運命という名の、絶望
フェイト達の船は無事に、静かに、ファンダリアの南東にある、スノーフリアの港に着いた。
「じゃ、色々世話になったな」
ジョニーはフェイトと共に船を下りて、莢達を見送る。
「ジョニーさんもお元気で」
「おーよ。アクアヴェイル復興のためにも、暫くはあそこに尽きっきりだな」
やや辟易した様子で、ジョニーは肩をすくめた。船旅にも関わらず随分と体力を取り戻したフェイトは、その隣で苦笑して。
「では、皆さん。またアクアヴェイルによる機会があれば、是非」
「はい。……フェイトさんもお元気で」
スタンが代表して、フェイトと握手をした。そして手を振り、寒さを凌ぐため足早に、スノーフリアに姿を消した。
フェイトとジョニーはそれを見送って、船に乗り込む。
「……まずは王位からだな」
「そりゃぁお前がやれよ。適役だ」
「ジョニー、お前は頭が良いだろう。お前こそ適役だと思う」
「おいおい冗談だろ?」
ジョニーは肩をすくめる。船は暫く、食料以下必要物資の調達に勤しむべく、停泊する。
「俺はどっかのじれったいオコサマ達のお守りをしてる方が、性に合ってるぜ」
そしてジョニーは、首を傾げるフェイトを余所に、一人笑った。
Event No.23 紅に染まる色
スノーフリアについた皆はまず、宿を取った。小さな町。アクアヴェイルと同じように、それぞれ個室を取るしかなかった。
リオンは莢とスタンを呼び寄せると、他の者はさっさと部屋へ行くよう指示をして、椅子に座った。
「……今までの状況からしても、グレバムがトウケイ領から去った後、ファンダリアを制圧したと見て良いだろう」
「ふんふん」
「……………それで?」
「ファンダリアの首都……否、王都はハイデルベルク。ここから北西にある。恐らくグレバムはここにいるはずだ。あの艦隊やモンスターの群れも、グレバムが神の眼を使って操り、脅してし向けたものだろう」
リオンはそこまで言うと、金がない、と唐突に切り出した。驚き焦るスタンとは違って、莢はそれで、と先を促した。リオンは適当なモンスターを見繕ってレンズを回収する、と言って、悪いが手伝ってくれと二人に言った。
「それは構わないけどさ、何で三人なんだ?」
「この天候だ。視界が悪いから大人数で無闇に動けない。マリーでも良いが、アイツはどうも情緒不安定らしいからな」
記憶が関係しているのかは分からない。それでも、足手まといになるならば切り捨てた方が得策だった。グレバムも関係ない今は、特に。
近辺の視察もかねて動くからそのつもりで、とリオンは言うと、宿から出た。莢達もその後を追って外へ出る。
吹雪く中、リオンはまずシデンの海底洞窟等でかき集めたレンズを換金しに、オベロン社まで足を運んだ。そしてそれに付加した支給金で、必要最低限のものを買うと、寒いからと動きやすい毛皮を買った。
毛皮に身を包み、莢達はファンダリア、スノーフリアの港から南西の方角にある、ティルソの森と呼ばれるそこまで、足を伸ばした。
小型もさることながら、雪国の影響だろうか、体躯の大きいモンスターを相手にしながら、順調にレンズは集まって行く。
「………なぁ、ルーティ達に言ってこなくてよかったのか?」
ふとスタンがそう零した。問題ないだろう、日を跨ぐほどのことではないのだから、と、リオンは返した。莢はそれを受けて、
「飛行竜って空を飛ぶんでしょ?どのくらい早いのかな?」
「トウケイからここまで一日もかからん」
「嘘!?」
莢の質問に声を上げたのはスタンだった。航海はファンダリアの艦隊を相手にしたことも手伝って、やや遅れている。神の眼があるならば制圧など容易いものだろう。恐らくハイデルベルクに着いて直ぐに、全てを掌握しきったに違いない。
「……私達がトウケイを出てからここに付くまで大体一週間……」
「てことは、もうかなりやばいんじゃないのか?」
「ああ。だがここは奴の腹の中だ。グズグズするつもりはないが、無理に動いて弱った所を叩かれたら意味がない」
前へ前へと焦っていたリオンが、腰を据えてグレバムを討ち取りにかかったのを、スタンと莢は受け止めていた。無闇に追いかけていては、何も変わらない。そして、ルーティが渇望している自由は手に入らない。
「……国を征服するって、簡単な事じゃないのに………」
莢は零した。ソーディアン達が危惧しているように、神の眼が世界を破滅させる代物ならば、国を支配することなど容易いのだろう、とリオンは言った。
「大方民の信用の厚いファンダリアを、恐怖政治であっという間に支配したんだろう。急進的な政策は反発を買うが、神の眼という驚異がある以上民衆は蜂起することもままならない」
向かう所敵無しだな、とリオンは括って、襲いかかってきたカットバニーを一降りで殺した。スタンや莢も同じように剣を振っては、雪の上に散らばったレンズを集める。
それの応酬で、静かな森に、雪は無音で積もって行く。
莢はウッドロウに拾って貰った時のことを思いだした。目を覚まし、倒れていたと言われたものの、莢にはそれ以前の記憶がなかった。通貨や世界情勢、大まかな地名すらも覚えていなかったのだから、事態は深刻なはずだった。
それを焦らずゆっくりと、少なくとも、アルバの山小屋で生活するのに必要な分だけは、ウッドロウとアルバが莢に教えていた。莢が混乱して不安な感情を爆発させずに来られたのは偏に、ウッドロウのお陰だろうか、と莢は改めて感じた。
そしてその頃感じていた、奇妙な焦燥感。それは確かに莢の中で大きくなっていたはずだというのに、何時しか、それは感じられなくなった。訝る莢が、しかし、何故、と考える暇もなかったのは、言わずもがな、多忙を極めているからで。常に張りつめた旅の中、身体が疲労を訴えれば直ぐに眠りについて、起きている間はリオンの側につき、少しでも自分なりの考察をまとめ、現状を把握しようとしている莢には、どだい無理な相談。
それをふと、莢は考えていた。
「―――――莢ッ!」
「え?」
名を呼ばれ、莢は声のした方を見た。だが次に殺気を感じ、ほぼ反射的に短刀を抜いていた。
金属と金属の擦れ合う嫌な音がして、莢は意識的に相手を視た。
金色、だろうか。恐らく、金メッキ。それが、莢の目の前にあった。力と力の拮抗で震える手はそのままに、莢は一歩引いた。バランスが崩れ、しかし莢は更に足を引く。
足を引いた直ぐ近くに、矢が振った。
「グレバムの手先か!」
リオンの舌打ちが耳に入り、莢は片手剣を抜き直して、兵士に斬りかかった。スタンは既に一人を倒している。
「爪竜連牙斬!」
矢を見て森の奥へ入っていったリオンの声。莢は一度兵士を蹴り上げ鎧の隙間を縫うように剣を振った。
呻く声が漏れ、直ぐに喉を潰す。血が滴ったのを、莢は苦い顔で見た。雪の中へざくざくと何度も刺し、血を拭う。
「莢、大丈夫か?」
「あ、うん………。でも、何でこんな森の中に、兵士が?」
「分からん。だが……問答無用で剣を出してきた所を見ると、何かあるな」
片手を額にあて、リオンが考える。スタンと莢は再び静まりかえる不気味な森の中で、互いに顔を見合わせた。
「どういう事だ?」
スタンがリオンに尋ねた。
「グレバムと言えど、一般人に対して有無を言わさず斬り殺せ等という命令は下さないだろう。奴が狙うのは飽くまで世界の頂点に立ち、その世界を支配することにある。支配する対象が無くなってしまえば、意味が無くなるだろう」
リオンは一度そこで言葉を切って、シャルティエを、莢のように雪の中へ突っ込んだ。見ると、血が付着している。スタンは嫌そうに顔を歪めたが、莢とリオンはそれを見ている暇もなさそうだった。
「僕たちが一般人でないのは、剣を持って、こんな森の中にいれば分かる。恐怖政治が行われているというのに、町から出るなんて、一般人なら有り得ないだろうからな。だが、こいつらが狙っているのは冒険者やレンズハンターごときではない筈だ。モリュウであったように、単に殺しを楽しむならば一般人の方が好都合……。何かを追っていたと考えるのが打倒な所か」
リオンは最後に一刺しして、シャルティエについた雪を払う。莢の殺した兵士から、鮮血が流れていた。場所によっては、その血はどす黒く変色している。それが、青灰色のような白い雪を染め上げていた。
「……グレバムに追われている人間、か………」
莢は少し考えた。だが莢が答えに行き着くよりも先に、リオンが答えをたたき出した。
「王族だ」
続けて、頻りに辺りを見渡す。スタンがへ、と声を上げた。
「王族が残っていれば、また国は復活出来る。……と言うよりも、王族の残りが民衆と手を組んで反乱を起こしかねない。支配したと思った兵士達の中にも、実は繋がっているものが出てくるかも知れない。だから王族は全て殺し尽くしておくんだ」
「…でも、グレバムは誰かを殺せなかった?」
莢が促し、リオンは頷いた。リオンは少し嫌味も込めてスタンのような田舎者は知らないかも知れないが、と前置くと
「ファンダリアの次期国王……つまり国王の息子だ。皇子は放浪癖持ちだと聞く。………グレバムがハイデルベルクに現れた時、皇子がその場にいなかった可能性は極めて高い」
生き残っているとすれば、恐らく皇子だろうと、リオンは言った。
直後、声が微かに聞こえた。莢達はすぐさま音の方向を探り、そこから駆けだした。小さな声だったが、静かな森では、良く聞こえるような声だった。
その声は確かに言った。
「逃がすな、必ずあの首を討ち取れェ!!!!」
ウッドロウは森の中を、右脇腹を庇いながら歩いていた。走りたいのは山々だったが、傷に響いてそれすら出来ない。
彼の耳に、男の野太い声が聞こえてくる。声は徐々に近くなり、ウッドロウの視界は霞む。脇腹の出血は酷く、彼の通った場所は、雪が紅く染まっていた。
「っぐ……っ」
思わず膝をつけば、その振動もやはり傷に響く。痛みが引くことはなく、ウッドロウはその場に伏した。
気が遠くなり、朧気ながらにも、しかし、格段に声は近くなるのを感じる。
ここまでか、と悔しそうにした唇を噛みしめ、投げ出した手で拳を作った。まだ地に着くほど落ちていない信用。ウッドロウにはそれがあった。それがあるからこそ、今ウッドロウはこうして兵士達から逃げている。僅かな信用のためにも、彼は死ぬわけにはいかなかった。
クソ、と、そんな彼の気持ちは、もう声にならない。
目を閉じて、来るべき時を待つ間に、ウッドロウの意識は飛んでいた。
200-/--/-- : UP