運命という名の、絶望
「いた!こっちだ!!手を貸してくれ」
ジョニーの声が城内に響いた。莢とリオン、スタンにマリーは、城の兵士達を全て縛り上げた。バティスタに寝返った兵士達が居る以上、もうその者達に信用を置くことなど出来はしない。
そしてそれがすんだ後に、モリュウ領次期領主フェイトが幽閉された場所を探し出した。ジョニーはスタンに、衰弱しきったフェイトに肩を貸してやるよう頼んだ。二人の真ん中にようやっと立ったフェイトは気丈にも、皆に礼を言って微笑んだ。
「無理するなよ。リアーナと暫くは療養だ。良いな?」
「ああ、わかったよ……」
くどいほどにしっかりと休んで体力を回復させるのだというジョニーに、フェイトは、運び込まれた城の中のベッドの上に横たわった状態で苦笑した。
身体に負担をかけてはいけないと、水を飲ませ、ほぼ無理矢理にフェイトとリアーナを眠らせ。それからリオンはジョニーを見た。
「ティベリウスと言ったか………何者だ?」
その問いに、ジョニーは答える。
「……アクアヴェイルは島国だ。そしてその島に主だった勢力がある。それぞれ、シデン領、モリュウ領、そして、トウケイ領の三つがそれだ」
その顔には、嘲笑が含まれていた。怒りと、微かな憎悪すら感じられるほどの。
Event No.20 昔と今ともう一つ
病人の側ではなんなので、と、ジョニーは城の中で場所を変えた。広間のようなそこに椅子を寄せ合い、そこに座る。
フィリアは恐らく精神的に辛いだろうと言うことで無理に休養を取らせ、今はマリーがその側についていた。よって今居るのはリオン、スタン、ルーティ、莢、ジョニーの五人。
「アクアヴェイルという国を存在させる為、三つの領の領主から一人、王が選ばれる。所謂連邦制だな。自治自体は各領で行われるが、外部対策としてトップが居る。各領が独立してると、セインガルドに攻め込まれ血舞うからな。つい数年前までは、シデン領の領主が王位についていた」
ぽつりぽつりと語られ出した過去。皆は静かに、その先を待った。
「ティベリウスはシデン領領主を罠にはめ、まんまとそれにすり替わった。シデン領は勿論、アクアヴェイルの王として、ティベリウスはトウケイ領を統治してる。……念のため聞くが、お前さん達はどうやってここまで来たんだ?」
「シデン領からだ。海底洞窟を通った」
リオンが即座に答えた。ジョニーはオーケィと話を進める。
「トウケイ領はここから南東にある。シデン領からは南だ。………さて、ここからは俺が話を聞く立場だ」
ジョニーは椅子に座り直した。
「グレバム…………だったか?そいつがティベリウスと手を組んでるって、確かにバティスタは死ぬ間際にそう言った。お前さん達が追いかけてるのは十中八九、グレバムって奴のことだろ?」
「話す義務はない」
「あると思うね」
ジョニーの質問をはね除けたリオンに、ジョニーは返した。その眼は恐ろしいまでに厳しくリオンを貫く。思わず不快そうに眉を寄せたリオンに、ジョニーは頬を緩めた。
「ティベリウスには語り尽くせぬ恨みがあるんだよ。……俺が口聞けば、フェイトが船を出してくれるだろう」
「そんなものッ」
「出来るか?セインガルドの客員剣士さんよ。ここはアクアヴェイルだぜ?」
何とか言い返そうとしたリオンに追い打ちをかけるように、ジョニーは笑った。口元は弧を描くが、眼は決して笑っては居ない。策士の笑みだった。
リオンは言葉に詰まった。莢はそれを見て、ジョニーを見る。
「……ティベリウスになんの恨みがあるんですか?」
莢は尋ねた。ジョニーはふと莢に向き直って、穏和そうな笑みを少し崩して、苦笑に変えた。
「お嬢ちゃんに話すには、ちょいと酷でぇ話でな。……聞かない方が良い」
諭すように紡がれた言葉は、しかし、明らかに拒絶の言葉。莢はその瞳が揺らいだのを、見逃しはしなかった。そうして、立ち上がった。
「………お願いします」
深々と頭を下げ、そう願い入れる。ジョニーはおいおいと、降参の姿勢を取って戯けた。
「利害が一致してるんだ、寧ろ俺は、俺もトウケイ領について行かせてくれと言ってる。………なんか立場が逆になっちまったな。悪い」
「?どういう事?」
ルーティが首を傾げる。ジョニーは莢に取り敢えず座るように言って、また一つ、苦笑を零した。
「だからな、俺が移動手段を確保してやる代わりに、俺もトウケイ領に連れてけって意味」
「あ、そう言うこと」
「言い方が高圧的すぎるんだ」
「いやぁ、客員剣士様には負けるね」
最後に叩いた軽口に、リオンは鼻を鳴らした。
「……兎に角、領主が回復しない限りは無理か……」
「そういうこったな。ま、焦っても仕方がないことだし、気長に行こうぜ」
「そう出来たら苦労はせん」
仏頂面のリオンに、莢は苦笑して。
「取り敢えず今日は私達も休みましょう。シデン領からあんまり休んでませんし、私達、海底洞窟で何度か野営をしたので、久しぶりにちゃんとした寝床で寝たいです」
「あ、あたしもー」
ここぞとばかりに、ルーティが賛成した。やっぱ布団で寝たいわよねぇ、と莢の肩を叩く。船で充分休んだだろうというリオンに、莢とルーティは反撃した。
「船で休んだのはかなり前でしょうが。野営がどんだけ体に悪いか分かってんの?」
「それに、船の上じゃないからここでゆっくりしても、十分に体は動かせるから、そんなに気にならないし。寧ろまた船を使うことになるなら、今の内に体調を完全に回復させておいた方が得策でしょ?」
グレバムを倒すのに体調不良じゃ洒落にならないもの、と莢が締めくくって、リオンは溜息をつくことでそれを承諾した。
事前にフェイトから例として、城の部屋を好きに使ってくれて良いと言うことで、まず風呂に入るべく、女二人は姿を消した。その背を見送りながら、リオンは微かに深呼吸をした。
「客員剣士様もあのお嬢ちゃんには甘いねぇ」
ぽろろんとなったリュートに、リオンは思わず何、と聞き返した。
「あ、それは俺も気になってた。俺やルーティ達には遠慮無いのに、真っ先に莢のティアラ外したりとかなー」
「ティアラって、バティスタの野郎の頭に乗っかってた、物騒なアレか?」
「そうです。発信器がついてて逃げられないし、無理に外そうとすれば致死量の電流が流れて、しかも遠隔操作で電流を任意に流すことが出来るんです。バティスタを拷問した時があったんですけど、その時にリオン、莢のティアラを外したんですよ」
「ほー。しかし……ティアラなんかつけてたら、そりゃぁ脅されて何か迫られても断れねぇよなぁ」
ジョニーのやや下世話な笑いに、リオンはそれの意図を察して、吠えた。
「僕がそんなくだらないことのために、ティアラを使ったりなんかするか!それと……くだらない内容で彼女を侮辱するな」
スタンが冗談だって、と、慌てたようにその身体を押さえる。リオンの最後の言葉が既に、彼女を強く思っていることを、彼は気付いているだろうか?ただここでそれに触ってしまえば、リオンはすぐさま否定するだろう。もう既に分かりきっていることを、敢えて否定する姿は容易に想像がつき、ジョニーは楽しそうに声を上げた。
「まぁなんにしても、アレだ。お嬢ちゃんもお前さんのことが好き好きなんだから、そう奥手にならなくてもいいんじゃね?」
「だからッ!僕と彼女は貴様の思っているようなものでは―――!」
「ん?俺の思ってるって、どういう風に?」
完全に、ジョニーのペースだった。リオンはく、と喉を詰まらせて、苛立たしげに前髪をかき上げた。
「貴様らのくだらん話には付き合ってられん。僕も休ませて貰うぞ」
スタンとジョニーはそれを見送りながら、互いに笑いあった。華奢な背中を彩るマントは、すぐに城内へ消えて行く。
「……お似合いだと思うけどねぇ、亭主関白に世話好き女房って感じで」
「違いますよジョニーさん、アレでなかなか莢って、自分の意見は通すんですよ」
寧ろ逆っぽいですけど、とスタンは笑う。しかしなぁと、ジョニーは自分の顎を、指で撫でた。
「あの客員剣士さんはどうも……俺らが思ってる以上に大変そうだな」
「?どういう意味ですか?」
スタンは首を傾げる。ジョニーは一度目を伏せた。
「いや。まぁ気にすんな」
そうしてスタンに笑みを見せると、椅子を片づけた。お前さんもゆっくり休めよとスタンを部屋へ押して、ジョニーはその背中を見送る。ふむ、と、その背中に赤いマントが翻った。
今から引いててどうするよ。突っ走れるってのは、若い内だけなんだぜ?
ふと、心中でその赤いマントに、そんな言葉を贈って。なかなか頭の良いリオンだが、あの坊ちゃんそうな様子じゃ、何年経っても恋の駆け引きは無理そうだなと、頭をかいた。
そうして、脱がなくても良い一肌を脱ごうか、思いを馳せる。
「……ねぇ、ルーティ?」
「何ー?」
フィリアが元気になれば、四人一緒の部屋にしようと、莢とルーティは大部屋を陣取った。今はモリュウ城の広い風呂で、二人一緒に湯船に使っている。
「この戦いが終われば………もう、この旅は終わりなんだよね?私達は犯罪者として捕まえられて、ソーディアンの使い手がたまたま揃ったから、リオンの手伝いをしているだけで、元々神の眼を追うのだって、成り行きだったんだよね?」
唐突に話しだした莢に、ルーティは首を傾げた。
「何?いきなり」
莢のふさぎ込んだような様子を不審に思ったのか、ルーティは莢の顔をのぞき込んだ。莢はそれを受けて、少し微笑む。
「………スタンはね、セインガルドの兵士になるって、聞いたんだ。ルーティ達は元々冒険していたし……えっと、レンズハンター、でしょ?フィリアは司祭だからストレイライズ神殿に戻って………リオンは、客員剣士で、ダリルシェイド……私、どうすればいいのかな……」
口元まで湯船につけて、莢はルーティを見た。上目遣いに、遠慮がちに言われた言葉は明らかに、突き放されることを畏れているそれだった。
ルーティは仕方ないわねと内心呆れて、莢の頬を、両手で挟み込んだ。
「そんなの簡単よ。記憶ないんでしょ?あたし達と一緒に来ても良いのよ?莢、強いから足手まといなんかじゃないし。でも、ちょっと気にくわないけど、あたしはリオンの所にいた方が良いと思うのよね」
「……リオンの所?」
「そ。何てったって客員剣士だし、オベロン社総帥の家に暮らしてるんでしょ?そこで莢がその剣の腕を買われて居ることが出来たら、リオンと一緒にどっかの任務とかにも行くことになるじゃない?きっといろんな所で情報が聞けると思うのよね。ほら、あたし達はレンズハンターだし、そう言う点では、絶対にあの客員剣士ってのが聞いてくると思うのよ」
ルーティは、莢だってリオンと一緒の方が良いでしょ、と尋ねた。莢は、分からないと答えた。ルーティはその答えに、眉を寄せた。
「だってあんた達、いっつも一緒にいるじゃない」
「そうかな……?でも、……………」
莢はそこで黙った。また少し俯いて、広い浴槽の中で膝を抱えた。
「私は嬉しいよ。リオンの側にいられたら。でも、リオンは違うと思う」
「馬鹿ねぇ、リオンが嫌でも、ヒューゴか王様にさえ取り入ったら後はこっちのモンよ。上司命令なら、リオンだってそう簡単に断れないしね」
ルーティが言っても、莢は曖昧に頷くだけで、余り良い反応はない。ルーティは一度声のトーンを落とした。
「……あたし達、いつでも莢を歓迎するわよ?莢と居ると楽しいし……強くて頼りにもなる。莢さえ良いなら、あたし達は拒絶なんかしないわ」
莢の頭を撫でる。莢はか細くルーティの名を呼んだ。
「……………有り難う」
「あたしは何もお礼言われるようなことやってないし、言ってないわよ」
苦笑するルーティを、莢は見た。自然と、笑みがこぼれた。
「……フィリアとマリーと、また、お風呂に入りたいな」
ルーティはそれに笑みを返して。
「そんなのすぐに出来るわよ」
言った直後にマリーと、遠慮がちなフィリアの声を捕らえ、
「ね?」
と、少し悪戯っぽく笑った。
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