運命という名の、絶望
炎天下の下。
照りつける太陽。
歪む視界。
「……すごく嫌われてるのが分かるね」
Event No.9 排他的な町
港町チェリクについた一行は、異常なまでの住民の態度に半ば呆れていた。港を降り、町に入っても、住民達の目は冷たく、痛かった。
「こうも露骨だとね……」
莢は少し疲れていた。元来、人間関係を円滑にするのは苦手なようだった。初めは愛想笑いでもしようかと考えていた莢だったが、住民達の態度を見て、やめた。
「仕方ないだろう。此処は天地戦争でのいわゆる敗北者、天上人達の子孫が住むところだからな」
彼等は敗北者として此処に追いやられ、迫害されてきた故に、他国の者を嫌っている、とリオンは続けた。
住民の突き刺さるような視線をひしひしと受け止めながら、一行は歩を早めた。
町の端の方に建つ建物。バルック基金と書かれたそこに、リオンが入っていく。スタン達もリオンに続いて入っていった。
建物の中に入り、リオンは真っ直ぐに地下へと向かった。
「おお、リオンか。久しぶりだな。半年ぶりになるか」
「ああ」
リオンが短く返事をすると、バルックはスタン達に目を向け、快活そうに笑った。
「これはまた大人数だな。男二人に女性が4人とは」
「よしてくれ」
何となくバルックの言いたいことが分かったのか、リオンは心底うんざりしたような顔でため息をついた。
「ははは………まあそう言うな。………お名前は?」
バルックはからかうように笑うと、それぞれに名を尋ねた。
「莢・高谷と言います」
「ほぅ………聞かない名だな」
「バルック、莢は記憶喪失なんだ。あまり深いことは聞かないでやってくれ」
バルックが何か尋ねようとした瞬間、リオンが助け船を出した。バルックはチラ、とリオンの方を見てから莢の目を見た。
「それはすまないね。今丁度何か聞こうかと思っていたんだ」
「いえ………。お気になさらないでください」
莢も笑顔で答えた。バルックは莢から目を外し、他のメンバーを見た。
スタンとバルックの眼があって、スタンが頭を下げた。
「あ、俺はスタン・エルロンです」
「…………いい目をしているね」
バルックはふ、と穏やかに微笑んだ。
「私はバルック・ソングラムだ」
そう言って簡潔に自己紹介を済ませると、リオンが苛立ったように口を開いた。
「最近何か変わったことはなかったか?」
「ああ………イレーヌから手紙が来たな。謎の武装集団についてのことだったが」
それは僕も知っている、とリオンが言った。
「…………僕達が聞きたいのは……………………神の眼についてだ」
すこし躊躇った後、リオンが言った。バルックは目を見開いて驚いた。
「神の眼だと!?一体、急にどうしたと言うんだ」
まさか盗まれたとでも?冗談交じりに言うバルックに、リオンは瞼を伏せ、その通りだ、と返した。
リオンの様子に、バルックも肩を落とした。
顔は、先ほどまでとは違って、酷く歪んでいる。
「…………一大事だな」
「ああ。何か知らないか?」
「いや。しかし情報は集めてみよう。海路を使ったならば、港で情報収集した方が良いだろうな」
バルックとリオンはすらすらと言葉を並べて話を進めた。
「リオン達は神の眼の情報を。私は…まさか関連があるとは思えんが…イレーヌから送られてきた手紙にあった武装集団について調べておこう」
リオンはその言葉に短く返事をすると、港へ行こうとした。
「リオン、少し待ってくれない?」
しかし、莢のその言葉によってそれは止められた。リオンは面倒臭そうに振り向くと、莢がマリーの方を見ているのに気がついた。
「何をやってるんだ。」
「マリーが、料理の本見てる。……記憶のことで関係があるかも知れないから、すこし待って欲しいの」
切実にそう訴えかける莢に、リオンはすこし黙って、近くの壁にもたれ掛かった。それを見た莢は、微笑んで感謝の言葉を述べた。
「…………………これ………」
「?ビーストミートのポワレがどうかしたの?」
マリーがページを捲らずにそこばかり見ていることを不思議に思ったルーティが尋ねた。
マリーがどことなくぼんやりとした目でぽつりと漏らした。
「懐かしいな。昔よく作った」
「!!」
マリーの呟きに全員が驚いた。
「マリー……………記憶が戻ったの!?」
「え?」
ルーティが責めるように大きな声で尋ねると、マリーは我に返ったかのようにハッとした。
「…………………いや…………思い出せない……………」
マリーが済まなさそうに言った。その言葉に、心なしか皆が肩を落とした。その雰囲気を取り払うように、おそらく1番落ち込んでいるであろうマリーを励ますように、ルーティが声を掛けた。
「ま、でもよかったじゃない。手がかりになるかも知れないし」
「え?」
スタンが何で、と言うような顔をルーティに向けた。ルーティは呆れたようにため息をつくと
「バッカねぇ。ビーストミートのポワレは、ファンダリアの郷土料理でしょうが」
と言った。スタンは納得してそれに頷いた。
「伊達に世界旅してないわよ!」
すこし自慢げに言うルーティにリオンが横槍を入れたために、出発がすこし遅れた。
一行は港へ行き、早速情報収集を始めた。グレバムは海路を使った、と言う点から水夫を当たった。
水夫の一人がジェイクと言う男が知っている、と言った後に暫くしたら戻ってくると続けたので、リオンはここで自由行動をすることにした。
「暑いね」
そういうなら、こんな所にいなければいいだろうとリオンはそう思った。思っただけで、それが口に出ることはなかったが、リオンは無言で、傍に座る彼女の隣に立っていた。
もともとはリオンが立っていた場所に莢が近寄り座ったのだが、そうなっては座るわけには行かないと妙な意地を張ってずっと立っていたのだ。
「何か、喋らない?」
莢は膝を丸めて座っていた。その膝の上に手を軽く乗せ、上目遣いにリオンを見る。リオンが側に立っている所為で莢はその影にいることが出来たが、リオンは直射日光を浴びていた。急速に体力が奪われるのを知りながら、それでもリオンはそこから動こうとはしなかった。その場所からなら、ジェイクという水夫が港へ戻ってくるのがよく分かったからだ。
リオンはちら、と目線だけ莢に移すと、怠そうに応えた。
「この暑い中喋るだけ体力の浪費だ」
でも、ちゃんと応えてくれるんだね。
そういって微笑む莢から、リオンは目線を外した。
「リオンは何でわざわざこんな日除けもないところで立ってるの?」
せめて日陰で待っていればいいのにと続ける莢に、リオンは口を開いた。
「ここなら帰ってきたのがすぐに分かるからな」
「日陰でも分かるところはあるよ?」
「時間が惜しい」
短いリオンの返答に、莢はくす、と笑みを漏らした。
「……お前こそ」
それを見たリオンがまた口を開いた。
「莢こそ日陰にいろ」
珍しく素直に出た言葉に多少なり莢は驚いたが、すぐにまたニコニコと笑っていった。
「だって、リオンだけ日向にいるのも、ね?」
なんだか寂しいじゃない。
莢はそう続けた。リオンは鼻で笑うと、その言葉を否定した。莢は相変わらず微笑んでいて、それじゃぁ私が寂しいって事で、と言って笑った。
莢は少し強引なところがあるとリオンは思った。セインガルドの港を出る際に詫びとして贈ったイチゴのこともそうだった。決して、不快になることはなかったが。
容赦なく照りつける太陽が、水分を奪っていく。汗が皮膚を伝って落ちていく感覚が気持ち悪く、リオンは何度も汗を拭った。
莢はそんなリオンを見ながら何か暫く考えていたが、不意に一度その場を離れると、何処かへと移動していった。
リオンは、寂しいんじゃなかったのか、と非難めいた声を上げそうだったが、何とかそれを押さえ込んだ。
『坊っちゃん、莢が傍にいないと落ち着かないんじゃないんですか?』
リオンに腰に下げられたシャルティエが、初めて口を開いた。リオンはそれを否定すると、近くにあった木箱に座った。
「暑いな」
『そうですね』
剣に暑さもへったくれもあるか!とリオンは癇癪を起こしそうになったが、暑さは結局変わらないので、やめた。相づちを打つような物だと押さえつけると、険しい顔を作って瞼を閉じた。シャルティエも、リオンが暑さの所為で苛ついているのか分かったのか、それ以降口を噤んだ。
じりじりとした暑さが水分を奪っていく。何度も汗を拭っていたリオンだったが、堪えきれず目を閉じた。まだジェイクは戻ってこない。
「!」
「はい、リオンの分」
リオンが額に冷気を感じたと同時に、それが押しあてられた。莢が持っていたのは、コップだった。少し大きめで、水が入っている。ご丁寧に、氷まで。
「どうしたんだ?」
これを取りに行ってたのか、と思うと同時に、どこから貰ったのかが気になったリオンはそう尋ねた。この地で、そんなに親切にしてくれる輩がいるとは思えなかった。
莢は歯を見せて元気よく笑ってみせると、乗っていた船のバーテンに頼んで入れて貰ったと言った。
「よくそんなことが出来たな……」
「取る物は取られたけどね。コップも返さないといけないし」
しっかり料金は取られたといって笑う莢に、リオンも思わず笑みをこぼした。しかしすぐに険しい顔になった。
「旅の資金から取ったのか?」
「まさか」
莢は一度町に出て適当にモンスターを倒して、レンズを換金したのだと続けた。
「リオンは、旅の資金を私用に使うの、嫌うと思って」
せっかくリオンの分をと思ったのに、それじゃぁ、意味がないでしょう?と言う莢に、リオンは呆れかえった。馬鹿か、と思わず声が漏れた。
「お前の分がないだろう」
「いいよ別に。そんなに喉も渇いてないし」
そんなはずはない、とリオンは思った。ここの換金レートは低く、ルーティがこんな所では絶対に換金しないと叫んでいたのを覚えていたからだ。
換金レートが低いのならば、倒したモンスターも相当なはずだ。そう思ったリオンは、少し水を飲むと、莢に渡した。
「リオン?」
「お前も飲め。僕に対しての気遣いなら無用だ」
寧ろ、ない方が望ましいかも知れないな。
リオンは自嘲気味な笑みを心中で浮かべた。勿論表情に出ることはなかった。
しかし何時までも渋って飲もうとしない莢に、リオンはにやりと笑って
「僕が貰った物をどうしようが、僕の勝手だろう?だから飲め」
と、そう言った。莢はその言葉を聞くと、苦笑いを浮かべてようやく口にした。
「冷たい」
幸せそうに笑う莢に、リオンはフン、と鼻を鳴らして。そうして二人は代わる代わるコップの水を飲んでいき、氷まで食べてしまうと、顔を見合わせて笑った。
莢はコップを返しに行くと言ってその場を去っていった。リオンはその後ろ姿を見ていた。
『……坊っちゃん、顔が少し柔らかくなりましたね』
からかうようにシャルティエに言われて、リオンは怒鳴ったが、シャルティエがジェイクらしき男を見つけると、それきり黙った。
莢はすぐに戻ってきたので共にジェイクらしき人物に話しかけると、カップルかとからかわれ、またリオンは怒鳴った。
その時、実は莢がまんざらでもなさそうな顔をしていた、というのは、ジェイクとシャルティエしか知らない。
実質的には、ジェイクを待った時間というのはほんの少しではあったが、皆思い思いに休めたようで、ジェイクから情報を聞き出したリオンが呼びに来た時には、皆の体力は回復していた。
「もしかしてリオン、ずっと港で待ってたのか?」
グレバムはカルビオラへ向かったというリオンの言葉で、カルビオラを目指して歩を進めていた中、スタンがリオンに問うた。リオンはただ前を見つめながら短く応える。
「ああ。時間が惜しかったからな」
そこでチラ、とスタンの方を見た。
「……スタン、お前は最後尾へ回っていろ。奇襲をかけられたときに対応しきれないだろうからな」
大体は厄介払いするために適当な理由を付けたのであろうが、スタンは納得して後ろへと回った。
「………リオン、休んでないでしょう?少しだけでも日陰に入っていれば良かったのに」
スタンと入れ違いに莢がリオンに声を掛けた。
「お前こそずっと僕の傍に張り付いていたじゃないか、日陰にも入らずに」
リオンは拗ねたように莢から顔を逸らした。
「リオンが横に立ってた御陰で、私は日陰の中にいたんだよ?」
『莢、坊っちゃんは照れてるだけですから気にしなくて良いんだよ』
「シャル!」
シャルティエがからかうように言った言葉をリオンが諌めた。
『坊っちゃんも素直に莢のことが心配だと言えばいいでしょう?』
シャルティエが呆れたように言った。
『口に出せないからわざわざ莢が座った場所に日陰が出来るように立ってたんじゃないんですか?』
「…………っ」
続けていったシャルティエの言葉に、リオンは少し赤くなった。莢が顔色を窺うようにリオンの顔を見ようとすると、リオンはそれから逃れるようにまた顔を逸らし、呟いた。
「………………倒れられたら迷惑だからだ!」
恥ずかしかったのか、語尾を少し強くして言うリオンを見、莢は微笑んだ。
「有り難う」
「……………フン」
照れ隠しなのか、リオンは少しだけ歩を早めた。莢はそれにしっかりと付いていく。
「…………ホンット、見てて熱いわね~。あ~熱い熱い」
「仲が良いのは良いことだぞ」
それを見て、こんな会話が成されたのは二人の与り知らない所。
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