運命という名の、絶望

 「ここからは一気に叩くぞ!」



Event No.14 戦いの後で



 私とスタンが敵の頭を仕留めていた頃に、リオン達も別の船の頭を叩いたらしい。
 こんな事実際にあるのか、と言うくらいほぼ同時に私達は甲板へ出た。
 リオン達は私が全身に浴びてしまった返り血を見て心配の色を表してくれて、私はそれに頷くことで答える。
 まだ、戦いは終わっていない。
 リオンを見て、安心して。それで気を抜きそうになる自分を、ただ単に頷くという行為だけに留まらせることで、叱咤したかった。
 「……あとは最後の船だね。首尾良くいければいいけど」
 「フン。いければ良いんじゃない。…………首尾良くいかせるんだ!」
 彼は不適に笑って言葉と一緒に最後の船へと身を躍らせ、私達もそれに続いた。
 流石に二槽もやられて焦ったのか、船員達は皆この船に上がっていた。
 少し……時間が掛かるかな………仕方ないか。
 モンスターと化した船員達は、媒体が人の身体の所為なのか、多少の防御やフェイントを仕掛けることがあった。
 それに多少惑わされつつ、剣を交えるごとにそのパターンも把握して、船の上で身体が踊る。
 その度に、甲板に血が滴った。
 「………ぐぅはぁああああははははあぁあああ!!!」
 奇声を発して襲いかかって来る元人間達を相手にしながら、ふと、私は考える。
 グレバムの狙い。
 神に仕えるという身分でありながらも、神の目を盗むという、その行動の真の意。
 神殿を襲ったモンスターは、何故今まで大人しかったのか。
 仮に神の眼がモンスターが人間に襲いかかるという欲求を抑える効果でもあるとしたら。
 またはその逆で、神の眼を恐れて近づくことが出来なかったのか。
 真実を知るには、まだ条件が少なすぎる。
 そして、私がどこの誰で、何故あの森に倒れていたのか。
 自分に関してだって、まだ全然分からない。成り行きで今こうして共にいるけれど、私は私を知ってしまったら、一体どうすればいいのだろう。
 そっちの不安が大きくて。
 正直、分かることも、思い出すことも怖い。
 「!!」
 「!」
 声で気が付いた。私は今殺すか殺されるかの瀬戸際だ。考えに没頭してる暇なんかない。
 私は背後から影が被さってくるのを見つけ、振り向きざまにレイピアを振るった。最初の船の時とは違って、今度は手応えを感じた。
 しっかり意識的に見ようとするけれど、そうする前にまた返り血が私の胸の辺りに掛かり、そう遠い距離ではなかったことが分かった。
 先程にも増して血の匂いが辺りに充満している。考えに集中している間、何人斬ったのか。何人リオン達が殺ったのか。
 そんなことは分からなかったけど、とにかく思わず吐きそうなくらいの異臭に、私は閉口してしまった。
 「………甲板はコレで全滅だな。頭は出来れば生け捕りだ」
 「ああ……。でも、気分が悪いな」
 「我慢しろ」
 リオンとスタンが辺りを見回しながら言葉を掛け合っている間に、私はフィリアに駆け寄った。私が声をかける。
 「……っ」
 ビク、とフィリアの身体が揺れた。その後フィリアは自分でも吃驚したように目を見開いて。
 「あ………ごめんなさい……」
 私は何のことだか分からなかったけど、自分が今どんな状態何かをようやく思いだして少しフィリアと距離を取った。
 「ううん。私こそ御免ね。………大丈夫?」
 レンズを飲んでモンスター化しているとは言え、悲しそうに眉を寄せることもなく切り払っていく私の姿は、神に仕える司祭の目にどう映っただろうか。
 それは全然分からないけれど、それを考えると少し心臓の辺りがズキズキと痛むような感覚に見舞われ、私はフィリアに声を掛けた。
 フィリアは気丈にもしっかりと答えると、今度は自分の方から私に近寄った。
 「……さんも……もっと自分を大切になさって下さいね?……戦闘中に考え事をなさるなんて言語道断です」
 最後ぽつりと小声で言われた言葉に、私はまたも閉口した。…………寧ろ、開いた口が塞がらなかった。
 「……ばれた?」
 「あら、私が気が付かなかったとでも?」
 …………どうやらフィリアは、私が思っていた以上にタフらしい。
 「………おい、雑談はその辺にしておけ」
 「あ~ら、そちらこそ?」
 「…………」
 「人のフリみて我がフリ直せ、よねぇ?」
 人の悪い笑みを浮かべながら嘲笑するルーティ。……ティアラのこと、忘れてるわけじゃないよね?
 リオンはもう何も言うまいと踵を返すと、甲板から船室へと繋がる扉に手をかけた。
 中にはもう既に人、もとい、モンスターの気配はなく、それでも若干緊張した雰囲気を漂わせつつ私達は奥へと歩を進めた。
 奥には、鋭いかぎ爪を装備した男が立っていた。
 「…――――――っ!!バティスタ!?」
 フィリアはクレメンテを持っている手とは逆の手で、口元を覆った。
 そんなフィリアをあざ笑うかのように男は冷笑すると、事も無げに言って見せた。
 「久しぶりだな、フィリア。人を殺した気分はどうだ?」
 私はその言葉に不快感を覚えた。
 フィリアがバティスタと言ったその男は、船員を殺して来た敵に、怒り狂うこともなく今、平然と言ってのけたのだ。
 人を殺した気分はどうだ、と。
 私がチラとフィリアを窺うと、彼女は先程のまま、目にいっぱいの涙を溜めていた。
 口を覆っているその手は、震えていた。
 「フン。レンズを飲んだ時点で、あれは既にモンスターと同じだ」
 私が前に言った台詞を、リオンが嘲笑して言い放った。けれどバティスタは笑った。
 「くっくっくっくっく……おめでたい奴らだな。レンズを飲んだとて、人間にはかわりあるまい。 お前達は数多の人間の命を刈り取り、その血を浴びて今此処に立っていることをまだ自覚していないようだな。いい加減に認めたらどうだ?
 国家という歪められた正義の元に私どもは人を切り続けてきた、人殺しの集団ですと!」
 バティスタはそう言って一気に間合いを縮めてかぎ爪の振り下ろした。私とリオンは機械的に、且つ反射的にそれを各剣で受け止める。
 それが、戦闘開始の合図だった。フィリアとルーティは後ろへ下がった。
 「こんな狭い部屋ん中じゃ、攻撃魔法なんか使えやしないじゃない!」
 フィリアはクレメンテを構えるだけに止め、ルーティは隣で詠唱を始めた。マリーを含めた私達はバティスタに向かって剣を振り下ろした。
 「甘いわぁ!」
 三人がかりでも簡単に弾き飛ばされて、時間差で後から下ろされたディムロスさえもはじき返され、私達は壁にたたきつけられた。
 「……バリアー!」
 ルーティの声が微かに聞こえて、うっすらと目を開けると、自分が暖かい光りに包まれているのに気づいた。
 「しっかしりてよ!!私はこんな所で死にたくないわよ!」
 戦闘開始直後に喝を入れられて、私は軋む身体を引きずるようにしてバティスタの姿を捜した。
 「ヒス女に言われるようでは、僕もまだまだだな」
 フッと肩にかけられた手と声で私はリオンが隣にいるのを知った。
 「、ストレイライズ神殿で結界を壊す際にやって見せたあれは使えるか?」
 気遣うように肩にかけられた、その手から伝わる温もりを感じて、私は答えた。
 「……なんとかね。でも………当たれば相手は死んでしまうと思うけど?」
 「それで良い。狙ってやってくれ。」
 武装集団の全員死亡という結果になるのは避けたいはずなのに?ここで壊滅状態にしてしまえば、グレバムへの道は閉ざされてしまう。
 リオンの方を窺うと、彼は、私の方を見ていた。
 「……――――分かった」
 戦闘中なのに私は妙に恥ずかしくなって、バティスタを見ながら答えた。バティスタは私が構えたのを見て、少しだけ警戒態勢を取った。
 リオンも私の肩に掛けていた手を離すと、シャルティエを構えた。
 「何をする気だ?」
 バティスタが聞いた。顔は笑っていたけれど、どこか抜け目の無さを感じた。
 「………さあ?それはやってからのお楽し・みっ!!!!!!」
 「!」
 曖昧な記憶の中で覚えている名前。「居合い切り」を模した剣撃をバティスタの中央部に狙いを付けて打った。
 神殿でやったときとはシチュエーションが違う。標的は動くし、勿論かわされればこっちが負けてしまう諸刃の剣。
 でも、今は一人ではなかった。
 隣にはリオンがいるし、外れたときもマリーやスタンだって残ってる。基本的な戦闘で必要な魔法と剣のバランスは崩れないままだ。
 「ストーンブラスト!」
 「!」
 リオンは私が発した剣撃にぶつかるように石つぶてを入れた。確かにバティスタに刃向かっているけれど、剣撃が逸れてしまう。
 「………っリオン!?そんな…………」
 思わず声を上げると、リオンは私を見て不適に笑った。まぁ見ていろ、とその唇は動いた。
 仕方が無く見ると、身体のほぼ全急所を狙って飛び、切り裂く剣撃と、そのバティスタの急所の間のちょうど前に、石つぶてがあった。
 「あ…」
 一瞬だった。
 私が剣撃を飛ばして、リオンがストーンブラストを入り込ませて。バティスタの身体に当たるまで。
 石はバティスタの急所に辺り、剣撃が石つぶてを砕いてその身体を切った。
 いくら離れても運動神経だけで避けきれるほど、船室は大きいものではなかったから、バティスタも避けきれなかったのだ。
 剣撃は急所を確実に切り裂いたけれど、リオンによって放たれた石つぶてにより、威力は落ちた。結果的には、バティスタはギリギリで生きていた。
 私が剣撃を出したお陰で暫く動けないでいると、スタンとマリーが船室にあったロープでバティスタを縛り上げた。
 フィリアが、痛々しそうにそれを見ていた。
 「………リオン……」
 「何だ」
 疲れ切った状態で、私はようやっと口を開いたのだけれど、リオンがあまりにも平然としてるから、少し怒りたくなった。
 「何だじゃないよ!!!!もしも魔法のタイミングがずれてバティスタが死んじゃったらどうするつもりだったの!?ただでさえ剣撃が外れちゃってたら私は一歩も動けなかったんだからね!?」
 みんながビックリして私の方を見たけど、構ってられなかった。
 「大体リオンやる前に何にも言ってくれなかったじゃない!!」
 リオンも例によって驚いていたけれど、直ぐに冷静になって言い返してきた。
 「敵を欺くにはまず味方からと言うだろう?」
 「かなり微妙に使い方違うよ!!」
 突っ込んでみたけれど、それでも私の怒りは収まることを知らなかった。私が威嚇するようにリオンを睨んでいると、大して身長も違わないのに、リオンは私の頭をポンポンと叩いた。
 「今があれば過去の『もし』はない。何であれ、結果的に僕らは生きているんだ。それで充分だろう?」
 「………」
 もっと言いたいことがあったけれど、言い出したらキリがなかったので、止めた。
 「……いちゃつくのは勝手だけど、ノイシュタットに戻って二人きりになってからして欲しいわね」
 「仮にもここは戦場(船上)だぞ?」
 「……マリーさん、それって掛けてますか?」
 「マリーが意識して言うわけないじゃない」
 「さん、人を気遣うことが出来るというのは、とても素晴らしいことですわ」
 ………私は呆気に取られるのと恥ずかしいのとで、少し俯き加減にリオンを見た。リオンも恥ずかしそうに顔を紅潮させてみんなに背を向けた。
 「……行くぞ」
 照れからなのかリオンは振り向かないままだったけれど、手は私の方に差し出されていて、私はやっぱり恥ずかしくて、でも嬉しくてその手を取った。 今更ながらに、吹っ飛ばされた時強かに打った背中が、じんじん、痛いけど。
 後ろでバティスタを引きずって連れ出すスタンが何で俺だけこんな目に……、と呟いたのが微かに聞こえたのは、敢えて聞き流した。

200-/--/-- : UP

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