運命という名の、絶望
それは一体、どういう事なのだろうか。
「……フン……只の吟遊詩人でもなさそうだな」
「領主様の三男坊なんだから、知識は一応あるって事?」
明らかに頭の切れる笑みを零したジョニーに、リオンはシャルティエにかけた手を払い、事情を聞くことにした。
ジョニーはリュートを、今度はゆっくり、鳴らした。細い玄が音を立て、その音はどこかしら哀を持っているように思えた。
「このモリュウの次期領主は俺の親友なんだ。それが突然かわっちまってな。不審に思わないわけないだろ?だからずっと城に潜入する機会を伺っていたのさ」
「……道化を装って、か?まったく、とんだペテン師だな」
「おいおい、そこは褒めてくれよ」
ジョニーはまた、肩をすくめた。莢はおずおずと挙手をして、ジョニーを見上げた。質問があるんですけど、と言う莢に、ジョニーは笑って何だいと促す。
「あの、それがどうしてスタン達を助ける理由に?それによるメリットの話もまだです。なんで私達にその話を?客員剣士を知っていることも気がかりです」
「おおい、そんな矢次にするなよ。頭がパンクしちまう」
「あ、すいません」
宥めるように莢の頭を、ジョニーの手のひらが覆う。消して乱暴ではないそれに、莢は照れたように頭を下げた。
Event No.19 彼の最期
「さて、まぁ俺があんた達を助けたのは、先に目をつけてたからさ。客員剣士さんの連れだってな」
目立たないように場所を移し、甘味処に入るジョニー。心配せずともバティスタの部下は兵士だけだから民は皆味方だと笑うジョニーについて、莢達は席に着いた。
「セインガルドの客員剣士さんがこんな所にやってくるなんざ一大事!だが他に兵士の姿も見えない。こいつぁ隠密行動に違いないと思ったのさ。じゃぁなんでわざわざこんな所まで、今の時期にやってきたのか?可能性はまぁ二つくらいあるが、お前さん達の衣服を見れば一目瞭然だ。ぼっろぼろの服で、腰に吊ってるのは全部獲物。ギリギリにつめた状態で、急いでここに来ただろう。とくりゃぁ何か王の命を受けた極秘任務だってな推測をするのは容易いよな?」
饒舌に語り出すジョニーは、しかし核心は突かずに、やや回りくどい言い方をした。リオンは黙って聞いていたが、その指は彼の膝をひっきりなしに叩いている。
「それには絶対にバティスタの奴が絡んでる。………無理にここの領主を奪ったバティスタの、後ろについてる野郎もな」
ジョニーの声色が、真剣味を帯びた。それは淡々としているような、少し芝居がかったような、しかし、そうは受け取れないほどの激情の籠もった声だった。
「俺は兎に角、親友と、その妃さんを助けたい。どっかに幽閉されてるらしいからな。だからお前さん達を助けておくと、恩着せがましいことも言えるってワケよ」
「フン……客員剣士ならそれなりの腕はもっているからな」
「そう言うこと。忍び込む手筈も全て揃えてある。後は兵士達と戦う戦力が欲しかった」
「利害の一致で手を組もう、と、そう言うことですか?」
「そう言うことだ、お嬢ちゃん」
ふとジョニーが笑った。莢は、お嬢ちゃんは止めて下さいと断って、悪かったなお嬢ちゃんと返してくるジョニーに溜息をついた。
好意で出された羊羹という食べ物に舌鼓を打って、莢達は早速城に乗り込もうと言うことになった。もとより、時間は余り長くはない。
正面切っての侵入はさすがにヤバイと、ジョニーは先ほど言った忍び込む手筈を軽く説明し、先ほどスタン達を助けた水路まで歩き出した。
「……そう言えば、ジョニーさんの言うもう一つの可能性ってなんだったんですか?」
「うん?」
「言ってたじゃないですか。今の時期、こんな所にやってくるなんて、可能性は二つあるが………って」
歩きながら、莢はジョニーに尋ねた。スタンはそんな事言ってたっけ、と思い起こすようにジョニーを見た。
「あぁ、それ、あたしも気になってたのよね」
ルーティは莢の肩に腕を回して、聞かせて、と先を促した。
「それはな、セインガルドの客員剣士……ひいてはセインガルドの王が、バティスタと繋がってるかも、ってことさ」
「………」
「気を悪くするなよ?飽くまで俺は可能性を列挙したまでだろ?」
「フン、誰も気を悪くしてなどいない」
リオンはジョニーを一瞥すると、顔を背けた。
いやぁ嫌われちまったかな、と頭をかくジョニーの声を受けながら、リオンは考え事をしていた。
バティスタの後ろについてる奴と言ったジョニーの気迫は凄まじかった。恐らくジョニーがモリュウへ探りにやってきたのはバティスタよりも寧ろ、その後ろについて居る奴のことだろう。十中八九、親友とその妃が幽閉されているだけではすまされない私怨が絡んでいるに違いない。
まったく、道化とは素晴らしいなと、リオンは心中で皮肉った。ジョニーほどの力量があればリオンとて、大切な人を護れたかも知れない。笑顔を見ながら、その生活を守っていけたのかも知れないと思うと、歯がゆかった。
子ども故にそれが出来なかった。そして今現在も、リオンはジョニーのように、完全に道化の面をかぶることなど出来てはいないのだ。それは何時か、また誰かの笑顔ある生活を奪って行くのかも知れない。
ふと、リオンの頭に、その誰かの顔が過ぎった。
「……」
リオンは頭を振って、それを取り払った。気付けば先ほどの水路付近で、リオンは初めて、そこに階段があるのを知った。
「さぁ、行こうか」
すぐ後ろにまで来ていたジョニーの笑み。リオンは恐ろしいほど頭の切れる奴だ、と前髪をかき上げた。
ジョニーの言う進入経路とは、つまり、窓からの侵入だった。モリュウ領は水路がたくさんある。その水路を、船を使って進んで行く。城の影に入ると、ジョニーは船頭に船を止めるよう指示をした。そして船からフックのついた縄をだし、器用に窓に引っかけた。
「ここからだ。後戻りは出来ないからな」
「はい」
準備は良いか、と問うジョニーに、リオンは当然だと返し莢を先に行かせた。一応見張りの少ない空いた場所だが、居ないとも限らないのを考慮しての選択。
「俺ってそんな信用無いのか?」
「先に行かせて騒がれては面倒だ。信用するとは言ってない」
「手厳しいねこりゃ……」
ジョニーの苦笑にも、リオンは掛け合わない。続いてスタンに支えられるようにしてフィリア、ルーティ、ジョニー、マリー、リオンの順で登り切った。リオンは素早く縄を回収する。船頭は一度手を振って、なんでもなかったかのように船を出したのが見えた。
「さて……と」
ジョニーが息をついた。取り敢えずこの部屋を出なければならないが、見張りが居るとも知れない。幸いにも侵入した部屋には居なかったが、部屋を出ればどうなるか分からない。
莢は率先して、薄くドアを開けた。耳を澄ませても、兵士の声も何も聞こえない。
「……職務怠慢って奴?」
「どちらにしろ好都合だ。行くぞ」
リオンがそう言って部屋から出かけた時、声が聞こえた。ジョニーがいち早くその声に反応して、壁を見つめた。
「リアーナか?」
「ジョニー……?」
微かに、壁から人の声がする。否、壁の向こう側からか。ジョニーは迷うことなく壁を崩した。脆くなったそれは溶接が甘かったのが、すぐに崩れ落ち、その向こうに部屋が見えた。
鉄格子の中にいるのは、一人の女性だった。
「大丈夫………そうでもないな」
「いいえ。生きてまたジョニーに会えただけでも嬉しいわ」
随分と衰弱しきった女性に、ジョニーは声をかける。ジョニーは一度微笑むと、
「そいつは旦那に言ってやんな。今からフェイトも助けに行く」
言って、ここにいるように言った。女性はそれは良いけれど、と皆の身を案じた。無理もない。親友のために敢えて身を危険にさらすのだから。
「大丈夫だって、心配すんな。俺だって親友が幽閉されてるのは耐えられないからな」
「………無理はしないで頂戴……」
「ああ、分かってるさ」
ジョニーは一度抱擁をして、その部屋から出た。こっちだ、と莢達を先導する。
「詳しいんですね?」
「親友の家だからな」
ジョニーがふと笑う。笑みには少し、陰りが見えた。
モリュウ城は至る所に水路があり、バルブを操作することによって先に進まなければならなかった。幸いにも兵士達は先に莢が疑問に思った通り、職務怠慢状態。お陰で騒ぎにならずに、莢達は徐々に城の奥に進むことが出来た。
会話は出来るだけ慎み、静かに移動する。
そうして、不自然な一室へとたどり着いた。
「………オルガン?」
部屋にはオルガンがあり、その前には扉があった。ジョニーはなんだ、とオルガンを弾いてみる。リオンが制止しようとした瞬間、面白いように扉が開いた。
ジョニーが演奏を止めると、瞬間、扉は閉まる。スタンがその状態でドアを開けようとしたが、何とも、ドアは開かない。
「……………」
微妙な沈黙。リオンが、ふむと顎に手をかけた。
「………スタン、お前達で奥に何があるか調べてこい。今まで行った部屋には何もなかった……何かあるはずだ」
「お前達って……リオンは行かないのか?」
「そうしたいのは山々だが、莢を監視として残していくのは心許ない。この吟遊詩人にどう丸め込まれるか分からないからな。莢以外の奴を見張りとしておくのも同様の理由で却下だ。だが大勢で行ってもそのメリットは薄い」
「へいへい……」
わざわざ嫌味っぽく言わなくても分かったよ、とスタンは零して、他の皆と急ぐように扉の奥に消えた。莢はふと笑みを零して、なんだと見てくるリオンの顔にひるむこともなく、また笑った。
「早くしないとリオンに怒られるってさ」
彼らの後ろ姿を思い出しながら、莢はまた笑った。ジョニーはオルガンを弾きながら、良かったな、把握されて手とリオンに笑う。リオンはむすりと黙り込んだ。
「……ところで、ジョニーさんの弾いているその曲、鎮魂歌か何かですか?」
「まぁそんなモンだな。どうだ、何かリクエストがあれば弾くぜ?」
「いえ、その曲が良いです」
「そうか?」
年頃のお嬢ちゃんが好むにしては少し方向が違う気がするが、とジョニーは零して、しかし手は休めない。
暫くの無言。莢はオルガンを弾き続けるジョニーに、一つ、質問をした。
「……ジョニーさんが、私達にシデン家の三男坊って、身元をばらしたのは、何か理由があるんですか?」
ジョニーはそれに、少し間をおいて答えた。
「一つは、そのくらいの情報は明かさないと、まず話を聞いちゃくれなかったろうってことからだな。もう一つは、俺が手を組みたいって理由を話す時に、ここの次期領主とたかだか吟遊詩人の俺との関係を納得付けさせるためだ」
ある意味賭だっただろう、とリオンは聞く。ジョニーはそうだなと笑った。その様子を見ていたリオンは考えた。多少の情報が漏洩しても、それ以上の目的がジョニーにはあったと、そう言うことになる。戦力が要ると言ったジョニー。
「………バティスタから、何か聞きたい情報でもあるのか?」
リオンは尋ねた。ジョニーはオルガンを弾きながらこう答えた。
「なんのことだ?」
その口元には、微かに笑みが引かれている。リオンは溜息をついた。
それから暫く、バラバラと五月蝿い音がして、スタン達が戻ってきた。手に持っているのはバルブ。
「遅い!」
しかしリオンはそう一蹴した。
「俺達これでも相当早く行ったんだぞ!?」
「五月蝿い、さっさと行くぞ」
「あ、さっき行き詰まった所がそれで行けそうだね」
急に賑やかになったのに、ジョニーは苦笑を浮かべた。
「ぎこちないが………それも若気の至りって奴か……」
その呟きは誰の耳にもとまらず、消えた。
莢達はバルブの操作を繰り返し、奥へと急いだ。一本道はただただ皆を加速させる要素でしかない。現れた階段を駆け上がり、バルブの欠けた場所にスタンの持ってきたバルブを閉め、更に奥へ。
「バティスタ!!!」
リオンが勢いよく扉を開けると、そこにはバティスタが、悠々と座っていた。皆各々、武器を構える。ジョニーが、尋ねた。
「フェイトは何処にいる?」
その問いに、バティスタは笑った。
「俺に勝ったら教えてやるよ!!」
爪をつけて、バティスタは真っ先にジョニーに向かってきた。武器らしい武器を持たないジョニーが狙われる道理は十分にある。莢は即座に護身用の短剣を抜いて、ジョニーの前に出た。しかしその短剣はバティスタの振ったかぎ爪によって絡め取られ、中へと舞った。
「くっ……」
思わず声を出したそこに、バティスタの側面から、リオンが構えていた。下段からシャルティエを振り上げ、寸分違わず、それはバティスタの横腹を切り裂いた。
「チィ………ッ!」
歪んだ顔に、バティスタは距離を取り直す。だがスタンが踏み込んで、それを許さなかった。
「はァッ!」
今度は上段から大きく。莢はそれをフォローすべく、はねとばされた短刀を回収して片手剣を抜いた。
「隙だらけなんだよぉオオ!!」
「ぐァっ!」
大振りなスタンの攻撃を避け、バティスタはかぎ爪を突き出した。それはスタンの頬をかすめ、スタンは思わずたじろいだ。続けざまにその腹部に突き刺されそうだったかぎ爪を、莢は短刀を投げることで止め、その勢いのまま片手剣をバティスタの腹めがけて突き出した。
バティスタはそれすら器用に避けたが、既にマリーがつめていた。
「なにィ………!?」
少し詰まったバティスタの言葉に、マリーは構わず、横一線に剣を振り払った。それはバティスタの胸を確かに裂いて、大きく出血した。が、それほど深くはない。
「っ下がって下さい!トラクタービーム!!」
バティスタの身体が不安定に揺れたところで、フィリアの術が発動した。莢達は即座に下がり、体制を整える。莢は武器無しのジョニーやルーティ、フィリアを護るように、その前に戻った。
宙に浮いたバティスタは直後、勢いよく地面へ叩きつけられた。それを狙ってスタンがディムロスを振り下ろす。それは呻くバティスタの腕を貫いた。
垂れ流し状態の血は、そこかしこに飛散している。バティスタの身体からディムロスを抜くと、その剣に血が付いていた。スタンはそれを当たり前のように払う。びちゃ、とその血が地面に打ち付けられる音がした。
「…………は………はは………」
警戒して一度大きく距離を取ったが、勝敗は既に明らかだった。不気味に響く、声。
バティスタはゆっくり起きあがると、腕を押さえ、膝をついた。
「…………けっ…………ここ、ま……で、か………」
既にたたみかけるような攻撃に、大きな出血。バティスタは歪んだ笑みを浮かべた。
「グレバム、なら……いまご、ろ、ティベリ、ウス、の野郎と……楽しく、戦争の………段取り、でも、相談……してやがる、だ、ろう……よ」
「ティベリウスだと!?」
バティスタの言葉に、真っ先に反応したのはジョニーだった。
「どういう事だ!」
「へっ……くわし、……話、は……そこのがきども、に、ききゃぁ、いい……どうせ、俺は……捨て駒、だったん、だ……」
バティスタは、そう言うとフィリアと莢に眼を向けた。その口元が、一層弧を描く。
「……俺の……価値って、モンは……なんだ、ろう、な?」
そしてその腕が、頭へと伸びた。莢はバティスタのその動きに気付いて、腕を伸ばす。
「!いけない!まっ――――――――!!!」
思わず身構えた皆とは違い、莢は駆けようとしていた。だが、それよりもバティスタの動きは早かった。
「ぐぅぅぅぁあああああああ!!!!!!!」
バティスタの身体に電撃が走る。スタンはリオンを見たが、リオンは相当驚愕して、バティスタを見ていた。手は、遠隔装置に伸びては居なかった。
「きゃっ…ぅ」
凄まじい電流。莢は誘電を避け、それ以上踏み込むことは出来なかった。
そうして、ぶすぶすと肉を焦がす匂いが鼻につく。ジョニーは顔を歪めて、ルーティとフィリアを庇った。
電気が静まった頃、それはもう炭に近かった。リオンとスタンが近づく。ジョニーは次期領主を捜すのを手伝ってくれと理由をつけて、ルーティとフィリアをその場から連れて行った。
「………こいつ………自分で」
「分かってる」
動揺を隠せないリオンの声色。スタンはリオンの肩に手を置いた。
莢は、バティスタの焼死体に近づいた。水分という水分はなくなり、もう今では、骨すらも確認出来ない。莢はその遺体手を伸ばした。
「莢、」
「大丈夫、スタン」
心配そうにその手を掴んだスタンを、莢は見て。微かに、笑んだ。
そして莢はその炭を、少し撫でた。白い物が見え、莢が少し力を加えただけで、それは崩れ落ちた。
「………」
指先に付いた炭を指の腹同士で擦り、莢はその黒さに泣きたくなった。俯く莢を気遣おうとしたスタンはふと、先ほど助けられた莢の短刀を拾い上げ、莢に手渡す。
「……行こう」
その肩に手を置いて、少し、力を込めた。莢が頷くのを見て、スタンは莢を抱き寄せた。
「これ以上、こんな………。……。見ちゃ、いけない」
「…………ぅん……」
涙声の、高い返事だった。リオンはそれを見て、何を言うでもなく、踵を返した。スタンはそれに気付いたが、これまで誰にも見せなかったであろうリオンのその背に、かけてやる言葉が分からなかった。
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