光の旋律
アイグレッテ・宿屋。そこに少年はいた。便宜上ジューダスと言う名を、カイルによって付けられ、彼は今、スタンとルーティの息子だというカイルを見守っている所だった。
『……坊ちゃん、良かったんですか?』
「何がだ、シャル」
宿屋の一室で、ジューダスは仮面を付けたまま、ベッドに腰掛けていた。
『ダリルシェイドの地下から出た後に……本当は、カイルと一緒にいたかったんじゃないですか?』
ジューダスは、覚醒後カイルとロニに出会った。手違いでダリルシェイドの牢に入れられたという二人に、ジューダスは手を貸して、そこから脱出させた。
早くクレスタに帰らなければと言う二人に、ジューダスは一度声を掛けたのだ。
しかしそれは直ぐに、頭を振ることでうち捨てられた。
ジューダスは少し黙ってから、口を開く。
「一度僕は求めることを諦めた。そんな僕が……あのエルレインとか言う女の言いなりになることを捨て、自分の思うように生きようと決めても、アイツらの側を望むわけにはいかない」
頑なに戒めようとするジューダスを、シャルティエは黙って見ていた。
目覚めさせられたのはここアイグレッテにいるという聖女、エルレインによって。
そして今一度英雄になるチャンスを与え、幸福をもたらそうとした彼女に、ジューダスは反した。幸福を得る代わりに、大切なものを無くす。
ジューダスはそれを知っていた。大切なものは何かを、知っていた。そして、与えられた幸福は、実のところ幸福でないことも知っていた。
暗い海底洞窟で、水に浸される中で、彼女が言った言葉を反芻する。
【ねぇ、エミリオ。私疲れたよ。……私を一人にしないで。あなたが死んでしまったら、私、もっと疲れてしまうよ。生きることが、辛くて辛くてたまらなくなってしまう】
ジューダスは思った。
【……記憶よりも何よりも、記憶を失ってから得たものの方が、きっと大きい…。私、エミリオが好きなの……。だからあなたが死ぬと辛いよ。それを、言いたかった】
自分は、彼女から、幸福というものを奪ったのではないかと。
【あなたが誰かを想ったように、あなたも誰かに想われてることを、知って欲しかったよ】
そう言えば、彼女が言った言葉の意図する所は、何なのだろう、と。
「シャル」
『はい?』
ジューダスは問いかけて、止めた。なんとなく恥ずかしい気もしたし、何よりもそれがただの慰みであることが怖かった。
Event No.34 アイグレッテ
翌朝、二人はルーティを振り返った。まだ、子ども達は起きていない。
「みんなに声掛けてやりたかったけど、また今度にするよ」
アルフレッドはそう言って、微笑んだ。ルーティはちゃんと手紙出しなさいよ、と苦笑する。
「……いってきます。ルーティ」
「行ってらっしゃい、マリア、アルフレッド」
ルーティはそう言って二人を送り出した。
アルフレッドは二人を見たが、二人はもう、泣いても居なかったし、昨夜の名残を引きずっても居なかった。
「……」
アルフレッドは莢を見つめて、口を開こうとして、止めた。
【アルフレッドはね、スタンのことがあってからは、敏感になっちゃったのよ】
アルフレッドが、二階の廊下で聞いた、ルーティの言葉。
【莢の言う詳しいこと、って……そうやって誤魔化している間はつまり、言えないってことでしょ?あの子は……スタンの真実を知っていて……それでも小さくてその真実が分からないカイルのために、ずっとロニ達と真実を隠してくれているの。だから、隠したい詳しい事情は自分が聞かれたくないから絶対に聞かない。だから莢のことにも、触れない】
違う。アルフレッドはルーティの言葉を、心中で否定した。
【そういう子なのよ。のらりくらりして、いつもへらへらしてるけど、本当はとても敏感なの。尻尾を掴んで欲しくないから、掴めないように繕ってる】
アルフレッドは怖かっただけだ。
【あの子は、ここの孤児院の前で捨てられてた。捨てられた、って言うと、少し違うかも知れないけれど……。置き去りにされていたのよ】
当時、それは別段珍しいことではなかった。金貨はその価値を亡くし、少ない食料だけが生きてゆくために必要なものだった。水だけで腹を満たしたことなど、数え切れないほどある。アルフレッドは、そこで、口減らしのために捨て置かれた。まだ孤児院のあるクレスタで、スタンとルーティのような人間が居たから良かった。
年端も行かぬ子どもが、どうして物事を奥深くまで考えられようか。
アルフレッドの両親は、本当のところ、自分たちの手では養えなかったために苦肉の策として、自分たちよりもきっとアルフレッドを食べさせて行けるだろう場所へ、アルフレッドを託した。だがそんな意図など、当時のアルフレッドには分かるはずもなかった。
今のアルフレッドなら、分かる筈だ。時代背景や捨て置かれた場所。自分を置き去りにする際の両親の悲しみに暮れた顔。良い子にしているように言って直ぐに、謝罪するばかりだった不審な行動。それらが、何を意味するのかを。
しかし幼い頃、アルフレッドは自分が何故捨てられたのか分からなかった。そして、それを知るのが怖かった。生んでくれた両親に、必要とされていないと言うことを突き付けられるのが怖かった。知らぬ間に、自分が何か悪いことをして、いらないと思われたのかとも思った。そしてその考えは年を重ねて、自分が酷く両親の負担になっていたことを知った。アルフレッドは、隠された真意を量りきれずに、終いにはそれを知るのが怖くなった。
そしてそれは、スタンの死を経てカイルを見ていたことで、急速に固まっていった。スタンの旅と言う偽りの後ろには、死という直視しがたいものが隠されている。アルフレッドはカイルを通して、自分自身を見つめていたのだ。
「こら、アルフレッド!」
「うわっ」
長く考え込んでいたのか、アルフレッドは急に名を呼ばれ、身をすくめた。はねた心臓を抑えつつ、見れば、少し怒ったような莢の顔。
「ぼけっとしてますけど、大丈夫ですか?そんなだと昌術覚える前に死んじゃいますよ?」
「ははは…大丈夫だよ」
果たして、‘莢’に隠されている真実は何なのだろうか。アルフレッドは気になりながらも、そこに足を踏み入れる勇気も、無神経さも持ち合わせていなかった。
「で、何?」
「あ、はい。この辺で少し、休憩がてら昌術の練習しませんか?」
見ると、そこはクレスタから離れ、ダリルシェイドが見える距離。割と近い。
もうそんな所まで来たのか、とアルフレッドは少し恥ずかしくなった。
「……モンスターに遭遇………したよね、やっぱりさ」
「はい。でもアル、ちゃんと戦ってましたよ?」
「一応戦闘に関してはね。でも、記憶ないや」
アルフレッドは肩をすくめ、手頃な石に座り込んだ。莢も同じように座る。携帯食料を取りだして、それを二人で分けて口に含んだ。
「それでですね、昌術に関しては少しコツが居るようで……。精神集中が上手くできないと、駄目みたいです」
莢はついこの前にダリルシェイドで拾った本の切れ端を思い浮かべそう説明した。
「ここ18年で、昌術に関する仕組みや知識は随分変わったみたいです。一度昌術を打つのに成功すれば、後は経験や慣れじゃないかと」
「ふぅん……やってみようか」
莢の説明を聞いて、アルフレッドはレンズを掴んだ。
「……」
そして、そのまま固まって、
「………具体的には、どう集中したらいいかな」
言って、莢の苦笑を誘った。
「私がやってみますね」
莢は言って、同じようにレンズを取る。そして、アルに向き直った。
「?」
「ここ、怪我をしていますから……じっとしていて下さいね」
莢はアルフレッドの手の甲を指して、そう言うと、レンズを持って、傷口を見た。傷自体は浅い。莢は海底洞窟で強く思った時のように、傷が治っている所を想像した。
「……」
「うわ……」
そして、傷は徐々にではあるが、癒える。アルフレッドは凄い、と声を上げた。しかし莢は、少し呼吸が荒くなった。全身疲労だろうか、体の重心が揺れた。
「っと」
踏ん張りが聞かずに倒れ駆けた莢を、アルフレッドは支える。
「平気そう?そんな辛い?」
「……何とか大丈夫そうです……。気を失ったりもしませんし……。でも、実践を兼ねた練習は無理ですね………。リスクが大きすぎます」
「そうみたいだね。……そうと決まれば、アイグレッテまでは剣でしのぐか」
アルフレッドは莢から手を放して、剣を叩いた。荷物を整理して、もう一度莢を気遣う。莢がしっかりと頷いた所で、二人はまた歩を進めた。
橋の崩れてしまったハーメンツヴァレーと言う崖を順調に超えて、二人は遂にアイグレッテまでたどり着いた。クレスタを出て二日かかっていた。
「あー……くっそ、疲れた……」
「崖降りと登り、結構効きましたね……」
「やっぱちょくちょく遠征に行ったりしないと、体力って落ちるもんだな……」
やや疲労困憊している状態で、二人は宿を取った。そしてそこで夕食を取って、明日、聖女が広場に顔を見せるという情報を聞いた。
「良いタイミング。どうする?」
「そうですね……。多分話したりって言うことは無理でしょうから、兎に角聖女さんが顔を見せるって言う昼時までは装備品の整理をしましょうか。さっき通ったグランドバザールに色々品物が置いてあったようですし……」
「道中、モンスター含め遭遇した盗賊やらからも色々手に入れたもんな」
「お金が入ったのは有り難いことです」
「けど……マリアって結構手厳しいのな」
「何がですか?」
十分にお腹を満たしてから、莢は首を傾げた。アルフレッドは酒を頼んで、それを口にする。
「幾ら盗賊といえども追い剥ぎみたいな真似をするとは、お兄さんは思わなかったよ」
少し軽口を叩いて、濃いアルコールで身体を高揚させた。何でも雪国に長い間居た所為で、身体を暖かくしてほぐしてくれるアルコールは欠かせないのだそうだ。
「能動的にはしませんが、こちらだって襲われたんですから。その分動いたものを取り戻せる分には貰っておかないと。それに身なりも良かったですし、あれで生計を立てて居るんでしょう。だったら少しくらい奪われても大丈夫なはずですよ」
莢の言葉に、アルフレッドはうわぁ、と声を上げて
「盗賊ながら哀れだなぁ」
言いながら、また酒を口に含んだ。莢はそんなことより、とアルフレッドを見る。
「飲み過ぎです」
そして、アルフレッドから酒瓶を取り上げた。明日響きますよ、と言う莢にアルフレッドは強いから大丈夫と手を振る。莢が任務中でしょうと言えば、これもまた遠征の時でもお酒は飲むよと言われてしまった。
「……ああいえばこう言う」
「ん?マリアも飲みたいって?仕方ないなぁ、ちょっとだけだぞ」
「言・っ・て・ま・せ・ん」
莢は強めに言葉を区切ってそう言うと、溜息をついた。
「甘めのお酒だからちょっとくらいなら大丈夫だよ。飲みやすいよ?」
アルフレッドはそう言って、はい、と少し残したグラスを莢に向ける。莢は少し顎を引いてのけぞると、
「……だからって余り飲み過ぎないで下さいね?私は部屋に戻りますけど」
そう言って席を立とうとした。
「あれ、もう戻る?」
「はい。今日はハーメンツヴァレーとやらの強風に煽られて疲れましたし」
「……じゃぁ俺も戻ろうかな。マリアが居ないと酒も不味くなるし」
アルフレッドはそう言って、いとも簡単に席を立った。さっきまで莢に絡んでいた人物とは、到底思えないほどのあっさりした態度だった。莢は少しばかり呆気にとられたものの、直ぐに部屋に引き上げた。
疲労の所為か、直ぐに意識は沈んでいった。
翌朝。宿で朝食を取りグランドバザールに出かけた二人は、一通りの道具を揃えた。それも必要最低限に止め、二人はそこをぶらつきながら、辺りを見渡していた。
しかし次第に人は引き始め、広場の方へと流れていく。そろそろかな、と二人が広場に向かって歩き出した時、大きな声が響いた。
「返せ!!それはあの子のだぞ!!」
「げっ」
その声に反応したのはアルフレッド。一度立ち止まって、しかし直ぐに人を押しのけて前へ進み出した。莢は首を傾げたものの、それを追いかけて、自らも人混みの中に潜り込んだ。
その際ふと、奇妙な視線を感じて莢は辺りを見渡したが、その時には既に視線はなく、気のせいだったか、と訝りながら莢は人集りの内側に出た。
「おいカイル!!すいません、こいつってば何か勘違いしてるみたいで」
「勘違いなんかじゃない!それはあの子がつけてたんだ!すっごく大事そうにしてた……」
「それ、とは……この、ペンダントのことですか?」
少年と青年、そして聖女とのやりとりを、莢は見た。
「おい、ロニ、カイル!」
そして、そこにアルフレッドが駆けて行くのを。莢は仕方なく、痛い視線を感じながらそこまで歩いた。
「アルじゃねェか!」
ロニと呼ばれた青年は一瞬嬉しそうな顔をしたが、すぐに腕の中で暴れ出した少年を押し止めるべく、その腕に力を込めた。
それを見ながら、聖女は答えた。
「これは正真正銘、私のペンダントです。それは、ここにいる皆が証明してくれるでしょう」
「え……?ほんとに?」
少年は首を傾げ、聖女を囲っていた兵士達は皆一様に、頷いた。それを受けて、少年は慌てて頭を下げる。
「ご、御免なさい!俺、てっきりあの子のペンダントを奪ったのかと思ってっ!本当に、御免なさい!!」
「すみません、許してやって下さい」
少年に続いて、ロニも頭を下げる。アルフレッドと莢は、つられるように無礼を詫びた。二人が詫びる謂われはないのだが、その場の雰囲気だろうか。
聖女は四人に顔を上げるよう促した。
「これを私がその子から取り上げたと思ったのですね?」
「は、はい」
「……それは、なかなか出来ないことです。そして、それを見て飛び出すと言うことも……。あなた達、名前は何というのですか?」
聖女に促され、少年は名を告げた。
「カイル・デュナミスです」
聖女は頷いて、ロニに視線を移す。ロニも名を名乗って、聖女は更に、二人にも眼を向けた。莢はその瞳に戸惑ったが、何とかアルフレッドに続いて自己紹介を済ませた。咄嗟にフュステルと名乗ってしまったが、大丈夫だったろうかと、内心冷や汗を掻きながら。
「そうですか…カイル、ロニ、アルフレッド、マリア、ですね……覚えておきましょう」
聖女はそう言うと、御輿に乗せられ、その場を去っていった。四人はそれを見送りながら、たまに送られてくる様々な視線を受けながら立ちつくしていた。
そうして殆ど人がいなくなった頃、アルフレッドは二人に詰め寄った。
「で?まだカイル君はトラブル・メーカーなわけ?」
「ああ。こいつばっかりは幾つになっても抜けねーんじゃねーか?」
ロニという青年は肩をすくめ、カイル少年は少し気まずそうに身を縮めた。と、そこでロニが莢に目を移す。
「アル、その子は?」
「ん?」
「あ、マリアです」
莢はアルフレッドが何か言う前に、名を名乗った。
「……何でこの子、アルと一緒に居るんだ?」
「ちょっとね。……てか、お前らも名乗れよ」
「あ、悪ぃ」
ロニは謝罪を挟んで、名を名乗った。皆デュナミス姓を名乗っていることに、莢は気付く。聖女の時もそうだったのだが、その時は聖女の目が気がかりで、気にもとめていなかったのだ。
「……皆デュナミス姓なんだね?」
「ああ。ルーティさんがみんな平等に、って意味でつけたんだ」
ロニは少しばかりくすぐったそうに笑う。莢も笑って、カイルも笑う。そうしてロニはふと、あれ、と首を傾げた。
「お前、今ハイデルベルグで兵役についてるんだろ?何でまたこんなアイグレッテくんだりまで…」
ロニの問いに、ウッドロウ云々の話は無しで、と莢が目で訴えると、アルフレッドは笑った。
「ちょっと任務でさ。それとあと、マリアはハイデルベルグで会ったんだけど、アイグレッテに行って聖女が見たいって言うから、一緒に。はるばるアクアヴェイルからの客人てことでさ。…………でもまぁ途中クレスタによってルーティさんに怒られたりもしたけど」
「何で手紙の一つの寄越さないのよ!!!………ってか?」
「そうそう」
ルーティの真似をしたロニに苦笑いをしながら、アルフレッドは頷いた。
「お前筆無精なとこあるからなー……」
「そう言うロニだって全然手紙書いてなかったんだろ?お互い様」
二人はひとしきり笑うと、
「カイル、久しぶり。元気……なのはもう分かるけど」
「うん!アルも久しぶり」
カイルは元気よく、返事をした。アルフレッドはそうかそうかとその頭を撫でて。
「お前達は何でこんな所に?ルーティさん曰く冒険の旅とか言ったらしいけど」
カイルに、そう尋ねた。しかし、反応したのはロニの方で。
「そう!!それを聞いて欲しかったんだよアル!!」
大げさにそう言ったロニは、涙を呑む動作をして、説明した。
「実はな、俺がクレスタの近くにあるラグナ遺跡にすっげぇデカいレンズがあるって聞いて、なんでもそれは300万ガルドだとか聞いて、上手く派遣員の中に加わったんだけどよ、クレスタに戻ってカイルにそれを話して聞かせたらカイルもノリノリで……。で、ラグナ遺跡に行ったら、カイルがレンズの中から女の子が出てきたって言うんだよ。英雄を捜してるだのどうのって……で、そのレンズってのは跡形もなく消えてて……」
「なるほど?レンズ泥棒と勘違いされたわけだ」
「ああ。まぁダリルシェイドの地下に放り込まれたものの、助けもあって出られたんだケドよ……」
「助け、ですか?」
莢が割って入った。ロニは頷いて。
「16くらいのガキでな……名前はって聞いたら、名乗る名前を持ってないって言うんだ。で、カイルがジューダスって名前つけたんだけど……そのジューダスって奴が、すっげえ可愛くねェの!!!」
ロニはくうう、と顔の前に拳を作った。
「で?」
「……ダリルシェイドの隠し通路を、そいつの案内で抜けた後は別れちまったんだけどよ……。まぁその翌日、ルーティさんの許可を貰って、クレスタを飛び出したんだ」
「で、で、英雄を捜しているの、ってその子は言ったんだ。それでクレスタから四英雄の居る場所で一番近いここに来てるかも知れないってことで、ここを目指したらさ、ハーメンツヴァレーでその子と会ったんだ!!!俺、ペンダント拾ってさ、それをその子が凄く一生懸命に探してて……だから絶対ここに来てるよ、あの子!!!」
はしゃぐカイルを宥めて、莢は苦笑して
「………つまり、その子を追いかけて居るんだよね?」
「そう!!あの子は俺を見て、俺は英雄じゃないって言ったけど、きっとあの子が探してるのは未来の俺なんだよ!!英雄になった、未来の俺!……兎に角あの子は四英雄に会いに行くつもりじゃないかって、思ってるんだ。だから……」
「ストレイライズ大神殿に行きたいってか」
「そう言うこと!」
元気いっぱいのカイルに、莢は目を細めた。スタンに似ている、と。ルーティがもう少しあたしに似たら良かったのに、と言った意味が、少し分かった気がした。
「なるほどね。……俺らの目的はもう殆ど果たしたような気もするけど……」
「そうですね……聖女にはもう会えましたし……」
「なら、俺達といかねぇか?」
ロニが誘う。アルフレッドは暫くロニを見て、ふと、笑った。
「冗談。マリアなら兎も角、おまえカイルの子守手伝わせるつもりだろ。……俺達は宿に戻るよ。……作戦会議、ってやつ?」
そうしてアルフレッドは莢に目配せをした。莢はえ、と言いそうになって、慌てて頷いた。ロニは少し残念そうにそうか、とだけ言って。
「折角こんな可愛い子と旅が出来そうだったのによ……」
「残念だけどマリアは渡せないよ」
嘆くロニに、アルフレッドはニヤ、と笑って。
「じゃぁカイル、またあった時に目的次第では付き合うから」
「うん。一緒にいられないのは残念だけど、アルは任務だもんなぁ。………アルもマリアさんも、元気でね」
「……有り難う、カイル君」
莢は笑って、ロニにも別れを告げ、宿に戻った。二階に上がり、アルフレッドはそのまま莢を連れて部屋に入った。
「さぁて……。どうだった、エルレインを見た感想は?」
どうやらこれが気になっていたらしい。アルフレッドが早く何か聞かせてくれと目でせがむのを受けて、莢は言葉を紡いだ。
「……そうですね……。やっぱり、人々を幸福にするって言う目的は………嘘じゃないようですが………」
莢は、言葉に詰まった。アルフレッドは先を促すが、莢は少し渋った。
「……。いえ、これは確証はないので、言わないことにします」
「なに、今までのも推測だろ?」
「そうですが……それらには関係ないことに思えるので」
莢は発言することを避けて、そう言った。アルフレッドはそこで諦め、他に何かなかったか尋ねた。
「現人神と呼ばれる地位にいる人があそこまで崇拝されるのは分かりますが…………あの人に、裏はないように思いました」
「え?」
「うー…………私、戦闘以外はてんで鈍いって言われるんですが……私は不審な感じはしませんでした。聖女を見る限りでは」
「ってことは、マリアが気付いてないだけかも知れない、ってこと?」
「はい……。私自身、全然そう言うのに気付けなくて……疎くって。だから自信はないんですけど……でも、レンズを献上すれば幸福が約束されるというのは可笑しいと思うんですよね……」
唸る莢に、アルフレッドは詰まったな、と頭の後ろで手を組んだ。
「じゃ、ストレイライズ大神殿の中に入るかな」
「え?入れるんですか?」
「そりゃぁ入れると思うよ。ファンダリア国王の勅命状、俺貰ったし」
「………勅命、状…………」
莢が呆れていると、アルフレッドは笑った。
「ロニ達が入ろうとしてるのは聞いたけど、一般人はそうそう入れないらしくてさ。陛下はきっと、マリアがフィリアさんに会えるよう取り計らったんだと思うけど」
「……じゃぁ何故アルはロニさん達も連れて行ってあげなかったんです?」
「ロニはアタモニ神団所属だし、もしかしたら入れるかも知れないと思って。それに勅命状の案内では俺達の名前しか書かれてないから、どっちにしろ無理なんだよ」
アルフレッドはそう言って、立ち上がった。
「マリアの狙いは知らないけど、一応俺は護衛だからな。マリアの狙う所には、俺もついていくよ?」
「……仕方ないですね」
莢は溜息をつくと、勅命状片手に莢を急かす声に、苦笑した。
勅命状でなら入れると踏んでいると言うことは、裏を返せば勅命状くらいのものを見せないと、中には入れないと言うことだ。そして、一般人に閉鎖出来るほどの権力を、アタモニ神団は持っていると言うことになる。そして民衆は簡単に幸福というものを手に入れられるからか、それを疑わない。幸福というものが、どういうものなのかすら考えずに。
やはり怪しい。
莢は気を引き締めて、宿の階段を下りた。
2005/05/04: UP