光の旋律

 飛び込んできた火炎球は寸分違わずバルバトスの顔面に直撃した。男のうめき声がして、直ぐにアトワイトと皆に張られた結界が姿を失った。
「ッ」
 が急ぐ様にアトワイトに手を伸ばし、気づいたアトワイトも同じようにしてバルバトスの側から駆け出す。
「待たせたな、諸君」
 ディムロスの声だった。カイルが嬉しそうに顔を輝かせている。バルバトスはうめき声を上げながら一度舌打って、その場から消えた。
「間に合ったようね!」
「ハロルド!」
 ディムロスの後からひょっこりと現れたのは、かのハロルド様で。
 飄々と一件落着よね、と言うその腹の中には一体どれほどのものを抱えているのか検討もつかない。だが、どうやら事はハロルドの思惑通りに言ったことは確かな様だった。
 ジューダスはそれに舌打ったが、一件落着したことに変わりはなく、まずこれで歴史が変わる要素の一つを回避したので良しとした。
「ソーディアンの試作品なんだけど。ディムロスにはやっぱり十分すぎる資質があるみたいね。火と相性が良いのもデータ通り、と」
「全く……急に人を呼び寄せてあれやこれやとデータを取られた時は驚いたぞ」
「ふふっ」
 呆れ顔で、しかしどことなく嬉しそうな表情のディムロスに、ハロルドは綺麗に笑った。が感じていたディムロスの、あの刺々しい空気はなくなり今は穏やかなものである。これが本来のディムロスなのかとは思って、そして格好良い人だな、と思った。
 ディムロスの纏う雰囲気は成人男性の逞しく大きなそれで、確かに中将になるまでに十分な風格を現していた。それが中将になってから着いてきたものかは定かではないが、部下から好かれるには十分な人柄を感じさせる。深く掘られていた眉間の皺も今はなくなり、射るような視線は今アトワイトに向かって、穏やかに光っていた。
 はアトワイトの手を握っていたが、アトワイトの目がディムロスを捉えるとそれを話した。どちらともなく近寄り、そしてディムロスはアトワイトを腕の中に納めた。
「わあ」
 思わず小さく声を上げるも、二人は気づく様子もなく。
「何故来たのですか。罠と分かっていたでしょう?」
「……遅くなって済まなかった」
「……いいえ」
 アトワイトの声は少し震えていた。ハロルドはこっそりカイルの後ろまで回ると、二人の顔が近づく前にその視界を奪った。
「うわ」
「さ、お邪魔虫は先に帰るわよ」
 こそこそとした会話で、ハロルドはさっさとカイルを引っ張っていく。順番に互いの無事を安堵する二人に軽い祝福の目を投げかけ、そして鍾乳洞を出て行った。
 スパイラルケイブを出るまで、殆ど誰も喋らず、ただ目配せをし合って、笑った。良い雰囲気だったね、とナナリーがに耳打ちを。は頷いて、アトワイトが無事でいたことを心から嬉しく思った。
 その胸のうちから生まれる穏やかで熱い、透明の水がの心臓を包み込み、そして勢いよく溢れ出す。目からそれがこぼれ落ちそうだと思った時には、の視界は歪んでいた。
「あらあら、どうしたの」
 ハロルドが子供にするようにを見て笑って、その涙を拭う。その頃にはスパイラルケイブの入り口付近に達していた。
「ごめ、なんか……分からないんだけど……」
「嬉し泣きかしら」
 よっぽど嬉しかったのねェとハロルドは言って
「でも、外は吹雪なんだから、涙は仕舞いなさいな。直ぐに凍って、肌に痛いわよ」
「ん……」
 の涙をまた拭って、は、応えるように笑った。
 スパイラルケイブを出て、黙々と来た道を引き返す。山や崖の所為でぐるりと迂回しなければいけないのが難だったが、行きがけとは違い少し明るくなった雰囲気に誰とも無く頬が緩んだ。
「でもさ、何で俺達だけで帰るの?帰る所は同じなんだから一緒に帰ればいいのに」
「ばっかお前、そりゃあんなイイ雰囲気の邪魔になるのはこっちから願い下げだぜ」
「そうそう、そんな野暮なことはねェ」
「ナナリーの言う通りよ。それに」
 ハロルドはそこで一度言葉を区切って
「帰ったら軍法会議にかけられるでしょうね」
「え!」
 カイルが、驚いた声を上げた。ハロルドがそんなカイルを見てそりゃ、と続ける。
「中将ともあろう人間が、軍のことほっぽって人一人のために勝手に行動したんだもの」
「で、でも!ディムロスさんはアトワイトさんを助けたんだし、それに」
「でももヘチマも何もないの!軍って言うのはね、そんななぁなぁで通用する場所じゃないのよ。きっちり統率されたお堅い所なの。幾ら立場が上だからって背けば待っている処分は同じ。……寧ろ、立場が上だから処罰はきちんとしなければ行けない」
 示しもつかないしね、とハロルドは言葉を終える。カイルは少し寂しそうに下を見た。
 大量に降り注ぐ雪が、雪の上に消えていく。
「あんた達をけしかけたのは単なる時間稼ぎ。でもディムロスは最終的に自分の意志で身勝手な行動に出た」
「……それなりに立場のあるものが、自分の意志を貫くことは難しい。ましてや今は世界の命運がかかっているんだ。世界と、たった一人の命を天秤にかけて後者を選ぶと言うことは……それだけ、覚悟が必要なんだ」
「ジューダス……そうか、お前もそうだったんだよな」
 ロニが言って、ハロルドの余計な興味をそそりジューダスに殴られる。はそれを見て、楽しそうに笑う。



Event No.52 決戦



 地上軍拠点に戻った皆は後から遅れてやってきたディムロスとアトワイトの帰還を喜んだ後、ディムロスの処罰についての会議に立ち会った。
 カイルは納得してない顔をしていたが、じっと耐えるようにディムロスに下される会議の判決を聞いていた。
「ディムロス、今回君は中将という立場にありながら、人一人の人命救助のために勝手に動いた。しかも今はこの戦争に決着をつける最終段階……とても重要な時期」
「……」
 カーレルの静かな声がラディスロウに響く。
「ここで我々が君に対して何かしらの処分にしなければ部下にも示しがつかないし、何より君を信頼している部下に対して、君は裏切るような行動をしたのだから当然罰されるべきだ」
 ディムロスは黙って聞いていた。そして、カーレルがリトラー総司令官、と名を呼ぶ。リトラーは一度頷いて、口を開いた。
「ディムロス中将」
「……はい」
 静かにディムロスが返事をする。リトラーはディムロスを見て
「貴殿を、次のダイクロフト突入時の総隊長とする」
 そう、言った。ディムロスは反応が遅れて、そしてリトラーの言葉の意味を汲んで、声を上げた。
「何故!」
 呆気にとられたようなその顔には、幾分か納得がいかないと言う気持ちがありありと見て取れた。
「?君はこの役目が嫌かな?」
「そう言うわけではなく!俺はっ」
 声を詰まらせて、自分を罰してくれというディムロスに、カーレルは笑う。クレメンテも快活に笑ってディムロスを窘めた。
「総隊長と言うことは、一番始めにダイクロフトに乗り込んで敵を倒す危険な役目だ。それ故に最も死亡確率の高いものだよ」
「そんな役目を、この老人に押しつける気か?ディムロス」
「まさかそんなことはっ……!」
「では何も問題あるまい」
 含み笑いをする皆に、ディムロスは唖然と、開いた口が塞がらない状態で一人一人を見た。そうして最後にリトラーを見て
「不服か?ディムロス中将」
「ッ滅相もありません!その任、お受け致します!」
 今まで達が聞いた中で最も張りのある、力強い声を上げた。


「良かった、のかな」
「ああ」
 ざくざくと雪を踏みならし、とジューダスは地上軍拠点の中を移動していた。現在地上軍拠点内は決戦に備えての準備で大わらわである。それでも兵の士気が上がり、皆何処か気分が高揚している様子とは見ていた。
「こういう雰囲気、なんかいいね」
「軍は嫌いじゃなかったのか」
「今は軍って言うよりも、お祭り騒ぎ」
 くす、とが笑う。ジューダスはそれを見て、変わった意見だと息を一つ。
「でも」
 そこでの顔が曇った。
「最終決戦って事は、カーレ」
「そうだな」
 が全てを言い切る前に、ジューダスはまるでその後は口にしては行けない禁忌のようにの言葉を遮った。はしかし、何を言う出もなく口を閉ざし歩く。目線は自然下に落ち、ふぅと息を吐いた。
「ジューダスは行かなくて良かったの?」
「何がだ?」
「ソーディアン、誕生の瞬間。シャルティエが生まれる瞬間だよ?」
 そう。今現在カイル達はディムロス達、ソーディアンの人格となりメンバーと共に物資保管所へ行っている最中。は物資保管所内へは入れないので、行くのを遠慮していた。ハロルドの護衛についてもディムロス達が居るのだから心配ないだろうとそれは許可され、今現在こうしているのだが。
「……」
 それにジューダスも残ると言いだし、しかし仲間からの配慮か、それも許可されていたのだ。
が心配だったんですよね、坊っちゃん』
「シャル」
 ジューダスの背中から聞こえてきた声に、は目を瞬かせた。
「そうなの?」
「……」
 尋ねて、バツの悪そうに視線をずらすジューダスの姿。
『あのね、こう言う所は特にだけど、良からぬ事を考えている輩ってのは結構居るものなんだよ。そんな所に女の子一人で居るのは凄く危険なの分かる?』
「え、でも」
『幾らでも、味方の筈の男が寄って集って動きを封じに来たら太刀打ち出来ないでしょ?此処にはそう言う場所は幾らでもあるし、事が済めば最悪殺されるかも知れない。は正式な兵士じゃないしね』
「シャル、それ以上は言うな」
 ジューダスが窘める。シャルは怖がらせるつもりじゃないんだけど、と断ってからに謝った。はううんと首を振ってからジューダスに視線を移した。その視線に耐えかねたジューダスが、目は逸らしたまま呟いた。
「……いちいち言わなくとも、」
『坊っちゃんは言葉が足りないと思います』
「あ、それは言えてる」

 一瞬視線をに移し、ジューダスが睨む。は笑ってその通りだもんと答えた。
「兎に角、そう言うことだ。一人で居るよりはまだ安全だろう」
「……有り難う、ジューダス」
 知っている。ジューダスの無言の気遣いは今までにも数度あった。は嬉しくなって少しだけ近づいてジューダスの側を歩く。
「なんだ?」
「寒いから」
「……そうか」
 不思議そうにを見てきたジューダスに、はそう言って誤魔化した。シャルティエは変な所で鈍いんですから、とこっそり呟いたが喧噪に紛れてそれは誰にも届かなかった。
 ざくざくとまだ雪を踏み、二人は食材屋に入る。そこでホットミルクを頼んでガルドを支払った。ミルク自体は40ガルドだが、10ガルド課金することで暖めて貰えた。
 歪な金属製のカップに薄い布を蒔いて、ホットミルクを受け取る。そっと口を付けると熱伝導で熱くなった金属が予想以上に熱く、は熱、と声を上げた。
「大丈夫か?」
「ん……ヒリヒリする……」
「見せてみろ」
 ジューダスが溜め息混じりに言って、は薄く口を開き舌を出す。酷く火傷はしていないようだったが、ジューダスは雪でも食べろと言って自らはホットミルクに舌鼓を打った。
「別に猫舌じゃないのに……」
「単にこの容器で飲み慣れていないんだろう」
「ジューダスは何でそんなに慣れてるの」
「遠征の時は大抵こういう金属製の器で飲んでいたからな」
「ふうん……」
 はジューダスに言われたように雪を掴んで硬め、舌にあてる。その冷たさが半端無く、は僅かに眉をひそめた。
「……
「ん?」
「……。……。……、……。何でもない」
 ジューダスは何度も口を開き、動かそうとした。それでも喉の奥で言葉が支え、それが音としてに伝わることもなくジューダスは諦めた。シャルティエはここぞとばかりに
『だから言葉が足りないと言うんです』
 と投げかけたが、ジューダスは息をついてホットミルクを飲み干すと器を返してが飲み終わるのを待った。
 は不思議そうにジューダスを見ていたがやがてそれも興味が失せたのか、ホットミルクを飲み干すことだけに集中した。
 これからのことや、カイルがエルレインと対峙し、そして彼女を倒すのかと言うことにも思いを馳せたが、それは飽くまで頭の中だけの話だったためにすぐ打ち消された。
 その日の夜にはカイル達も戻り、ソーディアンの最終調整まで少しまだかかると言うことで先に休息を取ることになった。流石にこの所あっちに行ったりこっちに行ったりと忙しなかった所為か、布団を広げると皆直ぐに眠ってしまった。



 翌朝の地上軍は騒々しかった。士気も極限まで上がりきり、あとはダイクロフトにまで乗り込むだけになっていた。ハロルドが明るく手を挙げソーディアンの完成をカイル達に告げる。
 そして地上軍は挙兵した。
 ラディスロウは浮き上がり、ダイクロフト目指して駆け上がる。途中ダイクロフトからの攻撃があったが、それでもラディスロウの勢いは衰えることなくダイクロフトに突っ込んだ。
 その衝撃に声のない悲鳴が上がる。いち早く回復したのはディムロスだった。完成したというソーディアンを掲げ、真っ先にラディスロウからダイクロフトへ乗り込む。その直ぐ後にカーレル、アトワイト、イクティノス、シャルティエ、クレメンテが降りて行き、カイル達はそれに続いた。
 そこは既にダイクロフト急襲によりやってくる衛兵ロボットやモンスターに包囲されていたが、ディムロスがソーディアンを掲げると、そのコアが煌めいた。
「ファイアーストーム!」
 ディムロスの声と共にソーディアンが振られ、そこから火炎の渦が巻き起こる。ロボットやモンスターはその熱風により動けなくなり、続いて襲ってきた炎に飲み込まれ死滅した。
「サイクロン!」
 それに時間差でイクティノスが昌術を発動する。強烈な旋風で、鎌鼬を伴うそれは敵を切り裂き戦闘不能にした。
「……!これなら……この威力ならいける!」
 ディムロスが歓喜の声を上げてハロルドを見た。ハロルドは笑って、
「それじゃ、作戦開始と行きましょうか!」
 高らかに手を挙げて、ダイクロフト制圧は開始された。ディムロス達は早急にミクトランとの決着をつけるため、入り口付近のエレベータを使って上階へ。カイル達はハロルドと共に、制御室の占領を目指し奥へ駆け出した。
「ハロルド、カーレルさん達と行かなくて良かったの?」
 カイル達も気づいていた。天地戦争において、カーレルはミクトランと相打ちになり死ぬことを。しかし歴史を変えてはならない。だからカイルはそう言ったのだ。直接、言うわけには行かないから。
「……アンタはまぁたつまんないこと考えてるでしょ」
「え?」
 しかしハロルドから返ってきた言葉は思いのほか明るく、カイルはハロルドの顔を見た。その顔はにやりと不敵な笑みを浮かべカイルを見ていた。
「アンタは見てたでしょ?兄貴のソーディアンに投射した人格は私。私はいつだって兄貴と一緒にいるのよ」
 その顔が余りに自身に満ち足りていて、カイルは思わず笑ってしまった。

2006/07/26 : UP

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