運命という名の、絶望
船が静かに揺れる。
旅は順調だ。
「おい!モンスターが出たんだ!何とかしてくれ!」
Event No.7 海底都市
そう言って水夫が駆け込んできたのは、僕らがバーテンの奢りで一人一つずつ、飲み物を飲んでいるところだった。と、言ってももうほとんど残ってなかったが。
「行くぞ。」
短くそう言って先を行く。莢が後をついてくるのが分かった。
甲板に出ると、確かに怪物が姿を現していた。ゆっくりと、まるでこちら側に危害と加えるつもりはないと言うように近づいてくる。
………何か、伝えたい事でもあるように思うが………。
警戒する残した事はないと、僕がシャルに手を掛けようとした時。莢がそれを制した。
「待って。…………何か、聞こえない?」
言われて、ようやく辺りの音に気を配る。
『フィリア……………フィリス…………』
確かにその声は、あの鈍い女の名を呼んでいた。
「私を……呼んでますわ…………」
鈍い女……もとい、フィリアはそう言って怪物の上に乗る。ついでスカタン、ヒス女、マリーというように。
「何やってんのよ、あんたも早く来なさい」
………守銭奴が。言われなくても分かってる。
僕は心の中でそう毒づくと、近くにいた水夫に声を掛けた。
「おい」
「は、はい!」
何を及び腰になっているんだ。
「一時間後に戻ってこなかったら、船を動かせ」
そう言いきると、僕はまだ傍に突っ立っていた莢の手を引いて怪物に乗り込んだ。
「綺麗…」
ほぅ、と莢がため息をついた。確かに、神秘的ではあるが………。
「………海底都市、か」
ふ、と呟くようにそう言うと、莢が反応した。
「海底、都市?……………何で沈んじゃったんだろうね………?」
「僕の知った事じゃない。おおかた、天地戦争時代にでも作られて、そのまま雪解けの水に埋もれていったんじゃないか?」
僕はかなり面倒くさそうに、適当なことを言った。筋も何もあったもんじゃなかったが、この世界の知識など、例の”知識の塔”とやらでさっと目を通しただけの莢は、僕の言葉を否定しなかった。
「ふーん。そっか」
その言葉に、適当なことを教えてしまったという罪悪感が芽生えたが、それを追い払うようにして頭を振った。
まずは、この海底都市だ。おそらくフィリアはこの奥に何かがあると言い出すのだろう。怪物が………いや、海竜があそこへ行こうとしているならば。
計画に狂いはない。
僕は、神の眼を追えばいい。それだけ。ただ、それだけだ。
…………ただ、この海竜のように、少しでも回り道が出来たら。
そう、思ってしまうのは、きっと、莢の所為だ。
今まで世界はモノクロで、ただ一瞬、マリアンと居る時にだけ、世界は僕に色を見せた。
その色がどうしても手放したくなくて、僕は白黒の世界を生きる。
飴と鞭か。
それでも、知ってしまった。
世界も悪くないと言う、実感を。
そしてその一瞬は、少し幅を広めてしまった。
だから僕は、優しい世界が見せた暖かさに、依存してしまう。
「へぇー………所々荒れてるけど、結構形残ってるね」
海の中なのに息ができることを不思議に思いつつも中に入ると、莢が物珍しそうに辺りを見回した。
「この都市の………奥から聞こえますわ……」
フィリアが声に耳を傾けるように、…いや、寧ろ声を感じるように言葉を発した。
海底都市は何故か息ができるといっても、所々の部位は浸水していた。それによって最短ルートを通れないなと内心舌打ちをする。
「リオン。これじゃ最短ルートは通れないね。せっかくだしいろいろ見て回ろう?」
莢が僕に声を掛けた。軽く頷いて、取り敢えず莢の提案をのんだ。
何とか手に力を込めて開く扉の内の一つに、つるはしがあった。
「これでさっき開かなかった扉もこじ開けられるね」
莢は嬉しそうに言った。その言葉に僕はボソリと小さい声で呟く。
「………お前なら神殿の時のように一撃で壊せると思うがな。」
莢にはその呟きが聞こえたようで、
「あれって結構集中力要るんだよ?」
と、少し拗ねたように言った。素直に、笑みがこぼれた。……他の連中に気づかれなくてよかった。
まるで冒険だな。
僕は、思った。
莢と話していると、少なからず、楽しいと、思う。
僕はこの短期間で、彼女を尊敬していた。
だからかも知れない。
何でもないような、面白味のない事。
それに、莢を介する事で、僕は世界の色を知った気がした。
海底都市の中を進む中で、時たまモンスターと遭遇する。その時以外は、僕は少し考え事をしていた。
莢について。
初めて見たときは別段何とも思わなかったが、笑った顔が、マリアンに似ていると感じた。何となく、雰囲気だけだが。
しかしこの旅を始めて、莢について少し疑問符が浮かぶような出来事が多数あった。
何故彼女はあんなにも戦闘能力が優れているのか。
能力如何とは違い、実戦経験を積んでいるようには見えなかった。そう……敢えて言うならば、まるで別物のような。
例えばスタンが戦闘になると、眉をつり上げてやる気になるように。普段と顔つきが変わるのは分かる。
しかし。
その時の能力は、明らかに莢の器量とは合っていないように思える。
何かが、違う。
上辺だけの……まるで他人の動きをそのまま真似ているような。
記憶喪失だという彼女の証言は真実だとは思う。しかし尋ねずにはいられない。
何者なんだ、と。どこから来て、何をしようとしているのか、と。
当の本人にでさえ分からないことを、ただ勢いに任せて質問をしても、彼女は戸惑うばかりだろう。
いや、と言うよりも、ただ単に僕が彼女を傷つけてしまうのが怖いのかも知れない。そう思ったとき、僕は頭を振った。
あり得ない。今までさんざ人を傷つけるような言葉を発し、皮肉り、蔑んで来たこの僕が。人を傷つけるのが怖いなど。
そこまで思って、それを認めたくなくて、僕は頭からその考えを振り切るようにもう一度激しく頭を振った。
そうだ。きっと。彼女はマリアンに似ているから。だからだ。
きっと、そうだ。
僕は無理矢理その考えに達して、始めて気がついた。
僕が彼女を尊敬している、それだから、僕が彼女に悪い感情を抱かれる事を恐れている。
――――――なんて事だ。
「リオン!」
「!」
莢が、僕を呼んでいた。
「考え事?なんだか頭を振ったり、辛そうな顔したりしてるけど………」
「………ぁ。あぁ、済まない。大丈夫だ」
そう言ってはいるものの、莢はしつこかった。
「嘘。だったら何で辛そうな顔してたの?溜め込むと、辛いよ?」
悲しそうに眉を寄せる。漆黒の、しかし光りが入ると七色に光る瞳が揺れた。
「大丈夫だ、心配しなくていい」
その台詞を繰り返したが、あまりにも莢が食い付いてくるから終いには
「お前には関係ない!」
と叫んだ。少しキツイ口調になってしまい、内心何故か焦った。
「……。そっか。御免ね。」
莢は暫く間を取った後に、特に何の感情も顔に出さずに言った。そして、スタン達の方に戻っていった。
今までならそれでも僕の傍にいる莢が、今は居ない。
もの悲しいような、好きな玩具をなくしたような感情が僕を占めた。
何かが締め付けられて、上手く息ができなかった。
海底都市の奥には、ソーディアンが一本、安置されていた。
『その声は・・・・・』
『クレメンテ老じゃん』
ディムロス、シャルティエが声を発する。……コアクリスタル同士で反応しあえないのか?
小さな疑問が芽生えたが、無理だからしないのだろうと勝手に考えた。
クレメンテ、と呼ばれたおそらくは初老の、もしかしたらかなり歳の取ったソーディアンは、フィリアをマスターに決めた。まぁ、フィリアの名を呼んでいたから、そうなのだろうとは思っていたが。
僕も少し手にとって分かったが、見た目の割りにクレメンテは軽かった。確かにこれならフィリアでも使いこなせそうだった。
クレメンテの安置してあった最奥の部屋を出ようとした際、クレメンテが莢だけを引き留めた。
『莢、と言ったな。すまんが、お前さんに少し話したいことがある』
船長には一時間後と話を付けてある。正直、今の時間でそれ以内に戻れるかは不安だ。
スタンが急いで船に戻らないと、と言った言葉をクレメンテは聞いてたはずだ。しかし、それを押しても莢を呼び止めた。
僕は少しそれが気に掛かったので、スタン達に先に行けといい、最奥の部屋へ繋がっていた扉にもたれ掛かり、莢を待った。
しばらくの沈黙の後、クレメンテが声を発した。
『………お前さんは、どこから来たんじゃ?』
その台詞は、どこか含みのあるものだった。
「………私、記憶がないんです…………だから……分かりません……」
『そうか………』
少し扉が開いているのか、二人の声がハッキリと聞こえた。
『………ワシは力にはなってやれないが、一つ言いたいことがあるんじゃ』
クレメンテはそこで声を区切った。そして、また声を発する。
『たとえ記憶が無くとも、たとえどんな人物だったにしても、お前さんは、お前さんじゃ』
その声は先程よりも幾分が優しいように思えた。まるで莢を労るかのように。
莢は、不安なのか?
マリーも記憶喪失者ではあるが、もともとそう言う性格だったのか、あまり気にしていない。しかし莢はマリ-とは違う。
『さて、そろそろ此処を出んと待っている船とやらが行ってしまうのぉ』
クレメンテの声が聞こえる。
『…まぁ、そこにおるリオンとやらがいれば、フィリア達にも追いつけるかもしれんがな』
ばれていたのか。
舌打ちをすると、クレメンテはフィリアは丸腰だから急ぐように莢を促している。
僕は無言で扉を開けると、少し驚いている莢の腕を掴んですたすたと歩いた。
暫くそのまま歩いて立ち止まって言った。
「……溜め込むと良くないと言ったのは莢だろう。今度からは僕に言え」
言っていて何故だか暑くなる頬。それを見られたくなくて莢の前を走り出した。
「リオン」
莢がモンスターをなぎはらって僕の隣を走る。
「何だ?」
そう尋ねると、莢は少し照れたように微笑んだ。
「有り難う」
それだけを言って莢はまた前を向いた。それきり会話はなかった。僕達の足音と、時たま現れるモンスターを切り裂く音だけが耳に入る。
息はあがらない。何と声をかけて良いのかと、緊張もしない。
スタン達に追いつくまでずっとそのままだったが、不思議と圧迫感は感じられなかった。
その時、僕と莢の間には、言葉は要らなかった。
僕の思い違いじゃない。多分。
それは、ごく、自然な。
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