運命という名の、絶望
「………………く、来るなっ!」
Event No.10 侵入
カルビオラへ到着した一行は、町を囲む塀のすぐ外に声を聞いた。
「………?」
それぞれ顔を見合わせ眉をひそめると、取り敢えずそこに行くことにした。すると、そこにはモンスターと対峙する、まだ幼い子供がいた。
スタン達が駆け寄ると、少年は虚勢を張って突っ張った。
「町は僕が守るんだ!」
必死になってそういう少年を、正直に偉いと感じたスタンだったが、それでも相手はモンスターだ。
「危険だから下がって………!」
スタンがそう言おうとした際に、モンスターが仲間を呼んで、スタン達を囲った。
「チッ………」
リオンが舌打ちする。
少年はやはり怖かったのか、莢の服を強く握った。おそらくは無意識的な行動だったのだろう。
莢は少年を見て優しく微笑むと、頭を撫でた。
服の裾を離すように頼むと、少年はハッとしたように離したが、莢はすぐに少年を自分の後ろへと回らせた。
丁度敵に囲まれているため、少年を守るように皆が皆、円になって仲間に背を預けた。
「大丈夫だから、ね?」
モンスターが襲ってくる瞬間、莢はそう漏らすと、レイピアを振るった。
出来るだけ少年を庇いながら、一体一体確実にしとめていく。
「………………っはあぁっ!」
上段から力強く切り裂くと、残った最後の一体も、レンズを残して跡形もなく消えた。
「………っへんだ!僕一人でも充分だったんだからな!」
少年はそう強がると、町の方へと走っていった。
「可愛くないガキねぇ。どっかの誰かさんみたい」
「フン。可愛くあってたまるか」
「あら?自覚があるのかしら?」
「思いっきりこっちを見ながら言われてたら誰でも分かるさ」
幸いルーティが電流を流されることはなかったが、リオンの機嫌は悪くなった。莢は二人を宥めるように間に入ると、早く町へ入ろうと促した。
チェリクでもそうであったように、カルビオラでも人々の目線は冷たかった。一行は真っ直ぐ、町の真ん中にあるという神殿へと足を運んだ。
「おや?どうかされましたか?」
入ってすぐに、二人の神官が迎えた。フィリアは丁寧にお辞儀をすると、言葉を発した。
「司祭のフィリア・フィリスと申します。いくつかお尋ねしたい事があるのですが、宜しいでしょうか?」
神官はその言葉に快く頷くと、質問をするように促した。
「こちらに神像が運び込まれたと聞いたのですが…………」
「いえ、そんな物は見ておりませんな。何かの勘違いでは?」
神の眼としてではなく、あくまで”神像”として運び込まれたことからフィリアがそう尋ねると、神官の一人が穏やかに否定した。
「そうですか…………それでは、グレバムは此処に来ていませんか?」
フィリアの言葉に神官達は張り付いたような笑顔で、それも否定した。
「いいえ。大司祭様など見かけませんでしたよ」
「………そうですか」
フィリアは深々と礼をして感謝の意を述べると、外へ出るよう促した。
「怪しいですわね」
外へ出て、開口一番、フィリアは言い切った。スタンが何故かと問うと、フィリアが丁寧に答えた。
「私は、グレバムとしか言っていません。なのにあの神官達はグレバムが大司祭だと知っていました」
スタンはそれでも首を傾げていると、莢も分からなかったのか、リオンを見た。
「……リオン、大が付くくらいだし、知っているのは自然な事じゃないの?」
「大司教や司教ならともかく、その下のただの大司祭の名など、普通は知らない。…………怪しいな」
リオンは簡潔に莢に説明をして、腕を組んだ。
「さっきの神官さん、とっちめれば何か吐かないかな?」
その言葉に、リオンは固まった。否、リオンだけではなく、他のメンバーも固まった。
「……?私、何か変なこと言った?」
首を傾げる莢。先程の、丁寧な中にも何処か粗暴な莢らしかぬ発言は、当の本人にとっては至って普通だったようだ。
「………いや。おそらくあいつらは下っ端だろう。時間の無駄だ」
「………そっか」
何故が残念そうに呟く莢に、リオンは背中に冷や汗が伝うのが分かったが、敢えて流した。
「となると……………忍び込むより他に手はないわね。」
ルーティの目が光った。フィリアはそれに嬉しそうに賛成の意を述べた。
「そうですわ!私は今晩ここの神殿に泊めてもらうようお願いしますわ。夜になったら裏口を開けておきますから、そこから」
「頼む」
リオンが素早く返事をすると、フィリアはニッコリ笑って頷いた。
「フィリア、大丈夫かい?」
「ええ。クレメンテも一緒ですから」
フィリアが心配そうに尋ねてきたスタンに気丈に微笑んでみせると、早速神殿の中に入っていった。
「…………さて。僕らは宿で待機だ」
リオンは神殿を一瞥して、宿の方へと足を向けた。
莢も皆に続こうと足を踏み出したとき、制止の声が掛かった。
「お待ち下さい」
「?」
莢が首を傾げて声のした方を見ると、そこにはこの暑い中、黒い衣装を身に纏った、いかにも怪しい人間が居た。
その人間は自分を占い師だというと、前の台に置いてある水晶を見て怪しく笑んだまま、唇を動かした。
「見えます……貴女は…とても重要な位置にいます……運命さえも、揺るがすほどの力を持っています………。
しかし、貴女は今闇の中に………そこから早く抜け出さないと、取り返しがつかなくなりますよ………」
すべてを見透かしたようなその占い師の言葉に、莢は黙ったまま耳を傾けていた。
占い師は、続けた。
「ですが、貴女はその闇から抜け出すことは出来ないのです………結果、貴女は大切なものを失うでしょう。
それと同時に、大切なものを手に入れるでしょう。………深い後悔と、哀しみをつれて…………」
「莢?」
占い師の意味深な言葉に莢が硬直していると、不意に聞き慣れた声が、莢の耳に入った。
莢がぎこちない動作で振り向くと、そこにはリオンが立っていた。
「何をしている?さっさと宿に行くぞ」
リオンはちら、と占い師に目を向け、それからすぐに莢の手を引いて歩き出した。
「………運命には誰一人として、逆らえないのです……貴女の記憶がないのも、また、同様に…………。
ですが、嘆くのは暫く……。何よりも貴女が焦がれたものは…………」
占い師のその言葉は、誰にも聞こえなかった。
「………莢、………莢」
「…………ぅ…………」
「莢、行くぞ」
優しくゆさゆさと身体が揺れる感覚で、莢は目を覚ました。
「…………あ………ごめん…………」
どうやら時を待っている間に寝てしまったようで、莢は済まなさそうに謝った。
「謝っている暇があるならさっさと体を起こすんだな」
リオンは鼻で笑うと、莢の身体を引き起こした。莢は傍に立てかけていたレイピアと片手剣を取ると、もう一度リオンに謝って神殿へと急いだ。
夜の闇の中、町の中は静まりかえっていた。
神殿の中に入ると、フィリアの声が聞こえた。見回りの神官が居るから気を付けるように、との言葉を受け取り、一行は歩を進めた。
「……ねぇ、リオン。もしも昼間の神官さんがグレバムの手の者だったら………」
「ああ。本物はおそらく何処かに監禁されて居るんだろうな」
少し距離を開けて先を行く莢とリオンは、かなり小さい声で話をしていた。
取り敢えず本物の神官の安全を確認しなければ、と言うことで話はつき、先頭の二人は音を立てないよう、慎重に歩いた。
廊下の突き当たりらしき場所に階段を見つけると、リオンと莢は顔を見合わせ、その階段を下りた。
「………何じゃ、お前らは!」
不意に前方から荒々しい声が掛かった。即座に武器を取り構えると、見回りらしき神官が襲ってきた。
「…………っ!リオン!モンスターが!」
「ああ!気を抜くな!」
狭い通路で戦うには少々分が悪いかとも思えたが、条件で言うと五分の勝負であった。
ただ。
「………莢。人を、殺した経験はあるか?」
リオンが妙に落ち着いた声で尋ねた。
「ない、よ」
莢はその問いに動揺したのか、少し間を取ってから否定した。リオンは少し苦しそうに眉をひそめてから、莢に後ろへ下がるよう促した。
莢は訝んだが、リオンの言うとおりに後ろへ下がると、リオンは神官と対峙した。
「…………飛燕連脚!」
リオンのマントが、莢の視界の中で踊った。
切り刻まれる、それ。血が舞う。
不気味な断末魔。
リオンのマントの揺れが収まった時、重力に従って落ちたそれに、もう魂は宿っていなかった。
しかも、あろう事か神官はモンスターと同じように霧状に蒸発し、その場にはレンズが残った。
「………っ!何よ!あれ!!」
回復呪文をいつでも唱えられるように待機していたルーティと、狭いために前衛に回れないマリー、スタンが驚いた。
莢は、ずっとリオンの表情だけを見つめていた。
リオンはなおも神官に斬りかかり、一人一人確実に息の根を止めていく。そのたびに視界に入る赤いマントが舞った。
「……っ!何をぼさっとしている!スタン、晶術を使え!!」
いくら戦闘開始直後だったとはいえ、実質戦っているのはリオン一人のみだ。
リオンの声で我に返ったスタンは、ディムロスを構えて詠唱を始めた。
マリーは動かない莢の代わりに前へと駆け、神官の後ろに飛んでいるコウモリのようなモンスターに斬りかかった。
モンスターはそれほど強くなく、マリーは手際よく一体一体を切り裂き、確実に仕留めていった。
「………避けろよリオン!!ファイアーボ-ル!!」
この狭い場所で大きい晶術は危険だと判断したスタンが叫んだ。
神官を相手に戦っていたリオンは、大分研ぎ澄まされた感覚でタイミングを見計らって脇に避けた。
「ぐぅぅぅぅぅぉおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!」
スタンが唱えた小さな火球は神官を捕らえ、神官は耳障りな音を一行の耳に残して燃え尽き、やはり最後は霧状に消えた。
その場に、レンズを残して。
「…………っ!?何で!何で人間がモンスターみたいに消えて……代わりにレンズが残るのよ!?」
「決まってる。…………レンズを飲んだからだ」
俯いたまま淡々と告げるリオンに、ルーティはカッとなったが、すぐに俯いた。
「……大方、グレバムにでも言われたのだろう。忠誠を示すためにレンズを飲め、とでも」
リオンの呟きに、一行は思い沈黙を抱えたまま、その場に立っていた。
それを砕いたのは、一人の人間の声だった。
「…………誰か……誰かいるのですか!?」
スタン達は慌てて声のした方に駆けていった。ただリオンだけはその場に立って、俯いたままだった。
莢はリオンを見て、戦闘中、ずっと動かさなかった足を動かした。
「………近寄るな…………」
低い声で、リオンが呻くように呟く。莢はリオンの言葉などもろともせず、ゆっくりと歩を進めた。
「………………っ近寄るな………………っ!!」
リオンは俯いたまま、先程より語尾を強めた。莢はそれでもリオンに近づいた。
「…………………………僕に近寄るなぁ!!!!!!!!!」
何かに怯えたように、リオンはシャルティエを莢に突きつけた。莢は真っ直ぐにリオンの瞳を見ていた。
「……………リオンは、何故そんなに震えてるの?」
リオンはハッとして、改めて自信の状態を把握した。莢の言うとおり、戦闘中にはなかった震えが、リオンの身体を駆けていた。
「……どうして?」
莢が真っ直ぐにリオンの瞳を見て、聞く。リオンはそれから目をそらし、また俯いてぽつりと漏らした。
「出来れば……………お前に……莢に……人を殺す所を、見られたく、なかった」
「確かにさっきのは人だけれど、レンズを飲んだ時点で、もう、人じゃないよ」
シャルティエを下ろしてぽつりぽつりと言葉を紡ぐリオンを、莢が抱きしめた。
「………っ!?」
「そう言っても、リオンは否定するだろうから………敢えて言い直すけど。リオンはさっき確かに命を切り刻んだ。でも……人殺しなんて、思ってないよ?
ただ単に私が実感することが出来ないだけかも知れないけど……。でも、動物を殺して、罪に問われる事って、あるかな。襲われそうになって、逆に殺して、もしそれが動物だったら、どうかな。
……動物殺し、だなんて……ほとんどの人は言わないよ。そうでしょう?今のは、モンスターだった。例外なく。レンズを取り込んで、凶暴化した、知性を持つ、モンスターだった。
リオンが戦ってる間……私、リオンのこと見てたよ。リオン、すごく悲しそうな顔してた……すごく、辛そうだった」
莢はしっかりとリオンの身体に腕を回したまま、言葉を続けた。
「どうしてそんな顔してたのかまでは聞かない。……でも、リオンが私に下がってろと言ったわけは教えて?」
あくまでも優しく言葉を紡ぐ莢に、リオンは間をおいてから答えた。
「……莢は……人を殺したことがないんだろう?莢まで……僕のように、血にまみれる必要はないんだ」
「そんなことない」
リオンが自嘲気味に吐いた言葉を、莢は否定した。リオンは軽く目を見開いた。その身体が揺れて、リオンの動揺が莢に伝わった。
「そんなこと無いよ……リオンだけが、世界のすべて背負わなくても良いんだよ。リオンのためなら、私は強くなれるよ。なってみせる。
人だって、リオンのためなら、リオンが居るなら、きっと……。だから………貴方だけ、そんな苦しまないで」
リオンは何か熱いものが込み上げてきたが、それを何とか押さえると、吐き捨てるように言った。
「……っ……僕の強さは、莢には合わない。……僕と同じ所には来ないでくれ。僕の為だけに………」
リオンは泣きそうな声で懇願するように言ってから莢を引き離すと、スタン達が走っていった方に足を向けた。
「…………………エミリオ…………………」
莢の呟いたその声はあまりに小さく、そのまま闇へと溶けた。
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