この話には性描写が含まれるため、18歳未満の方や高校生の閲覧を固くお断り致します。

恋心恋錦

 薬研藤四郎は滾っていた。彼にとって元来、物事とは至って単純なものである。審神者への想いがただ刀剣の付喪神として以上に、あるいは戦を求める心ほどに深く、情のあるものだと気付いてしまえばすることは一つ、寵の獲得であった。
 心と言う、身体の内側から溢れるように出てくるもの。感情。迸るようでいて静かに嵩を増していく温度。審神者のためだけに溢れる薬研の秘湯は、審神者を求めて腰へ流れ落ち、穿つときを待ちわびて溜まっていくばかりだ。その熱を散らす方法も、薬研はよく心得ていた。
 薬研にすべてを委ね、柔らかく笑む少年に目じりが下がるのが分かる。触れ合った唇の温もりに下腹部が一層疼いた。先ほどのように衝動だけで求めるのではなく、彼へ抱く情と、彼が己へ抱く情を噛み締めながらたっぷりと味わう。肩を優しく掴み、掴まれる心地良さ。指摘したためか懸命に鼻から呼吸をする度、抜けていく小さな声。積極的な動きはないが、一切の抵抗がないことが審神者の心を如実に示していた。
 上唇、下唇、それぞれを何度も小さく吸い上げ、官能的に開く唇の隙間からそっと舌を差し込み、撫でるように舐める。甘い声が響き、それに酔い痴れ、何度も飽きることなく繰り返した。そうして薬研が口を離す頃、審神者の身体からはすっかり力が抜け、薬研へとしなだれかかっていた。それを強く抱き支えて、彼の表情が眠る寸前のような無防備なものであることに愉悦を覚える。ぞわりと背筋が震え、やはりそれも、既に硬くなっているだろう前へ集まっていった。
「ん、ふぅ……」
 身じろぎ、うっとりと息をつく審神者の首筋に舌を這わせる。同時に右手をパジャマの内側へ潜り込ませた。今度は明確に、劣情を持った上で。
「んあ!」
 小さくもつんと主張していた乳首をなぎ倒すかのように指を最大限使って擦ると、審神者の声は刺激の強さに比例するように大きくなった。薄い胸板が逃げるように薬研から離れたため、追いかける。今度は優しく、宥めるように乳首を挟み、小刻みに力を込めた。鎖骨を舌でなぞり、反応のいい場所に甘く吸い付く。
「はっはっ……っあ、はっ……ん……」
 悩ましげに審神者の腰が揺れる。触れてほしそうに薬研を誘っているように思われて、薬研はパジャマの上から審神者の股座へと手を滑らせた。下から撫で上げて状態を確かめ、そこが熱く、はっきりとした形を持っていることにほくそ笑む。少し指先でつまむようにして擦ってやると、審神者の口から制止の声が飛び出した。
「あっ、薬研っ」
 声は甘く、拒絶とは程遠い。それでも全く力の籠らない手は審神者の硬くなった場所を捕らえた薬研の手を退かそうとしている意思が感じられた。
「嫌か?」
 分かりきった答えを求めるような性分ではなかったはずだが、と頭の片隅で感じつつ、少しでも審神者が不快を感じないよう手を止める。言質を求めているということなのだろう。先ほど審神者がそうしたように。
 薬研の問いに、審神者は首を横に振った。
「……布団がいい……」
 小さな声で行われた主張は、なんとも薬研の心をくすぐるものであった。布団は二人が座る直ぐ側に敷かれており、ころりと転がるだけで届く距離だ。二人で布団の上へ移動し、審神者が恥じらいながら身を横たえる。そこで手を顔の上にかざした。
「眩し……電気消そう?」
「見えない方が怖くないか?」
「ううん、そういうのじゃなくて、薬研の顔、ちゃんと見たいんだ」
 いじらしい言葉に、薬研は直ぐに電気の明るさを絞った。小さな豆電球に切り替え、柔らかなオレンジ色の明かりが仄かに点るのみになる。
「大将、暗すぎないか、これ」
 薬研は夜戦でも変わりなく動けるほど夜目は利くが、審神者は違う。それを懸念してのことだったが、審神者は大丈夫だと返事をした。その姿を覆い被さり、四つん這いになった状態で見下ろす。
「……恥ずかしいから、して?」
 薬研の眼にもどかしそうに身じろぎする審神者に、我慢する理由など最早どこにもありはしなかった。
 遠慮なく審神者の乳首に舌を絡め、嬲り、吸い上げる。
「んんっ」
 逃げ場のない布団の上で、審神者の身体が媚びるようにうねる。圧し掛からぬよう気をつけつつもぴたりと身を寄せれば、それは審神者からの愛撫になった。細い脚が股座を割るように足を開き、挟み込む。既に十分すぎるほど熱された薬研の陰部に、審神者の身体は刹那の間動きを止めた。物足りなくなり、薬研から押し付けるようにして腰を動かし、己が求めているのは他でもない彼なのだと意識させる。同時に己は審神者の足の間に膝を割り込ませ、太ももで彼もまた同じ欲を育てていることを確認し、またぞろ溢れ出す満悦めいた心地に熱い吐息が漏れた。薬研の息が、唇が、舌が、歯が、指先が、審神者の胸元で好きに暴れ、審神者はそれを全て許容する。それの、なんと気分のいいことだろうか。
 知らず口角は上がり、薬研は目を眇めた。
「はっ、ん、ん、んっ」
「どうだ、気持ちいいか?」
 愛撫を続けながら、太ももに熱く脈打つものを感じながら、か細い嬌声とともに身体を震わせる彼へ具合を尋ねる。
「あっ、ふぅ……っ、ん、もっと……つよく……」
 薬研の身体の下で蠢く審神者の体温と、口元から零れる素直な言葉に、腹部から衝動が突き上がってくる。抗いがたいそれに流されながら、薬研は右手で審神者の乳首を摘み、引っ張った。同時に口で強く吸い上げる。
「ああ!」
 薬研を押し上げるように審神者の腰が浮く。直ぐにぎこちなく布団へ戻ったが、その瞬間、彼の欲望が一層硬さを増したことを薬研ははっきりと知ることができた。
「ん、薬研」
 決して薬研の邪魔にならぬよう、赤んぼうの様に顔の近くで握られた拳ふたつ。その影から見える審神者の顔を見る。
「もっと……ん、まわりも、引っ掻いて…… 痒い……」
 薬研の膝を両足で挟みながらも、その顔はもどかしそうだった。実際、もっと直接的な刺激が欲しい筈なのだ。しかし痒いという言葉も嘘ではないのだろう。審神者は嘘をつくことを不得手としているし、未だ羞恥の色が見えるとは言え、審神者は薬研に全てを渡そうとしているのだ。嘘をつく意味もない。諸々の事情――審神者の恋心が重なってしまったものの、本来胸の痒みとそこで性感を得ることは別の話だったと考えれば納得できる。ここまではっきりと手で触れ、舌で感じる限り、皮膚表面に異常は見当たらない。一過性のものだったが、気になって胸に触れたことである程度性感帯として感度が高まり、その所為で余計に気になって触ってしまうというような流れに陥ってしまったのだろう。
 乞われるまま、薬研は審神者のしっとりとした乳輪へ指をずらし、その境界をなぞるように爪を立てた。そのまま、円を描くようにして胸の下にある薄い肉と骨の凹凸を堪能する。
 乳首から口を離し、両方を手で弄る。時折労わるように掌全体で胸元を撫でると、審神者は心地よさそうに息を吐きだした。眼は開いているが、限りなく細められていて、恐らく下腹部の熱が無ければそのまま眠ってしまいそうな顔だ。
 いつもであれば、これまでの薬研であれば、そのまま寝かしつけ、寝入る様子を見つめていただろう。今となってはどうしてそれで満足できていたのか甚だ疑問に思いながら、薬研は両手を脇腹へ滑らせ、そのまま審神者のパジャマの下に手を掛けた。下着ごと指に引っ掛け、ずり降ろす。審神者は腰を上げながらも両手で己の勃ちあがっているであろうそれを隠したが、薬研はしっかりと審神者の纏う布を足先まで払うと、膝立ちになったまま審神者を見下ろした。ともすれば舌なめずりでもしてしまいそうで、鼓動と同じ調子で存在を主張する股間を感じながら、審神者の手を取る。微かな抵抗はあったものの、直ぐに薬研に従う手を胸元まで引き上げる。それぞれ指を絡めても良かったが、そうすると唇でしか触れることが出来なくなる。口淫はいささか性急過ぎるだろうと、薬研は頭によぎった発想を払った。その代わり、審神者の両足を左右へ開かせ、何も守るものの無い審神者の性器を見つめる。電球色の下、ぴんと背を伸ばした状態で下腹に横たわる姿は色こそ曖昧なものの、どのような形をしているのかははっきりと見ることができた。皮に包まれながらも丸い、小さな桃のような亀頭はきちんと飛び出ている。審神者の性格上ないとは思っていたが、実際に目に見える汚れや異常もなく、仄かに石鹸の香りが薬研の鼻腔をくすぐった。
 躊躇いもなく、審神者の身体の、最も先走った場所へ触れる。そっと握り込むと、手首に審神者の手が舞い戻った。
「薬研、手袋……」
「ああ、気になるのか?」
 薬研の愛用する手袋は極めて薄く、手先の感覚を遮ることは全くない。今身につけているのも内番用のものであり、汚れることを前提につけている。
 だが、しかし、薬研は口を閉ざした。黙って手袋を剥ぎ取り、白衣のポケットへ押し込む。直接触れる機会などそうあるものではないし、折角審神者が丁度いい具合にその機会を与えてくれたのだ。乗らない理由はなかった。
 ついでとばかりに薬箱から一つ小瓶を取り出しておく。そして一旦それを肌に触れる場所へ置いておき、これでいいか、と言いながら、今度こそ審神者の芯を握った。止められることはなかった。
 皮を動かし、審神者の肉を擦る。筋を親指でなぞり、雁首をつねるように指で挟み、扱き上げた。左手で戯れのように小さな袋を弄べば、審神者は薬研の手の動き全てに翻弄されているようだった。
「あ、ああっ……は、だめ、あ、いいっ、……っふぁ、」
 上ずった声に、まるで泣き濡れるかのような頼りなさが混じる。息を乱しながら、時折、足の付け根を戦慄かせる。薬研の手によって弄られる彼の敏感で未熟な性器は、次第に細い鈴口を濡らし始めた。快感を得ていることは明白だった。
「薬研……っ やげんっ」
 切なげに何度も名を呼ばれ、その度に薬研の中から余裕が削られ、焦燥感にも似た衝動が突き上げてくる。呼ばないでくれ、否、呼び続けてくれと相反する願いを口にしそうで、薬研は歯を食いしばった。彼の声はこれほどまでに甘美だっただろうか。
「やげん……! 遠いよ、もっと……近くがいい」
 快楽の涙を浮かべながら、熱に浮かされるように審神者の手が薬研に伸ばされ、空を彷徨う。薬研は迷わずその手を握り、審神者の上半身を抱き寄せた。初めて直接触れた手は熱く、皮膚の細やかな凹凸さえ感じ取ることが出来そうなほどに多くの情報を薬研へ与えた。指先には多く神経が通っているが、これほどまでに感じることが多かっただろうか。そんな疑問が頭をよぎる。それも、審神者から薬研の手を引き寄せる動きにあっという間に消え去った。
「ん、」
 首に腕が絡み、薬研を拘束する。厭わしいはずもない愛おしい温度と匂いに、薬研は左腕を審神者の腰へ回し、求められるまま唇を開け放った。
 拙い舌先が薬研の唇を割り、薄く開けた歯列をなぞる。その動きが先の薬研のそれを懸命に追いかけているように思われて、そっと薬研からも舌先を絡めた。ぴちゃ、と水音が響き、息遣いに混じる。互いの舌が逢瀬を楽しむ感覚と言うのは中々筆舌に尽くしがたいものだと思い、薬研は状況と言葉の可笑しさに気づき、一人笑んだ。審神者の舌が唇の裏側を舐めていくと、唾液も相俟ってぬるりとした感触に欲望がまた一つ下腹部に装填されるのを感じる。おもむろに唇が離れ、同じ速度で目を開ければ、近い距離でやはり薄目を開ける審神者が見えた。己もまた同じ顔をしているのだろうと薬研は思う。快感を追いかけ、相手を求め、耽る。盛りのついた生き物のそれだ。
「ふぅ」
 審神者は一息ついたと言わんばかりにため息をついた。満足した様子はなく、薬研の首にしっかりと回した両腕もそのままだが、薬研と目が合うとふと、柔らかく微笑んだ。唇はしっとりと濡れ、それが電球色に照らされて小さく艶めいている。それを眼にするのが己のみであると強く自覚すると、薬研はまた一段と審神者を欲し、いきり立った。彼を乱し、己のみで満たしたい。身体だけではなく、心の隅々まで侵したい。
 今すぐに完遂できることではないと判断する程度の理性はあったが、それも直に煮えたぎった欲の前にかき消えそうであった。
 加減を間違えるような下手を打つつもりは毛頭なかったが、強すぎる刺激が痛みとならないように、薬研は先ほど手元に置いた小瓶の中身を手に取った。中身は香油である。刀剣たちは基本的に嗅ぎ慣れた丁字油を好むが、他にもいくつか、物は試しと揃えておいたものだ。
 二人の間で柑橘の甘く、爽やかな香りが匂い立つ。一つ、何も怖がることは無いと審神者に口づけ、掌で馴染ませたそれをぴんと背を伸ばした少年の性器へ擦り付けた。
「んっ」
 ぴくりと跳ねる様子も構わず、薬研はそのまま、彼の最も敏感な果実を堪能することにした。皮から顔を出す亀頭は丸く、審神者の高まりを示すようにつやつやと張りつめている。窪みや鈴口を指先や掌全体で圧迫し擦りつつ、時折根元から扱き上げる動きを加えながら、先ほどまでよりも大胆に、力にも強弱をつけて可愛がる。小刻みに上下に扱くと、卑猥な水音が二人の耳に囁いた。
「あっやんっ、あ、あっ! さき、ぽ、だめ、あ、やあっ」
 束の間の休息を終えて再び追いつめられた審神者は息を乱したままどうにか声を上げるが、最早ここで引く男などただの腑抜けである。薬研は宥めるように、しかし性感を煽るように審神者の腰を撫でながら、手を緩め、速め、意のままに快感の強さをコントロールし、審神者から余裕を奪う。
「はぁんっ……や、こわいっ こんな、っ、きもち、いい、のっ……あっ、しらないっ……」
 心細そうにも思える声色が薬研の鼓膜に響いた。待ってくれと暗に乞うてくる言葉は、歯止めになるどころかより一層薬研の背を押した。
「俺が怖いわけじゃねえんだな……? なら、このまましがみついとけ。大丈夫だ、良いことしかしねえよ」
 知らぬというならば知ればいい。そうして、己だけを覚えて己だけに身を焦がすようになればいい。暴力的なまでの欲望に炙られながら、薬研は審神者を高みへと押し上げた。審神者の手が薬研の白衣を掴み、腰が小刻みに揺れ始める。目で確認することは叶わないが、二人の狭間で水音が増し、荒い呼吸の中に引き攣れたような声を拾えば薬研もまたその度に余裕を削られて行った。容赦なく、惜しむことなど何もないと審神者の弱い亀頭を主軸にたっぷりと陰茎を刺激する。
「んっ、はあっ、あ……あ、だめ、……でる、でちゃ、」
「出していいぜ」
 平時から然程低くない声が、歌うかのように高くなっていく。縋りつかれ、鼓膜から、唇の触れる場所から染み込むように侵入してくる嬌声に、薬研は息が上がるのを押し殺した。
「はあっ、あ、いく、いっちゃ、……くぅんっ、あ……!」
 手の中で、質量が増す。一際強く脈打った後、薬研の指には熱い飛沫がかかった。吐きだせるだけ吐き出させるため、ゆるく、ねっとりと手を動かす。搾り取るように下から上へ。そうして何度か薬研の手の中で震えた後徐に落ち着くのを肌で知ると、審神者の蕩けそうな艶めかしいため息に合わせて動きを止めた。動物のように顔を摺り寄せ、まだ熱の引かない頬へ唇を寄せる。薬研の意図に気づいた審神者が顔を上げ、三度唇を味わった。余韻を振り払えず、未だ頭が冷えないでいるのだろう。快感を追い求めるように積極的に薬研へ身体を寄せてくる様子にほくそ笑む。
「……ん……薬研、やげん……」
 ちゅ、ちゅ、と甘く吸い付き、睦言にも等しい行為に耽っていると、審神者が僅かに身じろいだ。しっかりと薬研を離さなかった腕が緩められ、薬研がそうしたように、二人の間へ滑りこむ。服の上から審神者の手が薬研の下腹部へ添えられ、薬研はその刺激だけで、腹部に溜め込んでいた淀みのような欲望が明確に出口を求め、一つの方向性を持ったように感じた。
 そのまま審神者のしたいようにさせる。審神者は薬研の腰回りを寛げると、シャツのボタンとネクタイも全て緩め、薬研が先にそうしたように、そっと左右へ開いた。
「……綺麗だね」
 薬研の鎖骨に指を這わせながら感嘆と共に呟かれた言葉は腹部を掠めた。なんともじれったい。しかし己の身体の美醜など毛ほども意識したことは無かったが、彼が魅入るに足るものであるならば歓迎すべきことだ。
 刀を持つことの無い手はしっとりとして薬研の肌に馴染む。その指先が薬研の急所へ潜り込むのをじっと見降ろした。下着をずらそうとする動きに従い、サスペンダーの留め具を外して、腰を浮かせて、自ら脱ぐ。露わになった性器は十分に勃起しており、審神者が息を飲むのも、薬研にはよく見えた。
「おっきい……」
 思わずと言った様子で呟かれた内容に心くすぐられる。それも薬研が人の身体と、心を持ったがゆえ。それが生き物の雄としての薬研の自尊心を酷く満たした。あぐらをかき、審神者の手を受け入れる。形を確かめるようにそろそろと撫でられ、薬研は堪らず腰を揺らした。
「大将、もっとしっかり握ってくれ」
 囁くと、小さな返事と共に陰茎が包まれる。皮が動き、初めて直接の刺激を与えられた薬研の芯はびくりと動いた。
「わ……」
 審神者の手にしっかりと伝わった脈動は、些か彼にとっては大きいものであったらしい。驚きと共に握り込まれ、薬研は喉を詰まらせた。己の鼻から、何とも艶のある声が漏れ落ちる。彼に触れられているというだけでどんどん先走り果ててしまいそうな身体の昂ぶりに苦笑した。
 快感を追いかけることに没頭しそうになりそうな意識を引きずり上げ、手慰みにと左手で審神者の乳首をくすぐる様にしてからかう。面白いほど審神者の手の動きが疎かになり、窘めるような、優しくとがめるような声が上がるのを見て、知らず小さな笑い声を零していた。彼には悪いのだが、恐る恐ると言った物慣れない手淫のまま変わらないのでは果てまで到達できそうにない。
「大将、横になってくれ」
「ん?」
「なに、いいコトをするだけだ」
 薬研の言葉を受け入れ、審神者が身体を横たえる。薬研は審神者の上にまたがり、小瓶に残っていた香油を全て、二人の性器の上へ垂らした。審神者の陰茎は再び鎌首をもたげており、薬研は先ほどまで己に触れていた彼の右手ごと二人分の陰茎を握り、腰を揺らしながら扱きあげた。
 くちゅ、ぴちゃ、と水音が響き、薬研の眼には二つの膨らんだ陰茎が香油と先走りに身を濡らし、寄せ合い、ぬめりにすれ違う様がよく見えた。審神者には見えているだろうか。そうでなくとも、手から、そして擦れ合わせている陰茎から直接、感じることは出来るはずだ。
 裏筋をぶつけ、時折腰の位置を調節しながら亀頭で亀頭を愛撫し、その二つを手で包み、強く揉みしだく。予想したより遥かに目に訴えてくる卑猥な光景に、薬研は眉を寄せて快楽の手綱を握った。
「ん……っ」
「あっあっ、だめ、ああっ」
 薬研の手の内側で、審神者の手もまた勢いを増していく。二つの鼓動が重なり、硬く張りつめ、どちらともつかない息と声が混じった。
「あ、いく、いくっ、また、……っはあっ、あ、やげ、んっ、ん、あ、あ!」
 極まった審神者の声に薬研もまた果てへひた走り、ぶるりと震える。嗚咽めいた声が漏れたが、先に射精を迎えた審神者が聞いていたかどうかは分からない。二人の掌越しに力強く脈打つ陰茎を感じ、果てた証が審神者の滑らかな腹部へ散る。それだけで審神者を侵したような心地になり、薬研は目が眩むほどの充足を得た。
 恋情と劣情が混ざり己よりも僅かに小さな肢体を組み伏せ、甚振りたいという衝動が昇華されて行く。それは不思議な清涼感を伴った。香油の所為かと思われたが、それだけでは説明のつかない胸の穏やかさを余韻の中に見る。それはどこか戦を終えた後に通じるものがあった。
「……またいっちゃった……」
 未だ火照る身体を恥じるように、審神者が右腕で目元を隠す。簡単に勃起してしまうことを気にしていたのだから致し方ない反応だろうが、薬研の眼には酷くいとけなく映った。想いを自覚した際に感じた穏やかな熱が胸元に広がる。欲求が解消されたことも相俟って、想い人と結ばれるというのは斯様に晴れ晴れしいものかと息をついた。
 汚れのない左手の甲で、審神者の熱い頬を撫でる。後始末をしなければと脱ぎ去ったショートパンツに忍ばせてある手ぬぐいを取り出し、審神者の身体からまず丁寧に拭き取った。
「……? 薬研? 終わるの? 続きは?」
 恥ずかしさもどこへやら、上半身を起こした審神者が遠慮がちに訊ねてくる。どこか不安そうな面持ちを見て、薬研は手を止めた。
 審神者が『パパ』との行為を『愛される』ことであると考えているのならば、彼にとって大切なのはここからなのだろう。薬研もまた「受け止めてくれるか」と口にしている。ここで止めることは柔らかな拒絶のように感じられたのかもしれない。
 彼の身体を開き、柔らかな肉を穿つ。衝動のまま貪り、彼の中で爆ぜ、己を覚え込ませ、染み込ませる。それはあまりにも甘美であったが、欲求に従うには、薬研は余りにも十分な知識を持っていた。知識を総括する理性が判断を下すのだ。今すべきではないと。
 電気を点け、眩しさに手をかざす審神者と目線を合わせる。
「今日はここで終わりだ。大将も知ってるだろ、続きには準備が必要だからな。大将を傷つけたくない。……分かったか?」
「ん……」
「いい子だ」
 どこか淋しそうにしながらも頷いて見せる少年に、薬研は慰めるように口づけた。右手が汚れているということもあったが、素手で審神者に触れることを躊躇う程度には頭は冷えていた。
「その分、やる時はとことんやってやる。……俺を受け止めてくれるんだろ?」
 笑みを浮かべながらそう告げれば、審神者は何度も頷き応えた。壊すことができるか否かは別として、壊れる程に力尽きるまで求めることになるだろう予感が薬研にはある。これ以上『愛』を受け取れないと言われても、小さな器から受け止めきれなかった『愛』が零れようとも、注げるだけありったけをぶつけるだろう。
 自覚を促したのは審神者の方だ。不安など消し飛ぶほど、『パパ』など霞むほどに満たしたい。薬研が感じた愉悦の大きさだけ。共有し、分かち合い、一つに溶けて、そうしてようやく薬研の猛る想いは凪ぐだろう。
 膨れ上がり蜘蛛の巣のように広がっていく思考と欲望を、彼が知る必要はない。
 大まかに汚れを拭い終えると、審神者が携帯用の『ウェットティッシュ』を取り出し、薬研の手を丁寧に拭き取った。薬研も倣い、改めて腹部を優しく拭く。くすぐったかったのだろう、「ふふっ」と弾んだ声と笑む顔に艶めいた気配はなく、自然と口角が上がった。
 脱いだものを再び身につけ、服の乱れを直す。後はもう眠るだけの審神者へ布団を被せて整えると、薬研はその上から軽く、審神者の胸元を叩いた。
「もう寝な。明日からもよろしく頼むぜ、大将」
 微笑みながら柔らかな声でそう告げると、薬研を慕っていることが直ぐに分かる笑みと共に頷きが返ってくる。
「……ありがとう、薬研」
 何に対しての言葉だったのか。幾つかを思い起こしたものの薬研には判断がつかなかった。全てかも知れない。返事の代わりに素手のままそっと頭を撫で、電気を消した。


******


 性の夜伽の真似事から三日。審神者の体調は頗るよいものであるようだった。変化らしい変化と言えば、時折頬を赤らめて、無言ながらもはっきりと薬研へ好意を伝えてくる程度だろうか。それが今までになく蠱惑的なことを覗けば、二人の関係は相変わらずであった。自覚するよりも以前から心が決まっていたのだから当然と言えば当然で、ぎこちなくなるよりは遥かにいいことだ。
 それにしても心というものは難儀なものである。元より持ちたるものであっても、それと思わなければ持ちえないものとして平気な顔をしていられるのだから。
「薬研」
 そろりと開いた襖に、薬研は思考の井戸から這い上がった。今いる場所は薬や応急処置のための道具が揃えられた薬研管轄の作業場である。眼鏡を押し上げて身体の向きをずらすと、衝立からひょっこりと審神者が顔を出した。
「おう、大将。どうした?」
 ついその身体に怪我が無いかを見てしまうのは殆ど癖に近い。外傷が見られないことは直ぐに分かったが、衝立から出てこずにもじもじと組んだ指先を動かす様子に首を傾げた。また胸でも疼くのだろうか。これまでそんなそぶりはまるでなかったはずだが、と思いを巡らせる。その思考は、審神者の言葉で白に消えた。
「あの、……ごめん、や、薬研の手じゃないと上手く……その、自分でやっても、き、気持ちよくないんだ。……だからまた気持ちよくして欲しいんだけど……だめかな?」
 思い出しながらしてもなんか違うんだよね。そう言って薬研の顔色を窺い上目遣いになる審神者を見遣り、薬研は考えるより先に笑んでいた。
 求められるというのは胸がすく。それが求められたいと望んだ相手ならば尚のことだ。
 自分色に染め上げるには、審神者は余りにも他を知らない。理解していたつもりだったが、ここまでとは思いもしていなかった。ある意味、侮っていたのだろう。彼に物事を教えることの重大さについて、神妙な心地になったことを忘れたわけではなかったのだが。
 こんなに己に都合がよくていいのだろうかと、薬研は震えた。
「悪いわけないだろ。それで? 今晩でいいのか?」
 普段の調子で訊ねると、審神者は無言で頷いた。仄かに染まった頬に優越にも似た満足感を覚える。
 目覚めから己の眼を惹きつけて止まない金糸と青の宝玉。どうして世話が焼けるなどと、そのような誤魔化しが出来ていたのか今はただただ不思議でならない。
 気付きを迎えることの幸福を噛み締め、薬研は了承の返事をした。

2015.04.14 pixiv掲載+本編fin.

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