光の旋律

 空に浮いているのは間違うはずもない、ダイクロフト。
 その昔、時は天地戦争時代にまでさかのぼる事になる。18年前にも打ち上げられてしまった禁忌の破壊兵器が、何故、今?
「……ぁ、」
 声が漏れた。ダイクロフトが、その下に鋭く地上へ向けて伸びた切っ先にエネルギーを集め始めた。
 ジューダスの顔が戦慄し強張った。逃げ場が、ない。
「……来るぞ……」
 ただ、言う事はそれしかなかった。未だ記憶に新しい18年前の惨劇が脳裏を過ぎり、皆は助かるわけもないのを知りつつ、目を伏せ、顔を背けた。
 切っ先に集まった白い光が膨らんでゆく。だけはそれを見つめていた。
 青い青い空の下。平和を語ったような風景の中で、それは光を放った。光は、穏やかに移動し、皆の遙か上で飛散した。何処までも穏やかだった。
 三つに分けられ飛んでいった先を追うと、見える何か。は目を細めた。
 光を受け、それが光る。ドームだった。その中に、何かが見える。
「……そんな馬鹿な……あれはダイクロフトじゃないのか……?」
 顔を強張らせ固まったままだったジューダスが、呟いた。途方に暮れるように、を見た。
「……ジューダス」
 は過去を思いだしたジューダスを見て、首を振った。そうするしかなかった。
「兎に角、あそこまで行ってみよう?あんな場所、見た事ない」
「ああ……」
 ジューダスが頭を振って頷いた。は皆に顔を上げるように言う。それから背を押した。
 気づかなかったが、洞窟から出た先にある川のその向こうに、ドーム状のレンズのようなものが光っているのが見えていた。丁度洞窟から南西の方角に当たる。光の反射で見え辛かったが、中に何か建造物があるのが伺える。それが怪しいものでないようにと願いつつ、歩を進めた。
 川は深くもなく、服をたくし上げて水を蹴る。川の流れは穏やかだった。
「……」
 ドームの形状がハッキリと浮かんでくるにつれ、は目を細めるようになった。中の様子がよく伺え、どうやら人の住んでいるような気配がした。
 高く昇っている太陽が沈んでしまう前に、皆はドームへたどり着く事が出来た。ドームのもっと内側に、街のようなものがある。
「行ってみよう」
 カイルが、リアラの手を引いた。



Event No.42 舞い上がる言の葉は



 ドームの中を行くと、街に入った。人々は平穏そうな穏やかな顔で、行き交っている。ただ、少し違和を覚えた。
「……レンズ……。頭に、レンズがある……」
 生まれついたものではないだろう。人々の頭には多種多様な形と大きさをしたレンズがはめ込まれていた。大人も子どもも、老人も皆関係なく。
「おや……君達は見かけない顔だが……レンズはどうしたのかね?」
「え?」
 皆が驚いた様子で立ち止まっていると、いかにも親切そうな顔をした男性が皆に話し掛けた。
「それなんですが……どうやら記憶がないようで困って居るんです。少し、話を伺ってもよろしいでしょうか?」
 どう答えたものかと返答に詰まった瞬間、後ろから声が飛んだ。
「ジューダス?」
 訝るを抑えるような仕草をして、ジューダスが目で訴える。
 振りを通せ、と。
「気が付けばここの外で……兎に角誰か居ないかと、僕たち急いでここまでやってきたんです」
 その言葉に、まぁ嘘でもないしなぁとは頷いた。男性はそうか、と哀れんだ目をした。
「それは可哀想に……この街は蒼天都市、ヴァンジェロと言います。この通り、レンズを額に付けて生活をしているのですよ。空に浮かぶダイクロフトをご覧になったでしょうか?あれから発せられるエネルギーを貰って、私達は生きているのです。このドームの中には清浄な空気があり、モンスターも居ませんし、皆幸せに暮らしているのです」
 男性は言うと、ゆっくり見て回って下さいと言って去っていこうとした。は慌ててそれを引き留めて、
「すみません、この街には療養施設と言うものがありますか?」
「ええ、勿論です。……ああ、皆さんは倒れていらっしゃったのでしたね。気が付かなくて済みません。回復施設は、この奥に見える扉があるでしょう?あそこの中です」
「有り難う御座います」
「いいえ、何かと大変かと思いますがゆっくり療養なさって下さい」
「はい」
 は頭を下げて、今度こそ男性を送り出した。そして振り返ると、
「ごめんなさい、ちょっと行ってきて良いですか?」
「ああ、それなら俺も行くぜ。飛行竜で酷い目にあったしな」
 ロニが疲れ切った声色で答えた。それに賛同するように皆が頷く。カイルも少しほっとした顔をした。元気どころのカイルもやはり、飛行竜は辛かったのだろう。緊張の連続だったのだ、無理もない。
 皆は男性の教えられた通り扉を開けて中へ入った。中には誰もおらず、ぽっかりと開けた空間があるだけだった。
「?何にもねえよな……?」
「多分これですよ」
 ロニが首を傾げた後、が声を上げた。
「?」
「この下と上に同じ部品が使ってあるでしょう。部屋を見てもここくらいしかめぼしいものがないので、多分これだと思います」
「いや、思いますって言われてもなぁ……。別に仕掛けみたいなのも見あたらねえし」
 ロニが顎に手を当てて考えているのを余所に、は部屋の床とやや色が違う、円形のそこへ立った。すると上から光のようなものが溢れ、は目を見開いた。
 痺れるような痛みが引いてゆき、体のだるさが徐々に回復へと向かうのが分かる。気分が悪いのでさえも、どこかへ行ってしまった。
 光が引いていくのを感じながら、は驚きながら軽く体を動かした。
「……痛くない。痛みが引いてる……。やっぱりこれみたいですよ?」
 昌術の一種だろうか、驚きから呆けているを置いて、皆は順番に円形部へ立った。それぞれ光に包まれ、体を癒す。まるでよく眠った後に目覚めのよい朝を迎えたかのような感覚だった。
「へぇ、良いじゃないか。これでいざってときも動けるしね」
 ナナリーが感心しながら笑みを浮かべた。
「よし!じゃぁちょっと街を歩いてみようよ」
「そうだな。情報収集しながら、ちょっとゆっくりしてみるか」
「賛成!」
 少しばかり明るくなった声に、は口元を緩めた。ジューダスが回復するのを待って、一度街中に出る。食料などは別の部屋に販売ロボットが設置されていたのでそれを使った。
 案外狭いと思った街は、実は上に続いていた。転移装置なるものを使って移動し、街並みを見る。二階には特筆すべき施設がなかったので、直ぐに移動して、同じフロア内の噴水の前まで歩いた。噴水が作る音とその場の雰囲気に気を緩め、皆は一息ついた。
 少しばかり他愛のない話をする皆のはずれで、はジューダスに耳打った。
「……どういう事だと思う?」
「どうもこうも……余り考えたくはないが」
 ジューダスは大体予想はつくと言いたそうに答えてから、リアラを呼んだ。
「ここは現代なのか?」
 そして、問う。リアラは視線をただして頷いた。
「間違いないわ。私一人で……飛行竜の中にあったレンズを使ったとしても、時代を超えるなんてことは出来ないもの。せいぜい空間が良いところ……。だからここは現代のどこかのはずよ」
「その何処か、が問題だな……。空に浮かぶダイクロフトにドーム状の都市、額のレンズ……現代と言うにはかけ離れている」
「……」
 リアラが、応える事が出来ずやや俯いた。彼女自身もそれが引っかかっているようだった。
「まだ把握しきれないな……。もっと情報が居るか……」
「でも、此処の人たち、私達を見て凄い敬遠してたよ?」
「レンズがないからだろうな。最初の男の口ぶりから見ると、ここから出た事などないんだろう……」
「……情報を探すならここを出ないとね」
「だが無闇に歩くのは非効率だ。危険も伴う……。誰かに聞いてみるか」
「……」
「どうした」
 殆どとジューダスだけで会話が進められていたが、がふと考えるように黙り込んだ。それから、恐る恐るジューダスを見る。
「……。さっきここへ来る途中にダイクロフトから光が出たよね?あの光、途中で三つに分散したのを覚えてる?」
「ああ。……そうか、だとすれば……」
「うん。あの光が分散したうち、一つはここのドームへたどり着いた。……ってことは、後二つくらいは、ここと似たような施設があるかも知れない」
 が提案して、ジューダスが頷いた。
「まだ何も分からない以上、ここは現代ではないと言う認識を持っていた方がまだ動きやすそうだ」
「うん。……えっと、ここが現代のどの辺かはよく分からないけど、あの洞窟から見て光は右と左、それと奥の方に飛んでいった。左に飛んだ光はここに。奥に飛んでいった方角には雪山が見えたんだけど……あそこは現代で言うならファンダリアなんじゃないかな」
「おいマリア、でもここは現代じゃないって考えた方が良いんだろ?」
「地形なんて余程の事がないと変わりません。ここが私達が飛行竜の爆発に巻き込まれるまで居た惑星なら。おまけに暦的にはほぼ間違いなく現代なんでしょう?」
「現代って言うのは、確かよ」
 の言葉に、リアラが咄嗟に頷いた。も頷き返し、そしてカイルを見た。
「さて、カイル君。私はファンダリアの方へ行くにはここからだと山越えしなくちゃいけなくて大分キツイから、右へ向かった光を追うのを提案するけど、どうかな」
 若干笑みを浮かべながら、はカイルに判断を促した。カイルはううーんと唸るように首を捻って、それから
「うん!兎に角動かなくちゃ何も分からないままなんだし、それで行こう!」
「……なんかお前、美味しいトコだけ持っていってねえか?」
「当たり前ですよ。リアラの英雄さんですし」
 がくすりと笑って、ロニが渋面を持ち直した。
「よっし、じゃぁ早速行くか。まだ当分日も暮れねえだろうし」
「はいよ」
 足を休めていたナナリーが立ち上がり、カイル、リアラも腰を上げた。も座っていた噴水から退いて、歩き出した。
 ドームの上には晴れた空が広がっている。謎のダイクロフトと共に。


 明るいうちにヴァンジェロを出たものの、歩くだけでその日は終わろうとしていた。が確認した方角は、もしもここを現代と同じ大陸だとすると、とうに潰れてしまっているハーメンツの村――18年後の世界ではチェルシーが住んでいた小屋があった辺りになる。もう一つの方角であるファンダリア地方に関しては、少し雪山までの距離が遠い気がしたが、はひとまず西の方角を見た。既に太陽は山間へ沈み、辺りは暗い。
 野宿するには危険が大きすぎるため、皆は何か良い場所はないか散策しながら、昼とは格段に落ちてしまったスピードで前へ進んでいた。ヴァンジェロから直接西へ行くには海がそれを阻んで無理があったため、皆は洞窟から左手に見えた雪山付近を経由していたのも、なかなか進めない原因の一つではあった。
 慣れない土地で四苦八苦しながら、なんとかヴァンジェロを東に、光が飛んでいった方角を西に出来る地点までたどり着いた。その近くに空中都市の残骸があったため、皆はそこに身を寄せる事にし、交代で見張り番をしながら眠ることにした。火があれば何とか動物たちが襲ってくる事はないだろうと、一度森の中に入って燃えそうな枝を集める。モンスターの元が動物だという事で、恐らくモンスターも寄っては来ないだろうと出来るだけ炎を大きくした。
 ナナリーが慣れた手つきで動物を狩り、それをさばいて夕食を作る。旅にトラブルは付き物なので、ヴァンジェロで補充したグミなどは出来るだけ使わないようにした。
 夕食全般がナナリーによって任され、その料理に舌鼓を打つ。食事の時間は直ぐに終わり、明日の朝出来るだけ早く発つ事を決めて皆は身を横たえた。
 交代制という割には、ジューダスが寝ずの番をすると言い張って聞かなかったため、皆が皆見張りを交うわけではなかった。はジューダスの脇に座りながら、火の番をする。炎が爆ぜる音がして、同時に遠くで鳥が鳴く声が聞こえた。
「……お前も寝ておけ」
「大丈夫。起きてるよ」
 ジューダスが視線を走らせながら言うも、は少しだけ笑みを浮かべて、目を閉じた。膝を抱えて、右手で木の棒を持ち、焚き火を突く。
 その様子を見ながら、ジューダスは無言で目線を焚き火に向けた。
 暫く無言で、けれど、無音ではない状態が続いた。その状態の中で、ジューダスが息を吸う音が混じった。それが止まって、
「ずっと」
 そう切り出した。
「言いたくて、言えなかった言葉がある。言わなくても良いと思っていた。しかし……」
 ジューダスはそこで言い淀んで、言うべきか言わないべきか迷うように視線を揺るがせた。は、黙って耳を傾ける。また、火の粉が音を立てて飛んだ。
「僕は……人と話すのが下手だと思っている。だから、伝わらないかも知れない」
 ジューダスの声は穏やかだった。弾んでさえ、居るように聞こえた。少なくともには。
「有り難う。それを、ずっと言いたかった。お前が僕に掛けてくれた言葉は、ずっと僕を肯定してくれた。肯定してくれたのは、お前で二人目になる」
 その目が酷く優しいのを、は見た。そして、問うてみた。
「……一人目は?」
 意地悪く響いたが、ジューダスは答えた。
「剣の師だ。もういない」
「……そう」
 何処までも穏やかなジューダスの声に、は微睡みを覚えた。弱ってきた火の中に細い枝を折って、放り込んでやる。枝を食べた火が、少しだけ大きくなった。
「……案外、自分の存在を肯定してくれる人間って、居ないんだよね。言葉に出さないだけかも知れないけど、実際に言葉にするとなると、どうしても薄いものになってしまったり、必要ないように思えるから。……あなたを肯定したのは、私だけじゃないよ?みんな、だよ」
 は言いながら、折った膝の上に顎をのせた。
「世界はあなたにとって辛いものだったかも知れない。でも、私達がちょっとだけ、世界は優しいものだって気づかせてあげられた、って、取っても良いかな」
「……好きにしろ」
 言葉はそれでも、ジューダスの目は穏やかだった。
「ずっと、あなたに私の言葉は響かないものだと思ってた。私では、あなたの心の中に、言葉を注ぐ事は出来ないと思ってた」
 はふふ、と笑った。
「……」
 ジューダスはそれを黙って聞いていた。けれど、心中では首を振っていた。あの時は気づかなかったけれど、今振り返れば充分響いていたのだと。
「私達、どうなっちゃうのかな」
「さあな……。案外、普通に転生しているかも知れないな」
 何処か楽しげに、それは響いた。はその言葉に目を細めた。膝の上に置いた顎。口元は、ジューダスからは見えなかった。
「良いね、それ。どうせならスタン達の子どもが良いな」
「あいつの?」
「うん。あなたもそうだと良いのに。毎日、きっと楽しいよ。きっと今よりも、世界が優しく見えるよ」
 が笑って、しかしその顔がジューダスに向けられる事はなかった。
 はもっと枝を取りに行ってくると立ち上がって、しかしそれはジューダスによって止められた。
「僕が行ってくる。……年頃の娘ならもう少し自重しろ。今が何時か分かってるのか?」
 呆れ調でそう言われ、浹は唇を尖らせたが、18年前にあったかどうか分からない気遣いの言葉に頷いて、再び腰を下ろした。口元はだらしなく緩んでいたが、ジューダスに見えるはずもなかった。
 ジューダスはを置いて一人、外へ出た。少し肌寒く、マントで体を包む。虫や鳥の音が酷く耳についた。歩き出しながら深く息を吐き、少し冷たい空気をめいっぱい吸い込んで、また、それを吐く。
『慣れないコトするからですよ』
「うるさい」
 一気に顔が熱くなるのを感じながら、ジューダスは声を振り払うように歩く。しかし背中からの楽しげな声は止まる事を知らない。
『まぁ正直、坊っちゃんが敢えて口にするとは思いませんでしたけど』
「僕だってそう思った。……でも、僕だけが言葉を貰ってばかりだと気づいたからには、そう言うわけには行かないだろうと思ってな」
『18年前からに尽くされまくってますしね。まぁ言った後で照れるようではまだまだですよ?』
「……分かってる。僕だって少しは成長してるつもりだ。……少しは」
 ジューダスは自信がないように付け足して、森の中へと入ってゆく。
 少しどころか、飛躍的に成長してるのにはまだ気づいてないんだなぁ、と言う、シャルティエの苦笑には微塵も気づかずに。


 それから何事もなく夜は過ぎた。ジューダスが戻って来てからは途中で仮眠を取って、早朝に目を覚ました。軽く体を動かして、ジューダスが消した焚き火の後を潰した。
「よし……。じゃぁ、行きましょうか!」
「?元気だねぇ、マリア」
「うん」
 嬉しそうな顔で笑うを余所に、カイル達は既に先を歩いていた。ジューダスが溜息をつくのを横目に、は上機嫌でその後を追う。
「何があったんだか……なあ?」
「ねえ?」
「……何故そこで僕を見る」
 目指すは、西。

2005/07/27 : UP

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