運命という名の、絶望

 「出発するぞ」



Event No.7 海の上で



 リオンがそう言ったのはすごく早い時間。スタンなんか到底起きれそうもない時間だった。
 私は取り敢えずいつものように軽く体を動かして、レイピアと片手剣の手入れをし終わったところだった。
 当然、朝食はまだ取れていない。
 「……っつ……」
 少し、頭が痛かった。夢を見た気がするけれど、どんな夢かが思い出せない。
 頭に手を当てて考えていると、リオンが近寄ってきた。
 「、大丈夫か?」
 「え?あ………うん。有り難う」
 皆が居る時には滅多に見せないような瞳を揺らして、声を掛けてきてくれた。
 私は軽く手を振って、笑顔でそう答えた。
 「無理はするな」
 どこまでも心配そうに言うリオンに、私は
 「………足手まといになるから?」
 何となく、そう言ってしまった。リオンは少し驚いたような顔をしてから今度は悲しそうな顔をした。
 誰もそんなことは言っていないと、その顔で言われた。
 そんなことを言われてしまっては、私も返し辛くて。
 「………ごめんなさい」
 少し俯いて謝ると、リオンは私の頭を優しく撫でた。私が急いで顔を上げると、リオンは寂しそうに微笑んでいた。
 それから、急に顔を強張らせて、ぎこちなく、私から手を放した。
 もっとその体勢でいたかったと思ってしまったのは、頭に乗せられた手が温かかったからなのか、それとも別の理由からなのかは、自分でも分からなかった。


 「ちょっとぉ!?何でこんなの早いのよ!?」
 歩きながら、ルーティが苛立った声で叫んだ。
 「休憩など挟むつもりはない。………今日中にセインガルドへ戻る」
 「はぁ!?」
 無茶を言うなと、ルーティとリオンの小競り合いが始まった。リオンも止せばいいのに、どうしてそう煽るようなこと言うかなぁ。
 「………リオンも、ルーティも。そろそろやめなよ」
 声を掛けてみると、二人は思いきり台詞をユニゾンさせて叫んだ。
 「「此奴が吹っ掛けてくるから悪いんだ(のよ)!!!!」」
 ………。そんなに怒らなくても良いのに。ちょっと恐いよ。
 「………そんなだからルーティもリオンにナメられるんだよ」
 私がそう言うと、ルーティはうっと呻いた。自覚してるなら、やめればいいのに。
 「フン。それなりに敬われたかったら、もう少し言動と態度を何とかするんだな。……もっとも、罪人を敬えと言うのが無理な話か」
 「なっ!」
 ……何でそう突っかかるかなぁ……。
 「リオンもだよ。すぐにそうやって突っかかるから、子ども扱いされるんだよ」
 「!」
 かぁ、とリオンの頬が赤くなった。怒らせた…………かな?
 「……っお前に子ども扱いされる言われはない!!!!!」
 「ぅわっ!」
 およそ女の子らしくない声を上げて突き飛ばされた。
 「!危ない!」
 「え?」
 スタンが叫んだ。よく見れば、私の周りには影が出来ていて。
 「………ぁ………」
 後ろには、モンスター。
 しまった、と、思うより早く。
 私が後ろを見るなり、爪を立てられた。
 「っつぅ………」
 よりにもよって、利き腕の右肩。
 肉が切られる、嫌な音がした。そこから、血が流れる。鮮血。なま暖かくて、妙な感覚。
 「大丈夫か!?」
 スタンは速攻でモンスターの息の根を止めて、私に駆け寄ってきた。
 さすがに傷口を押さえると痛いのでそれはしなかったけれど、血がダラダラと流れている。それでも笑顔を作った。
 でも、力無く笑った私の顔は、どれだけ酷かったんだろう。フィリアの眼は、既に涙でいっぱいになっていた。
 「さん!無理をなさらないでください!」
 私よりも、フィリアが青ざめてどうするの?
 そう言いたかったけれど、傷は思ったよりも深かったようで、正直、辛い。
 「スタン!どいてっ!!!」
 ルーティも急いで駆け寄って、私の傷口にアトワイトをかざした。
 暖かい光りが、アトワイトから発せられる。
 「有り難う……ルーティ………」
 「礼なんて言う元気があったらさっさと出発するのよ。じゃないと、五月蠅い奴が一人居るんだから!」
 ルーティは恥ずかしそうに瞼を伏せた。その口から出た言葉だって、照れ隠しで。
 「ふふ…………………そう、だ、ね……………?」
 くらっと眩暈がした。
 脇に退いたスタンに支えられて、何とか地面と衝突、なんてことは避けられたけれど。
 「………リオン。あんた、分かっててを突き飛ばした訳じゃないわよね?」
 アトワイトをかざしたまま、ルーティが厳しい声で言う。
 リオンもリオンで、私とは目を合わせないようにして答えた。
 「フン。僕がわざわざ足止めを喰らうようなことをすると思っているのか?」
 「思わない」
 ルーティが即座に答える。緊張した雰囲気で、私はすごく居づらかった。
 「でも、わざとじゃないなら、に謝んなさいよ。良いわね?」
 ルーティがリオンの方を見る。支えてくれていたスタンが小さく、傷口、塞がったよと言ってくれた。
 「有り難う」
 そっとそう言うと、スタンは優しく微笑んでくれた。
 私は反対に座って、心配そうに見ていたフィリアにも、礼を言った。
 「フィリアも。心配してくれて、有り難う」
 フィリアは私の傷口が塞がって本当に良かったと、胸の前で指を絡ませて嬉しそうに微笑んだ。
 「僕は悪くない。あれくらいのことで対応しきれなかった此奴が悪いんだ」
 「っなんですって!?」
 リオンが、私達の会話が終わってから、口を開いた。ルーティが、怒る。
 リオンの顔は、見えない。
 「だったら、あんただったら、対応できたって言うの!?」
 本気で、真剣に怒っている。彼女は、本当は深い優しさをもっているから。
 会って間もないのに、知った風かも知れない。でも、知ってる。
 …。ただそれが表に出ることは、ごく稀だけれど。
 「良いよ、ルーティ。先を急ごう?」
 取り敢えず傷は塞がったんだし。
 ね?と言って微笑むと、ルーティは納得いかないようだったけれど、しばらくして渋々了解してくれた。
 先にすたすたと歩いていくリオンに小走りで追いつく。
 「何だ」
 リオンは目を合わせようとしない。
 「…………リオンのその辛そうな顔の理由が知りたいって言ったら?」
 「!」
 リオンはそこでやっと、こっちを向いた。
 「さっきのことだと?」
 リオンは何かに苦しむように眉を寄せて、俯いた。
 私は構わず言葉を紡ぐ。
 「…さっき言ったのは、嘘じゃないよ。確かにリオンから見れば対応しきれなかった私が悪いかも知れない。
 私はその意見に反対はしないよ。本当にそうかも知れないもの。それに、ちっとも悪いと思ってない人に上辺だけ謝られても、逆に気分が悪くなるし。
 正直、それだけのために私の大切な時間を無駄にさせるなって言いたいし?」
 私は歩きながらリオンの少し前を行って、リオンの顔をそっとのぞき込んだ。
 「でもね、それならそんな辛そうな顔をしないで。」
 そう言って微笑む。今度は、自分でも上手く笑えたと、思う。多分。
 「溜め込む必要なんてないよ。それでリオンが苦しむなら、尚のこと。こんな誰もいないところで嘘をついても、息苦しいだけだよ。………まだ、子どもだって、からかう人は、いないよ」
 私には、客員剣士の大変さとか、地位とか、分からないけど。でも、王様に仕えてるなら、きっと立派な地位なんだと思う。 その中で、リオンみたいな……私とあんまり変わらない男の子が、立派な剣士として、王様に仕えてる。 それは凄い事だと同時に、きっと、周りの兵士達の、愚痴とかの、はけ口になっていたんだろう。
 その程度なんて分からないけど、でも、でも、そうだとしたら。
 リオンは今まで、どんな思いで、暮らしてきたんだろう。本当に、辛そうな彼を見ていると、こっちまで辛くなってしまうのに。
 そんな表情で、お願いだから、一人で頑張らないで、と、思う。
 リオンは、不意に立ち止まった。
 「?」
 私は控えめにのぞき込んだまま、彼が何をするのかを見つめる。
 「………さっきは、悪かった」
 それはとても小さくて。でも、とてもハッキリした声だった。今度は私が、リオンの頭を優しく撫でた。大して変わらない身長。でも、リオンのが、高い。
 「いいよ。リオンに悪いって気持ちがあるなら、それで。それより、私も………御免ね。軽々しく言ったけど……リオンのこと、もしかしたら深く傷つけたかも知れない」
 リオンはふるふると首を横に振ると、もう一度小さく御免、と言ってくれた。
 しばらくそこに立っていると、スタン達が追いついた。
 「?何してるんだ?」
 その頃には私の手もリオンの頭にはなかったけど。
 「別に。お前らには関係ない」
 「うわ。ホンットーにムカツクガキね」
 ルーティが顔をしかめたけれど、ちょっと笑ってた。多分、リオンが謝ったと分かったんじゃないかな。ルーティはわりと勘が良いから。
 ………フィリアも嬉しそう。雰囲気で分かったのかな。
 ただ一人、スタンだけは何か分からないような顔をしていたけれど。
 私はそれに苦笑して、前を向いた。
 「ダリルシェイドが見えたよ」



 王様に報告をした後、リオンはカルバレイスへ行くための船をチャーターしてほしいと頼んだ。リオンによると、”魔の暗礁”というのがあって、モンスターが出るので水夫からは恐れられているのだそうだ。
 しかも最近は怪物が出るらしい。………モンスターと怪物ってどう違うんだろうと聞くのは伏せておいたけれど。
 兎も角、その怪物の所為で、王様の命令がないと、船は出して貰えないようで。
 取り敢えずリオンも水夫から聞いた話らしくて、詳しくは知らなかったから、とりあえず出発することになった。
 何があるか分からないから、今まで倒してきたモンスターから奪ったレンズを、換金する。
 そのお金で、必要なものを買いそろえることになった。
 「すぐに済む。単独行動は起こすなよ」
 「分かってるわよ」
 そんな事したら電流なんだから、それを分かってやる程、学習能力無くはないわよ。
 ルーティがぼやいた。
 買い物はすぐに済んだ。
 「あとは………何か必要になりそうなものはあるか?」
 「………さぁ……食料くらいじゃないかな?」
 何でにだけ聞くんだよ、と後ろでスタンが愚痴ったが、敢えて気にしないでおこう。
 「そうか。あまりのんびりしている暇はない。取り敢えず船の中で食事をとることにする」
 そう言って、リオンは私の手を掴んだ。
 「へ?」
 そのままぐいぐいと引っ張られる。
 「?リオン?」
 リオンは果物屋で立ち止まると、彼はおもむろに口を開いた。
 「好きなものを選べ」
 「それって世間じゃ依怙贔屓って言うんじゃ」
 「違う。さっきの詫びだ」
 リオンは照れくさそうに前髪を掻き上げた。私はようやく合点がいって、ああと言うと、果物に目を向けた。
 「じゃ、お言葉に甘えて。…………………それじゃぁ、イチゴが良いな」
 赤く光る新鮮そうなそれに目を向けた。
 「分かった」
 リオンは短く言って、それを頼んだ。リオンが会計を済ませてる間、私はスタン達がやってこないことに気がついた。
 「あれ?」
 「?どうした?」
 リオンが私にイチゴのパックを渡す。
 「スタン達が来ないなと思って。」
 私がリオンの方を不思議そうに見ると、リオンは鼻で笑った。
 「フン。おおかた先に食料店にでも行っているんだろう」
 同じ港内にあるからすぐに見つかる、とリオンは歩き出した。
 「ねぇ。リオンも食べない?」
 そう言ってイチゴを勧める。リオンが頼んでくれたのか、水でさっと洗ってあった。
 「…………詫びにやった物を、どうして自分で食べなければならないんだ」
 少し不服そうにリオンが言った。
 「貰ったけど、それからどうするかは私の勝手。はい、どう?一つ」
 少し強引に進めると、リオンは遠慮がちにイチゴに手を伸ばした。
 そのまま、二人で歩きながらイチゴを食べる。そのままほんの少しだけ歩くと、見知った金髪が視界に飛び込んできた。
 「スターン!」
 思わず間違ってスカタンと言いそうになるのを思いっきり我慢して叫ぶ。
 スタンもこっちに気づいたようで、速く来て、と言うように手をこまねいている。
 「ヤリイカ!ヤリイカみんなで食べようよ!」
 嬉々としてリオンに言う。リオンはもう何も言いたくないのか、無言で代金を渡した。ルーティがそれを受け取って、早速店の人に値切り始めた。
 「ルーティ………」
 がっくりと項垂れた。……少し、恥ずかしい。
 「………僕は先に船に乗ってるからな」
 くだらないと言うようにリオンは船の方へ向かった。
 「あ………じゃあ、フィリア。終わったらあの船に来て?」
 指さして、乗る予定の船へと向かうリオンの後を追った。

 さて、出発できたのはそれから暫く………もとい、随分経ってからだった。
 やっぱりリオンは不機嫌そうに椅子に座っている。割り振られた部屋へと皆が戻ったのにもかかわらず、だ。
 「リオン、いい加減機嫌直したら?」
 「フン」
 リオンはまともに掛け合ってくれない。
 「そうだ!外行ってみよう?」
 「何で僕が」
 「嫌?」
 縋るような目を向けると、リオンは折れた。席を立って甲板へと移動する。
 どこまでも蒼く続く海と、海鳥の風景が、私達が今やろうとしていることの重大さを揉み消していた。
 「こんなに平和な風景なのに………世界が危ないなんて」
 「始まったことをグチグチと言っても仕方がないだろう。僕らは神の眼を取り戻す。今はそれだけを考えていればいい」
 そのひねくれた言い様に私はくす、と笑った。
 「もう少し少年らしくしてても良いんじゃないの?」
 「馬鹿を言うな」
 リオンは、ふと、笑った。
 眼を細めて、苦笑するみたいに。
 でも、今のは……。呆れながらも、笑って、くれた。
 ………何が彼をそんなにひねくれた少年にしたのだろう。
 何が彼をそんなに優しくて、冷酷にしたのだろう。
 何が彼をそんなに大人らしくしたのだろう。
 何が、彼を?
 ふと、自分は何を考えているのだろう、と思った。
 まさか、彼のことが好きなわけでもないだろうに、と。
 でも。
 「っふふ………そうだね。私何を言ってるんだろう………」
 その気持ちを否定する気持ちも、確かにあった。
 そうだ、ファンダリアで感じていた焦燥感はもう、ない。
 「………お前は……」
 「?」
 リオンが何か口を開きかける。
 「リオーン!!バーテンさんが一人ずつ何か奢ってくれるって!」
 それは、向こうから笑顔で手を振るスタンによって彼の口の中に戻ってしまったけれど。
 「…………何でもない。行くぞ。」
 リオンが踵を返す。私はその後に続きながら、海を見た。

 何か、嫌な予感がする。
 焦燥感じゃなかった。
 これは、何だろう。

200-/--/-- : UP

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