運命という名の、絶望
翌日の昼頃、フェイトはまだ全快していないにも関わらず、船を出すように手配をした。ジョニーは、モリュウ領の民達が皆、もう少し落ち着きを取り戻してからでも遅くはないだろうと言ったが、急くリオンに同意して、フェイトは自ら指揮を執るべく船に上がった。
「リアーナ、何とか言ってやってくれ」
困り果てたような情けない顔で、ジョニーはリアーナを振り返った。しかしリアーナは、気をつけて下さいねと言うばかりで、決してフェイトを引き留めようとはしなかった。
「大事な用なのでしょう?なんのお礼も出来ませんでしたし、せめてこのくらいはさせて下さい」
リアーナはふふと笑って、フェイトがそう言うことだ、とジョニーの肩を叩いた。
「……ったく、昨日まで幽閉されてた奴等の言う台詞じゃねぇぜ。そこまで言われちまったら、行くしかないねぇ」
ジョニーはそう言ってフェイトの肩に腕を回した。親友二人はそこで笑いあい、船は間もなく、モリュウを発つ。
Event No.21 それぞれの気持ち
モリュウを発ち、トウケイ領に着くまではおおよそ二日、かかると言う。ジョニーはさて、と甲板から船内に降りた。フェイトには十分、休むように再三言い聞かせている。ジョニーの次なる目標は、莢だった。
狭い船室は1人部屋。ジョニーは莢のあてがわれた部屋のドアをノックした。
「嬢ちゃん、いるか?」
すぐにハイと返事が聞こえ、莢がジョニーの前の前のドアを開けた。どうしたんですか、と尋ねる莢に、ジョニーはちょっと話をしようと思ってな、と許可を得て莢の部屋に引き込まれた。
「変化球はどうかと思ったんでな、直球で行くことにしたんだが……」
部屋に通され、椅子を勧められるも、ジョニーは断って、ベッドの方に腰をかけさせて貰った。莢は逆に、その前に来るよう、椅子を引いた。
「嬢ちゃん、あの客員剣士様が好きだろ?」
直球と言った通りの、直球だった。莢はそれに、否と答えようとして、その動きを固めた。ジョニーはどうした、とそれを見て。莢が伏し目がちになったのを見て、沈黙することで先を促した。
「……正直な所、私にもよく分からないんです。リオンが好きなのか、苦手なのか」
「…………へ?」
ジョニーは妙な声を出したことで、内心舌打ちをした。ジョニーの言わんとする所は、莢の答えようとしている所と、若干のずれがあった。
しかし違うんだと仕切り直すわけにも行かず、俯き加減に何か考えている莢の表情を、ジョニーは見た。
「リオンは……凄く、強くて、一人でも、立っていられるような、人だと思うんです」
ぽつり、と莢が零したことを、ジョニーは拾い上げる。
「随分抽象的だな。立つってのは、頼るって事か?」
その質問に、莢は多分と、曖昧に頷いた。本人ですら、よくは分かっていないのだろう。ジョニーはそれで、と更に先を促した。
「でも、私はそうじゃないんです。いつも心のどこかに何か、不安みたいなのがあって、怖いんです。そう言う意味ではリオンのことを尊敬もしてます。…でも……だから、その反面、苦手というか……彼のその強さが、嫌でもあるんです」
どういう種類の嫌なのかは、莢本人にも分からなかった。拒絶の嫌なのか、それとも違う所での嫌なのか。
莢は膝の上に置いた手を、握った。それをすぐに緩める。
「あと……彼に会った時に過ぎった何かが……彼を、酷く淋しくて、悲しい人だと直感させました。強くて冷酷だけど、優しくて、寂しがり屋。プライドが高くてそれに基づく力も確かにあるのに、常に何かに脅えているような………。実際に彼がそう言う状態になっているのを、見たりしたわけじゃないんです。でも、……その、放っておけないって言うか」
莢は、終いには頭をかいた。ジョニーはふぅんと、眼を細めた。
「つまり、側にいたいんだよな?」
「あ、はい」
即答だった。好きかと問われた時には、あんなにも曖昧に迷って見せたのに。ジョニーはううんと頭をひねった。と、莢は遠慮がちにジョニーを見て。それに気付いたジョニーは、笑みを見せてなんだと問うた。
「……えっと………」
莢の顔に、若干の赤みが帯びている。ジョニーの笑みは濃くなった。
「その、さっきは分からないって言ったんですけど……」
本人も、どういって良いものかどうか考えあぐねている様子。ジョニーはゆっくりで良いから話してみ、と気楽に構えて見せた。
「……あの、私、リオンに………というか、あの、なんて言うんですか?……ヤキモチというか……嫉妬?みたいな……のを、一度」
「へぇ!」
ジョニーは目を見開いた。顔は笑みのまま。つまり、状況を楽しむ姿勢。
「でも、リオンと会って、まだ何も知らないのに、そんな感情……」
「いいんだって。人を好きになるのに、何か理屈はいらない」
ジョニーは楽しげにそう言うと、莢の頭に手を置いた。何度かぽんぽんと抑えてやると、莢はそうかな、とでも言うようにジョニーを見上げた。ジョニーはうんうん頷いて、だけどな、と切り返した。そしてすぐさま莢の身体を引き寄せてしまうと、くい、とその手首をひねって、ベッドに縫いつけた。
「嬢ちゃんはもうちょっと、警戒心を持った方が良いかもな。誰にでも無防備じゃ、どっかの悪ーいお兄さんに食べられちまうぜ」
悪戯っぽく舌を出し、莢の顔に近い位置で笑う。莢は上を見上げてあの、と切り出した。
「……その悪ーいお兄さんというのは、お前のことか?」
先を促せば、背後から聞こえてくる声。見ると、ドア近くに寄りかかるリオンの姿が見えた。ノックはしたぞ、と言うリオンに、ジョニーは苦笑した。
「いやー参ったね……」
ジョニーは降参と、手を顔近くまで引き上げた。
「客員剣士様は千里眼をお持ちでいらっしゃる。……つか、地獄耳か?」
「巫山戯るのも大概にして、莢から離れろ」
「へいへい」
ジョニーはベッドから立つと、莢を引き上げてやった。悪乗りして悪かったなと笑う。横から物凄い勢いで睨むリオンとは対照的に、莢は勉強になって良かったですと、冗談を返した。
「あ、えと、ジョニーさんに話を聞いて貰って、私の中で少し、整理出来ました。有り難う御座います」
莢は寧ろ深々と礼までして、ジョニーの苦笑を誘う。そしてリオンのあからさまな敵対心を含む視線を受けながら、部屋を後にした。
すれ違いざま、
「良かったじゃねーか、尊敬してるってよ?」
リオンにそう、耳打ちするのは忘れずに。
リオンはそんな食えないジョニーの背を見送ると、あの男は、と零した。
「……あんな男を部屋に連れ込んで、何をしていた」
「話をしてたんだよ」
莢は苦笑する。リオンは腹の見えない相手に気を許すな、と言い残すと、自らもそこから立ち去った。一体リオンは何か用事があって来たのではないのかという、疑問符を浮かべた莢を置き去りにしたまま。
『………盗み聞きしてたの、ばれてましたね』
「ふん……あいつは部屋に入る前に、僕の顔を見て笑ったんだ。奴の方が一枚も二枚も上手と言うことは、認める以外にない」
『……バティスタと戦った時の昌術に関しても、何も言ってきませんね』
「奴のことだ、ソーディアンの存在くらいは知っているだろうな。だが、深く立ち入られるのも面倒だ。話してやることもないだろう」
他の人間は知りませんけどね、とシャルティエは呟く。リオンはその時は下手に嘘をつくよりは、浅い真実を告げた方が良いだろうと溜息をついた。
トウケイ領には直に着いた。なんのトラブルもなく、莢達はモリュウを出て二日後の朝、静かにトウケイに降り立った。
自ら送迎係を買って出たフェイトに礼を言って、まずジョニーが皆を振り返った。
「トウケイはモリュウやシデンと同じで、至る所に水路がある。……ここのことはあんまり詳しくないが、それでも最低、城に行くまでは調べてある」
笑ったジョニーの顔は、腹黒かった。それほどまでに入念に調べ上げたのだから、余程ジョニーの言う恨みの念は強いのだろう。ジョニーをここまで演じきらせてやるほどに。
何が絡んでいるかは知らないが、とリオンは一人息をついた。そうして手際よく水門を開け、トウケイ城に忍び込むジョニーに、微かに自分がかぶったような気がした。そんなわけはないと、頭を振る。そして、飛びかかってきた兵士達を一気に叩き切った。
「……行くぞ。敵はすぐそこだ」
言ったリオンの言葉は本人が思うよりも低かった。戦闘にリオン、そして殿(しんがり)は莢が務め、縦一列に城の中を突っ切る。モリュウ城と同じく、城の中には水路があった。ジョニーはリオンの直後に控え、的確に進むべき道を告げて行く。
後方を必死についていたフィリアの顔が余り浮かばないことに、莢はようやっと気付いた。
戦いに関しては鋭い読みをするくせに、それ以外だと点で鈍いなというリオンのやや見下した顔が、脳裏に浮かぶ。莢は只、尋ねるしかなかった。
「………フィリア、やっぱりバティスタのこと、辛いよね?」
皆の足はほとんど止まらない。ただたまに彼らの足元に、リオンが叩きのめした衛兵達が伸びているだけ。
フィリアは莢の問いに、少しだけ、しかししっかりと首を振った。リオンが扉を開ける音がする。莢達はそこに駆け込んで、そこで少し足を止めた。
部屋は奇妙な部屋だった。大部屋に、幾つものドアが並んでいる。リオンが少し様子を見る、と言って階段を上り、ドアを調べる。莢はその間に、フィリアに寄った。フィリアは微笑みさえ浮かべて、お辞儀をした。
「心配して下さって、有り難う御座います。確かに……バティスタに………祈りの時間を………そして、グレバムの居場所さえ言ったのなら、殺生はさせないと……そう言うつもりでしたのに……」
フィリアはそこで一度、節目になり、胸に手を当てた。
「恐らく私がそんなことを言えば………彼は私を甘い奴だと罵ったでしょう。ですが……私は世界にはそのような人間が居ても、良いと思えるのです。そう思えるようになりました。
皆さんと共に生活をし、旅をして………私は皆さんが戦闘が終わる度に掛けて貰える言葉や、気遣いというものに触れて、私は私でも良いと、そう言われているような気がして……」
微かに涙声になったフィリアに、莢はその通りだと頷いて肯定した。そして
「ですから、きっとバティスタはバティスタだと……。私が私であるように、彼もまた彼。元々別の者が道を分かつことは、仕方のないことなのかも知れません」
再び瞼を持ち上げたフィリアの顔は、慈愛に充ち満ちていた。
「そのような結果になっても……それでも和解を求める。それが例え甘いと言われようと、私は、自分がよいと思うことを、やることにしました」
モリュウ城のベッドの中で、マリーにそう零していたのだと、フィリアは言った。その時にマリーはその言葉を肯定し、笑ったそうだ。それが、フィリアがこんなにも今、ひたすら前に走っていける理由なのだろうか。
血を流すことを嫌うフィリアは、聖職者だ。だがそれを嫌いながらもこうやって戦えるフィリアは凄いと、莢は思ったのだ。やはりフィリアは、自分を確立した上での優しさを持っていたのだ。
「莢!」
「え?」
莢がフィリアの微笑みに感銘打たれていると、不意に、大部屋の階段の上から声がかかった。見ればリオンとジョニーが、それぞれ扉の前で頭をひねっている。知恵を貸せ、と言うことなのだろうか。莢だけでなく全員が、扉の前まで上がった。
扉にはそれぞれ、絵が描かれていた。全て動物の絵だった。
「………なんだろう………」
莢が首をひねる。皆も首をひねる。リオンはどの扉を通っても通っても、この部屋に来てしまうと説明した。莢は唸る。
「………うん?」
そしてふと、全ての動物の絵を見た後に、思い立った。
「……誰でも良いから、私の言う通りの動物の扉を開けてくれる?」
微かに、皆を見る。リオンがスタンを指名して、スタンを除く皆は一度、階段の下へ。
「じゃぁ、初めは鼠」
とスタンは鼠の絵が描かれている扉に入って行く。そして莢達の後ろの扉から姿を現した。
「次は牛」
スタンは言われるまま、牛の扉に入った。また、後ろから出てくる。
莢はその後に虎、兎、竜、蛇、馬、羊、猿、鳥、犬、猪と言い当て、そしてそれ通りにスタンが扉をグルグル開けて入った。猪を入り終えて、真ん中に置いてあった不自然な甲冑が反転する。
「……変わった仕掛けだな」
不意にリオンがそう漏らした。
「密談するにはもってこいだ」
ジョニーが続ける。スタンの息が整うまでに、リオンは尋ねた。
「さっきの動物の順には、何か意味があるのか?」
莢はそれに意気揚々と答えようとして、しかしそれは叶わなかった。
確かに知っている。だが、何故?
「……時間の数え方と方角と……それと、年を数えるのにも使ってた。十二支って言うの……でも……」
莢は辛うじてそれだけを。混乱しているのだろう。俯いたまま、両手で頬を挟み、床を彷徨う目線が、それを物語っている。リオンはもう良いと、兎に角一度落ち着けと、莢を見た。
「……手がかりにはなるだろう。だが、それをするのはこの戦いが終わってからだ」
そして何を言うでもなく、皆の目は互いの顔に。そして一人一人、互いの顔を確認した。頷きあい、それを見ていたジョニーが笑う。
「行くぜ」
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