光の旋律

 微かに、船は前進していた。ただ、フォルネウスによって壊された船は、やや傾いて安定性を欠いていた。
 「……私とジューダスはここから一番近い陸まで泳ぎ切る自信はありますが……。残りの人を放っておくというのも、後味が悪いですし」
 は言って、何とかならないものか、と首を捻った。反してジューダスはと言えば、しきりにリアラを見ていた。は若干その視線を気にしつつ、
 「ま、聖女の奇跡とやらがあれば、こう言う時でも助かるんでしょうが」
 言って、首を傾げた。そしてそれを受けるように、ジューダスが口を開く。
 「――――リアラ。お前の力があれば何とか出来るはずだ」
 「……」
 は、否、カイルやロニ、アルフレッド達も、リアラを見た。皆の視線を一身に受けて、リアラは戸惑ったように、ペンダントに触れた。
 「出来るの?」
 が、尋ねた。リアラは、伏し目がちに
 「……わたし達だけなら何とか出来るかも知れないけれど……この船ごと動かすなんて無理よ――――…」
 そう言って、申し訳なさそうに俯いた。
 甲板では、不安げに互いに身を寄せ合う、乗客の姿。
 「大丈夫だよ!」
 重い沈黙を破ったのは、カイルだった。溢れんばかりの活発さでもって、その空気が少し、晴れた気がした。
 「リアラ、君なら出来るよ」
 「でも……」
 「出来ないって思ってたら、それこそ出来るものも出来なくなっちゃうよ。大丈夫」
 カイルは、リアラの手を取った。
 「出来るよ。……オレも、全然力になれないかも知れないけど、一緒に祈るからさ」
 「カイル…」
 カイルは少し笑って、言う。
 「マリアさんの怪我を治した時みたいにさ、みんなで力を合わせて強く思えば、絶対に出来るはずだよ!」
 そしてそれが、切っ掛けだった。
 リアラは少し考えるように、まだ少し不安そうにカイルを見ていた。しかしその首が、辺りに向けられ一周した時、リアラは頷いた。
 「わたしが……わたしがここの人たちを救えるとしたら……わたしは、やりたい。みんなを、救いたい。だから………力を、貸して」
 勿論、それに反対する者が居るはずもなかった。



Event No.36 英雄ご一行様



 奇跡、と言うものを、は信じたことがなかった。の居た世界では、数々の小さな偶然が重なり合って出来る、一つの出来事だという認識が強かった。だから奇跡と呼ばれる物事は、神によって采配されたのだという考えなどは、そもそも安直すぎるのではないかとすら思われていた。しかしそれはの居た世界でも、あるにはあったことで、単には、宗教、それも一神教特有の強い信仰が近くになかったため、そのような考えには到底達しなかっただけだったのだが。
 兎も角、はこの世界にはかつて居た世界とは違うものがあるのだと思っていた。そもそもその昔、彗星が落ちて酷い氷河期だった頃から、違うのだ。レンズはなかったし、それによって変形したモンスターと呼ばれるものも存在しなかった。その代わりに科学と呼ばれる機械技術などが発達し、ほぼ全ての現象はそれによって解明されかけていた。科学とは、全ての現象、事物には何か原因があるという大前提から成り立つものであり、そんな考えの中で育ったには、魔法などと言う非科学的なものを信じられるはずがなかった。
 だがはスタン達と旅をした時にもその魔法を目の前で見ていたし、実際に自分も、魔法を使った経験があった。そして、今現在も、その奇跡、魔法と呼ばれる類の現象を目の当たりにしている。
 「……凄いね」
 思わず呟くほど、船は軽かった。強い想いが形となるなら、これほどのものを操るのはそう難しいことではないのだろうか。隣にいたアルフレッドとジューダスはほぼ同時に、の方を見た。
 「神様だなんて、今まで信じていなかったし。現人神だなんて、歴史の、古代にしか出てこないようなものだったから」
 他にも神童であるとか、神の信託を受けたという少女の異説などはの世界では一般に知られていたが、そのどれもがの生きる時代の話ではなかったため、は何処かしら、美化なり神格化なりされたものだろうと思っていた。つまりは、信憑性は薄いものだと思っていた。
 「……」
 ジューダスはの発言に少し、眉をひそめた。アルフレッドも思う所はあったが、相づちを打つだけにとどめた。
 船は今、輝く白い光に乗せられ、海面すれすれを、少し危ういながらも、順調に移動していた。少し視線をずらせば、集中しているのか、ペンダントを支えながら目を瞑るリアラと、それに寄り添うカイルの姿がある。はそれを、何処か引いた場所で見ていることに気付いていた。そしてそれに気付くと、まさか羨ましがっているわけでもないだろうに、と少し自嘲した。
 風は、強すぎず弱すぎず、の髪をくすぐる。髪がなびく音が酷く耳に触り、はふと顔をしかめた。
 船は、進む。そして陸地付近に着いた。
 「リアラ!」
 船が無事に陸地に着いたことを告げようと、が振り向いた瞬間だった。心配そうにリアラを気遣うカイルを押しのけて、はその横に膝をついた。
 リアラの口もと、鼻もとに手のひらをかざして、呼吸を確認する。そして何処か怪我はしていないか、確認した。
 「……。大丈夫だよ。息はしてるし、……多分、凄く疲れたんじゃないかな」
 が言うと、カイルはそう?と首を傾げた。本当に?と言うニュアンスが含まれているのに気付いて、は苦笑した。
 「信頼出来ないって言うなら、ちゃんと看て貰えば良いんじゃない?」
 からかうように笑われ、カイルはバツが悪そうにそんなんじゃないよ、と口ごもった。はまた笑って、分かっているよ、と頭を撫でた。
 余りにもそれが自然で、は暫くそのままで居た。そしてふと手を浮かせて。
 「……ごめん……」
 取り繕うように、笑った。カイルも、少し照れたように、笑った。
 「しっかし……これからどうする?ここはフィッツガルド大陸だから、リーネの村があると思うんだけどよ」
 「あ、じゃぁリリスさんの所に行けないかな?」
 ロニとカイルは言って、互いにそれが良いだろうという結論に達した。
 「あの、でも……船の方はどうなるんですか?」
 その二人に、は遠慮がちに手を挙げ、質問する。しかしそれに答えたのは船長だった。
 「あなた方の御陰で乗客員皆無傷ですみました。ここからリーネの村でご休息されるようでしたら、私達はここで応急処置をしてノイシュタットにてお待ちしておりますので、ごゆっくりと陸路を伝って来られてはいかがでしょう?」
 高揚しているのか、観客共に、船長の言葉に頷く。アルフレッドはそれに苦笑して、決まりだ、とリアラを横抱きにした。


 リーネの村までは、数時間ほど移動すれば良かった。人数もそれなりにいる所為か、戦闘も殆ど疲労することなく終わらせることが出来た。は癖でレンズを集めていたが、それでも日暮れには十分間に合うほど容易に、リーネにつくことが出来た。
 は自然の多いそこに、思わず空気が美味しいと呟いた。記憶の戻ったにとっては、この世界で空気の汚れている場所は殆ど無いに等しかったが、恐らくは森林に囲まれる情景を前にしての言葉だろう。ジューダスは仮面の下で口の端を上げた。
 「さて、はやくちゃんとしたベッドで寝かしてあげないとね」
 「アル、腕大丈夫か?途中俺が変わっても良かったのによ」
 「大丈夫だよ。……伊達に兵役についてないしな」
 アルフレッドは笑って、リリスさんの所に行くんだろ、と二人を促した。それにつられるように、とジューダスも歩き出した。
 リーネの村はのどかな場所だった。鳥のさえずりや虫の鳴き声が絶えず響いて、は嬉しそうに足を動かした。
 「リリスさーん!」
 「お邪魔します、リリスさん」
 「急ですいません」
 カイル、ロニ、アルフレッドが言うと、奥から女性の声がした。綺麗な金の髪を大きく一つでまとめた、リリスが顔を出した。
 「あら、久しぶりね、カイル、ロニ、アルフレッド」
 リリスは言うと、アルフレッドの抱いているリアラに眼を向けた。
 「あらあら」
 「すいませんリリスさん、この子を寝かせてやれないでしょうか?」
 「じゃぁこっちに来て」
 リリスは直ぐにアルフレッドを案内すると、スタンと使っていた二段ベッドの下を開けた。リアラを横にし、しっかりと布団を掛けてやる。そして一息つくと、アルフレッドは居間に戻った。
 「こんな田舎までわざわざ来るなんて………疲れてるでしょう?」
 「あ、いえ、お構いなく。私は宿を取りますから……水入らずの所に入ってしまうのも気が引けますし……」
 「何言ってるんだよ、そんな気兼ねなんてしなくても大丈夫だよ。勿論、ジューダスも」
 遠慮がちなの態度に、家の主ではないアルフレッドが答えた。その矛先はジューダスにも向けられ、更にそこにリリスの視線が加わった。
 「その通りよ。ゆっくりしていって頂戴。何にもない所だから、たまにこのくらい賑やかな方が良いのよ」
 リリスは笑うと、夕飯の支度をするわね、と台所へと足を向けた。
 「あ、そうだわ。カイル、兄さんのことが聞きたいなら、村を回ってきたらどうかしら?」
 「本当?」
 「ええ。全部見て回る頃には、夕食も出来ていると思うわ」
 リリスはカイルを送り出した。カイルがスタン好きだと知ってのことだろう。そして改めて、台所へと入っていった。ロニはナンパへ。アルフレッドはそれに付き合わされるように引っ張られ、家から出て行く。ジューダスはと言えば、ソファに腰掛け、仮面の下の目は閉じられているのが伺えた。は溜息をついて、リリスに声を掛けた。
 「あの、お手伝いします」
 「いいのよ。お客様はゆっくりしていて?あ、そうだわ、私ってばお茶も出してなかったわね」
 「あ、大丈夫です。……それに、お世話になるのは私達ですし、やっぱりお手伝いしたいです」
 は言うと、リリスの脇まで来た。リリスはそれじゃぁ、とに風呂を沸かしてくれないかと頼んだ。は頷いて、直ぐに風呂場へ向かった。
 浴槽を丁寧に洗って、水で流す。溜めていた水がなくなると、は外へ回って桶に水をくんだ。
 「………?」
 そして再び浴室に入ると、感じる視線。
 「………」
 「………」
 「………」
 「………」
 「………」
 『それ』と、目があった。は一歩後退って、それから逃げた。
 「り、リリスさん!お風呂に変な人がいますっ!」
 慌てたの声に、ジューダスが微かに反応した。しかしリリスは
 「……分かったわ」
 言って、家の外へ。は訝しんだ。が、風呂はまだ入っていないので、様子を見に恐る恐る風呂場へ足を戻した。
 「……」
 「どうした?」
 「っ!」
 浴室に顔だけ覗かせていたは、急に声を掛けられ、あからさまに肩を震わせた。
 「じゅ、じゅ、だ、すっ」
 「どうした?………誰もいないじゃないか」
 余程驚いたのか、胸に手を当ててジューダスの名を呼ぼうとするを尻目に、ジューダスは浴室を一望した。はそんなはずはないと浴室の窓を見たが、確かに、さっきまで居た、明らかに風呂を覗いていた男の姿はなかった。
 「……あれ……?」
 「本当に見たのか?」
 「見た!」
 疑わしい、と言う目でを見るジューダスに、は言い切った。そして、家の戸が音を立て、二人は居間へ戻った。と、そこにはお玉を持ったリリスの姿。
 はまさか、と思った。
 「あ、もう大丈夫よ。お風呂お願いね」
 は頷くのを見て、リリスは笑って台所へと戻る。は黙ってその背中を見る。
 「……強いんだ……」
 はぽつりと零した。
 「?」
 ジューダスが首を傾げ、はこそこそと浴室までジューダスを引っ張った。
 「……実はね、リリスさんも凄く強い人なんだよ。ある意味スタンよりも」
 そしてそこでこそ、とジューダスに耳打った。ジューダスはそうなのか、と尋ねたが、はうんうん頷いた。それが余りにも真顔で切羽詰まっているように見えたので、ジューダスも風呂を覗いていたという男は実際にいたらしく、リリスがそれを始末しに言ったのだという事実を飲み込んだ。
 「あ、お風呂沸かすの手伝って?」
 そして次のの言葉に、
 「僕が?」
 と目を見開いた。は当然でしょうと指を立てて。
 「昔と違って大層な大義名分もないし、知らない人の家だしね」
 そう、言われて。ジューダスは頷くしかなかった。
 さて、夕食が出来た頃に帰ってきたカイルは、スタンが一般人とまったく変わらないことに少々がっかりした様子だった。そしてロニはナンパが上手く行かなかったらしく、彼は彼で落ち込んでいた。アルフレッドは専ら慰めるばかりで、顔には苦笑が浮かんでいた。が尋ねると、何でもないよ、と曖昧に笑った。
 それからリリスはとても美味しいシチューを振る舞った。はしきりに美味しいと言いながらそれに口を付け、リリスを喜ばせた。素朴ながらも温かい料理に、はスタンがどれほど幸せ者だったか知った気がした。そしてそんな人達の住む世界を終わらせなかったスタンは、きっと満足しているだろうと思った。
 なんだかんだ言いつつジューダスでさえお代わりをしたシチューを食べ終え、皆はそれぞれに床についた。しかし寝具が足りないため、誰が床で寝るか決めることになった。
 「……僕は良い。慣れている」
 真っ先にそう言ったのはジューダスで、はそれに習って私も、と言おうとした。
 「は?マリアは女の子なんだから、せめてソファで寝ないと」
 しかしそれを遮ったのはアルフレッドだった。ロニも、同じ意見だと言わんばかりに大きく頷いている。カイルでさえも、にソファで寝るように促している。
 は肩をすくめながら、ジューダスに助けを求めた。
 「わ、私も慣れてますから……大丈夫です。ね、ジューダス?」
 しかし。
 「僕もマリアはソファで寝るべきだと思う」
 「じゅ、ジューダス……」
 は顔を破綻させた。あんまりな、と歪んですら居る。年頃の娘は逆の反応をするだろうに、とジューダスは笑った。
 結局は皆に丸め込まれるようにソファに押しつけられ、掛け布団を被せられる羽目になった。最後まで本当に大丈夫なのに、と文句を言っていたが、直ぐにそれもなくなり、静かな寝顔が響いた。
 「……寝たね」
 「ああ。さぁって……俺達も寝るか。カイルとジューダスもソファ使えよ」
 「珍し~……ロニが男に気遣いを見せるなんて!」
 「バーロォ、俺だって子どもにくらい優しくするっての」
 ロニは良いから寝ろよ、と声を掛け、大して文句も言わずに寝る体制に入った二人を見てから、自らも掛け布団を被って、
 「あー野郎と床にごろ寝ってのもなぁ……やっぱ抱き枕ははずせねェよな」
 「寝ろ」
 未練がましく言っている所をアルフレッドに一蹴され、沈んだ。
 ランプを消し、そうして辺りは闇に包まれる。長い夜の間、誰かが起きて話をしていたような気がするが、それはこれからのことを想像し楽しむ内容で、直ぐにまた会話は終了し、沈黙が降ってきた。
 虫の声が聞こえる。田舎の静寂だった。


 翌朝、は割合スッキリと起きる事が出来た。そしてなんだかんだ言いつつもソファで眠ってしまったことに、一人気まずそうに頬を掻いた。
 「……ま、いいかな」
 そうして気を取り直すと、少し目を擦って、外へ出た。それから剣を振って軽く体を動かすと、ふと、朝の静かな家から佇んでいる少女に声を掛けた。
 「リアラ。……起きたんだね、大丈夫?」
 「あ、マリア……」
 声を掛けられたリアラは、区分か疲労の色を残していたものの、少し微笑んだ。
 「ここは空気が良いね。……リアラは散歩に?」
 「え、ええ……」
 リアラは曖昧に笑った。はそう、と言って、先に家に入っていることを告げ、別れた。声を掛ける直前に何か考える風だったリアラを、なりに気遣ってのことだった。
 「……あれ?」
 そしてはリリスの家の前で、黒い装束を見た。ジューダスだった。
 「やはり早いんだな」
 ジューダスはに気付くと、ふと、笑った。は少々驚きつつも、笑みを返した。
 「そっちこそ。………お早う」
 「…お早う」
 そしてまた、は驚いた。彼はこのように挨拶をする人間だったか、と。の記憶には余り無いような気がして、しかも訝る彼にそのことを言おうとして、止めた。
 また、お前は僕をなんだと思っているんだ、と言う顔をされるのは目に見えていたから。
 「……今何か失礼なことを考えただろう」
 「別に……。そう言うわけじゃないよ」
 「お前は何でも顔に出るから分かる」
 ジューダスは、少し不機嫌な声でそう言った。はう、と言葉に詰まった。
 「そら見ろ」
 ジューダスは思い当たる節があるか、図星だろうと声を上げた。それには気付いて
 「あっ、引っかけ……!?」
 「……どんどんドツボにはまっていることに気付いているか?」
 ジューダスの呆れた声があがった。
 「う…私はジューダスみたいに複雑な作りで出来てないんだから、そう言うことしないでよ」
 「人は皆同じ作りだ」
 ジューダスはやれやれと溜息をつくと、入るぞ、と家の戸を開けた。
 入ると、中から既に、美味しそうな匂いが漂っていた。何も手伝いをしていないのには焦ったが、リリスは笑ってくれた。
 それからスタン並に寝起きが悪いのだというカイルを、リリスは『死者の目覚め』と呼ばれる技を持ってして、叩き起こした。フライパンとお玉を叩いて起こすのだが、なかなかの騒音に、田舎ならではの起こし方だ、とは感心してしまった。ちなみに、自称低血圧気味のアルフレッドもその時寝惚けていたため、耳を塞ぎ忘れて被害を被った。
 「あー……頭痛い……」
 「低血圧気味だと大変ですね」
 テーブルについて顔をしかめたアルフレッドに、はくすくす笑った。ジューダスはやや複雑そうにそれを見ていたが、まだ帰っていなかったリアラをカイルが連れて帰ってくると、賑やかな朝食が始まった。
 柔らかいパンに、半熟の卵焼き。ソーセージやハムと言った食材に、はやはり美味しそうに頬張った。牛乳も飲み干して、一息つく。年齢が年齢なだけに、朝食の時間は直ぐに終わってしまった。ただジューダスだけは静かに、少しゆっくりと食べていたが。
 は片づけを手伝って、掛け布団なども全て整理してからリリスに礼を言った。リリスは良いのよ、と始終笑みを絶やさなかった。
 「有り難う御座いました。本当にお世話になってしまって……」
 「ふふふ……私も楽しかったわ。やっぱり賑やかいと食事も美味しいし……また寄る機会があれば、是非寄ってね」
 「はい、……それじゃ」
 別れを告げ、村に向かって手を振った。全快ではないリアラを気遣いつつ、さて、とロニは腰に手を当てた。
 「じゃ、白雲の尾根を通ってノイシュタットまで行きますか」
 「……白雲の尾根?」
 その言葉に、とカイルが同時に首を傾げた。余りにもタイミングや傾き加減が同じだったため、リアラなどは吹き出してしまった。
 「……18年前の争乱の際に地上に降り注いだ外殻が、地形や気候を変化させてしまったんだ。だからリーネからノイシュタットまでは深い霧に包まれ、視界が利かなくなる」
 「そう言うこと。だからはぐれないようにしないと」
 説明したジューダスの言葉に添えるように、アルフレッドは笑った。
 「誰がって、一番心配なのはカイルだけどな」
 「えーっ!オレ?」
 「お前以外に誰が居る」
 言い切ったロニに、達は苦笑して、その後爆笑した。
 その前にあるのは、深い霧の迷宮。

2005/05/12 : UP

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