運命という名の、絶望

 食事を終え、ヒューゴ邸から出る間際。
 「おぉ、そう言えば忘れる所だったな。スタン君、ソーディアンディムロスは、このセインガルドの宝なのでね。返却願おう」
 ヒューゴはそう言って、名残を惜しむスタンからディムロスを受け取った。国宝と言われてしまえば、スタンにそれを拒否する権利はない。元々ディムロスはダリルシェイドに運搬される途中でモンスターの襲撃に遭い、スタンと出会ったのだから。
 ディムロスをヒューゴの手に委ねたスタンは、ヒューゴ邸から出た。は皆を送るから、とリオンとヒューゴに断って、同じようにヒューゴ邸を出た。
 「リオン」
 「はい。……承知しております」


 ダリルシェイドの近郊に停止した飛行竜を前にして、皆が皆の顔を見た。
 「じゃぁ、ここまでだね」
 「ああ。あ、俺はリーネで、ウッドロウさんはハイデルベルグだろ?フィリアはストレイライズ神殿で……ルーティは何処に帰るんだ?」
 「あたし?……あたしは、クレスタよ」
 「クレスタ?」
 「そ。ダリルシェイドから直ぐの所にあるの。徒歩で帰っても良いんだけど、何せ重たいお金がそれを許しちゃくれないのよ。……感謝してるわ」
 ルーティはそう言って笑った。
 「では、そろそろ行くとしよう」
 ウッドロウの言葉で、皆はを見た。
 「……それじゃ」
 「うん」
 「また神殿の方にもいらして下さいね。歓迎しますわ」
 「有り難う、フィリア」
 「ファンダリアに赴く機会があれば是非顔を出して欲しい。マリー殿やダリス殿も喜ばれることだろう」
 「はい。ウッドロウさんも、執務なんかで忙しいでしょうけど、身体には気を付けて下さいね」
 「元気でやるのよ。リオンに虐められたら私の所に来ても良いんだからね」
 「ははは……大丈夫だよ」
 苦笑したに向かって何度も手を振りながら、旅を共にした者は飛行竜の中に消えていった。は飛行竜を見送ってから、ゆっくりと踵を返した。



Event No.28 間戦期



 ヒューゴ邸に戻ったは、早速ヒューゴから金を渡された。
 「これで生活品を買いそろえると良い」
 言われ、は思わずリオンを見たが、リオンは受け取っておけと言うだけだったので有り難く受け取った。全額ではなく半分ほどをルーティに渡してその報酬で買うことも出来たため、は萎縮した。しかしヒューゴはまた別途に渡すつもりだった旨を告げると、リオンに案内させるように言って、自らは自室へと引き上げていった。
 入れ違いに入ってきたのはマリアンだった。
 「初めまして、様。メイド長のマリアン・フュステルと申します」
 「あ、えと、高谷です。あの、マリアンさん、敬語はいらないです」
 「いいえ、そう言うわけにはいきませんわ」
 穏やかに微笑むマリアンは、どことなく母を思わせるようでもあった。は微かにルーティが大人になったらこんな風だろうかと想像した。
 「でも……私の方がお世話になる方ですから、お願いします」
 曖昧に笑ったに、マリアンは苦笑して、分かりました、と返事をした。
 「では……、お買い物に行く前に、少し体を洗ってきた方が良いわね」
 「え?そうですか?」
 「そうです」
 マリアンは笑って、リオンに待っていて下さいと言うと、と風呂まで連れて行った。
 風呂まで連れて行かれたは、そのまま服をはぎ取られ、身一つで浴室へと押し込まれた。服は洗濯して着替えを用意しておくというマリアンの言葉を受けながら、は礼を述べて身体を清めた。
 思い返せば長かったものの、実質はとても短い期間だった旅。それを振り返って、は良くここまで皆がうち解けたものだと思った。考えてみると皆身分こそ明らかになっているが、何も知らないような状態であるのには変わりはない。だというのに、は警戒もしなかったし、不審にも思わなかった。それは以前がリオンに言ったように、疑っても仕方がないことだと知っていたから。しかしは、その曖昧な位置に敢えて甘んじようとしていたことに、気付いてはいなかった。
 未だの頭は軋み続けている。それがなんなのか、には分かるはずもなかった。だが、それが杞憂で終わりそうにないと言うことは、も薄々感づいていた。
 髪を洗い体を洗い湯船に浸かる。は直ぐに浴室から出た。余りリオンを待たせるのは得策ではない。マリアンが用意したとおぼしき着替えをとると、は急いでそれに着替えた。
 片手剣は何処かへ持って行かれたのか、その場にはなかった。は仕方なく短刀をベルトに差して、リオンの待つ食堂へ走った。
 「御免、リオン」
 「…そんなに待ってない。それよりも家の中をどたばたと走るな」
 「ご、ごめん」
 そんなに細かいことを気にしなくとも、とは思ったが、ここがヒューゴの屋敷であることを思い起こすと謝るしかなかった。
 行くぞ、と踵を返して出て行くリオンを追って、はその後を追った。
 「僕の古い服でも良いような気がしたんだが、あれは男物だし動きづらい服が多くてな。マリアンに私服を貸すように言っておいた。見たところ大丈夫そうだな」
 「うん…………リオン、羨ましい?」
 「何がだ」
 「マリアンさんの私服」
 「何で僕が」
 「だってリオン、マリアンさんのこと好きでしょう?」
 からかうようにが笑うと、リオンは不機嫌そうな顔をした。
 「図星?」
 が笑う。五月蝿い、とリオンは窘めた。
 「……実を言うと、ダリルシェイドを出る前のリオンとマリアンさんの会話、盗み聞きしてました」
 「良い趣味だな」
 何か探ろうと奮闘するに、リオンは鼻を鳴らした。しかしは負けじと話題を振った。
 「リオンの口調、あの時だけ違ったもん。それに例の名前で呼ばれていたし。……なんて言うかな、なんか、言いにくいんだけど、好きです的なオーラが、こう……」
 身振り手振りで話すに、リオンは息をついた。
 「こんな所でそんな話題を振るな。……さっさと物を見繕うぞ」
 「うん」
 はふと顔をそらしたリオンの頬が高揚したのと、反比例のように暗くなった瞳を見て会話を打ち切った。
 「与えられた休暇は大体半月ほどだそうだ。その間に戦術以外での知識を詰め込んで貰う。そのつもりをしておけ」
 リオンの無慈悲な言葉に、は少し嫌そうな顔をして返事をした。


 必要最低限の品物を買いそろえた二人は、ヒューゴ邸へ戻った。
 「おかえりなさい。部屋に案内するわね。……リオン様、お荷物をこちらへ」
 「構わない。僕が持っている」
 はそれを見ていたが、リオンが早く案内しろと言うのを聞いて素直じゃないな、と苦笑した。元よりリオンの捻くれている部分は分かっていたものの、第三者がいるだけでこれほど違うのか、と思うほどに。
 マリアンはと、荷物を持ったリオンを案内した。日当たりの良い部屋を用意したのよ、と嬉しそうにマリアンは言う。その言葉通り、通された部屋は暖かかった。
 「ここ、本当に私が使っても良いんですか?」
 「ええ。自由に使ってね」
 マリアンは言って、荷物を置くように言った。
 「マリアン、は僕の名前のことを知っている。僕との前では畏まるな」
 リオンはそう言ってから一度部屋を後にした。部屋に戻るという言葉を聞いてから、マリアンはそうなの、とに首を傾げ、ははいと頷いた。
 「そうだ、折角だからも一緒にお茶をしましょう。買い物で疲れたでしょう?甘い紅茶とお菓子を用意しておくから、エミリオを呼んでから食堂にいらっしゃい」
 「はい、有り難う御座います」
 「いいのよ。早く慣れると良いわね」
 微笑むマリアンを見送って、は息をついて、ベッドに座り込んだ。
 敵わないな、と苦笑すら漏れ、自然マリアンを監察していた自分に、更に苦笑を濃くした。
 「……」
 一度、大きく息をして、手を打つ。打った音が部屋に響いて、は立ち上がった。買いそろえた衣服をクローゼットに掛け、小物を部屋に広げる。それをしてから部屋を出た。
 そう言えばリオンの部屋とは何処だろうと思いながら、はリオンの姿を見つけた。
 「リオン」
 呼ぶと、リオンはを見た。
 「マリアンさんが、お茶しましょうって」
 「分かった。……先に行ってくれ」
 「何か用事?」
 「そんな所だ」
 リオンはそれだけを手短に言ってしまうと、先に廊下を歩いて行ってしまった。は何処か腑に落ちないような気もしたが、気を取り直して食堂へ足を向けた。
 食堂からは甘い匂いが漂っていた。は食堂への扉を開けるが、そこにマリアンの姿も、紅茶もお菓子もなく。
 「マリアンさん?」
 はひょこり、と厨房らしき部屋をのぞき込んだ。
 「あら、エミリオはどうしたの?」
 「んっと、何か用事があるみたいで、先に行けって言われました」
 は言うと、苦笑するマリアンの側までやってきた。そして、厨房を見渡す。
 「……他のメイドさん達は?」
 が聞くと、マリアンは
 「エミリオが休暇の間やこの時間にいる日は、皆食堂と厨房から下準備だけして出払っているの。この午後のお茶の時間だけ、ね」
 「はぁ……。やっぱりエミリオって周りに馴染めてないんですか?」
 あの性格ですし、とは尋ねた。マリアンはやはり苦笑して。
 「良いのよ。あの子にとっては、それで。もいることだし」
 「私ですか?」
 「ええ、そうよ。お城に同年代だなんているはずがないでしょう?だからがあの子の側にいてくれたら安心だわ」
 マリアンの微笑に、は言葉にすることが出来なかった。
 違います、と。
 リオンが本当に自分をさらけ出せるのはきっと、貴女の筈です、と。
 周りのではなく、リオン自身の安堵はきっと、貴女の存在なんだ、と。
 「―――…そうですか」
 の軋んだ笑顔は、マリアンにはどう映っただろう。
 「ええ」
 マリアンの笑った顔は、には痛いほど優しさに満ちていた。
 は誤魔化すように手伝います、と紅茶のセットと菓子類をテーブルに並べた。
 ティーカップを温めている時に、リオンが食堂のドアを開け放つ。
 「丁度良かった。もう準備出来てるよ」
 「ああ」
 とリオンは肩を並べて椅子を引いた。マリアンは二人に紅茶を淹れてから、その正面へ、二人に勧められて座った。
 「……よくよく考えてみると、私達ってほとんど寝てないよね」
 「そうだな……。まぁ緊張やら後片づけやらに追われてそれどころじゃなかったからだろう」
 「リオンは飛行竜で船酔いして弱ってたけど」
 「要らないことは言わなくて良い」
 が笑うと、リオンはぴしゃりとその笑いを窘めた。お前はそんなに揚げ足を取ったり蒸し返すようなことを言う奴だったかと言って、が子どもですからと言ってまた笑うのを見て、溜息をついた。
 その様子を見たマリアンが、ふふと笑う。
 「楽しそうね、エミリオ」
 「別に」
 仏頂面のリオンは、並べられた菓子を口に放り込んだ。もそれを習って甘いチョコレートに手を伸ばす。疲れた時は甘いもの、とは言って、美味しそうに口に含んだ。
 「……休暇とは言え、そう長くも休んではいられないな」
 「どうして?休みの分だけ休めばいいのに」
 「そう言うわけにも行かないだろう。各地の賊共の討伐やモンスターの一掃なんかは、そうゆっくりもしていられない」
 リオンの言葉に、はそれはそうだと同意した。
 「でも急がば回れって言葉もあるし。根を詰めすぎて私の大事な上司様が倒れでもしたら、一大事でしょ?」
 「……」
 「だから休みの間はちゃんと休む。全力で」
 は力を込めてそう説き伏せた。ですよね、とマリアンに同意を求め、そうね、とマリアンは頷きながら笑った。
 「……全力で休むのは休みじゃないだろう」
 そんなリオンの呟きは当然、多数決によりそのまま流れていった。


 "…………あの記憶を、思い出してはいけない……"


 「エミリオ、分かっているだろうな?」
 「……」
 書斎だった。
 「あれはお前と同様、只の駒だ。駒は駒の持つ役割がある」
 窓から明るい光が差していた。本棚がいくつもある書斎で、窓辺だけが明るく光っている。
 「……分かっています」
 「そうだ。捨てられるべき駒は、捨てられなければならない」
 「はい……」
 返答の声が、揺れる。
 「そうであるか否かは関係ない。お前が感づかれたと思えば、斬れ」
 「承知しました」
 最後に返した返事は、迷いも震えもなかった。だがその顔は確かに、

200-/--/-- : UP

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