光の旋律
トラッシュマウンテンを越えて、聖地カルビオラへはもう間近だった。高くそびえる塔はトラッシュマウンテンの麓からでも十二分に確認できる。
あそこに神様が居るのね、とハロルドは既に興味津々で、それには劣るものの莢もフォルトゥナに関しては興味を隠し切れていなかった。そこからはリアラとカイルが先頭に立ち、塔を目指す。
「……信者が居るとまずい。カルビオラへの参拝日は決まっているらしいが、念のためもう一度入り口付近で様子を見た方が良いかもしれないな」
「いいえ。私が居る以上は大丈夫。……それに……今はもう、前みたいに時間がないもの。今更私たちが派手に動いた位じゃエルレインも動じないだろうし、そのまま行きましょう」
「大丈夫なのか?」
「あら、私は聖女です」
確認を取るようなジューダスの声に、リアラは背筋を伸ばして毅然と答えた。それにジューダスが笑みをこぼす。好きなようにしろ、といっている合図だった。
カルビオラへはすぐにたどり着き、造作もなく中へと入り込む。塔の中は整然として、幾分かの厳粛さが窺えた。といって仰々しいわけでもない質素な作りに莢はため息を漏らした。
「この上にフォルトゥナが居るの?」
「……今はエルレインがここに籠もって祈りを捧げていることになっているわ……事実上は追放されているのだけど……フォルトゥナの完全復活にはまだ時間があるし……だから、間違いなければエルレインが居るはずなの。エルレインの、これ以上の歴史改変を阻止する。そのために私たちはここに来たんだから」
「あ、そっか」
莢は手を打ち鳴らして納得すると、足で扉を開けてすぐさま飛び退き剣を抜いた。開いた扉からは数本矢が飛んできて、莢はそれをすべて剣でたたき落とした。
「……タダでは通れないみたいだね」
「フン。どうやら向こうも異端分子の排除には手段を選ばないらしい」
「それは飛行竜でモンスターを召還されたときからなんじゃない?」
今更だと言わんばかりに莢は剣を構えて、そして床を蹴る。再び飛んできた矢をやはり最小限の動きで薙ぎ払い、まずはロニのように斧を構えて襲いかかってきた神官の腕を切った。新たに矢をつがえるまでの時間に動きは鈍らせておきたかったため、牽制の意味も込めて剣を振り回す。
Event No.59 存在意義
6、7人程度の神官達は戦い慣れて無い所為だろう。すぐに呻いて地に伏せた。莢はそれでも出来る限り足を切りつけ、武器を破壊する。或いは既に戦闘不能になった神官の腕から、細身の斧をもぎ取って後衛として援護射撃をしていた神官へそれを投げつけた。その戦いぶりに、ジューダスはトウケイ領での戦いを思い出す。やっと昔の勘が戻ってきたかと思いながら、莢に降り注ぎ掛けていた矢をやはり莢と同じく、奪い取った武器を投げることで阻止した。
ハロルドは豪快に晶術を放って――そこは戦争時代の人間だからだろうか、容赦なく倒れている神官達にもそれは浴びせられていた――リアラはといえば、彼女も臆することなく晶術で応戦していた。
圧倒的な差に莢は手応えのなさを感じていたが、それでもこの聖地を護る神官として彼らは非常に優秀だろう。ただ、戦いというものが日常的なものではないだけなのだ。
「バーンストライク!」
それでも追い詰められたからなのか、放たれた晶術に莢はすぐさま身を引いて跳躍を繰り返すことで迫り落ちてくる炎の塊をよける。声のした方へ目をやれば、確かにうまく隠れていた神官の、動きにくそうな服の裾がわずかに見えた。
莢は迷うことなくハロルドに、そこへ晶術を打ち込むよう耳打ちをして、
「エクセキューション!」
「え」
しっかりと気絶させるために自らそこへ向かおうと向けていた足を止めた。ハロルドの放った最後の強力な晶術で、その場にいたほぼ全員が戦闘不能になった。所々黒く焦げてしまっている床や壁から煙が出ており、それが彼女の晶術のすさまじさを物語っていた。
放置しておけば死亡してしまうかも知れないほどの重傷者や、気絶しているだけの軽傷者の数など、莢達は気にしている余裕もなく更に奥へと続く扉を開ける。
「……これは……」
見た先にはもう一つ、扉があった。何か丸いオブジェの中心に、その扉はある。静かに、まるで莢達を待っていたかのようにたたずんでいた。
「この先にあるのが、カタコンベと呼ばれる塔の部分。この塔を上った先にエルレインが居るはずなの。以前に私たちがここに来たとき、フォルトゥナはここに居たわ。今は祈りを捧げているから、おそらくはカタコンベの最奥に……。復活が近いわ。急がなきゃ」
最後の方はほとんど独り言に近かった。リアラは言うと、その扉を開けた。少し軋んで、扉は開く。扉の先は薄暗く、そこに螺旋階段が姿を現した。
「ここを上っていくの。この部分をカタコンベというのよ。……ここを抜ければカルビオラ。……その奥に転生の門と、生誕への階段と呼ばれる……エルレインのいる場所にたどり着くわ」
緊張した面持ちでそう告げるリアラに、ロニが深呼吸をして
「……それじゃ、気合入れていきますか!」
告げた。誰とも無く声を上げて、カタコンベへとその身を入れる。階段を上りながら上を見れば老朽化だろうか、1、2ヶ所階段が崩れているのが見えた。そのため途中にあった部屋を経由して上の階へ上り、再び階段を上る。
「階段を上るだけで体力使うな……」
「そうだね……まだ、終わりが見えるだけましだけど」
ロニの言葉に莢が頷く。ようやっと階段を上りきった頃には戦いもしていないのに皆の息は上がっていた。息を整える意味でもほんの数分間そこで休息を取って、そうしてカタコンベの終わりを意味する扉を明けた。
その奥には、エルレインが背を向けて立っていた。周りには誰もいない。ただ彼女は目を閉じ、そして顔の前で手を組んで祈っていた。その姿は確かに聖女そのもので、なぜ私たちは対立しているのだろう、と莢はぼんやりと、考えていた。
それでもカイルの声によって彼女は祈りを止める。
「エルレイン!もう歴史を改変するのは止めるんだ!そんなコトしたってなんにもならない!」
今にもつかみかかりそうなカイルを、莢は遠く感じていた。憎しみすら抱いているかも知れない。その視線の先にいる存在は人々から求められた存在であることに間違いはないからだ。
「……愚かな人間だ。自分たちだけでは幾度も同じ過ちを繰り返すしかできない。お前達が自分で歴史を作る?そうやって幾度お前達は同じような間違いを犯してきた?人間には導き手となる存在が必要なのだ!」
「違う!」
エルレインの罵倒するような大きな声に、カイルは即座に反応した。
「間違うことは悪いことじゃないんだ。一度も間違いのない道なんて無い。何度だって間違えても良い。オレ達は何度だってやり直せる。何度だって、お互いを正しい……いいや、良い方向に持って行ける、その力がある!」
「そんなものは認めない!そう言って世界を破壊へ導いたのは誰だ?他ならぬ人間ではないか!」
「それでもそれを阻止してきたのは人間だろ!!!人間には神なんてそんな存在必要ないんだ!エルレイン、お前が認めなくたって、オレ達がその証明だ!オレ達に神はいらない!だって……オレ達は確かに傷付けてきたし、傷ついてきた。争って、憎しみあって、敵対して、それでもその分だけ、仲間ってものを知って、誰か大切な人を好きになって、今こうして生きてること、感謝して……神なんて居なくても、オレ達は……オレは、確かに幸せなんだ!」
つたない言葉の一つ一つを、もどかしそうに、けれど必死で伝えるカイルの表情は歪んでいた。それでもそれは泣き笑いの時のそれと似ていて、その後ろでリアラはうっすらとその瞳に涙を浮かべ、笑顔でカイルの背中を見ていた。
「……もう遅い。既に未来は私の手から離れた」
静かに、エルレインは告げる。
「さあ、全て最初からやり直しだ。フォルトゥナ降臨のため、平和な世界を築くため……この世界は一度滅びる。そして再び新しい世界を作り直すのだ」
「何!?」
その言葉に反応したのはジューダスだった。
「そんな……世界を滅ぼすことなど出来るはずがないだろう」
努めて冷静に紡がれた言葉は何かを押し殺したように低く響いた。しかしエルレインはそれを払う。
「大昔……この惑星が彗星と衝突したことを知っているか?」
「……!」
見開いたジューダスの顔を見て、それがどれほどのことなのか、ロニやナナリーは推し量った。ハロルドは即座に計測器を取り出して計算を始める。
「だが、それでは世界が滅びるにはほど遠い。……エルレイン、貴様はあの天地戦争を繰り返そうというのか!?それこそ貴様の言う『同じ過ち』だろう!!!」
「……いいえ、ジューダス。ある特定の座標にかち合うように、確かに猛烈な勢いで惑星が近づいてきているわ。……これは……大昔の彗星衝突なんて目じゃない。こんなのと衝突したら……この惑星は間違いなく木っ端みじんね。跡形も残らないわ」
「なっ……!」
淡々としたいつものハロルドだったが、その表情は真面目で、冗談や嘘の類ではないことなど分かり切っていた。
「くっ……そんなことさせてたまるか!オレはお前を倒す!フォルトゥナの復活だって止めさせてみせる!オレ達の世界なんだ、誰にも壊させたりしない!」
言い切ったカイルに、エルレインはしばらくの間目を見開いて。それから急に腰を折って笑い出した。酷くおかしいことのように、愚かしいことのように。
「……それは……正気か?」
「オレは本気だ!リアラにだってそう誓った!」
エルレインを睨んだまま、カイルは言い切る。するといよいよエルレインは大声を上げて笑い出した。その姿は聖女とはほど遠く、莢はやはり彼女は聖女であって人間とは立場が違う存在なのだと感じた。
「よくもそんなことが言えるものだ!……そのようなことを言えるのだから……。リアラ、お前は私たちがどういう存在であるのか、教えなかったのか?その様子では、教えなかったのだろうな」
「なに?」
訝る表情のカイルはリアラを振り返った。リアラは少し気まずそうに顔を伏せる。
「リアラは私と同じ存在だ。彼女が聖女ということは知っているのだろう?」
「……それって!」
「そうだ。私もリアラも、フォルトゥナから生み出された聖女。よって……私を倒せば確かにフォルトゥナの復活はなかったものになる。そして、フォルトゥナが消えると言うことは私だけでなく、リアラも消えると言うことだ」
エルレインの言葉に、今度はカイルが目を見開いた。
「ッ、ウソだ!」
悲痛な叫びは信じたくない気持ちが勝っている所為だろう。
「なあ、リアラ!ウソだろ、……ウソって、言ってくれ!」
カイルはリアラの二の腕に手を置いて、懇願するように頼み込む。顔は歪んでいて、それはカイルがどれほどリアラを大切に思っているかの現れだった。信じたくないというその気持ちも、全てはリアラの存在が、カイルにとって大きな所為だろう。
けれど、カイルの望みはリアラ本人によって払われた。
リアラは小さいけれど確かに頷いて、そうよ、と一言。
「どうするのだ?私を殺せば神降臨は止められるが同時にリアラを失うことになる……」
勝ち誇ったように笑うエルレインは、私こそが聖女なのだと物語っていた。
「莢・高谷……お前もまた、あるべき場所へ、あるべき時代へと戻る。全ては初期化され、今度こそ完璧な神の統治による世界が完成するのだ」
そのままエルレインの姿は跡形もなく消え失せた。ただあの笑みだけが余韻としてあたりに漂っていた。
「……移動したわね。10年前かしら……彗星衝突が予測される……そうね、Xデーとでも言いましょうか?その日よりも少し前に」
「そ、んな」
「どうするの?このままぼさっとしてたら何もしないままみんなお陀仏よ」
いつも通りのハロルドの言葉に、カイルは唇を噛みしめた。残された時間はあまりにも少なすぎる。既にもう、誰にも止められなくなってしまったのだ。フォルトゥナを否定する以外には。
「戻りましょう。10年前に」
「……リアラ?」
意外にもリアラの声はしっかりとしていて、ああ、もしかすると彼女はあのハイデルベルグの時からずっと心に決めていたのではないかと、莢は思った。既にリアラの中では、自分の存在が消えることは確定している。だから地上軍拠点跡地でカイルに誓わせたのだ。エルレインを倒すのだと。
カイルはどうして良いのか、途方に暮れたように悲しい表情でリアラを見つめる。リアラは、笑った。
最早慣れてしまったリアラの光に飲まれ、着いたのはアイグレッテだった。あの後気落ちした様子のカイルを誰もフォローできなかった。ただリアラだけは、その目だけはしっかりと前を見ていた。
莢はそれをうらやましく感じて、それでもまさかそんなことが言えるはずもなく、兎に角アイグレッテまで戻り、神の眼を使って再び帰ってきたのだった。
途方に暮れた様子のカイルは相変わらずで、見かねたジューダスが先人の知恵でも伺えばどうだと声を掛ける。それにカイルが反応したのを見て、ジューダスは、四英雄に意見でも聞いてこいと、世界の命運と、大切な人の存在を背負った、わずか15歳の少年の背を押した。
「……なァ、ちょっと良いか?」
アイグレッテ、ストレイライズ大神殿へと歩き出したカイルの背とその隣を歩くリアラを気にしながら、ロニがジューダスと莢に耳打ちを。
「お前ら、こっからは自由行動な。俺たちはしばらくカイルにくっついてるけどよ。……ほら、まあ、なんだ。心の準備っつーか、な?」
莢が思わずハロルドやナナリーを見れば、彼女たちは笑って頷いた。どうやら年配組の考えることは同じらしく、そっと二人を置いてカイルの後を追うために歩き出す。
けれどロニだけは最後莢にも聞こえないようにジューダスに耳打ちをして、そして一端お別れだなと言って手を振った。
「カイル達には四英雄を回るように言っておく。ルーティさんとこには最後に行くから、適当に二人で時間つぶして、クレスタまで来てくれ。じゃぁな」
「あ……」
莢がロニを引き留めて何かを言う前に、ロニはさっさと二人を置いて大神殿の方へと走って行ってしまった。
「……行ったな」
「うん……」
「どこか行きたいところはあるか?」
「……え?」
「連れて行ってやる。……無いのか?」
「ううん……あると言えば、あるけど……ジューダスは、カイルに付いていくと思ってたから」
驚いた様子の莢に、ジューダスは少し考えるように顎に手をやって
「僕のことは良い。それより……行きたい場所というのはどこだ?」
なんでもないようにいつもの表情を崩さないまま、莢に尋ねた。
それから莢とジューダスは船の上にいた。船が海原を掻きわけ進むのをみながら、莢は甲板に立っていた。
「船室よりも甲板の方が好きなんだな」
「うん。……変かな?」
「さあな。ルーティの奴が潮風は髪に絡まってぱさつくから嫌だと不満が耐えなかったから、女は皆そうだと思っていた」
ジューダスはそう言って、莢はそれに笑みをこぼした。それに気付いたジューダスがなぜ笑うのかと尋ねる。
「ジューダスって女の子慣れしてないよね」
莢の言葉に、ジューダスは心外そうに顔をゆがめた。
「僕にジョニーやロニのようになれと?」
「そうは言ってないよ。……ただ、客員剣士だったし、ヒューゴ邸にもメイドさんは居たわけだから周りには女の子がいっぱい居たんじゃないのかなと思って」
「仮にそうだとしても、僕にそんな余裕はなかった。大体、シャルを扱うことやそれに追随する剣技の習得に明け暮れるばかりで僕の毎日は終わっていたからな。客員剣士になってからは日々任務だった」
「ふぅん……。想像つかないな」
「つかない方が良い」
ジューダスは言って皮肉気に笑ったが、莢は気にはしなかった。
「ジョニーさん、元気かな」
「僕はあいつが苦手だ」
「嫌いじゃなくて?」
「……」
「アクアヴェイル、どんな風に復興しているのかな」
「さあな」
「そう言えばマリーさんにも会ってないな。ハイデルベルグに移住したんだって」
「あったとしても混乱させるだけだ。会わない方が良い。……マリーはダリスと仲良くやってるんじゃないか?」
「うん。アルもそう言ってた」
とりとめもない話題の中、気温は徐々に下がってくる。船室に入ろうとジューダスは促して、莢はそれに頷いた。
「ジューダス、私、言わなくちゃいけないことがある」
「……」
「向こうに着いたら、聞いてくれる?」
莢がそう言うと、ジューダスは一つ鼻を鳴らした。
「僕はいつでも聞くつもりだが?」
2006/12/31 : UP