運命という名の、絶望
扉が、盛大な音を立てて開かれた。それは終わりを告げるものだったのか、始まりを、その予兆を告げるものなのかはまだ誰にも分からなかった。
「見つけたぞ、グレバム!」
「ティベリウス!年貢の納め時だぜ」
ジョニーがニヤリ、不敵に笑う。なだれ込むように横一線に並び、各々、剣を取った。
男達は部屋の、奥に座っていた。机を挟み対談していたであろう事からして、何らかの密談をしていたことは疑う余地もない。やや、焦ったような声が聞こえた。何故ここが、とそして別の、く、と喉をつめる音だった。
「覚悟しやがれ……ティベリウス、力でねじ伏せたものは必ず、力でねじ伏せられる……因果応報って言葉、知ってるか?」
ジョニーがリュートを突き付けた。リオンがそれを受けて、目を細めシャルティエを構える。
「トウケイ領領主が何をやったかは知らないが、グレバムと組んでいたなら始末させて貰う。危険分子は早々に取り払うに越したことはない」
リオンの言葉に、ティベリウスは鼻を鳴らした。指先で音を出せば、部屋の至る場所から顔を隠した身軽な人間達が皆を囲った。素早く攻撃を受け、リオンはそれをシャルティエで弾いた。弾いたのは金属で出来た、短刀ぐらいの大きさの、飛び道具。
「チッ………隠し扉か………!」
出遅れたリオンは見た。グレバムが既に椅子から居なくなったことを。
「獅子戦吼!」
マリーがリオンの背後で声を上げているのが聞こえた。敵の数は多い。ジョニーはリュートをかき鳴らした。敵の気を一瞬、引いて、それを見てリオンと莢は確実に剣を血で染めた。莢は短刀で飛び道具をはじき返しながら、倒した者の懐に手を突っ込んだ。そしてそこから素早く彼らの使う道具を取り出すと、それを何個か、投げつけて牽制する。それを見たジョニーは同じように倒れたものから武器を押収して、莢と同じように戦い始めた。
Event No.22 追撃
飛び道具というのは、本来、乱戦には向いていない。味方に当たる確率が高まるし、何よりもアクシデントが付き物だ。
「さて、アクアヴェイル独立戦闘集団、地獄の沙汰も金次第!『忍者』についての講習でもしようかねぇ」
ジョニーは手にしたクナイと呼ばれる鋭い金具を投げながら、笑みさえ浮かべた。リオンは鼻で笑いながら、危うく、放たれた鎖鎌にシャルティエを取られそうになった。莢がやはりクナイを投げて、敵の目を違わずに貫く。リオンはその隙にシャルティエと右腕に絡まった鎖をほどいて、呻いて転げ回るその者の息の根を止めた。
「基本的には各領にお抱え忍者が居るんだが、こいつらの他にも忍の里ってもんが存在しててな。金次第で動くフリーの忍者みたいなモンだ」
こいつらはお抱えだろうが、とジョニーは零す。片刃の剣、刀で斬りかかってきた忍者の喉を、リュートの先で思い切り突いた。
「武器は主に片刃の剣、刀と、飛び道具の手裏剣、クナイ、鎖鎌が王道って所かな」
ジョニーは言うと、やはり倒した忍者から武器を取った。その手には数種類の飛び道具。それを器用に使い分けながら、ジョニーは見事に、スタン達の援護をしていた。莢とリオンはその逆の方向で戦っていたが、莢が手裏剣を方に受け、思わず呻いた。殺傷力は低い方だからとは言うものの、数の多い戦闘では不利な条件であることに変わりはない。
「くっ!」
莢は短剣を投げて敵の身体を防御壁代わりにすると、身体に刺さった手裏剣を抜いた。すぐにそれは別の忍者の身体に刺さる。その忍者を、リオンが仕留めた。
「……きりがないな………!」
まったく、とリオンの口から溜息が漏れた。
「こっちは片づいた!行くぜっ!ファイアウォール!!」
「ファーストエイド!」
スタンの勇ましい声が響く。ルーティの声を近くで聞いて、莢は肩の痛みが引くのを感じた。
「大丈夫?」
「うん」
小さく礼を言って、莢はルーティの顔の横に剣を突き出した。彼女の背後に立った忍者の太股にそれは深々と突き刺さり、ルーティも振り向きざまにアトワイトを振ることで、何とか攻撃を避けた。
「………レイッ!!!!」
「うわ!」
フィリアの声で、突如部屋に光が走った。敵が呻く音が鼓膜を振るわせ、莢も危うく焼かれてしまう所だった。
光は敵を殲滅し、音を立てて消えていった。焼死体がいくつも出来、そこから煙が上がっていた。特有の匂いが鼻につき、莢は不快感から鼻を何度も擦った。高度な昌術で疲労したのか、やや放心しているフィリアに、ルーティが駆け寄る。マリーはフィリアを助け起こして、莢はジョニーの姿を探した。
「……覚悟は出来てるよな?」
部屋の奥で密かに笑っていたティベリウスが、その表情を硬いものに変え、更に歪めるまでに、そう時間はかからなかった。リオンは何度かティベリウスの姿を見ていたが、フィリアの昌術が終わること、その顔は歪みに歪み、最早腰が抜けてしまったのか、ティベリウスは必死に部屋の奥の壁により掛かり、丸くなっていた。
だが、ティベリウスは、笑みを浮かべた。
「っくくくく………あやつに利用されようとしていることなど初めから見抜いていた」
「…」
リオンが息をつく。
「それすら逆手にとって、私が出し抜こうと思っていたというのに…………どんだ邪魔が入ったな」
くつくつと喉で笑う。ジョニーは不快そうに眉を寄せた。
「とんだ邪魔?そいつぁ悪かったな。だが……その邪魔が入ったのは全部お前自身の所為なんだぜ」
ジョニーがリュートを突き付ける。ティベリウスはそれに構わずリオンを一瞥すると、嗤った。
直後、大気を振るわせるほどの轟音が響いた。思わず、スタン達は外を見た。
「あれは……飛行竜か!」
リオンの舌打ちが聞こえた。それにティベリウスが、得意げに笑う。
「私に構う暇があるのか?奴はファンダリアへ向かった。早くしないと世界は破滅だ」
「フン……。貴様がそれを言うのか?」
「なんとでも言え。利用出来なかった以上、私はもう奴と同胞を語る気はない」
ティベリウスは座ったまま、皆を見上げた。嗤っていた。
「奴がファンダリアを掌握しきったら、真っ先に狙われるのはダリルシェイドだ。……モンスターに襲わせるか、神の眼を使って殲滅させるかは知らんがな……まぁどちらにせよ、ダリルシェイドは終わりだ」
「黙れ!」
間髪入れず、リオンはティベリウスの喉を差した。歪んだ形で弧を描くティベリウスの唇は痙攣し、体も不自然に動いている。リオンは珍しく激昂した。そして、先ほど戦った後にすら見せなかったと言うのに、肩で息をし、酷く疲労したように震えていた。
「……リオン……」
莢が後ろから声を掛けた。しかしリオンはその手を払い、ジョニーに一言、詫びた。
「お前の獲物だったな」
自嘲のような笑みが、その顔に浮いていた。ジョニーはそれを受けて、いいさと肩をすくめた。そうしてその眼は、莢に向けられた。莢は戸惑ったようにジョニーを見つめ返す。ジョニーは、笑った。
「さて、お前さんらはファンダリアへ行くんだろ?フェイトに頼んで送ってもらおうぜ」
ジョニーはそう言ってスタン達を先に連れ、部屋を後にする。後に残された莢は、ティベリウスの死体とリオンを交互に見ながら、戸惑っていた。リオンがここまで狼狽している姿を、見たことがなかった。揺れたリオンを見て、莢は確かに、驚いていたのだ。
「……リオン」
為す術もなく、やや途方に暮れたように、莢は其の名を呼ぶしかできなかった。荒い息は次第に静まり、リオンはふと、表情を改める。
「……僕たちも行くぞ」
戦闘以外について察しが悪い莢は、しかし、一点だけ妙に冴えていた。リオンがマリアンという女性を好いていることは明白だった。ダリルシェイドで盗み聞きしていた時のリオンの声色。普段よりも格段に穏やかな口調。そして何より、直感だった。
それらを基盤とした上でなら、リオンの動揺ぶりは納得がいく。リオンにそこまで想われるマリアンという女性を、莢は心底羨ましいと感じた。それと同時に、微かに胸が痛んだ。
トウケイから出て、ファンダリアのスノーフリアと言う港に着くまで、六日はかかるというのがフェイトの目算だった。
また船旅か、と莢は少しうなだれた。こうも船ばかりだと、退屈してしまうのだろう。しかしその胸には、少しの喜びが疼いていた。
「あれ、莢?」
甲板に出ると、楽しそうに海を見ていたスタンと、目があった。莢は軽く手を挙げて、その隣に立つ。
「今度こそ………いよいよ、グレバムとの戦いになるんだね……」
武者震いか、震えた莢に、スタンは笑った。
「大丈夫。俺達は絶対に負けたりなんかしないさ!リオンやマリーさんだって居るし、ルーティもいる」
楽しそうに笑うスタンに、莢は一つ、笑みを零した。
「……ね、スタンはこの旅が終わったらどうするの?セインガルドの兵士になるために、ダリルシェイドに行こうとしてたんだよね?」
「ああ。でも、一度家に……リーネに帰ろうと思うんだ。みんな、心配してるかも知れないし。……莢はどうするんだ?あ、アルバさんの山小屋に戻るのか?」
スタンに尋ねられ、莢は甲板から、海に目を落とした。
「それなんだけど……私、記憶がないでしょ?この旅でね、色々気になることはあったの。でも、でも……リオンの側にいられたらいいなって」
莢が少し恥ずかしそうに、俯いた。スタンは笑って、その髪を梳いた。
「あのリオンの側じゃ、相当ストレス溜まるかも知れないけどな」
「あははは……」
わざとらしく、スタンは苦い顔をして見せた。莢はそれに笑って、風を受けて乱れた髪を抑えた。
「でも、良いんじゃないか?リオンは莢には甘いし……なんて言うかな、なんか、無茶苦茶大事にしてるように見えるから、きっと莢が側に居たいって言えば、リオン、喜ぶと思うよ」
「え……?」
スタンの言葉に、莢は硬直して、少し、頬に朱が走った。自惚れてしまっても良いのか、否、スタンの気のせいかも知れないと、高ぶる想いを押さえつける。しかし弾んだ気持ちは、なかなか静まりそうになかった。
時と場所は変わって、船室。リオンは宛われていた部屋のベッドに横になっていた。
『坊ちゃん……』
「……」
片腕を目の上に置いて、仰向けのまま、リオンは深呼吸をした。握っていた手を更に強く握り、すぐに緩める。先ほどの莢の戸惑った声に、リオンもまた、僅かに戸惑っていた。
心配も含まれていたが、明らかに莢自身が動揺したようだった、あの声。その理由にも見当がつかない。不覚にも感情が膨らむのを抑えられなかったリオンは、しくじった、と漏らした。
愛情を教えてくれた人。優しさとはどんなものなのか、分からせてくれた人。親からの愛情を受けずに育ったリオンにとっては、この世の誰よりも尊く、最優先されるべき人。その人が住むダリルシェイドが殲滅すると言ったあの言葉が、リオンにはどうしても許せなかった。一瞬、何故自分はダリルシェイドにいないのかとすら思ってしまうほどに、感情は高ぶっていた。
「マリアン………」
その名を呼ぶ。不意にリオンは、あの笑顔を見たくなった。それに、莢の顔がふと、重なる。
「………シャル、僕はもっと、強くなりたい」
『坊ちゃん…』
「莢が…………計画に巻き込まれないように、あの剣の腕に、ヒューゴが目をつけなくとも良いくらいに」
例の計画が動き始めたら確実に、自分たちは世界の敵となるだろうとリオンは零す。それに莢を巻き込むわけにはいかないのだと、もう一度続けて。
もう一度しっかりと、拳を作った。
「敵襲――――――――――!!」
リオンの耳に微かに聞こえたそれ。リオンはすぐさま身を起こすと、シャルを取って船室から出た。
シャルティエは珍しく絞り出したリオンの声に、何も言えずに黙っているしかできなかった。
「莢、スタン!」
リオンが甲板に出ると、既に船首辺りに立っていた二人は、敵艦の数を数えていた。
「十中八九グレバムが仕掛けてきたものだよ」
「数は…………四隻だ。なんとかなるのか?」
「何とかするしかないだろう」
リオンは言うと、同じく甲板に出ていたジョニーを呼んだ。
「ルーティとフィリアを呼んでこい。一応この船は武装艦だが、ソーディアンがあるに越したことはない。…………来たぞ」
ジョニーがアイサーと甲板を出て行くのを見届ける暇もなく、リオンとスタンはソーディアンを構えた。莢はそのやや前で、とんできたモンスター達を迎え撃つ準備をする。小さく見えたそれは徐々に形を大きくする。だが、昌術を打つのには十分な時間だった
「フィアフルフレア!!」
「…………ピコピコハンマー!」
ディムロスのコアクリスタルから発せられた炎が敵を焼き、残りの頭上から、巨大なピコピコハンマーが落ちてくるのを見て、思わず莢は固まった。
見た目がファンシーなだけに、それが巨大化して、尚かつ大量に敵の頭上に落ちてくる図はまさに阿鼻叫喚である。おぞましい数のモンスターが海に落ちて行き、その内五分の一ほどは敵艦の上に覆い被さるのを見ながら、莢は思わず、微妙、と呟いた。
200-/--/-- : UP