運命という名の、絶望

 「………仮に連れて行っても足手まといになるだけだ。行くぞ」



Event No.11 ノイシュタットへ



 スタン達が走っていった方向には牢屋があり、そこには神官達が捕らえられていた。
 聞くと、グレバムの配下がいきなり押し寄せ、抵抗したものは皆殺されたのだという。
 何故神殿に牢屋があるのか甚だ疑問だったけど、取り敢えず私は話を聞いて一つの結論に達した。
 この人達は、今は解放すべきではない、と。
 リオンも私と同じ事を思ったのか、素っ気なく言い放って、先を急ごうとした。
 スタンが制止の言葉をかけ、リオンはうんざりした顔で振り向いたけど。
 「……スタン。神官さん達を解放するのは、グレバムの配下達を始末してからでも遅くないよ。 それに……今解放すると、逆にこの人達が危険に晒される可能性の方が高いし」
 牢屋で大人しくしている限り、この人達は安全だ。
 スタンも分かってくれたのか、リオンと私の顔を交互に見て、分かったと短く言った。
 「すいません。そう言うわけですので、もう暫くそこで我慢してて下さい」
 私は初めてまともにその神官の顔を見ていった。神官は不安そうだったけれど、納得してくれて、か細い声で返事をした。
 私はそれを聞くと、また先程のように隊列を整えて、リオンと共にそこを出た。
 「…リオン。リオンはさっき、ああ言ったけど………私は、一応割り切ってるつもりだよ」
 レンズを飲んで凶暴化した、神官達のこと。
 薄明かりの中でリオンの顔は暗く見えたけれど、私は敢えて気にしなかった。
 「私は……」
 「黙れ」
 言葉を続けようとしたけれど、リオンのその言葉で一応黙った。リオンは暫く無言でいたけれど、口を開いた。
 「……これ以上僕の……心理領域に入らないでくれ……!」
 苦痛に耐えるような。そんな声。
 私は短く分かったとだけ言うと、それきり口を噤んだ。
 あなたはどうして、そんなに全てを独りで背負おうとするの?
 きつい口調で言ってしまいそうで怖い。もし言えば、確実に嫌われてしまう。そう思うと恐かった。
 リオンに会ってから、頭痛に悩まされることは少なくなった。私が忘れている所為なのかも知れない。何か、大事なこと。
 でもそれがなんなのか分からなくて。悔しくて辛くて、それでも立っていた。
 『…………溜め込むと良くないと言ったのはだろう。今度からは僕に言え』
 海底都市でリオンが言ってくれた言葉。
 でも、どうして独りで頑張っている貴方に、頼ることが出来だろう。
 リオンは独りでも立っていられて。私は、独りでは立っていられない。
 決定的な差を見せつけられているようで、息が詰まる。
 それは嗚咽にも似た呻き声で、リオンが私の方を見るのが分かった。でも何も言わないまま視線を元に戻した。
 それが、たまらなく辛かった。
 今までなら、声を掛けてくれたのに。声を掛けて、どうした。心配そうに言ってくれるのに。
 私はもう既にリオン無しでは、バランスを保てないのかもしれない。
 リオンに依存しないと、自分を上手く保てなくなっているのかも、知れない。
 「…………………セインガルドと同じ仕掛けとはな………馬鹿にしているのか!」
 リオンが上げた声でハッと我に返る。頭を振って、意識を今に戻した。
 いけない。
 今は、目の前の敵を叩きのめすこと。ただ、それだけを考えていればいい。
 勢いよく扉を開けると、そこはセインガルドにあるストレイライズ神殿の造りと同じ物だった。神の眼がないところまで、同じときた。
 「なっ………!」
 「神の眼が!」
 ショックを隠しきれないまま、何者かに声を掛けられた。その声は明らかに嘲笑が含まれていて。
 癪に触った。
 世界を破壊するのが目的?
 一度世界を滅ぼして、新しい世界を構築する?
 そんなことが、あってたまるか。
 多分、これは、きっとエゴだけれど。
 「グレバム様はレンズを大量に奪い、モンスターを生成なさっているのだ!そしてそのモンスターが倒され、レンズハンター達に回収される。
 それはすべてオベロン社に周り、我々はそのオベロン社の貨物船を狙い、レンズを奪う。どうだね?素晴らしいサイクルだろう!」
 「………悪循環通り越して最悪だよ。」
 ぽつりとそう言うと、私は一気に踏み込んだ。リオンは私に下がっていろと言ったけれど。
 それじゃ、ダメなんだよ。
 こればかりは、回り道をすることも出来ない。
 避けて通れない道。殺生ばかりの、血に濡れた道。
 だからせめて、貴方の隣を歩かせて。
 それがたとえ私にとってマイナスでも、私はきっと幸せだから。
 血の海の中でも、リオンがいればきっと、私は私で居られるような気がするから。
 「っち………っ!飛燕連脚!」
 「猛襲剣!」
 モンスターとはまた違った意味で、気分は張りつめていた。相手は、もともと人だった生き物だから。
 人間というものは、なんと複雑な社会に成り立っているのだろう。
 善と悪を作り、行動を起こす際は必ずそれに固執する。行動自体に、善も悪も無いのに。
 人間だけが、そうなんだ。何ともはや、面倒臭い。
 私は襲いかかる神官達を見ながら、少し眉をひそめた。……神官を殺った際に、返り血がついたからだった。
 酷く生ぬるくて、鉄臭い。
 まだピクピクと痙攣する死体を一瞥すると、同じように襲いかかる神官を、同じような感じで殺していく。
 片手剣で、神官を切っていくこの手が、鈍くなる。
 手応えなんか関係ない。
 確実に、脳か、心臓の破壊を狙って、仕留める。
 フィリアやルーティも、先程から晶術で援護をしてくれている。特に、フィリアは悲しそうに、眉をひそめたまま。
 無理もないだろうな。彼等はフィリアと同じ聖職者だったから。
 ………それにしても、理解力の低い神官達だ、と私は思う。
 神なんか、何もしてくれないに決まっているじゃないか。神は人間が作りだしたんだから。
 辛いから、死ぬのが恐いから、縋ろうとするんだ。それはいいのだけれど。
 人間が自分勝手に作りだした神を罵倒するなんて、自分勝手も良いところ。
 私は神官の雑魚をすべて斬ると、リーダー格の者を見つめた。リオンの顔は、正直見たくなかった。
 ああ、リオンもあの時、こんな気持ちだったのかな、とぼんやり考えて、それでも構えは解かない。
 無性に、泣きたく、なった。
 「………あ……ぁぁ…………」
 最後の一人の神官は、ただ音を漏らすばかりで、何も話そうとはしない。先程の戦闘で、神官の足は切り落とされ、その顔は歪み、身体は激痛に身をよじらせている。
 無様。
 今度は私が嘲笑したくなった。しなかったけど。
 「………貴方は、人間が作った馬鹿みたいなガラス細工になりたかった?」
 ぽつりとそう言うと、私の存在など視界に入らず、ただただ呻き、藻掻く神官の頭に片手剣を突き立てた。
 「……それで好きな人が自分を見つめてくれるなら、悪くはないかも知れないけど」
 私の呟きは、虚しく部屋に響いた。


 「………次はノイシュタットだな」
 暫く無言でその場に立っていると、リオンが私の傍に来て、そう言った。私は何とか頭を働かせようと、リオンの方を見る。
 「……例の、バルックさんが言ってた、謎の武装集団のこと?」
 「ああ。十中八九、イレーヌが書いて寄越した手紙にあった奴らのことだ」
 よくリオンの表情が見えない。考えてみれば、先刻の戦いで、私は大量の返り血を浴びていた。
 聖職者が勤める神殿に、今の光景は不釣り合いだった。
 不気味に静まる部屋。
 スタン達の声すら、無い。
 散乱する死体。
 それが今は、大量の血だけを残して、消えていた。
 後に残ったのは、レンズ。
 「……リオン。地下の牢屋近くでのこと。………リオンも、そんな気持ちだった?」
 「…?」
 「……私も、見られたくなかった。殺す所。割り切れなかった。御免」
 今更ながらにまともな感覚が戻ってきて、身体が震えだす。リオンは皆に先に行くよう命令して、私と一緒にその場に残ってくれた。
 「……無理はするな。誰も見てない」
 その言葉が、きっかけだった。
 私はリオンの気持ちを分かってあげられなかった不甲斐なさと、初めて人という生き物を殺したショックの所為で、リオンの胸を借りるはめになった。
 ……正確に言うと、身長差はそれほど無いから、肩なのだろうけれど。
 リオンは私がそうしている間、ずっと背中を撫でてくれた。私はそれに生きている事を感じて、更に泣いた。
 リオンの身体は暖かくて、彼も生きているのだと思うと、何故だか無性に、嬉しかった。

200-/--/-- : UP

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