運命という名の、絶望

 ルーティとマリーが聞き出したという海底洞窟は、シデンからそう遠くない。達はすぐに洞窟に着くと、滑りやすくぬめった地面に足を取られながらも、前に進んでいた。
 「……これって、海の下にあるんだよね……」
 感慨深そうに、は言う。どこかから海水が流れ込んだら最後だね、とその後に続けた。
 「物騒な事言うなよ……」
 スタンが参った、とばかりに頭をかき、苦笑する。ルーティはあり得ないわよと笑い飛ばした。はでも、可能性は無きにしもあらずじゃない?とフィリアに投げかけ、フィリアはそうなると助かりませんわね、とやや心配そうに、手を頬に添えた。
 「フィリアまで……滅多な事言うなよぉ…」
 「そうだぞ。いざとなれば何とか助かるさ」
 「いや、そう言う問題じゃないからマリー。助からないの前提だから」
 は真顔で、顔の前で片手を振った。
 『賑やかですねぇ』
 「フン」
 それらの会話を始終背に受けながら、リオンは会話に加わることなく、足を進めた。



Event No.18 ジョニー・シデン



 海底洞窟は広く、声や足音が反響する一方で、モンスターの動きを捕らえることも容易かった。そう言う意味では余計な神経をすり減らすなどしなくとも良かったので、達はさして苦労することもなく、ただ滑らないようにと歩いていた。
 途中何度も野営をしたりもしたが、穏やかな雰囲気は旅が始まった当初と何ら変わりはない。
 そんな中、何時の間にか、後ろの賑やかな雰囲気から離れてきたが、リオンの隣に来た。リオンはその姿を目の端で捕らえ、しかしすぐにまた、前を見る。
 「………怖いんじゃなかったのか?」
 声をかけられ、はリオンを見た。直後は足を取られそうになり、リオンが反射的にその身体を支えた。
 「ぼさっとするな」
 厳しく声をかけられ、はゴメンと一言謝罪をする。
 「…だって、………リオンは聞き流すかと思ったから……」
 驚いた後の、微笑。
 「……………………………………。最終的に僕に迷惑がかかるんだ。まさかとは思うが、戦闘になってもそのままなら捨て置くぞ」
 間をたっぷりと取って、リオンはそう呟いた。
 『坊ちゃん、もう少し言葉を選んではどうです?』
 「いいよ、シャルティエ。………大丈夫。そんなヘマはしないよ」
 呆れたようなシャルティエの声を遮って、は一言シャルティエに有り難うと礼を言った。少なからずに感化され、魅力を感じているだろうマスターの心中を察し、シャルティエは誰にも分からないコアクリスタルの中で苦笑した。
 もう二桁になろうとするリオンとの付き合い。共に生きてきたシャルティエは、過去のリオンを思うと、黙るしかなかった。
 優しさは人によってそれぞれだ。
 少なくともリオンは優しさとはどんなものなのかを知っている。同時に、それがどんなに残酷なのかすらも。優しさの持つその二つを、リオンは同時に受けてきた。今までリオンの世界の中で唯一、色を持ったその人、マリアンから。
 一ヶ所の色の幅を広げたのは、明らかにだった。黒い髪に黒い瞳。穏やかに笑う顔。明らかに違うはずの顔は、しかし雰囲気を重ねてしまったリオンにとっては、似たものとなってしまった。
 「フン…………これまで度々戦闘中に考え事をしていた奴から出たそんな言葉を信用出来るか」
 そして、の持つ剣技は、リオンの望まない結果を持ってくる可能性があった。それを避けるために、リオンは言葉を選ぶ。
 「怖じ気付いても逃げ出しても絶対に何時かはグレバムと戦わなくちゃいけないんだから、怖じ気付くだけ損な気もするね」
 だが、なかなかそれはには通用しなかった。言葉を選んで投げかけても、返ってくるのは苦笑ばかり。
 坊ちゃんも辛いのかも知れませんね。
 シャルティエはそっと、マスターの身を案じた。まだ年端も行かない少年の、病んで行くようにすら伺える、その身を。
 自分が先ほど発した言葉を選ぶということ。それをして、他人と、好意を抱く彼女の距離を取ろうとする少年の、精神を。
 「あ、風がきつくなった」
 「出口が近いんだろう」
 ふとが先に行こうとした所、突如地響きのようなものが皆を襲った。
 ぐらつく身体は妙な力が加わり、足を取られる。思わず手をついたその時に、振動は止んでいた。ただ、が違和を感じたのは、
 「チ……!!早く、立て!」
 ぐいと腕を引っ張られ、避けたそこにはえぐれた地面。
 達の前に立ちふさがるように、モンスターが現れた。は慌てて立ち上がり、リオンはを掴んでいた手を放してシャルティエを抜いた。
 既にフィリア達の詠唱は始まっている。マリーが、とリオンを狙って攻撃しようとしたモンスターの足を剣で止めた。その隙に、二人はモンスターの側部へ回り、剣を振り上げた。


 入ったモリュウは閑散としていた。街には人はまったくと言っていいほどいない。バティスタの政策がどれほど横暴かが良く、伺えた。
 「……、武器屋に行くぞ。それと……お前達は暫く情報収集でもしていろ。くれぐれも目立つ行動はするなよ」
 「はいはい」
 「返事は一度で十分だ」
 「はーい」
 「のばすな」
 リオンは手早くそう言うと、を連れて武器屋の戸を押した。
 「あーあ。何よ、アレ」
 「リオンもいちいち訂正を求める辺り、律儀だよな………」
 「そうじゃなくて!」
 二人が武器屋へと消えたのを見て、ルーティは頭の後ろで手を組んだ。スタンの苦笑に人差し指を伸ばし、この鈍感、とスタンの鼻を押す。
 「あたしが言ってるのは、リオンも大概のこと気にかけてんのよねーってこ・と!あのリオンが、よ?あんなに面倒見の良い所なんて見たことないわよ」
 今度は腕組みをして、ルーティは息をつく。スタンはそうかな、と頭をかいた。
 「………実は、ってこともあるんじゃないのか?俺達、まだ出会ってすぐだし……知らないだけかも」
 「アホね。ハーメンツの村でも、そこからダリルシェイドに連れて行かれるまでも、あいつ、一般兵に対してそんな態度だった?違うでしょ」
 ばかねぇとまで言われ、スタンはもう黙るしかない。
 「リオンはきっと、のことが好きなんだな」
 不意にマリーが、少し笑って、そう言う。ルーティはきっと友愛の方だろうと見当をつけて、
 「マリーの言う好きとは違うと思うけど」
 と、少し訂正した。
 「……フィリアはどう思う?」
 完全にどうしたものかと思案したスタンは、フィリアにそう投げかけた。フィリアは、胸の前で手を組み、微笑んだ。
 「人を愛すと言うことは、とても素晴らしいことですわ」
 「はぁ……」
 少し見当違いな返答に、スタンは苦笑を零した。
 
 一方、武器屋に入ったリオンとは、主人に断って、飾られている武器を一つ一つ手にとって見ていた。
 「どうだ?」
 「んー……ちょっと重い、かな」
 少し長めの片刃の剣だった。武器屋の主人はそれを見て、アクアヴェイルの武器は身長に合うように、幾つものサイズがあるのだと教えてくれた。
 はそれを受けて、一つの武器を取った。刀、とアクアヴェイルでは呼ばれるその形状。それは先ほどが持っていたものよりも短く、どちらかと言えば弓闘士が防御用に持つような刀だった。
 「………それにするのか?」
 「うん……。あ、こっちのレイピアはこちらで下取りして貰えますか?」
 構わないよという主人の好意に甘え、は短刀とレイピアを出した。レイピアの下取り金の中から差し引いて貰い、短刀を買うのに必要な分のガルドを支払う。
 「あ」
 はそこで不意に声を上げた。
 「なんだ」
 「革紐……」
 おずおずと、マントを引っ張られ。リオンはの腰に目を落とした。そこには確かに、すり切れてもう長くは持たないだろう、紐が。
 「………そう言うことは早く言え。店主、何か無いか」
 呆れきった声。しかしリオンは主人にそう尋ね、主人はあるよと、黒く太いベルトを差し出した。それと同じように、革紐を。
 「このベルトとの併用なら、革紐もそんなに早くは傷まないだろう。ベルトを締めてから、紐をベルトにくくりつけると良い」
 「有り難う御座います」
 が受け取ったベルトは、その中に穴が点々と空いているものだった。その穴にくくりつけろと言うことなのだろう。はその場で素早くつけ、軽く体を動かした。
 「どうだ」
 「うん、良い感じ。有り難う御座います」
 「だそうだ」
 リオンは店主に礼を言ってベルトと革紐の分の追加金を支払うと、を連れてその店を出た。
 「……リオン、お礼言えたんだ……」
 「…………………」
 『、それちょっと酷い』
 出た後に、は驚いたようにリオンの顔を見た。さすがにそれはと思ったのか、シャルティエがフォローに回る。だがリオンは仏頂面でから顔をそらした。
 「僕だって演技の一つ二つくらいは出来る。今は敵地だ。馴れ合いも時には必要だ」
 どうしてこの少年はこうも捻くれた言葉を寄越すのか。
 は苦笑の中に、少し寂しさを覚えた。だが、それもすぐに消えることととなる。
 「……………ね、リオン、あれ………」
 が指を差した。リオンが、振り向く。
 そこには、兵士達に追いかけられている、スタン達の姿があった。
 「…………あの馬鹿者がッ!」
 リオンとは咄嗟に、武器屋の陰に隠れた。同時に、付近の様子も伺う。スタン達が追われているほかに、特に目立って警戒すべき人間はいない。
 はそれを確認すると、改めて追われているスタン達を見やった。
 「……なにしてるの?」
 驚きや呆れを通り越したような声だった。リオンはその様子を見ながら、不機嫌な顔を更に不機嫌そうに歪めた。ノイシュタット以上の不機嫌さだった。
 暫く様子を伺っていると、スタン達は階段を下りて水路へ向かったようだった。兵士達はそれを追おうとするが、突如、金髪の派手な青年が姿を現した。
 「……だれ?」
 『所謂吟遊詩人って奴だね』
 リオンの代わりにシャルティエが答えた。シャルティエの言う吟遊詩人は兵士達となにやら会話をした後に、大手を振って兵士達を見送った。兵士達の方はなにやら戸惑っているようですらある。
 二人は兵士達がモリュウにある城へ引き上げていくのを見届けた後、急いでスタン達の消えた場所へ向かった。
 「スタン!」
 が小声で、手を振った。水路から上がってきたスタンはに気付くと、軽く手を振った。
 「何をやってる、あれほど目立つ行動は控えろと言っただろう!」
 やはりリオンが、小声でそう責め立てた。
 まぁまぁ。
 仲介人は、兵士達を追いやった青年。
 「………さっきはなんだったの?」
 が尋ねた。スタンはそれがさ、と急に真剣味を帯びた表情になる。
 「あいつら、母親とその子どもに難癖つけて、殺そうとしたんだ」
 スタンの憤りを感じている声に、も不愉快そうに眉を寄せる。
 「それで助けに入って、兵士達の気を引こうとしたら……」
 「追いかけられて、助けられたってワケよ」
 最後をルーティが代わって言った。とリオンは互いに顔を合わせ
 「まぁそう言う理由なら仕方ないよね……」
 「放っておけばいいものを…………」
 と、各々まったく違う言葉を口にし。リオンは少し、怒ったようなに説教をくらう羽目になる。
 「社会的に立場の弱い人たちを見て放っておけなかったスタンの正義感は今回は正しいと思うよ。確かに私達にとったら兵士達に目をつけられるなんてあんまり良くないけど、不当に逮捕されるとか以上に兵士達の気分で一般の人たちが殺されるなんて!」
 手に汗握るようなの言い様に、リオンも少したじろいだ。これまでのなら、穏やかに笑みながらの言葉になるはずだ。自らも女だからなのだろうか、は分かった?とリオンに言い聞かせるように首を傾げた。口調は、まだ荒い。
 「あ、あぁ……」
 勢いに圧される形でリオンが頷くと、はそう、戸笑みを取り戻す。
 「おぅおぅお嬢ちゃん威勢が良いねぇ、気に入った!」
 それを見て真っ先に声を上げたのは青年だった。
 「……」
 警戒心丸出しのリオンは、無言で、品定めをするように青年を見る。見たところ吟遊詩人だが、万一という可能性はなきにしもあらず。
 「ん?俺ってバッチリ疑われてる?」
 「疑われない要素はない。何故此奴らを助けた。お前にメリットはないはずだ」
 淡々というリオンは、ジョニーは肩をすくめた。
 「損得勘定で動かない人間も、世の中には存在するってことさ。…………なんちゃって、俺にとってのメリットは確かにあるのさ」
 「何?」
 リオンの眉が上がる。青年は手に持っていた弦楽器、リュートを鳴らした。
 「シデン領領主の三男坊ジョニー様といやぁこの俺のことさ。セインガルドの客員剣士様がこんな所にやってくるなんざ、何かあるに違いないからな。お前さん達の狙いはバティスタだろ?」
 リオンがシャルティエに手をかけた。がそれを抑えるのを見てから、ジョニーは眼を細めた。
 「俺も、奴にちょいと用があるんだ」

200-/--/-- : UP

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