運命という名の、絶望

 「それじゃ、行きましょうか」



Event No.5 森の中で



 一行はストレイライズ神殿を目指して歩いていた。
 時折出てくるモンスターを難無くかわしながら。
 しかし。
 「ストレイライズ神殿って、ここからどのくらい?」
 「アルメイダの村まで半日、そこからまた半日、と言ったところか。もっとも、これはただひたすら歩き続けたらの話だがな」
 お前ら次第だ、リオンは言い放つと、現れたモンスターを一刀両断した。
 はじめは皆元気だったが、時が経ち、日も暮れてくるとそれもなくなってきていた。
 「ペースが落ちてきてるぞ」
 一人涼しげなリオンが後方を振り返り、言う。
 「そ、そんなこと言ったって………。半日も歩きづめじゃ誰だって辛いわよ!!」
 半ば自棄になりながらルーティが叫んだ。
 「は例外らしいな」
 さらりと言うリオンの隣には、リオンと同じように、何でもないように立っているの姿。
 「………少し、休憩をとった方がいいんじゃない?」
 「王の命令だ。そんな暇があったら足を動かせ」
 リオンはの提案をぴしゃりとはねのけた。しかし、は引き下がらなかった。
 「でも、皆が疲れていたら倒せるモンスターも倒せないし」
 「僕一人でも充分だ」
 「それに集中できなくなって、怪我も増えたりとか」
 「知らん。自業自得だ」
 「結局みんな動けなくなって、監視役の貴方は放っていくこともできないで足止めを喰らって、最終的に困るのは貴方なんだよ?」
 リオンはさらりさらりとかわして見せたが、最後のの台詞には言葉を詰まらせた。
 事は急を要するかも知れない。しかし急がば回れと言うこともある。
 リオンは悩んだ末に、アルメイダの村で宿を取り、疲れを癒すことにした。
 その頃にはスタン達も追いつき、皆で喜び合った。


 「っは~………疲れた…………」
 アルメイダの村に到着すると、皆は一斉に宿へと向かい、割り振られた部屋へと入った。
 「あんたは疲れてるように見えないのよ……」
 ルーティがそう、に言う。
 「んー………とりあえず気分的に言ってみただけだし?」
 ほんの少し、微かに微笑みつつが言った。その言葉にルーティは項垂れる。
 「……何か、精神的にも一気に疲れたわ…………」
 「?もう寝る?」
 疲れを増大させた当の本人は気楽なもので、あっけらかんとするその態度に、ルーティはもう何も言うまいと心の底から思った。
 しばらくして遅い夕食を取りに向かう。は遅い時間に快く招いてくれた宿屋の主人に礼を言うと、自分もテーブルについた。
 「……明朝に出発する。夜の内に準備を済ませておけよ」
 「はいはい」
 リオンの言葉にルーティが適当に返す。それ以上の会話はなかった。リオンですら、内面的には疲れていたのだ。
 食事が済むと、とマリーだけがご馳走様、と言った。
 それを合図にするかのように、皆が部屋へと戻っていく。はそれを席に着いたまま、見つめていた。
 「?、戻らないのか?」
 マリーにそう尋ねられ、は微かに笑みを浮かべるとそれに答えた。
 「ん……もうちょっと此処にいるよ。リオンに、外にいるって伝えてくれる?また電流でも流されたら困るし、ね」
 マリーはそれに頷くと、部屋の方に移動していった。

 闇の中に居る。
 それはそのものの立場と一緒だった。
 何も知らない。分からない。そんな中で、必死で闇雲に手を伸ばして藻掻いている。
 不安を感じないわけがなかった。
 今まではチェルシーやアルバが居た。今となっては、もう傍には居ない二人。
 いつも微笑みかけてくれた二人。
 ウッドロウ。
 いつも、笑って笑顔をくれた人。
 その人も、今はもう、遠い。
 スタンが笑いかけてくれるから安心するものの、は独りという孤独感を拭い去ることができなかった。
 何故?
 そんなものを感じるのか。彼を知っている理由。記憶を失った理由。
 分からないものが、知りたいものがたくさんあって、それに押しつぶされそうになっていた。
 マリーも記憶をなくしてはいたが、ほどではなかった。
 ルーティの存在があるからだろう。記憶を無くしても尚、マリーは、にとって、眩しい存在だった。
 「早く眠らないと、明日に響くぞ」
 静かな、まだ幼さの抜けきらない声が、響いた。
 月は出ていない。しかし時折、空の中にその存在を確認する事は出来た。
 「リオン……」
 リオンは無言でに歩み寄り、隣に座った。とは目を合わさずに、言葉を紡ぐ。
 「エミリオ、だ。……知っているのなら、その名で呼んでも不都合はない、今はな」
 リオンが暗に、絶対的に二人きりである事を条件に言っているのが分かった。
 は、一度頷いた。
 「うん………分かった………」
 短くそう言うとエミリオ、と小さく呟いた。先程までの不安は消えていた。
 「………。もう寝ろ。僕も、眠る」


 翌朝。
 は早くに起き、剣の手入れをし、軽く体を動かした。外の空気を吸いに行こうと思い立ち、宿から出るとリオンが鍛錬をしていた。
 「早いな」
 ちら、と目線だけでの姿を見た後、また集中する。
 「リオンこそ」
 はそう言って微笑んだ。その顔は穏やかだった。リオンは無言でソーディアン・シャルティエを下ろすと、の方に歩み寄った。
 「おはよう、シャルティエ」
 『おはよう、
 シャルティエとが挨拶を交わす。それにリオンは苛立ったようだった。
 はそんなリオンの変化に気付かずに挨拶を交わそうと試みた。
 「リオンも。おはよう」
 「…フン」
 リオンは挨拶を返すことなく、宿へと戻った。はその様子を見て、首を傾げた。
 「……そんなに、面白くないかな……」
 その言葉は、早朝の空気に溶けて消えた。
 リオンが苛立つ理由も、それで居て不意に見せる少年の姿も。
 はその二つを見ながら、首を傾げたのだ。
 天才剣士にとって、世界はそんなにつまらないものなのだろうか、と。
 リオンは知らない。
 も、知らない。
 ただ、太陽が、顔を出し始めていた。
 一行は、ストレイライズ神殿へと向かっていた。昨日よりは体力を温存しつつ、順調に進んでゆく。
 ストレイライズの森に着くと、そこは静まりかえっていた。森の綺麗な空気が満ちていた。
 「気持ちいいね」
 は幸せそうに伸びをしながら言う。
 「そうだな。俺の村もこのくらい空気が澄んでたかな」
 「……フン………。空気など、何処も同じだ」
 先を急ごうと苛立つリオンの様子に、スタンは少し困ったように眉を寄せたが、は抗議した。
 「こういうのは気持ちが大事なの!リオンだって」
 「生憎とこんな何時モンスターが出てくる場所で気持ちが和らぐような精神は持ち合わせてないんでね」
 が全てを言い終わらない内に、リオンが皮肉った。その言葉通り、いくつかのモンスターが現れる。
 の目つきが、瞬間的に、切り替えられた。
 その瞳は、思考は、森の空気如何などではなく、モンスターへ。
 「スタン!私とリオンが時間を稼ぐから晶術お願い!マリーとルーティは後ろね!」
 「僕に指図するな!」
 の指示に、リオンがモンスターと対峙しつつ抗議する。
 飽くまでお前達は僕の指示下にある、としっかり言い放ってから。
 「っはぁぁあっ!!!」
 「飛燕連脚!」
 だが、それとは裏腹にとリオンの連携は上手くいっていた。ルーティとマリーにいたっては、長年組んで行動しているだけの事はある。
 リオンは剣檄を緩めることなく考えた。
 は連携のことまで考えて指示を出したのか?と。
 思い立って、の回転の良さに少し鳥肌が立った。
 モンスターが現れてからの一瞬。リオン自身では知り得ない情報からの戦闘バランスの組み立て。
 それは裏付けされた確信から来る、にとっては当たり前の指示。
 しかし、リオンでは成し得なかった、指示。
 「でやぁ!!」
 かけ声と共に、モンスターが一カ所に集められていく。のそれで、他のメンバーも何がしたいのかを察した。
 「皆!避けろよ!!」
 スタンが言うとほぼ同時に、モンスターが固まっている場所の下が熱気に包まれた。
 「イラプション!」
 スタンの声と共に、モンスターは焼け焦げていった。
 ディムロスの司る炎が、モンスターの身体を蝕み、焼き尽くす。
 黒い煙と、断末魔。
 一度きりの話で、ソーディアンのなんたるかを心得た
 通常の人間の理解力など、遙かに飛び越えて。
 ソーディアンのマスターの、実力さえも把握して、最も有効で、且つ、簡潔な方法で戦闘を終える。
 「やった、ね」
 がふと、笑みを漏らした。緩んだ顔は、戦士のそれではなかった。
 が微笑んで、それにつられるかのように皆も笑みを返した。ただ、一人を除いて。
 「リオン」
 が声を掛けた。
 リオンは悲しげに眉を寄せると
 「………まったく………。嫌になるほど、お前は強いんだな」
 自嘲気味に笑って、先を急いだ。
 指揮下に置くなどと言う問題ではない。何故、こんなにも優れた人間が罪を犯したのか?
 どうせ、守銭奴にたぶらかされ、悪事と知らずにやったに決まっている。
 リオンは、下唇をかんでいた。
 もし、違った出会い方をしていたら?
 もし、幼い頃から、気心の知れる人間だったら?
 リオンは、そこで頭を振った。
 気心の知れる人間など、所詮はヒューゴの駒に成り下がるだろう。
 そう言う意味では、この方が良かったのかも知れない。
 一人の人間として、評価できる程の人。
 肩を並べたいと、背を預け、護り合ってみたいと、そこまで思う程の人。
 焦がれる程の、人。
 「強くなんてないよ」
 暫くして、先を行くリオンと並んで歩き始めたが言った。
 「私は、強くなんかない。今立ってられるのは、今生きているのは、皆のおかげ。
 知らない所で行き倒れかけていた私を、、右も左も分からなかった私を、親切に迎えてくれた、皆のおかげ。そうじゃなかったら、私、死んでる」
 静かに言葉を紡ぎ出すに、リオンは目を見開いた。
 「リオンだって、その内の一人なんだよ」
 「………。そう、か」
 「うん」
 それきり、会話は続かなかった。しかしその沈黙は重くはなかった。
 「……リオンは、特別なんだよ。きっと、きっと……」
 が小さく呟く。
 「?何か言ったか?」
 リオンが尋ねた。はううん、と首を横に振ってから前方を指さして言った。
 「あ、あれ!あれがストレイライズ神殿だよね?」

200-/--/-- : UP

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