光の旋律
大分怪我のよくなったフィリアから、カイル達はソーサラースコープを貰い受け、慌ただしく飛行艇に乗り込んだ。ソーサラースコープというのは、レンズをはめ込むことによって特殊に仕掛けられた仕組みやアイテムを探し出すことの出来る道具なのだそうだ。
(探知機かぁ……そう言えばテレビの特集で曲がった棒二本持って彷徨くやつ流行ったっけ)
莢は少しだけ懐かしむように目を細めたが、ジューダスの飛行艇発進の声を聞いて思考を戻した。
莢の感覚は間違いなく、この世界に馴染もうとしていた。それがどういう事であるか、この時莢が知るはずもなかった。
Event No.41 フェイク
神殿の中からレンズが消えたという報告があった。恐らくエルレインが飛行竜に乗せたのだろう。ウッドロウが危惧してきたように、ジューダスも莢も、レンズが一箇所に留まることの恐怖を理解しているつもりだった。
「ちっ……ギリギリで追いつけないか……!」
ジューダスは操縦席で歯がみした。操作に若干の余裕が出来てきたのか、飛行艇の中はアイグレッテへ向かった時のように激しくは揺れていなかった。
「出力は?」
莢は操縦席の側で、忙しなく操作パネルの上を行き交っているジューダスの手を見ながら尋ねた。
「これ以上は無理が出る。……飛行竜は生物だが……仕方あるまい」
「どうするの?」
「レンズの始末方法は飛行竜ごと海に沈めるしかないだろう。……これ以上距離は縮まらない。登載されている捕獲機能を使って、飛行竜に鎖の付いた矢尻を打ち込む。……少し揺れるぞ、座ってろ」
「了解」
莢は武器の確認をしながら先についた。それを確認したジューダスの手が、また忙しなくパネルの上を動いた。
「……なぁ、マリアとジューダスってどういう関係なんだ?」
「え?あ、仲間ですよ。昔、ちょっと」
「……その歳で昔って言われても、何処まで昔なんだかさっぱりだよ」
ロニの素朴な質問に莢が答えると、ナナリーが少し呆れた様子で息をついた。莢は苦笑して
「そうですね……。たくさんのことを教えて貰ったし、生活を保障してくれる手引きをしてくれたのもジューダスですし……思えばたくさんの借りがある人ですね。仲間の許容範囲を超えるくらい、恩があります」
少しぐらついた機内の中で、ロニとナナリーに聞こえるように。それで居てカイルが大きな声を上げて関心を示さない程度に莢は零した。
「長い付き合いなんだな」
「そうでもないですよ」
ロニの言葉に、莢はまた苦笑。それから不意に席を立った。二人が見ると、ジューダスが操縦席を離れる所だった。
「行きましょうか」
莢は立ち上がって、皆を促した。
「行くってもしかして……」
「飛行艇の側部から出ている鎖を伝って飛行竜に乗り込むぞ」
「正気かい!?」
「……カイル君は既にリアラを引き連れて行っちゃいましたよ?」
驚くナナリーに莢は外を指差し。つられるように視線を動かせば、既に素早く走っていくカイルと、その後をついていくリアラの姿があった。
「……カイルは兎も角……リアラ、吹き飛ばされないかい?」
「大丈夫でしょう。機体があるぶんだけ風はマシかも知れないですし……。あ、でも横風には気を付けないといけませんね」
莢は軽く流しながら、自分も飛行艇の外に出た。受ける風に目を細めたが、それでも落ち着いた動作で一歩一歩確実に進んでいく。
「……ジューダスも大概だけどよ、マリアって本気で何者なんだ?」
「そんなことはどうでも良いだろう。さっさと行くぞ」
ロニの質問を噛みしめながら、ジューダスは莢の後に続いた。
莢が何者であるのか。記憶が戻ったことを知っているジューダスにとっては、何より誰より、知りたいと思っていることだった。
飛行竜に乗り込んだ皆は、早速その深部を目指した。しかし入って直ぐの転移装置を使って内部に入ると、そこには何もなく、ただ生物である飛行竜の体内には不釣り合いな、無機質な壁が存在するだけだった。
「どうやら生物的な制御装置が作動しているらしいな」
「……生物的な?」
飛行竜の中を見渡して零したジューダスに、莢は首を傾げた。
「飛行竜は生物だからな。本能的に身を守る術を持っている。……この場合は誰かが人為的に作動させたんだろうが……。人間の防衛反応に当たるのがその制御装置だ」
「解除方法は?」
「制御装置がその辺に複数あるはずだ。それを解除すればいい」
「じゃ、タイムコスト削減で二人ずつに別れよう」
莢は言うと、リアラとジューダス、ナナリーと莢、カイルとロニで組み分けしようと提案した。
「……何でこういう組み合わせ」
「カイル君は突っ込み癖があるので回復役が居ないと成り立ちません。リアラでも構いませんが、まだ女の子をリード出来ないでしょう。そう言うわけでロニさんとカイル君ペアです。リアラとジューダスペアなら前衛後衛のバランスが良いですし、ジューダスは思慮に長けていますのでそれほど危険もないでしょう。同じ理由でナナリーさんと私です」
「へいへい……」
「返事は一度で良い。制御装置に近づけば恐らく衛兵ロボットが出てくるだろうから、油断するなよ」
「へーい」
「のばすな」
ロニとジューダスの言葉に莢は18年前のアクアヴェイルを思い出したが、それは表情には出さないで、そっとしまう。それから六人は三組に分かれて散った。
ナナリーと莢は二人並んで歩く。丁度二人の担当は飛行竜の消化液の中だった。下の方に消化液が嫌な煙を上げている。その上を、申し訳程度に足場が掲げられていた。それも消化液の所為だろうか、随分頼りなく見えた。
「……変な匂いしますね」
「生き物だからね。……落ちたら出来るだけ早く上がらないとね」
うわぁ、と顔をしかめた莢に、ナナリーは苦笑してから顔を引き締めた。
「あたしからいくよ」
「分かりました。お願いします」
「……そうだ、」
「はい?」
ナナリーが不意に莢を見た。
「敬語と敬称、なんだか慣れなくてさ。取っ払っちゃって良いよ」
「え?でも」
「いいんだよ。何か、こう、さ。身体がこそばゆいって言うか」
もどかしそうに身をよじる仕草をしたナナリーに、莢は一度笑った。それから頷いて。
「分かった、ナナリー」
「よしっ、良い子だねマリア」
莢の言葉にナナリーは納得がいったようにうんうん頷いて。
「じゃ、早いとこ済ませちまおうか」
「うん」
二人で、消化液の上を歩き出した。
二人の感覚が優れている所為なのだろうか。脆い足場は滑って歩き辛かったが、ナナリーの助けもあって、莢は無事に消化液の中に飛び込むことなく細い足場を渡り終えた。
「……生きた心地しなかったね」
「その分あたし達は生きてる心地も感じられるんだから、儲けものだよ」
ナナリーは一つウインクをして、奥の部屋に入った。莢もそれもそうだね、とその後に続いた。
奥の部屋はこぢんまりとした佇まいで二人を包んだ。淡い光を受けて、ナナリーは辺りを見渡した。首を傾げ、唸り声を上げ、ナナリーは莢を見た。
「……一体何処にそんな装置があるって言うのかねぇ」
お手上げだとばかりに肩をすくめ、マリアは何か見つけたかい?と尋ねた。莢はそれを受けてから辺りを見て、ふと部屋の、扉の真正面の壁を見た。歩み寄って、他よりも幾分か明るさを増したその場所を見つめる。
「……そこがどうかした?」
「…………。此処じゃないかな、この、小さいボタンみたいなの」
莢は後ろに立っていたナナリーを振り返った。ナナリーはどれどれと莢の肩口からそれをのぞき込む。
「…見たところオブジェに見えなくもないけど……」
「取り敢えず押してみるね」
莢は言うと、それに触れた。すると突如警報装置が鳴り始め、身構えた二人の背後から、機会特有の音がした。
見るとそれはジューダスが少し言っていたようなロボットで、明らかに二人を敵と見なしていた。
「ナナリー、昌術お願い!」
「はいよ!っ…シャドウエッジ!」
ナナリーの溜めた気と共に、莢は足に力を入れた。そして衛兵ロボットの一体にナナリーの昌術が当たるやいなや、鞘に入れた剣をそのまま、機械に叩き降ろした。
精密機械の細部が壊れる音がして、ついでロボットがショートしたような音が聞こえた。莢は今度は力一杯剣を横に振って、ロボットを飛行竜内の硬い壁に打ち付けた。機械は様々な場所を点滅させながら、奇怪な音を立てて軋んだ。莢はそれを確認して、やはり同じように身体を反転させながら剣を横に振った。
確かに捕らえたそれは、まるでドミノ倒しの様に次の機体に当たり、軋んだ音を立てた。
「バーンストライク!」
そこにさらにナナリーの唱えた昌術が入り、機械は煙を上げながら停止した。莢は念には念をと言わんばかりに剣で衛兵ロボットを全て叩き壊した。
ロボットが壊れ奇怪な音を立てているのを除けば、静かになった部屋。莢はもう一度制御装置に手を伸ばし、今度こそ作動させた。何処かで、大きな音がするのが聞こえた。
「これで良いと思うよ」
莢は言うと、急いで戻ろうとナナリーに呼び掛けた。帰りは嫌悪感と嘔吐感を堪えて消化液の中に飛び込み、素早く入り口脇にあったはしごを駆け上って無事、生還を果たす。
見ると、すでにジューダスとリアラが戻って来ていた。
「さっき悲鳴が聞こえたが……何かあったのか?」
ジューダスは眉を寄せ、リアラは心配そうに二人を見やる。莢とナナリーは顔を見合わせてから
「消化液に入ってた時に、あまりに気持ち悪かったから」
「多分それだろうね」
言って、足を見せた。
「……大丈夫なの?痛くない?」
問うリアラ。二人の足は消化液が跳ね、所々繊維が崩れてしまっていた。
「大丈夫。………服が少しどろどろしてるけど」
莢は笑顔を見せてから、思い切り嫌そうな顔をして見せた。それにリアラは笑みを零したが、ジューダスは不意に顔を背けた。
微かにその口元がつり上がったのを莢は見ていたが、自分も笑みを浮かべるだけにとどめておいた。
それから暫くして、中途半端に崩れていた壁が全て取り払われた。四人はロニとカイルが合流するのを待って、皆揃ってから壁の向こうに足を踏み入れた。
しんと、静まりかえっては居なかった。莢が何度か体験しているような、ファンダリアの、あの五月蝿いほどの静けさ。あれまでには到底及ぶはずもない。
飛行竜が飛ぶ音と、微かに、機械が作動している音が聞こえていた。
「……レンズは……?聖女は?」
莢が呟いた。呟きながら、操縦室へ足を向ける。そこに書かれている文字達は莢の居た国で使われていたものとは違ったが、その世界の、別の国が使っていたものだった。
操縦室に人がいない。
「……?オートマ?」
莢は呟いた。その側で同じように操作パネルを見ていたジューダスは不思議そうな顔をしたが、莢が視線を落としていた先を見て、少々絶句した気配が見えた。
「……自動操縦だな」
「場所は……えっと……か、かるびおれ……?」
「カルビオラだ」
莢が拙い様子で読み上げるのを見て溜息をつき、ジューダスが訂正した。
「どうやら僕たちはまんまとしてやられたらしい。……此処にこのまま立っていたら全員死ぬぞ」
「ええっ!」
ジューダスの言葉にカイルは驚いたように声を上げた。
「燃料がそう残ってない。カルビオラへつく前に飛行竜は墜落する」
「お、おいおいっ!そんな悠長に言ってんじゃねぇぞ!!」
焦るロニに対して、ジューダスは今から脱出すればまだ間に合うと言おうとした。しかし
「役者は揃っているようだな」
イレギュラーな声が響いた。皆が一斉に声の所在を確かめようと首を振ると、そこには老人ともつかない者が一人。
「エルレイン様の崇高な使命を邪魔する者は何人たりとも許しはしない」
それはそう言うと、ふと、消えた。奇妙な沈黙が振って、莢は何故か嫌な予感を覚えた。
「―――――っ!逃げて!!」
莢は膨れあがったその気配に、声を上げた。消えたあの者の代わりに、モンスターの大きな巨体が現れようとしていた。
皆は一斉に出口に向かって掛けだした。エントランスホールを抜けると、先頭を切っていたジューダスが立ち止まった。
「チッ……転移装置が……」
侵入の際に使った転移装置には酷いひびが入り、使い物にならなくなっていた。
「どうすんだよっ!もうすぐそこまで来てるぜ!?」
「慌てるな!……リアラ、さっき僕たちが制御装置を壊しに行った時に、もう一つ扉があったのを覚えているか?」
「え、ええ…」
「それが非常口だ。先に行け、僕は奴の足止めをする」
ジューダスは手短にそう言うと、リアラとナナリー、カイルとロニを押し込むように、転移装置脇のはしごに突っ込んだ。
ロニの奇声が聞こえたが、ジューダスは剣を抜き構えを作る体制に入っていた。先にモンスターの動きを止めようとしていた莢の脇をすり抜け、それはジューダスに向かって牙を出した。
「ジューダス!」
「ああ……月閃光!」
ジューダスをかみ砕かんと突っ込んできたキメラの様なモンスターを見据え、ジューダスは剣を振る。一瞬モンスターの動きが鈍り、その隙に莢とジューダスははしごを滑り降りた。
「こっちだ」
「ん」
致命傷は与えていないが、最早追ってくることは不可能だろうと思いながら、二人は倉庫だったのだろう、そのごたごたとした部屋を抜けるべく足を動かす。
しかし二人は部屋に入って直ぐに大きな揺れに襲われた。同じ室内で、先に行った四人の声もした。
同時に耳障りの良くない、旋律すら覚えるほどのモンスターの雄叫びが聞こえた。次にまた、大きな揺れが来る。先ほどのジューダスの攻撃で、モンスターが痛みに暴れてしまっているのだ。
「…ぁ…!?ッ、マリア」
ジューダスが思わず莢の名を口走りそうになり、何とか偽名を呼んだ瞬間だった。一瞬収まった揺れで力が抜けた莢は、直ぐにやってきた揺れに対応出来ずに吹っ飛ばされた。大きな積み荷である木箱が莢の後を追うように部屋の中を転げ落ち、ジューダスの顔から幾分か血の気がなくなる。
「くそっ……!」
しかしジューダスは直ぐに不安定な揺れが続くにも関わらず、莢が飛ばされた方向へ身を躍らせた。
「……ぅ……」
一方不意をつかれまともに受け身すら取れなかった莢は、強かに背を打ち付け、吐きそうになるのを堪えていた。
「大丈夫か?」
「…」
息をするにも辛いのか、莢は顔を歪めて、ジューダスの顔を見上げることもしなかった。
『まずいですね…』
ジューダスの背からシャルティエの焦った声が聞こえる。ジューダスは時間がもう残ってないことを悟ると、莢の身体を無理矢理に引き上げて、その腕を自らの方に回した。
「歩けるな?」
揺れは酷かった。何とか莢は頷いて足を動かした。
「ジューダス!」
部屋の壁伝いに歩いていると、前からロニの声が響いた。
「……マリアを担いでくれ。さっきの揺れで酷く身体を叩きつけられたらしい」
「分かった」
ロニは頷いて、軽々と莢の身体を持ち上げた。ジューダスは目を細めたが
「早く行くぞ。飛行竜自体がもう悲鳴を上げている……此処ももう持たない」
言うと、ロニに抱かれた莢を一瞥して駆けだした。ナナリーはその動作を見ていたが、深く考えている暇はなかった。
リアラとカイルが先導する通りに足を必死で動かし、飛行竜の中をかけずり回る。揺れは先ほどよりかは幾分か穏やかになったが、時間がないことに代わりはなかった。
「よしっ、みんな、外に出たよ!」
「おっしゃ!でかしたカイル!」
「そのまま飛行艇に乗り込め!!」
考えるよりも先に体を動かすしかなかった。慌てながらも慎重に、飛行艇から繋げた鎖を渡り終えると、ジューダスは操縦席に素早く身を沈め、接合部分を切り離して脱出を図った。
飛行竜から離れ、その飛行竜が海へと沈んでいく。
「やったぁ!」
「……でも、可哀想なことしたね」
複雑そうにナナリーがそれを見る中、何か一つの区切りがついたように思えた。
「そういやマリア、大丈夫か?」
ロニはふと莢の存在を思いだし、ヒールをかけてやりながらその容態を見た。莢は幾分かまだ気分が悪いようだったが、それでも何とか、と言葉を吐き出した。
「……!まずい!!」
緊張がほぐれかけた瞬間だった。ジューダスが目を見開く。皆が弾かれたようにジューダスを見て、それから下に広がる海を見た。
「な……爆発!?」
「思ったより燃料が残ってたらしいな……!」
「おい、俺達もこのままだと巻き込まれちまうぜ!」
「分かってる!!これが最大出力だ!」
「逃げ切れないよ!」
カイルが悲鳴を上げた。爆発は広がり、その爆炎は飛行艇にまで達しようとしていた。
「くそっ!」
ジューダスの歯噛みが聞こえ、瞬間、爆発が酷くなった。
「く、うわぁあああああ!!!!!!!!」
飛行艇の中で上がった悲鳴は、そのまま爆炎に飲まれた。
水音がした。規則正しい音だった。
ぴちゃ、とそれは直ぐ近くで聞こえた。
「……ん…」
莢は、目を開けた。身体が酷く重く感じられ、目を開けるのも億劫だった。それでも咳き込みながら、やっとの思いで身を起こす。
そこは、洞窟だった。首を振れば見知った顔が倒れている。
「……」
莢は暫く呆けたように上半身だけ起こしていた。洞窟の中の水滴が莢の頭に当たる。
「……つめた」
掠れた声で思わず呟けば、視界の端で黒い固まりが動いた気がした。
「ジューダス?」
言ってから、少年の頭部に白い骨が見えない。莢は慌てて近くを見渡し、ジューダスが仮面と呼ぶそれに手をかけた。
「……ぅ…、お前、大丈夫か?」
「生きてはいるよ。……はい、これ」
「……有り難う」
ジューダスからの礼に莢は驚きつつ、仮面を手渡す。仮面を被るその動作を見ながら、莢はもう一度冷たい洞窟の地面に顔を寄せた。
「怠いのか?」
「ん……」
横になることで幾分か軽くなった気怠さ。ジューダスは莢の側によると、鬱陶しげにその顔に降りかかっている髪を払った。莢はそんな気力もないのか、抵抗も何もせず、薄く目を閉じる。
「ってぇ~…」
ロニの声だった。思うより響く。目を閉じたままの莢から視線を外し、ジューダスはロニを見た。
「……無事のようだな」
呼吸の旅に微かに動く体を一瞥して、ジューダスは息をついた。それと殆ど同時に、カイルが頭を振って起きあがった。続いてリアラ、ナナリーも何とか意識を浮上させた。
「………此処は一体?」
ナナリーが呟いた。無理もない。空で爆炎に飲まれたかと思い、意識が戻れば見知らぬ洞窟の中なのだから。皆は互いに顔を見合って、少し不安そうな沈黙を背負った。
「兎に角此処と出てみないことには、何も分かりそうにないな」
ジューダスは言う。
「……カイル、外の様子を見てきてくれ。マリアがまだ暫く動けそうにない」
「分かった!」
元気よく頷いたカイルは、そのまま外へ。一方強かに打ち付けた背中が余程辛いのか、莢は一度むせたように咳き込んだ。
「……っ、げほっ……かっ……けほっ」
楽なようにとジューダスがその上半身を起こしてやると、莢は口元に手を当て、暫く浅い咳を繰り返した。そしてその手が口を離れる。
「!おい、血が出てるじゃねェか。内臓かどっかやられちまってんのか?」
ロニの声が響いて、莢は僅かに首を振った。
「そんな酷いものでもないみたいです……。ただ……一寸身体が痛いくらいで」
「一寸どころで済む痛みじゃないだろう。まったく……」
「う……」
莢は苦々しげに眉をひそめた。それを見かねて、リアラが昌術で回復処置を施す。外傷という外傷は見受けられなかったため、莢の気分は幾分か和らいだ気がした。
「有り難う、リアラ」
「ううん……。それより、カイル、遅くないかしら?」
「そういえば……まぁたあいつ、どっか突っ走ってんじゃねぇだろうな?」
「なきにしもあらずだな。……僕たちも出よう」
ジューダスの言葉に頷いて、莢も立ち上がる。洞窟から出ようとすると、暗い中にいた所為だろうか、日差しが強く感じられ、皆は目を細めた。
「……?」
不意にそれぞれの顔色が変わって行く。中でも一番酷かったのはジューダスではなかっただろうか。
「あれは……」
誰が呟いたのか。洞窟を出て岩場を登った先にいるカイルの後ろ。彼も同じようにしてそれを見つめていた。
「ダイクロフト……?」
日差しを遮るように、空に浮かぶそれは間違いなく、18年前の、天地戦争時代の代物。
2005/07/04 : UP