学園祭の王子様?

(6)

 久しぶりの休み。朝起きたら時刻は10時過ぎ。待ち合わせ時刻は、10時。
「っきゃぁああああああああっ!」
 外は快晴。日曜日の朝は悲鳴で始まった。親の文句なんて知らない。
 きっかけは昨日の夜。南からかかってきた電話を何の気無しに取ると、丁寧な口上と共に
、勿論宿題は終わってるよな?』
 なんて聞かれて、勿論、て答えたら、
『その、じゃあさ、明日、ヒマかな?』
 と、南の声。ヒマだよ、と答えたら、親から流れてきた映画のチケットが二枚あるんだけど、ってお誘いの言葉。一度友だちを誘えばいいのに、って言ったら、映画に男二人とか冗談じゃないよ、なんて苦笑いと一緒にそんな言葉が返ってきた。
 結局二つ返事で頷いて、それからは特別楽しみすぎて眠れない、って事もなくてよく寝られた。それにしたって、これは、寝過ぎでしょう。
 慌てながらも携帯を開いて南に電話を掛ける。
『もしもし?』
「ごっめん!ごめんね、今起きたところなの、直ぐに行くから、ごめんね、待ってて!ホントゴメン!」
 捲し立てるように言って、南の返事も聞かずに電話を切った。一応連絡はしたものの、最低限身なりは整えないと南に申し訳ない。
 顔を洗って服を着て、――折角の誘いなんだから、って普段ははかないスカートをはいて――髪を整えて、鞄に財布と携帯を突っ込んで、ああもうご飯なんて食べてる暇なんてあるわけもない。それでも歯を磨いて、おざなりに行ってきます、なんて言って家を出た。
 待ち合わせをしたのは映画館の近くの噴水のある広場。少し大きめの時計があるから待ち合わせスポットとして有名だ。
 ここからなら走っても時間はかからない。急げば十分くらいでつけるはず。
 つっかけにも似た、ヒールの高くない靴を履いて、私は走った。なりふりなんて構ってられない。だって待たせているのは南だし、仮に千石なら待たせてやるくらいの余裕で――この例えは前にもしたような気がする。
 兎に角走って走って、途中辛くて歩いたりもしたけど、走って、何とか南の姿が目に入った時は、安心して少し足が縺れた。
「はっはっ、はっは、ぁ、は、ご、めん、けん、たろ」
……まさか走ってきたのか?」
「だっ、っは、は、待たせる、わけ、に、っは」
 荒い。兎に角息が上がって、止まった途端に噴き出る汗が憎たらしい。整わない息で、崩れそうになるのを何とか膝に手を突くことで支えていたから、南の顔は見えない。それでも十分驚いている声が聞こえて、南のことだから、30分でも待ち続けるつもりだったのかも知れない。
「ホント、ごめ、ね」
「いいって、連絡くれたんだし、まだ昼からのも残ってる」
「でも、」
 それ以上言葉が続かなくて、何とか乱れに乱れきった髪の毛を整えた。
「……、メシ食った?」
「ま、だ」
「じゃ、涼みがてらどこか入ろう。辛いだろ」
 南は言って、私の腕を少し引っ張る。何時かの逆だ。そう思いながら、私は南に支えられつつ近くの喫茶店に入った。
 汗を拭きながら、その涼しさに大きく息をつく。
「……ほんっとうに、申し訳ない、デス」
「いいって、気にするなよ」
「だって、健太郎、絶対時間よりも早く、待ち合わせ場所に行くタイプでしょ」
 運ばれてきた水を少し飲んで、息を整えるのに努めつつ、私がそう言うと、南は予想通りこっくりと頷いた。
「でも、何も走ってくること無かったろ?俺、何時まででも待ってたのに」
「それだから、待たせたくないって、分かってよ、もう」
 少し落ち着いてきた息で、それでも吐き出すように言うと、南はそういうもんか、と言って笑う。
「健太郎がそんなだから、それに甘えるなんて、や、なの。自分が許せない」
「本当、は責任感が強いよな」
「人として、当然でしょ」
 落ち着いたところで南がメニューを渡してくれる。こういうタイミングの良さとか、まったく、南は人が出来過ぎてる。
 南はコーヒー。私はサンドイッチと紅茶。オーダーが終わると、南は思いだしたように吹き出した。
「それにしたって、のあんな焦った声、絶対俺くらいしか聞いたこと無さそうだよ」
「そりゃ、あんなに焦ったことなんてないんだから、そうじゃない?」
 むっとして言うと、南はくつくつ笑ったまま、怒るなって、って私を宥めた。
「疲れてるんじゃないか?この所暑かったし、実行委員って大変そうだもんな」
「バカ言わないで、そっちの方がよっぽど大変そうじゃない。炎天下の中とんかんとんかん屋台くみ上げてさ、肉体労働も良い所だし。おまけに暇さえあれば各自思い思いで自主トレなんてしてるし、そんなの見てたら私なんて全然楽なんだから。健太郎こそ、疲れてるんじゃないの?」
 言うと、南は、疲れてたらこんなの誘ってないって、なんて笑って言うし。
「それに、の顔見たら疲れなんて感じないよ」
 だなんて、当たり前みたいに言うから
「……」
 思わず、顔を赤くしたまま、南の顔をマジマジと見つめてしまった。
 南はそれに気付いて、あ、俺、もしかして結構恥ずかしい事言った?とか聞いてくる。
「私、時々健太郎って千石君なんかよりもよっぽど格好いいって思う」
「っへ!?」
「いや、寧ろタラシっぽい。凄く。今のは特に」
 一瞬顔を赤くした南が、次の私の言葉でそれは余計だ、って落ち込んだ。南は私が寝坊して遅れたことなんてちっとも気にしてないみたいで、安心すると同時に、その優しさが少し重く感じられた。
 底なしの優しさって、怖い。逆に、何を考えているのかが分からなくなるくらいで。
 今まで南を見てたつもりだったけど、それはやっぱり『つもり』で、南は地味でもなくて、普通でもなくて、やっぱり格好いいんだ、と結論付けて。きっと付き合いの長い友だちにアンタ、それは南のことが好きだからでしょ、とか言う言葉が返ってくるに違いない。
「千石のヤツがうつったのかも……」
「えぇ?やめてよ、健太郎まで千石君みたいになったら困る」
「っはは、やっぱは面白いよな。大丈夫、ならないよ」
 私が顔をしかめれば、南はおかしそうに笑う。私も良かったって笑って。運ばれてきたサンドイッチを食べてると、南が俺もそれ頂戴って言ってきて、半分こした。
 会計は割り勘で、映画はチケットを持ってたのは南だったけど、やっぱり南も疲れていたんだと思う。気が付けば隣の席で静かに眠ってしまっていた。
 ここぞとばかりにその寝顔を眺めて、少し笑う。
 無理して誘わなくてもいいのにって気持ちと、それでも誘ってくれた、その相手が私で凄く嬉しくて、今まで見てただけだなんて言うのが嘘みたいで、それでも夢だなんて微塵も思えなくて、ただ幸せだった。
 気が付けば私も眠ってしまっていて、南に起こされるまで気付かなくて、二人して笑った。
「映画の意味無かったよな」
「うん。でも、良い休日だと思うけど」
「そう言ってくれると助かる」
 南は言って、言葉通り助かったように笑った。正直、よっぽどな事がない限り、南と一緒にいて嫌だなんて思わないんだけどね。
 帰り道、近くにあった公園で、私は率先してジュースを奢った。遅刻のお詫びにしては安くて申し訳ない、なんて言うと、来てくれただけで十分だ、って南は笑う。
 二人してベンチの腰掛けて、ああなんか楽しかった、って言えば、良かった、と南が返してくる。
「……あー、、言うの遅れたんだけど」
「?」
「その服、可愛い」
「!」
 やっぱり顔を赤くして、赤くしたのは南も私も一緒だけど、何でこのタイミングで?と聞くと
「喫茶店入った時に言おうと思ったけど、が千石みたいだ、とか言うからタイミング逃したんだよ」
「え、私の所為?」
「そうだ、絶対の所為」
 南が拗ねたみたいにして、わざとらしく怒った顔をするから、私も笑ってしまって
「ごめん。今日の私服、格好いいよ健太郎」
「……タラシ発言は?」
「全面的に撤回します」
「よし」
 そんなやりとりをして、やっぱり笑う。お互い自然に、今日は有り難う、って言葉が出た。暫くそこでテニス部のこととか、後輩のこととか、進路のこととか、そう言う、他愛もない話をした。
 それからジュースが空っぽになって、席を立って、帰路についた。
「もう夏休みも終わるな」
「なんか変に長かったよね」
「だな。受験勉強とか、ホント異次元の話みたいだ」
「わ、やだな」
 変にしんみりして、でも夏の終わりはいつもそう言う気持ちにさせられるから別に変なことではないだろう。ただ何処かでこの学園祭が終われば南とは『クラスメート』から『仲の良いクラスメート』になるだけなんだろうなあと感じていた。
 今のこの状態は特別で、学園祭が終われば、前よりは仲の良い、仲の良いだけの存在で固定されるんだろう、なんて、それでも今のこの関係の先を期待する気持ちがないとは言えない。
 だって、きっかけはあった。そこからは、私次第で、南次第だと、そう思うし、思いたいから。

(7)

 私は腕時計を見る。時刻は五時半。ついさっき準備活動時間も終わって、後は家に帰るだけ。それを押しとどめていたのは、この場には居ない人のこと。
 お小遣いは必要経費だと言って貰った。時間もまだある。私は会場を後にして、商店街の方へと歩き出した。向かったのは、花屋さんで。
「ごめんくださーい」
 間延びした声。奥から出てきた若い人に、匂いの控えめで、同い年の、中学三年の男の子にあげる花なんですけど、何か花束で頂けませんかと尋ねる。
 意味深な目線を寄越して、彼氏に?なんて聞かれて、私は笑っていいえと首を振った。
「お見舞いなんです」
 そう。向かい先は病院。直に合同学園祭が始まるけど、東方君はそれには間に合わないらしくて。作業も大詰めになった今、東方君のお見舞いに行くにもなかなかテニス部員達は時間が取れないで居るだろうと思って、こうして勝手にお見舞いの準備をしているわけだ。
 それに、同じ学校だから話題がないわけでも、無い。前に一度お見舞いに入っているし大丈夫だろうとたかをくくって、私は花束を受け取り、お金を払って花屋さんを後にした。
 病院まではそこまで言うほど遠くないのが幸いだ。花が萎れずに済む。
 以前に南と一緒にお見舞いに行った時の記憶を思い起こしながら、私は目当ての病室へと足を運んだ。
 スライド式のドアを静かに開けて、東方君、と呼んでも静まり返った部屋の中。
 心の中で失礼します、なんて言いながら仕切られたカーテンの中に入ると、東方君は眠っていた。オールバックの髪は流石に入院中だからか枕の上に散らばっていて、少し印象の異なる顔立ちに、少しドキドキしてしまう。
 なるべく起こさないように顔色を伺っていたけど、花束を持ち直した際に立ててしまった音で、東方君は起きてしまった。
 うっすらと目を開けて、少し眠たげに瞼を擦って、私を見上げる。
「こんにちは、東方君。起こしてゴメンね」
 小声で言うと、東方君はまだ寝惚けたような顔で
「……三森さん?あれ、南は?」
 なんて漏らした。
「残念。今日は私一人だよ。これ、お見舞いの花束ね」
 上半身をのそのそと起きあがらせた東方君は、真っ直ぐに私を見上げて、寝起きなのに目をぱちくりさせて
「……有り難う。うわ、俺女子から花束貰ったの初めてだ」
 照れたように言って、笑った。綺麗でしょ、って言えば、ああ、って素直な感想が返ってくる。
「花瓶とかある?ベッドの脇に生けときたいんだけど……」
「あ、それなら確かこの辺に……あった。悪いな、なんかして貰ってばっかりで」
「病人が何言ってるの。ちょっと待ってて、生けてくるね」
 有り難うって素直に返ってきた言葉に、東方君もいい人なのだなあと思う。病室の近くに給水室があったから、そこで手早く花瓶に花を生けた。なるべく花束の時みたいになるように、花を調整して。ゴミはまとめて燃えるゴミの中へ。
 病室に入って花瓶を置くと、東方君は今日は何かあったのか、って聞いてきた。
「そろそろ合同学園祭が始まるから、みんな忙しいみたいで。だから余計なこととは知りつつも、こうして勝手にお見舞いに来ちゃった。東方君もれっきとしたテニス部員だし。学園祭を一緒に楽しめないのは残念だけど、こうして交流しにきただけ」
 素直に応えると、東方君はそれは嬉しいな、なんて返してくる。南とは少しばかり違うテンポに、やっぱりジミーズなんて言われてても同じワケじゃないなあ、と今更ながらに考える。
「ま!元気だして。山吹中ではもうすぐ体育祭あるし、そっちは一緒に楽しめるでしょ」
「あ、あー……そういやそうだったな。俺何にエントリーしたっけ……」
「ふふ、また冊子配るから分かるでしょ。……そういや去年、東方君と健太郎、二人三脚で一位だったっけ」
 懐かしいなあ、良く晴れてた。言えば、東方君は目を丸くして、良く思えてたな、って。私はそれを笑うだけに留めて、それでも東方君には何かが伝わってしまったらしい、なにかとても良い笑顔を向けられて、私は逆にまごついてしまった。
「おーい東方、見舞いに来て……。……。……、?」
「あ、健太郎」
「よ」
 最早聞き慣れた声に私と東方君が返事をする。南は何で私が居るのか全く理解できないとでも言うかのように私を東方君の顔を何度も見比べた。
「健太郎って、ホント、マメ。東方君愛されてるね」
「だろ。でも今日はちょっと愛情が足りないのかいつもより遅かったけどな」
 ノリの良い東方君の返事に私は少し吹き出してしまう。
「……なんか仲良くない?」
「わ、ヤキモチだよ東方君」
「そうだな、ヤキモチだな」
 私と東方君がニヤニヤしながら笑うと、南は少し不機嫌そうな顔になる。んだけど、その目が何故か東方君だけを見ているのは気のせいだろうか?
「南、気持ちは分かるけどな、そりゃ、確かに三森さんと仲良くなったのはお前が先だけど、ってか別にお前三森さんのこと名前呼びなんだし嫉妬しなくても良いだろ」
 東方君が酷くおかしそうにそんなことを言うものだから、私は顔を赤くしてしまって、咄嗟に
「や、違うでしょ。私が健太郎よりも先にお見舞いに来てて仲良くなってたから、大事なパートナーを取られたみたいでヤキモチ妬いたんでしょ」
 って、東方君の言葉が変にこそばゆくてそう返した。そしたら南は
「……うるせ。両方だよ」
 なんて不機嫌そうな、照れたような顔で言うモノだから、私の頬はまた赤くなってしまった。
「で、なんの話してたんだ?」
「今度の山吹の体育祭の話。な」
「ね」
 東方君は南とは違う意味で話しやすい。南も話しやすいけど、私は南に対してはやっぱり好きだし、少し緊張するから、そう言う意味では東方君の方が肩の力を抜けると言っても良い。
「あー……俺確か借り物競走にエントリーした気がする」
「男子は騎馬戦が全員参加だったっけ」
「女子は棒引きだよな」
「あれってどさくさに紛れて凄い罵詈雑言吐く人いるから怖いんだよ」
「げ、マジで」
「ホントホント」
 三人居る所為か、会話のテンポは速い。
 結局体育祭の話から学園祭の近況に変わって、最後は受験の話になってしまったけど、東方君も笑顔で居てくれたし、南も相方がいるお陰か結構リラックスしてたんじゃないかって思う。やっぱり女子と話すのは慣れないタイプで合ってるみたいだし、普段は緊張してたのかも。って、それは私も同じだけど。
 暫く話して、あんまり長く話をしても病室にいる他の患者さんに迷惑だろうしって事で切り上げた。
「それじゃ、東方君、お大事に」
「ああ、今日は有り難う三森さん」
「いえいえ」
「身体鈍らないようにしろよな」
「医者に怒鳴られない程度には鍛えてるから安心しろ」
 そんな会話をして、病室を出た。病院を出てから暫くして、送ってく、なんて南の言葉に甘えていたら
「今度東方の見舞いに行く時は、俺にも声掛けて欲しい」
「え?」
 そんなことを、南が言うから。
「でも、健太郎だって疲れてるでしょ?暑いし、それに、部長なんだから他にもやることあるはずだし、体調管理も部長の仕事のうちだし」
「いいんだ、俺だって東方の見舞いちょくちょく行くから」
 普段よりも少し強く感じる言い方に、私はふと首を傾げて。東方君の言う通り、東方君にヤキモチを妬いてくれているのか、それとも私が言ったように私にヤキモチを妬いているのか量りかねて、私は曖昧にうん、と頷いた。

(8)

 長い長い準備期間を終えて、学園祭が始まって、そして、直に終わる。
 山吹の出しものは全て大成功。売り上げで優勝こそ出来なかったけれど、私は凄く楽しかった。終わった後はお疲れ様って言葉が出て、私なりの助力は助力になっていたか不安だったけど、テニス部員には感謝されて、私も感謝した。
 だって夏休みに制服を来て学校で南と打ち合わせをして、準備の間も制服を着るのが原則だったから暑かったけど我慢してきて、それなのに学園祭を楽しめ無いだなんてそんなことは許さないし。
 今は元屋外ブースでキャンプファイアーが燃えているだろう。先ほど跡部と手塚って人の閉会の言葉が終わったのが聞こえたから、そろそろフォークダンスが始まっているはずだ。音楽も僅かに聞こえているし。
 私はそこから離れた、会場入り口付近の公園のベンチに腰掛けていた。少しだらしなく座って、空を見ていた。
 ああ、もう終わるんだなあ、そう思うと、突拍子の無かった始まりに比べてかなり自分が楽しんでいたことが分かってしまう。
 楽しかったのはきっと、主催が関東テニス部だからで、山吹中の部長が南だからで、私が実行委員だからで、それで、それで、山吹中のテニス部員がみんな人のいい人ばかりだったからだと、そう思う。きっと、南が居るから、だけでは、こんなには楽しめなかっただろうし。
 南を見つめているだけだった二年間、何となくこのまま三年間が過ぎていって、高校も違う高校で、ああ私中学の時南って人好きだったっけ、なんて思い出になると思っていた。
 こんなに楽しかった思い出ではなくて、ただ、想いを寄せていた人と言うだけで。正直どうして好きになったのか分からなかったけど、初めはあの地味な、というか、落ち着いたところが好きだったのだと思う。千石みたいにうるさくなくて、堅実で、穏やかで。初めて伝達表彰で見た、高揚した時の顔は忘れられない。東方君と突っつき合って照れたふうに笑って、あ、可愛い、って思ったのも良く覚えてる。
 生徒会室で作業をしている時に響いていたテニスボールの音とか。教室で見るテニスバッグとか。
 南に関係するようなものを見て南を思いだしたのは、今に限った事じゃなかった。
 ああ、本当に、楽しかったなあ、って、息を吐いた。
ー!」
 そこに南の声が響いて。
「何でこんな所に居るんだ……てっきり踊ってるかと思って滅茶苦茶さがしたんだけど」
「お疲れ」
 満ち足りてるなあ、と自分でも思う。だって、本当のことだし。
「何か用?生憎だけど、私フォークダンスの説明の紙要らないから捨てちゃったし、踊れないけど」
「や、俺も踊りは向かないからそれは別に良いけど」
「ならよかった」
 取り敢えず座れば、と、私はベンチの隣を叩いた。何時か、南がそうしたみたいに。
 南は私の隣に座って、終わったな、なんて呟く。
「楽しかった?」
は?」
「勿論楽しかったよ。だから健太郎に聞いてるの」
「俺も、楽しかったよ。テニスをしてる時くらい、楽しかった」
 ゆったりベンチにもたれて、満足そうな顔を見て、そんな南の声に良かったと呟いていた。
「実行委員としては、嬉しい限りの言葉だもん」
 言って笑うと、南はまた楽しかったよ、って言う。
 そして、息を吐いて。
「あー、……な、
「……何?」
 言いにくそうな声に、私は首を傾げた。
「あのさ、俺、のことが好きだ」
 言われた言葉に、目を瞬かせた。
「……え?」
 頭では分かってた。南が何を言ってるか。でももう一度言って欲しくて、分からないフリをした。
 多少暗くても街灯の所為で南の顔が赤いことなんてよく分かる。
「ここ二週間ほどで、と仲良くなって、それまでは普通に、明るい子だなとしか思って無くて、でも、と一緒にいたら本当に楽しくて、はそんなつもり無かったかも知れないけど、格好いいって言われた時は、どうにかなりそうなくらい嬉しかった」
 南の顔は赤くて、目線も落ち着かなくて、そんな南の顔を真っ直ぐに見てる私の顔も、勿論赤いはず。
「真正面から俺のこと褒めてくれた時も嬉しくて、俺のこと見ててくれてたのかって思うと、どうして良いか分かんなかったんだけど」
 緊張してるのか、さっき私を捜してたっていって少し疲れてるのか、南の声は掠れていた。ただでさえ暑いのに、今は一段と暑い。
 保健室の時よりも近くなった距離の所為で、お互いの熱が嫌でも分かってしまう。
「その、は俺のこと、どう思ってるか、聞きたい」
 言い切って、南は私を見る。その目は真っ直ぐで、さっきまで泳いでいた辿々しい表情なんて少しもなくて、そこで一気に私の心拍数は上昇してしまった。
 きっと顔は見たこともなく真っ赤っかになって、今度は私の方の目線が泳ぎっぱなし。だって、南の顔を、直視できない。見たらきっと、顔が溶けてしまう。
 それでも、言うことは決まってた。ずっと前から私の気持ちは動かなくて、あの会議室での時間の後なんか、どうしようもないくらい気持ちが膨らんでしかたがなくて
「……私も健太郎のこと、好きだよ」
 思いがけず声は震えたけど、言ってしまえば少し開き直れた気がした。
「ずっと、ずっと前から。一年の頃から」
「いっ!?」
「伝達表彰の時に、見てから。それからずっと」
 言って、私も南を見た。南の顔は驚きで一杯になって、ホントに、って呟きが漏れた。
「本当、だよ。だから、健太郎と同じクラスになれた時も、こうして仲良くなれた事も、嬉しかった」
「……」
 南は口を開けたり閉めたり忙しそうで、私は分からなかったでしょう、って笑うことさえ出来た。
「……すげ、嬉しくて、俺、何言えばいいか」
 口元を押さえて言う南は完全に照れてしまっていて、けど不意に抱き寄せられた。
「……嬉しい」
「うん、私も、嬉しい。でも、期待もしてた。アドレス聞いてきたり、デートに誘ってくれたりしたから、もしかしたらって」
「あー……」
 ばれてたのか、と、南の声が凄く近くて、少し熱の籠もった声が耳に響いた。
「でも、健太郎は優しいから、誰にでも優しいのかと思って」
 ちょっと、怖かったよ。
 続けると、すぐさま俺は優しくないって言葉が返ってきた。そこで、南は腕の力を緩めて
「それよく言われるけど、俺、そこまで優しくないよ」
「そう?」
「そう。……優しくしたいと思ったのは、だけだし」
 照れたように言って、私はくすりと笑みがでた。
「やっぱり、健太郎、タラシっぽい」
「な、」
「うん、でも、それが聞けるのが私だけなら、嬉しい」
 私よりも大きくて、柔らかくない身体。それを本当に実感して、南は私とは違うんだと感じた。
「そりゃ、にしか言わないって……」
「ありがと。大好き」
 一生懸命な健太郎が大好き。
 言うと、南は、やっぱって格好良いな、なんて呟いて。
「……これから、よろしく」
「私の方こそ。……ちゃんと、他の人から聞かれたら、彼女だって答えてよ?」
「え!」
「当たり前でしょう。私、教室で冷やかされても、健太郎のこと、自慢の彼氏だから誰にも渡さないんだからって言っちゃうから」
 ずっと、好きだったんだもの。胸を張っても、良いでしょう?
 言って、
「……当面の目標は、よりも格好良くなることだな」
 って南の言葉に声をあげて笑った。
 そんな目標立てなくても、十分格好良いのに、ね。

(9)

 もうすぐクリスマス。空気は冷えて、私と南は図書館で勉強中。
「ね、健太郎」
「ん?」
 真向かいに座ってお互い教科書を広げて、一応期末テストは終わったものの、受験は終わっていないわけで、私達は思い思いに勉強していた。
「クリスマス、予定ある?」
「幸いにも」
「ホント?」
「ああ。何処か行きたいところ、あるのか?」
 ふと顔を上げると、柔らかく微笑んでる南の顔。ああ、私、学年が上がって南のこういう風な笑い方に気付いて、益々好きになったのを覚えてる。
「んと、行きたい所じゃないけど、ほら、クリスマスのライトアップで有名な所あるでしょ」
「ああ……」
「あれ、ちょっと行ってみたい」
 でも、一人だと夜だし、親が反対するから。
 そう言えば、南は呆れたような表情で
「あのな、俺、の彼氏だったと思うんだけど」
「……うん」
「普通さ、彼女にクリスマス予定あるって聞かれたら、一緒に何処か行こうってなるだろ?」
「う、うん?」
「あー、だから、なんというか、ついてきて欲しい、とかじゃなくて、何で一緒に行こうって誘わないんだ?」
 最後には少し困った顔になって、南はそう言った。でもお互いに受験があるし、南は直前になってがつがつ勉強するタイプではないけど、それでもそんなヒマはないと思ったから。まあ、私もなくはないけど、志望校はそこまでレベルの高い所じゃないし。
「はい、やり直し」
「え?」
「ん、だから、やり直し」
 すこしむすっとした表情で、南は『やり直し』を要求してきた。私は少し困った風に目線が泳いだけど、
「……えっと、クリスマスのライトアップイベントに、一緒に行って欲しいな?」
 これでいいのかな、と思いつつ首を傾げながら聞くと、南は途端に満足そうな表情で一度こっくりと頷いた。
「勿論。何時からなんだ?」
「えっとね、確か六時だったと思う」
「なんだ、結構早いんだな」
「でも今の時期六時って結構暗いじゃない?」
「あ、そうか」
 テニスに一生懸命だった南がこうして勉強し始めたのはつい最近で、それでも息抜きと言っては後輩と良くテニスをしているところを見るようになった。見るようになったのは勿論、ボールの音だけが響いてくる生徒会室にいるからではなくて、昼休みや放課後に、テニスコートを意識して覗くようになった所為だ。
 夏にやったみたいに不用意に近づいて集中が途切れるなんて事にならないように、本当に遠くからちらりと視界に入れるだけ。
 帰りは一緒に帰ったり、帰らなかったり。私にだって友だちはいるし、南自身は後輩とテニスをする曜日を決めて居るみたいで、その日は私は友だちと帰る。そんなサイクルがお互いに決めなくても出来上がっていた。
「それじゃ、五時半くらいには迎えに行くから」
「うん」
「寒いカッコはするなよ」
「その時は健太郎が暖めてくれるでしょ?」
「まあな」
「わ。期待してる」
 お互いに肩の力も抜けてきて、自然に軽口を言い合えるけど、南は元々そう言うタイプじゃないからこんな事を言うと直ぐに顔が赤くなる。動揺してるの、ばれてるよ、南。



 クリスマス当日、時間通りに私の家にやってきた南と一緒に、私はライトアップイベントが行われる大きなビルの前まで歩いた。流石に人が多くて、私は南の腕にくっついて。
「大丈夫か?」
「う、うん」
 返すと、南はごった返す人の中で私からも見やすい位置をキープしてくれて、二人で並んで時間を待った。
「寒くない?」
「大丈夫」
 ダウンジャケットを着てる南は本当にあったかくて、笑いながら返事をすると、南も笑ってくれた。
 ――カウントダウンが始まる。
 二人して、そのカウントに声を乗せて。
 六時、ジャスト。
 一気についた明かりの数々に、はしゃぐよりも先に溜息が漏れた。
「綺麗……」
 大きくて、見上げながら、何か感動したのか、目に涙が浮かぶのが分かる。
 目の前には鮮やかなツリー。それ自体は毎年こうしてライトアップされて、見慣れているはずなのに、隣に南が居て、腕を組んで、こうして居るのが幸せに思えた。南を初めて良いなと思ったあの時から、三度目の冬。
 寒いと言えば寒いけど、どこか暖かくて、私は、これが幸せなのかな、なんて思った。
「クリスマスツリーって、こんなに凄かったんだな。俺圧倒されてるかも」
「うん。……私も」
 ライトアップが始まって、多分六時ジャストが目的だった人が大勢居たんだろう。今はもう人混みはある一定の流れを作っている。ライトアップの瞬間は終わって、思い思いの場所へ向かい始めたんだ。

「ん」
 不意に南が動いて、私は自然に組んでいた腕を解く。あ、寒い、と思った時には、南は真正面にいて、私はぎゅって抱きしめられていて。
 つむじに、何かの感触。
 直ぐに頭を撫でられて、南が腕の力を緩める。
「これ、俺の精一杯」
 なんて南が言うから、私は嬉しくて、さっきの感触をもっと味わえば良かった、って少しの後悔もしながら南に抱きついた。
 南の体は大きくて、やっぱり私とは違う。
「受験、頑張ろうね」
「ああ」
 南は暫くそのまま私の頭を撫でてくれていて、何処かで暖かい物飲んでから帰ろうなんて言って、自販機でホットドリンクを買って飲んだ。
 お互いに勉強に煮詰まって我慢ならなくなった時は、会う約束をして。
「あー、でも、それなら寧ろ毎日一緒に勉強した方が良いかも、俺」
 南がそう言って片手で顔を覆ってしまうから、私はならそれでもいいんじゃないなんて気楽に返した。
「来年も来られたらいいね」
「ん、ま、出来るだろ」
「うん。大好き」
 強気な南の発言が嬉しくて言えば、俺も、って遅れて返ってきて。
 あんな無理矢理な企画を立てて遂行してしまった跡部に、今更ながらに感謝した。

2007/12/12 : UP

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