光の旋律

 船の上、ジューダスとロニが口論し合う出来事があったが、なんとかカイルにより仲を取り繕った二人は、依然として無口だった。
 はジューダスの様子を気にしつつ、しかし、あることに頭を悩ませていた。
 刻々とファンダリアは近づいてくる。
 アルフレッドとは顔を見合わせ、ウッドロウとの関係について、果てさて、どうしたものか、と首を傾げ合う。ノイシュタットでアルフレッドが言った様に、ウッドロウと親しそうにが話していたら、ロニは不審に思うだろう。
 王に謁見するというからには、も一応は顔を出さないといけない。アルフレッドは聞かされてこそいないが、そろそろ、が『アクアヴェイルからの使者』であるという事にも疑問が生じてくるはずだ。
 「……謁見はパスするとしても、ヴィルヘルムさんに見つかったら絶対にばれちゃいますね……」
 「……。どうするかな。取り敢えず俺達は宿舎に戻ろう。謁見はそれでパス出来るし、帰還の手続きがあるからって言えば、なんとか……」
 バレやしないかとビクつく二人は、もう一度顔を見合わせ、溜息をついた。
 後ろで殿を務めるジューダスが、二人の様子を見ていることには、気付かなかった。



Event No.39 フラッシュバック



 ハイデルベルグに入ると、二人は真っ先に、示し合わせていた通りに宿舎へ戻った。謁見の取り次ぎを急いでいたリアラには心苦しいものを感じていたが、それでもにとって、これ以上疑惑が膨らむのは避けたかった。
 余計な心配は掛けたくないと言う思いと、自分の正体を言わねばならない重圧。それがにはのしかかっていた。
 いっそ、記憶がないままの哀れな少女で居た方が、良かったのかも知れない。
 は、思った。
 「お、おかえり」
 「ただいま」
 宿舎に入って兵と会話をする。二人を迎えた兵士は
 「女の子の護衛なんて羨ましい限りだぜ」
 「よー、アル。そのポジション代われ!」
 口々にそう言う様なことを言って、笑った。
 「駄目駄目。お前らなんかにマリアを渡すなんて出来ないよ」
 アルフレッドは笑って、マリアの肩に両手を置いた。
 「なんでだよー」
 「勿体ないから」
 「アル!てめっ」
 「畜生、おれもアルみたいな顔が良かったぜ…!」
 楽しげな様子を、は黙ってみていた。少し笑みを浮かべながら、今を生きるアルフレッドを見る。思えば、が記憶を無くしてからの出来事は、こんな風ではなかった。一般の人の様に日々を生きることなど無かったし、アルフレッドの様な生活もなかった。人身売買に関わらなかっただけ運が良かった気もするが、それ以上に特殊な日々だったのだ、とは振り返る。
 そして、思う。私はあのように笑えていたか、と。日々を楽しく、満足するほどに生きていたか、と。
 「マリア!」
 アルフレッドは笑う。屈託無く、笑う。はそれに答えた。
 「なんですか?」
 「体を休めよう。疲れたろ?」
 は特に、と答えようとしたが、アルフレッドの気遣いもあって、少し、と遠慮がちに答えた。
 「俺も書類の提出とか色々あるし……これからのこととか、考えよう」
 「ひゅーっ、良いオニイサンだな、アル!マリアちゃん、アルに喰われない様に気をつけろよ!」
 「お前らと一緒にするなっての」
 アルフレッドは舌を出して、歩き出した。後ろから野次が飛んでくるが、アルフレッドの顔は至極楽しそうだった。
 幸せなんだな、とは思う。微かに、二人の男女の姿が脳裏を過ぎった。それを振り払う様にして、はその後に続く。
 微かに、痛む胸を隠して。



 ”無事で何よりです、
 声がした。夢だった。
 「あなたは、誰?」
 は、尋ねた。奇妙な浮遊感があって、はその中で、不安定に揺れている。丁度微睡みの中にいる様な、心地良い感覚だった。
 ”私はあなた…………あなたは私”
 それは18年前に、声が言った言葉だった。
 ”よもや運命があなたを巻き込むなど思いもしませんでした……”
 声は、に謝った。
 ”あなたは、還らなければ。あなたの在るべき場所へ”
 そうして、を連れて行こうとした。意識が意図的に引っ張られるのを感じ、はそれを振り払った。殆ど、反射だった。
 「嫌」
 は、力を入れた。直ぐにその流れは収まって、はまた、不安定に揺れる。
 ”……何故……今なら、まだ戻れるのですよ……?”
 「私は……私は、まだ此処にいたい。せめて彼のその時まで、一緒にいたい」
 は言った。
 ”これ以上此処で存在してしまえば、還った後も何らかの影響を受けている状態になります……。それでも、良いというのですか?”
 「……一度、死んで居るんだから……。それにこんな中途半端じゃ、絶対に戻れない」
 ”記憶は全て消去されます。と言っても……あなたの無意識という領域の奥底に、沈めるといった方が正しいでしょうか”
 「それでも、私はまだ戻りたくないよ。あなたは私なんでしょう?だったら、私のことは全部分かるはずじゃない?」
 は、微笑んだ。酷く穏やかだった。不敵でもあった。
 声は暫くの間を置いた後に
 ”分かりました”
 そう、言って。
 ”では、しばしの別れです”
 続けると、の意識は急に覚醒に向かった。引っ張られ、しかしはそれに抗わない。
 「―――――――…」
 そうしては目を覚ました。視界に入るのは宿舎の部屋。アルフレッドが他の兵士達と使っているそれだった。しかし、当の主の姿がない。は訝しんでベッドから降りた。
 ふと、窓を見ては愕然とした。
 急いで階下に降り、宿舎から飛び出す。見えるのは黒煙。場所は城。は直ぐに駆けだした。
 どよめき、不安がる人々の声が聞こえる。兵士達の叫び声が、徐々に近くなった。城の正門が見え、はそこで一度立ち止まった。
 正門は崩れ、入ろうにも入れない状態だった。大きな残骸が行く手を阻む。の中で、襲撃されたストレイライズ神殿が喚起した。
 「此処は危ない、速やかに城から離れ、待避する様に!」
 直ぐ側でそんな声がした。
 「マリア!?帰ってきてたのか!」
 「……ヴィルヘルムさん……。!アルは!?アルはどこなんですか!」
 ヴィルヘルムはの肩をしっかり掴んで落ち着かせると、襲撃の際に、直ぐに陛下の護衛をするために城の中に入って行ったそうだ、と答えた。
 「そう言えば、謁見のためにここを訪れた、四英雄の息子殿も裏口から城へ入ったとの連絡を受けたが……マリアも、危ないから早く此処から離れ……っ!?」
 ヴィルヘルムが全て言う前に、は駆け出していた。
 誰がなんの目的で?は考える。しかし分からなかった。瓦礫の上をかき分ける様に、ダリルシェイドでそうやった様には城の中に降り立った。中の状態も酷く、未だに砂埃がホールを充満していた。は細かな石が崩れる中、奥へと急ぐ。
 その前に突如、モンスターが現れた。
 「!」
 は直ぐに剣を抜き、それと対峙する。骨の戦士はかたかたと纏った鎧を鳴らしながらに斬りかかった。
 「くっ」
 思いのほか重いそれに、は呻いた。しかし直ぐにそれを払って、骨を叩く。これを狙って思い切り剣を振ると、骨は簡単に砕けてしまった。は続けざまに二度三度と剣をがむしゃらに振って骨を砕くと、直ぐに奥へと走り出した。
 モンスターとハイデルベルグ襲撃。それはグレバムの所業を思い出させるには、十分すぎる威力を持っていた。
 微かに、バルバトスと名乗った男の姿が浮かぶ。は嫌な予感がした。
 ホールを抜けて大広間に入ると、一人の男が立っていた。否、膝をついていた。男の周りには、倒された兵士達の死体が並んでいる。
 「っ……」
 微かに漂う血の臭いに、は無意識的に鼻を擦った。その眼は、必死に大広間を駆けめぐり、アルフレッドを捜している。
 「マリア!無事だったか」
 ロニの声がした。つられてみれば、膝を突いた男と対峙する形で、カイル達が立っていた。は短く頷くと、しかし急に動いた男に合わせ、剣を抜いていた。
 武闘家なのだろうか、鎧を纏わないその身体を、は肩口から腹を割いて剣を振り切った。大量の血がに降り注ぎ、は直ぐに血に染まる。カイル達の声がした様な気がするが、はそれどころではなかった。
 アルフレッドの姿を探し、その身体が床に倒れているのを見て、の肩が揺れる。
 「っマリアさん!オレ達、先にウッドロウさんの所に行ってきます!」
 「ちっ……!おい待てよカイル!!」
 カイルとロニが叫んで、足音が重なって行く。心配そうにを見ていたリアラも駆け出し、ジューダスがを見ていた。
 はよろめきながら、アルフレッドの側による。ジューダスがそれに合わせる様にして、に近寄った。
 「……ジューダス……」
 頼りなげに名を呼ばれ、ジューダスはアルフレッドの側で座り込んだを見下ろした。の呆けた顔が痛ましく、やや疎ましく感じられ、ジューダスはそれを振り払う様に一度目を閉じてから、視線を合わせる様にして膝を突いた。
 血だらけなのも気にしないの頬を、ジューダスは服の袖で強く拭った。それから、手のひらに収まるレンズを、の前に出した。
 「ノイシュタットで依頼があった時、オベロン社の工場跡で見つけた。極めて純度の高いものだ。……よく見ろ、まだ息がある……。お前には素質がある、そいつを助けてやれる」
 幼子に言い聞かせる様に、ジューダスは丁寧な動作で、の手を取って、レンズを渡し、握らせた。
 「……先に行く」
 それから、の目を一度見て、立ち上がり駆けだした。はその背中を見送って、横たわるアルフレッドの身体に目線を戻した。
 そして、レンズを握って、縋る様に身を丸めた。

 どれほど経ったろう。不安定なの意識は、レンズに引き込まれる様にして薄れていった。
 「…………ぅ」
 アルフレッドが呻いた。硬い床に横たえられていたからだが軋み、アルフレッドは腹の辺りに乗っているものを退かそうとして、目を見開いた。
 「マリア……!?」
 「……ん……」
 アルフレッドがの肩を揺すぶり、の意識が戻る。アルフレッドは血まみれのに驚いて、まだ乾ききらないそれが自分の手に着いたのを見て、勢いよく起きあがった。
 「マリア、大丈夫か!?」
 「……?」
 は顔をしかめて頭をさすった。頭痛がするのか、少し呻く。それから急にアルフレッドの身体を見た。確認する様にアルフレッドを上から下まで見て、それから、笑う。
 「……良かった……」
 アルフレッドはその微笑みを見て、口を噤んだ。しかしに外傷が見受けられない所を見ると、落ち着いた様子で辺りを見渡した。
 「……私が宿舎で起きたらアルが居なくて……それで外に出たら城から黒煙が立ち上ってました……。急いで城に向かって、ヴィルヘルムさんと会って………アルがウッドロウさんの護衛をしに走っていったって聞いて、中に入って………カイル君達が、一人の男と対峙していました。その男の人は劣勢でしたが、私に襲いかかってきたので、私がとどめを刺しました。これはその男の人の血です。それから私は倒れていたアルを見つけて……ジューダスがレンズをくれました。そのレンズで、回復を……」
 「そっか……」
 も同じように、辺りを見渡した。の意識は直ぐに戻ったらしい。城は襲撃された直後とほぼ変わらないままあった。立ちこめる砂埃の中、二人は立ち上がった。は少しよろめいたが、なんとか踏みとどまった。
 「……俺以外は全滅………かな」
 顔見知りの兵士ばかりだろう。アルフレッドは顔をしかめた。
 「何があったんですか」
 「俺もよく分からない。マリアの護衛の任務に関する書類を提出して、直ぐだった。凄く大きい震動があって、爆発音がした。見れば……モンスターが城に群がってて……慌てて陛下の所まで行かないと……そしたら、サブノックとか言う……そこの、男が居て、仲間がやられてた」
 アルフレッドは行こう、と言った。は首を傾げた。
 「……陛下の所に行かないと。弔ってやるのも全部、それが先だよ」
 「はい……」
 二人は直ぐに、奥へと歩き出した。走る気力はなかった。奥は無事の様で、まだ被害は少ない。慎重に進みながら、二人は玉座にたどり着いた。
 少し匂った。は直ぐにそれの側に駆け寄った。
 「う……マ、リア君、か……?」
 「大丈夫ですか……!?今回復するから、じっとしていて下さい!」
 はレンズを握り直した。のを、アルフレッドが制した。
 「俺がやるよ。……でも、手伝って」
 幾分か強張ったアルフレッドを見て、は頷いた。アルフレッドなりの気遣いに感謝して、その手に自分のそれを重ねる。アルフレッドが何か呟いているのが聞こえた。
 大丈夫。大丈夫。助かる。助ける。
 呟きから、光が溢れる。ウッドロウの傷は直に収まった。
 「くっ……迂闊だったな……」
 「喋らないで下さい、アル、誰か呼んできて下さい。ウッドロウさんを寝かせないと」
 「分かった」
 「待て」
 アルフレッドは今にも飛びそうな意識を奮い立たせて、歩こうとした。それをウッドロウが止める。
 「私は大丈夫だ。君達の御陰で直ぐに良くなる。それよりも……負傷者と死者を確認してくれないか。城内の損害も把握しておきたい。死者には弔いを、負傷者は早く手当をする様に……」
 「……分かりました」
 アルフレッドは黙って頭を下げた。そして今度こそ、歩き出した。
 「ウッドロウさん、大丈夫ですか?」
 「ああ……。君こそ、無事ではない様だが……」
 「私のは、怪我じゃないですから」
 は短く言って、少しだけ笑った。
 「君は命の恩人だな……。二度も助けて貰った」
 「いいえ、私こそ、その前にウッドロウさんに助けられていますから」
 は首を振った。そしてウッドロウを支えて、玉座に座らせた。ウッドロウはぐったりとふさぎ込んで、目を閉じた。
 「……何があったんですか?」
 「エルレインと呼ばれる聖女が………レンズを寄越せと……断って、……この様というわけだ……」
 ウッドロウが、苦しそうに笑った。
 「エルレインが……?」
 「そうだ……。レンズを……一所に、集めてはいけない……と、先の争乱で、学んだからな……。しかし……そうだ、カイル君達が……光に巻き込まれ、どこかに……」
 眉を寄せた二人の元に、兵士達の声が入ってくる。過ぎった悪夢が膨らむのを、感じていた。 


 その後ウッドロウと、アルフレッドはそれぞれ憔悴しきっていたため、直ぐに安静にするように、と城の客間に放り込まれた。特には獅子奮迅の活躍をしたとして、その功績をたたえられた。アルフレッドもウッドロウの救命に力を注いだとして、注目された。
 何時にも増して急展開だった、とは思った。ハイデルベルグに着いたその日にカイル達が謁見をして、城が襲撃された。そして半日経った今、はカイル達の身を案じていた。
 ウッドロウを見に行くといった彼らの姿は、そこにはなかった。ウッドロウはエルレインの仕業だろうと予測をつけたが、彼女によってカイル達がどうされてしまったのか、知る由もない。気を揉んで、は休むに休めなかった。度々ヴィルヘルムも見舞いにやってきたが、城や街の復興作業で手一杯らしく、にばかり構っていられるわけもなかった。
 は大分回復したアルフレッドと共に、城内を歩いていた。愛国心溢れるこの地の人々は、復興作業に勤しんでいた。それによって、半日にもかかわらず、城の大部分の瓦礫の撤去は終わっていた。まだ大きすぎる瓦礫は残っているが、砂や塵などはほとんど無かった。
 「……無事だと良いですね」
 二人は城近くの公園に来ていた。しっかりとマフラーを巻いて、手袋をして、周囲の人達から気を遣われつつ、手すりにもたれ掛かっていた。
 「そうだね。……。マリアは、タフだな」
 アルフレッドは苦笑した。はえ、と首を傾げた。
 「だってさ、サブノックって奴、強かったし」
 「私が来た時には……その人はとても劣勢だと言ったじゃないですか」
 「でも、その後俺を意識が飛ぶくらい回復させて、直ぐにウッドロウ陛下だろ?」
 「ウッドロウさんは、アルが回復した様なものじゃないですか」
 「マリアが居なかったら、きっと無理だったよ」
 アルフレッドは笑った。
 「俺は陛下を回復させただけで意識飛びそうになってた。……なんでも、マリアは俺よりも上だね」
 「そんなこと……」
 「あるよ。自信持ちなよ」
 アルフレッドは、穏やかだった。穏やかにそう言って、口元に微笑みを浮かべていた。
 「カイル達のことは……俺達じゃどうしようもないことだ。せめて全快して、トラブルメーカーのフォロー役を置いていくなんて大きな忘れ物してったなー位言ってやろう」
 「……っぷ……。そうですね、そうかも知れない」
 二人は笑って、城へと戻ろうと歩き始めた。
 城へ帰って、当のトラブルメーカーに出迎えられることを、この時まだ二人が知るはずもなかった。

2005/05/28 : UP

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