光の旋律
城内に戻った二人は、カイル達によって出迎えられた。驚く二人に、カイルは少しばかり疲労した色を見せたが、それでも一人増えたその人の紹介をした。
「10年後の世界まで行ってたんだ。それで……」
「なんだか良く分かんないけど、あたしもこっちに引っ張られてきちまったってわけさ。ああっと、順番が逆になったけど、あたしの名前はナナリー・フレッチ」
よろしく、とナナリーは笑った。活発そうな女性の笑みだった。
莢とアルフレッドは二人とも宜しくと会釈をして、名を名乗る。
「……ホントは凄く先を急ぎたいんだけど……」
「こっちは夜でも僕たちが居たのは真昼だったからな。気温差もある。こんな事で時差をおこしていては体調を崩すだろう。体を休めろと言うウッドロウ陛下からの言葉を受けることにした」
「そっか」
莢は少し笑うと、少しだけ精悍さを増したカイルに微笑んだ。
Event No.40 絆の兆し
半日ほど休んでいた所為か目が冴えている莢は、ジューダスの隣に腰掛けた。
客間のベッドは柔らかく、上半身をそのまま沈めてしまえば眠ってしまいそうに思えた。
「……10年後の世界って、どんな感じだった?」
莢は尋ねた。
「既に神フォルトゥナが光臨していた。今より神団の力が増していたな。僕たちが飛ばされたのはカルバレイス方面だ。僕とロニはナナリーの住んでいたホープタウンという場所の近くに。カイルとリアラはアイグレッテに飛ばされた」
ジューダスは手短に話を進めた。
「ナナリーはアイグレッテに行く用事があると言ったから、ついでにカイル達を探してくれるよう頼んでおいた。ナナリーが帰ってきてカイル達と合流すると、僕たちは10年後の世界であることの確認を行った。そして戻るべく、フォルトゥナが居るという神団の聖地、カルビオラへ向かうことになった。ただ一般人は参拝出来ないシステムらしい。僕たちはトラッシュマウンテンという毒ガスの無法地帯を抜けてカルビオラへ入った」
「………。ちょっと待って、どうしてその聖地へ?それが時間軸の移動とどんな関係があるの?」
「リアラが言ったんだ。フォルトゥナならあるいは、と。フォルトゥナは神だ。現人神と呼ばれる聖女よりも遙かに強い力を持って居るんだろう。現人神というのは神の代理人とも言われているしな」
「代理人よりも当人の方が力が強いってこと………?じゃぁエルレインが聖女だって言うのは……」
「神を光臨させるべく何らかの形で時間を移動したに違いない。奴の生まれた本来の時間は10年後なんだろう。リアラが空間移動をしているのは既に確認している。エルレインが急に神団で力を付け始めたのもそれで納得がいくだろう」
「ちょ、じゃぁ、リアラもエルレインと同じ存在って言うこと?」
「だろうな。リアラは英雄を捜していると言った。少し極端な気もするが、確かに世界を救った英雄なら人を幸せに出来るに違いない」
莢は閉口した。それほど神の光臨というものは、大事なものなのだろうか。
しかし莢は直ぐに考えてみた。もし自分が記憶を無くしたまま、一人生き残っていたならどうだろう、と。きっと何か、何でも良い。全ての責任を押しつけられる存在かもしくは、どんな方向でも良い。何かどこかへ導いてくれる存在を欲したに違いなかった。
「でもそれは、本当の幸福とは違うよ」
「そうだ。そしてそれを知らないまま世界は神を望んでいると言うことだ」
今、この世界の現状は今まさに、莢が想像を広げた通りの世界だった。何でも良いから道標が欲しい。何をすべきなのか示して欲しい。
人々は考えることに苦痛を抱き始めたのだ。何故生きているのかと。どう生きてゆけというのかと。考えても考えても希望が見つからないように思えて、そうして人々は考えるのを放棄しつつある。
「……これからどうするの」
莢は聞いた。答えを薄々感じながら、それでも。
「僕は……僕たちは本来なら此処にいない存在だ。僕はエルレインに復活させられた。摂理に反する僕たちが居る限り、この世界は歪み続ける」
「じゃぁ、……」
「……エルレインを消さないことには、歪みは元に戻らない」
「でもリアラは?……元凶って言い方するけど、フォルトゥナも最終的には消さないといけない?」
「そう言うことだ。だが…それは飽くまでも僕の意見だ。カイル達は少なからず幸福というものが何であるかを知っている。考える気力だってある。カイル達はきっと偽物の幸福には満足しない。
人間は与えられる偽物の幸福よりも残酷な真理を選ぶ。……大抵は。カイルが最終的にどう判断するかは分からないが、僕はカイルの判断に従うことにする」
ジューダスの後の言葉には、微かにリアラの今後を左右することが含まれていた。しかし二人は敢えてそれを出さなかった。世界を救った友人の、大切な息子の行方。ジューダスの現在の存在意義とは、それを見守ることでしかなかった。
「……だからリアラは……英雄を捜しているんだ。英雄は世界を救って、たくさんの人を救ったから………」
でも、それは違う、と莢は思った。
人間は人間である限り、何処かで誰かを救って同時に誰かを貶めているか、殺めているか、傷つけている。
一人を救うのに一体、何人の犠牲を払わねばならないのか。
「スタン達でさえ、救えなかった人はいるのに……。人を救うことが命を救う事なら、この世の中に英雄なんて居ないよ」
それは世界の中の、大多数の人が作った英雄譚なのだ。その英雄譚に出てくる、人間だと言うだけなのだ。
「リアラは……気付くかな」
「さぁな」
呟いた莢に、ジューダスは短く呟いた。
「そろそろ部屋に戻れ」
「……」
ジューダスの言葉に、莢は渋った。ジューダスは訝しんだ。
「私もついていくから。あなたがなんと言おうと、ついていく。此処で何時になるか分からない世界の矯正を待つなんて堪えられない。その時までみんなと一緒にいて、穏やかに消えたい」
莢は言うだけ言うと、おやすみと言って部屋を出た。ジューダスはその背中を見送る。
「お前を側に置くことがどれだけ僕を苦しませるのか分かっているのか?……それともお前さえも、僕はもっと苦しまねばならないと言いたいのか?」
背中に携えた剣が、その呟きに心配そうに、コアクリスタルを光らせた。
翌日になって城内にリアラの姿が無いことに気付いた皆は、恐らく単身エルレインの元に行ったであろうその後を追うことになった。
人を傷つけてまでレンズを回収したエルレインの行為を問いつめに行ったのかも知れない。兎に角、事は急を要した。
ウッドロウにそのことを言うと、彼は勅命状を手渡した。
「此処から南南西の方角にある地上軍跡地に、飛行艇イクシフォスラーがある。それを使ってリアラ君の後を追うと良い」
アルフレッドやヴィルヘルムに別れを言う暇もなかった。ただ少し厚めの上着を着るだけ着て、皆はハイデルベルグを飛び出した。
「空間転移を使っている可能性が高い。急ぐぞ」
視界の悪い中を突っ切りながら、皆は南南西に急いだ。
「おい!此処崖だぜ?」
およそ一日を潰して歩いたが、皆はロニの言う通り崖に直面した。莢とジューダスはその崖を見て、何でもないように顔を見合わせた。
「飛び降りるぞ」
「正気か!?」
「大丈夫、雪は深いから怪我なんてしないよ。建物二階分くらいの崖なんてどうって事無い」
平然と言い切った二人は戸惑うことなく崖から飛び降りた。ハーメンツヴァレーよりは確かに安全かも知れなかったが、後に続いたカイルを見て、ロニはナナリーをつれて飛び降りた。
「ってぇ!」
「……大丈夫かい?」
勢いよく雪の中に沈んだロニに、ナナリーは手を差し伸べた。なんとか、とロニは呟いて立ち上がった。
「急ごう。リアラが心配だよ」
カイルの声にせき立てられるように、皆は再び歩き出した。
地上軍跡地にて、皆は一夜を明かした。勅命状を見せて、現場にいた兵士達を何とか説き伏せ、休憩所の小屋を借りた。リアラの後を追おうと急くカイルを、ジューダスが宥めた。
「リアラの転移能力はそれほど高くない。フォルネウスを倒した時の彼女の言葉でそれは証明されている。加えて……あの力は気力ないしは体力を消耗する。そうそう使えるものでもない。急ぎたいのは分かるが今は休め」
ジューダスはそう言った。ナナリーと莢に布団らしい布団を譲って、仮眠とも似た眠りを得る。莢は余りよく眠ることが出来なかった。
「……ジューダス?」
布団の中から、莢は控えめに声を出した。暫くして何だ、と言う声が返ってくる。変わらない声色に、莢は布団で隠した口元に笑みを浮かべた。
「可愛い甥っ子のためなら何でもしちゃいそうだね」
「こら」
直ぐ近くで、声になる直前の、空気が揺れる音だけで会話を行う。
「……マリアンさんに……会いに、行かないの?」
莢は問うた。ジューダスは不意に神経を尖らせたように、莢を見た。闇の中でジューダスの雰囲気が鋭くなったのに、莢は気付いていた。
「……何故」
ジューダスは問い返した。
「世界でたった一人、彼の世界だった人。絶対だった人。愛して……居る、人。無事かどうか確かめたくは、ならない?」
莢はジューダスの方を見ようと身体を捻った。ジューダスは衣擦れの音を聞きながら、口を開いた。
「僕は彼女にもう何も望まないし、望めない。望むこともない。……ああ、いや、あるとすればただ一つだけ」
ジューダスの声に、感情は余りこもっていなかった。それは彼の中でマリアンという女性が過去のものとなっているということなのか。莢には分かるはずもなかった。
「彼女が生きて、何らかの危険にさらされていないならば……僕はもうそれだけで良い」
ただジューダスのこの言葉は、愛と言えた。愛を欲していた頃のリオンは愛することを知らなかった。しかし今、マリアンという女性を欲することなく、現状になにも期待しない彼の気持ちは?
「……見返りのない愛……本当の、愛……。だね」
「そんな美しいものじゃない」
莢は胸が痛んで泣きそうだった。
「僕はもう彼女の時間からはとうに消えているだろう……」
本当にそうだろうか?莢は思う。しかし幾分か寂しさを帯びたその声色に、莢は16歳ではない、18年という時を経た人間の姿を見た気がした。少年の頃の危うさが幾分か消え、精悍さが滲み出てきていることに、莢は気付いたのだ。
「……そう……。ぶり返すような事言って、ごめんね」
「構わないさ…自分で思っていた以上に、僕は過去を受け止めているらしい」
ジューダスが、少し笑った気配がした。
「……おやすみ」
莢が、目を瞑る。
「ああ、おやすみ」
その耳に、穏やかなジューダスの声が届いた。
夜が明けて直ぐに、皆は地上軍跡地を駆けめぐることとなった。イクシフォスラーの性能を考えてか、三つの封印が施されていた所為だった。
「期待は出来るね」
莢は言って、三つ目の封印を解いた。
「急ぐぞ。あの娘のことだ、無理にでも先を急ごうとしているだろう」
「運転は誰がするの?」
「僕がする。……なんだその顔は」
「いや……お前、そんなこと出来るのか?」
「馬鹿にするな。ハロルド博士は全自動で動く仕組みを作っている。目的地を設定すればそれで良いんだ」
「いや…そうじゃなくてよ、何でお前そんなこと知ってるんだよ」
「…………。文献に載っていた」
ジューダスはイクシフォスラーに乗り込みながら苦しげに呟いた。文献に載っていたのは間違いないのだろうが、大半の知識はヒューゴの研究の副産物なのだろう。
「はいはい、ちゃんと乗っておかないと舌噛みますよ。ほら、ちゃんと座って」
莢はロニがそれ以上突っ込めないようにそう言って、自分もしっかりと座り込んだ。ロニは不服そうだったか、カイルの急く気持ちが勝って、椅子に座った。
「座ったな?」
「うん」
「行くぞ!」
ジューダスが操作パネルを弄って、イクシフォスラーが大きな音を立てた。莢は微かにシャルティエの声を聞き取っていたが、思ったよりも乱暴な操作に、口を開くことも出来なかった。
「おいジューダス!もうちょっと丁寧に扱えよ!!」
「五月蝿い!舌を噛みたくなければ黙ってろ!」
イクシフォスラーの出力がいまいち上手く調節出来ないのか、大きな船体は何度か激しく揺れ動いて傾きながら、しかし相当なスピードでアイグレッテに移動していた。
「……っ!頭を抱えてろ!突っ込むぞ!!」
ジューダスの覇気を含んだ声が耳を刺し、皆が上半身を屈めて直ぐに大きな衝撃が飛行艇に襲いかかった。暫く激しい揺れが続いたが、それは思ったよりも早く終わった。
「衛兵が来るぞ!飛行艇から出ろ!」
ジューダスの声と共に、莢は足に力を入れて立ち上がった。ジューダスの前にカイルの姿が見え、莢はそれを追って外に出た。
「へっ、目には目を、ってか。案外やるじゃねェか」
「奇襲にはこれが一番だ」
皆が出た直後、衛兵の五月蝿い音が聞こえた。飛行艇が突っ込んだのは知識の塔最上階。莢は唯一の進入経路の脇に隠れた。
「侵入者発見!!直ちに排除せよ!」
「お前達、生きて帰れると思うな!!」
最早どちらが悪人なのだか分からない台詞を吐きながら、衛兵達はテラスに躍り出た。
「マリア」
ジューダスが呟いた。衛兵の背後に回った莢は、彼らが莢に気付くと同時に動いていた。
「了解」
短刀の柄で、莢は兵士達の後頭部を殴っていった。ジューダスもそれに習うように護身用の剣で衛兵達を沈めていく。カイル達を先に行かせ、二人は直ぐに全員を気絶させた。
何を言うでもなく足を運んで、カイル達の後を追う。少しばかり変わった知識の塔を駆け下り、一度入ったフィリアの寝室を抜け、大神殿の中に入る。
入ると既に、カイル達がエルレインと戦っている所だった。
「チッ…加勢する、プリズムフラッシャー!」
「っデルタレイ!!」
莢はジューダスの声で慌ててレンズを握った。見よう見まねなものの、何とかそれは形を作ってエルレインに向かっていく。近くにいたカイルはエルレインの攻撃を避けながら、確実に押していた。
「ヒール!」
ロニの声が響く。莢は一気に間合いをつめてカイルの後ろについた。そしてそこから片手剣を突き出し、エルレインの気をカイルから僅かにそらした。それを受けてカイルは下段からエルレインの斬りかかった。
「散葉塵!」
「うあぁっ!!」
剣先がエルレインの腕を掠め、エルレインが痛みに身を引いた。莢はそれをついて大きく剣を振った。息を吸い込み、剣を振り切る瞬間に止め、力を込める。確かに肉を切る感触があった。カイルは最後にもう一撃加えようとしていたが、エルレインはその射程範囲の外に出て、ふらつく身体を抱えるようにしてカイルを見た。
「なっ……!?」
エルレインが皆を睨みながら一歩退いた瞬間、足元からエルレインは光に包まれ、消えていた。
「どういう事だ!?」
ロニが慌ててエルレインの居た場所に駆け寄る。しかしどうやってもエルレインの姿など、跡形も無くなくなっていた。
「!」
莢が不意に足元を見た。微かな震動が伝わり、慌てて神殿の外に出る。その上を、飛行竜が巨大な音を立てて飛んでいった。
「逃げられたか……!追うぞ。飛行艇の方が機体は軽いはずだ」
ジューダスの言葉に、莢は頷いた。そして外に出てこない皆の様子を見に、再び神殿内に入る。
「カイル……」
リアラが、戸惑ったようにカイルを見ていた。
「カイル、私……」
「無事でよかった、リアラ」
「……え?」
目を伏せようとしていたリアラは、カイルの言葉を聞き届けて顔を上げた。
「え、何処か怪我してた?」
驚くリアラに、カイルは方向違いな質問をする。リアラはそのまま笑うこともなく、カイルを見つめた。
「どうして……私、何も言わずに一人で動いて…………」
「いいじゃないか」
許されはしないだろうと言いたそうなリアラを、ナナリーが遮った。
「仲間って、いつも一緒にいなくちゃならないのかい?」
「……そうだよなぁ、いつも一緒にいるから仲間ってのもおかしいよな」
「そう言うこと。リアラはエルレインのやり方に納得いかなかったんだろ?だから我慢出来ずに一人で此処までやってきた」
カイルは言うと、リアラに笑いかけた。
「……私……迷惑を掛けたくなくて………っ」
俯いたリアラは、手で顔を覆った。莢は息をついて、それから
「迷惑かどうかは、受け取る側が決めることだよ、リアラ」
「目的が同じなのだから迷惑になるはずもないだろう」
ジューダスが言葉を続け、カイルはリアラの肩を抱いた。
「行こう、リアラ。エルレインを止めなくちゃ」
リアラが顔を上げたのを見て、莢とジューダスは先に神殿を出た。
「ラブラブだね」
「羨ましいのか」
「さぁ。どうせ消えるなら今のうちに………とか、思わないでもないけれど」
莢はジューダスの目を見て、くすり、と笑った。その笑みの理由を、ジューダスは知らない。
神殿の中で、二人は互いの顔を見ていた。
「私……カイルに酷いことを言ってきたのに……」
「そんなこと無いよリアラ。確かに……リアラの探している英雄は俺じゃないかも知れないけど……俺はリアラの英雄になるよ。リアラだけの英雄に」
ナナリーやロニでさえも雰囲気を気にしてか、神殿から出ていた。カイルとリアラは見つめ合って、それから
「仲良くしてるってことだけが、仲間じゃないんじゃないかな。仲間だったら喧嘩もするし、気に入らない部分も見つかるし……でも、それでも一緒に居ることが出来るのが、仲間だって思うんだ。そんな部分もその人だって思えるようになったら、それは仲間なんだよ、リアラ」
「仲間……?」
「うん!リアラは凄く細くて力も弱いけど、元気もあるし、芯はしっかりしてるし……。何でも一人でやろうとする所も、リアラらしいって言えば、リアラらしいしさ」
カイルは、笑う。そして手を出した。
「ね、リアラ。行こう」
リアラは暫くその手とカイルの顔を見て
「……うん!」
手を出して、カイルのそれを握りしめた。
2005/06/26 : UP