 それなら、もっと荒らされていて然るべきだ。
 がリオンの方を向くと、リオンも同じようなことを考えていたらしく、目があった。
 「リオン」
 「ああ」
 モンスターの仕業じゃない、とリオンは言った。
 「もっと調べてみる必要がありそうだね……」
 「………。ああ」
 リオンの頭にふと、悪い予感がした。しかしそれを振り切るかのように頭を振る。
 まさか?否、それは屋敷を出る寸前、それ以上以前から、分かりきっていた事だ。
 リオンは気を取り直して前を見据えた。否、寧ろ時間的な”前”を見ていた。
 「生存者だ!」
 とリオンが反応する。声のした方に駆け寄ると、三人ほど、まだ生きている人間がいた。
 話を聞いて、やはりモンスターではなかったのだと、皆が悟った。
 もう一度、とリオンの目が合う。
 まだ、生き残っているはずの人間が居るから、と言う言葉。
 せめて、生死の確認、状況の把握だけでも行わなければ。
 「……助けなきゃ」
 「……」
 リオンはのその言葉には頷かなかったが、踵を返して先に歩いていった。
 達はその後をついていく。
 モンスターではない。
 少なからず、ここに来たときに張っていた気が少し緩まってしまったと、は思った。
 「……油断するなよ」
 リオンにもそれが分かっていたようで、そう叱咤された。
 しかし、緩まったものを元のようにするには、集中力と、その状態に陥る必要性があった。
 まだは、集中力だけで気を張れるほど、経験を積んではいなかった。
 記憶を無くして、類い希なるその能力を持ってしても、リオンにはの力の程を把握する事が出来た。いくら彼女が、手練れに見えようとも。

 「結界、ね」
 「チッ………厄介なものを」
 舌打ちするリオンを、が宥めた。
 向こうには人がいる。生きている、人が。
 それに立ちはばかるように、扉は佇んでいた。結界という、重い荷を背負って。
 だがしかし、は明るい口調で皆を扉付近から退かせた。
 「まぁまぁ。………こんなものは…………」
 皆に少し下がるように言って、は扉と対峙した。勿論、向こう側にいるであろう人物にも扉から離れるように言って。
 鞘に収められた剣の柄に手をかけ、しばし扉を睨む。
 「…………………っはぁぁぁぁあああああ!!!!!!!!!」
 声と共に大きく剣を振るった。扉は、結界が張ってあるにもかかわらず、壊れた。
 ソーディアンの力で、どれほど傷つけても、平然と佇んでいた、それを。
 リオンは愕然とした。先程から、は不思議なまでにいろんな事をやってのけている。
 結界を張った扉を壊すなど、挑戦する者などいないだろうに。
 いや、そんな、剣の技術だけで壊したものなど、例を見ないはずだ。
 「ふぅ」
 はリオンの心境などもろともせず、剣を鞘に収めると、向こう側の人物に話しかけた。
 「大丈夫ですか?」
 「助かりました!!」
 その人物は嬉しそうに、しかし何処か焦ったような顔をした。
 アルイツ、とその人物は名乗った。
 神の眼の所在をルーティが急かし、それに驚きを隠せないといった風なディムロスとアトワイトを、さらに遮るように、リオンもまくし立てた。
 「王の命令だ」
 アルイツの重い口。しかし、これが決め手だったのだろう。アルイツは渋々ついてくるように言った。
 「フン………はじめから素直に言うことを聞いていればいいものを」
 「そう言わないの、リオン」
 悪態をつくリオンを、が窘めた。それはリオンの感覚からすれば、マリアンと共にいるときのような安らぎを与えるものだったはずだった。
 窘めたその口調も、苦笑気味な雰囲気でさえも、マリアンと酷似していたから。
 ドクン、とリオンの心臓が大きく跳ねたのは、勿論、誰も気が付かなかったけれど。


 「フィリア!!」
 進んだ先には、大きな小部屋があった。何かが安置されていた様子も見受けられる。だが、その部屋は半壊していた。
 壊された場所から、ストレイライズの森が見える。
 アルイツが、壊された部屋で祈りを捧げるように、何かを切に訴えかけるように経つ女性像に駆け寄った。
 「おい。パナシーアボトルを貸せ。石化だ」
 リオンが冷静にそう言って瓶の蓋を取り、その石像にかけた。
 「あら……私は一体………」
 石像は女性になった。否、石化されていた女性が元に戻ったと言うべきだろう。
 「あああ、そうですわ!!大変なんです……!でも大司祭様に限ってそんな……」
 アルイツがフィリアと呼んだその女性は、急にハッとなり、その後慌て始めた。
 「ここで何があった!?」
 問いつめるリオンにフィリアは答えようとするが、要点がまとまっておらずにリオンの苛立ちが募る。
 「………っ貴様……!」
 リオンが切れかけたところにが割って入り、リオンを制した。
 「すいません、フィリアさん。私達、急いでるのでなるべく簡潔に、要点だけを言ってくれないでしょうか」
 が興奮するフィリアに向かって冷静に尋ねた。フィリアはを見て、ゆっくりと深呼吸してから、意を決したように叫んだ。
 「グレバムが神の眼を持ち去ったのです!」
 「何!?」
 皆に動揺が走った。それはソーディアンも同じだった。
 ディムロスとアトワイトが叫ぶ。
 世界が滅びるかも知れない、と。
 あれは人間が扱ってはいけない物だ、と。
 リオンが焦りの色を濃くした。
 「チッ………おい、早くダリルシェイドに戻るぞ」
 「待って!!」
 慌てて戻ろうとするリオンを、またもやが制した。
 「………さっき居た”知識の塔”とやらで、もう少しこの世界のこと、知りたいんだけど」
 「馬鹿か!?そんなことに時間を使っている暇があるように見えるのか!?」
 「お願い!!!」
 の言葉を否定しようとしたリオンだが、その言葉を遮り、リオン以上に切実に頼み込むを見て、言葉を詰まらせた。
 「今はもうここから出ても野宿になりますし……ここで休んだ方がよろしいんじゃないかと思いますわ」
 打って変わって、穏やかに、慇懃にフィリアが言う。リオンは何か言いたげに口を開きかけたが、結局は皆が押し切る形で、一泊することになった。
 「………ありがとうございます、フィリアさん」
 「フィリアで構いませんわ。…そのかわり、私も旅に連れて行ってくださいませんか?」
 「っな………………!」
 礼を言うに、フィリアは少しだけ、ほんの少しだけ悪戯っぽく言うと、唐突にリオンに申し出た。
 すぐに否定しようとするリオンを、今度はルーティが止めた。
 「あんた、グレバムは敵ってこと、分かってる?もしかしなくても、そいつと戦わなきゃいけなくなるのよ?上司なんでしょ?出来るの?」
 ルーティの真剣な眼差しに、フィリアは一呼吸置いていった。
 「覚悟は、できてますわ」
 その瞳を、ルーティは暫く見つめた。それからたっぷり数秒間、ルーティはフィリアを見つめ、それから気に入ったと言って、旅に同行させるようリオンに言った。
 リオンは当然渋ったが、ルーティがグレバムの顔を知っているのはフィリアだけだと言ったので、何とかその申し出は聞き入れられた。
 「………この場合、良かったねって言うべきかな?」
 は嬉しそうにその光景を見て、呟いた。
 「あ、そうですわ」
 フィリアは暫く嬉しそうに皆と微笑んでいたが、ハッとなりに近寄った。
 小声で、手をの耳元に持ってきて言う。
 「さんも、読書は大変良いことですけれど、あまり夜更かしはしないで下さいね?」
 しっかりと、先を読むように釘を刺され、はは参ったように苦笑した。それからお手上げだというように両手を軽く上げると、フィリアと目を合わせて笑った。
 その、深夜。
 知識の塔で一通り本を読み終えて、朧気ながらも少しは世界のことを分かったは、フィリアの言葉を思い出し、ベットへと転がり込んだ。すぐに眠気が彼女を襲う。逆らうことなく、は眠りへと落ちていった。


 「…………」
 誰かの、声がした。
 「……」
 それはまるで何かを呼びかけるようだった。は意識の中で、ゆっくりと目を開けた。
 「ここは………」
 何とも形容しがたい光景だった。光景、と言うのは、厳密に言うと違う。
 そこは歪んだような、異次元、と言うべき、なのだろうか。兎に角、それだった。
 ”……”
 を呼ぶ声がした。姿は、見えなかった。
 「だ、れ……?」
 不安の中では呟いた。響いたようで、それはその実、声にすらなっていなかったかも知れない。
 しかし、声の主はどんな小さな呟きも逃さないと言うように
 ”………今はまだ、名乗れません……時がくれば、きっと分かります………”
 そう、言った。は、益々混乱するばかりだった。
 「???何?私はどうしてこんな……」
 ”あなたは、異次元から、私が召喚したのです”
 声の主は言った。
 ”私が必要だと思ったから、呼んだのです。あなたの記憶を封じて。何よりも、貴方自身が、それを欲していたから”
 何故。がそう問うと、声の主は言った。
 ”記憶があれば、あなたは運命を変えてしまう。そうなれば、厄介なのです。あなたの記憶は、邪魔なものでしかない。だから、封じました”
 「そんな!」
 は叫んだ。今度は、ちゃんとした叫びだった。
 「私は……私は記憶を取り戻したい!」
 ”ダメです”
 の叫びに、声の主は冷淡に言い放つ。
 「……っ私は……いえ、それならあなたはどうして私を呼んだの!?」
 の悲痛な声が響いた。
 ”……。あなたを必要とする人物が、居たからです。あなたを呼ぶことによってその人物の運命は変わるかも知れません。ですが、それを変えることは許されません。だから、あなたの記憶を封じることによって、それを防いでいるのです。 ……もし記憶を呼び起こし、運命が変わる可能性があるとすれば、私はあなたを殺さなければなりません”
 声の主はあくまで落ち着いている。は頭が痛くなるのを感じた。
 「……っつ………ぅ、う…………っ」
 ”記憶を呼び起こそうと、無意識に思うからです”
 呻くを見下すかのように、声が辺りを包む。はどこにいるかも分からない声の主に向かって叫んだ。
 「…………なら……意地でも思い出してやる………………っ!!!!!!!!!!!」
 激痛に身をよじりながら、は意識が落ちていくのを感じた。

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