この話には性描写が含まれるため、18歳未満の方や高校生の閲覧を固くお断り致します。

恋心恋錦

番外・口口

 薬研はキスが好きだ。上手い具合に隙を見つけてはしょっちゅう仕掛けてくる。
 もっと詳しく言うのなら、キス……を、キスだと思ってやっているわけじゃなさそうなのだけど。なんて言えばいいのか、唇で唇に触るのが好き? というか。そういう僕も薬研の唇は柔らかくて気持ちいいから、薬研ばかり好きみたいに言うのはよくないか。

 薬研が管理してくれている部屋には、たくさんの薬の元になるものが所狭しと置いてある。壁一面の棚の引き出しに入っていたり、瓶詰にしてあったり。外から直ぐに入れるようにと、土間から続いている、部屋そのものも半分土間という特殊な部屋。そんな部屋を仕切る衝立の陰で、薬研の唇が僕の唇に擦れる。障子を挟んだ外からは岩融が短刀の子たちと遊ぶ声が聞こえてくる昼下がり。雨戸を開けた回廊越しにそう強くない日差しが部屋の中まで入ってくるけれど、電気の明かりに慣れた生活をしていた僕には薄暗さを感じるくらいの控えめなものだ。なんだか、こっそりとこうしていることにどきどきする。
 薬研は僕の足の間に膝を立てていて、僕の両脇に手をついて、そっと触れてくる。唇の柔らかさを確かめるみたいに強弱をつけたり、自分の唇で僕の唇を少し挟むようにもぐもぐしてみたり。かと思えばそっと舐められてほんの少しだけ薬研の下が僕の唇の間に挟まって、ぴくんとしてしまう。お腹の下の……その、大事なところが。
 薬研の匂いが……草のような、花のような、そんな香りが体温と共に柔らかく僕の身体を包んでいる。直接触れ合っている場所は唇だけなのに、その匂いと、彼から発せられる熱が僕の身体の中にまで染み込んでくるよう。それが何を連想させるかって、つまり、だから……キスよりももっとすごいこと、で。自分で触れるよりもっと気持ちがいいことを、いつも夜に、こっそり薬研にされてることを思い出してしまう。どきどきするのも、きっとそういうこと。
 太ももを閉じて擦り合わせたくなるけれど、薬研の身体があるからそれも難しい。むずむずとする感覚をやり過ごしている間も、薬研は止まってはくれない。キスは唇で柔らかく挟むような動きから、ちょっとだけ吸い付くようなものに変わる。僕の唇をほんの少し引っ張って、薬研の唇が引いていく。ちゅ、と小さく音を立てて、僕たちの間には僅かな隙間ができる。一回、二回、三回、四回。ゆっくりと回数が増えていくだけの単調な繰り返しの中、少しだけ目を開けると、薬研も目を開けて僕を見ていて、ちょっと心臓が跳ねた。大きく動けないから、何度も瞬いて。
 ふ、と控えめな笑いの吐息がかかり、おでこがくっついた。薬研の顔が、目が、凄く近い。淡い、ともすれば銀にも、灰色にも見える紫の目は、今は普段見るよりももう少し色濃いように思う。薬研の綺麗な一重の目はいつも穏やかな形をしているけれど、今は微かに笑っているせいか、より細くなっている。猫の目のような瞳の中心が、丸い。薬研の目に僕が写っている。僕の瞳は、薬研にはどう見えているんだろう? そう考えたところで、また唇がくっついた。目を閉じる。
 何度も舐められて濡れた唇同士はぬるりとして、最初にしたような、唇を合わせて左右に擦るだけの動きも滑らかなものになる。その摩擦は妙に僕の下腹の方へ響いて、今度こそ身じろぎをした。……そんなもの、薬研には何の意味もないってことは知っているのだけど。
 僕に合わせて器用に高さや位置を調節した薬研は、今まで楽しんでいたようなささやかなキスを止めて、べろりと僕の唇に舌を押し付けた。勢い、そのまま力を抜いていた僕の唇を割って、薬研の温もりが僕の内側へ飛び込んでくる。
「ふぁ……っ」
 怯むように口を開けつつ頭を後ろへ引くと、堪え切れずそのまま畳の上へ寝そべってしまった。
「悪ぃ! ……大将、頭打ったりしてないか?」
 目を開けると、薬研が心配そうな顔をして僕を見下ろしていた。大丈夫だよと返すけれど、薬研はそのまま僕のお腹の上にまたがると、悪いな、と言いながらまた唇にキスを。薬研の手が僕の顔の両側に降ってくる。
「最初からこうしときゃよかったな」
 楽しげな声だ。まるで逃がさないと言われているような気がして、今度こそ太ももをこすり合わせた。返す言葉が見つからない。ただ、薬研の目が、顔が、優しくて、どきどきして、
「ん」
 はっきりと大きくなるリップノイズは、キスの深さと比例する。薬研は僕の唇に甘く歯を立てて、それから直ぐに宥めるように優しく舌でちろちろと舐めた。感触の違いを受け止めるのでいっぱいいっぱいな僕の中に時折舌を差し込んで、僕の歯をなぞって。僕が口を開くと、舌先同士が触れ合って、にゅるりとした不思議な感触に思わず僕も舌を動かしてしまう。
 口の中に溜まった唾液を飲み込もうとすると薬研は直ぐに舌を引っ込めたけれど、それが終わると今度は僕の唇を激しく揉むようにくっつけてきた。
「んっ、ふぁ、んん、っ」
 戸惑いながら、咄嗟に薬研の肩を掴む。そうすると、薬研の腕が僕の頭を包囲するように位置を変えて、指先で頭を撫でられた。
 頭なんて、触られたって何とも思わなかったのに。
 どうしてだか、薬研と繋がっている時みたいに気持ちいい感覚が腰の方へ抜けていった。
「ふぁあっ……! んっ――!」
 空けた口からいけない声が漏れ、それを塞ぐように薬研がぱくりと僕の唇を覆う。かと思えば強く吸いつかれて、唇からも電気みたいな感覚が腰の、……あそこにまで届いて、また、ぴくりとする。
 もうこれ以上はと顔を背けて、薬研の肩を掴んでいた手に力を込めた。
「薬研、も、もうこれ以上は……」
「嫌か?」
「……ダメ」
 大きくなっちゃう、と呟くと、薬研は僕の上に少しだけお尻をのせた。そこで少し腰を動かして。
「なんだ、まだ硬くなってなかったか。なってたらもうちょい押し通せたのにな」
 本気なんだか冗談なんだか分からない、独特の笑みを浮かべてそう言った。
 うう……キスは好きだけど、これ以上になると沢山声が出てしまうからこんな誰が来るかわからない場所じゃダメだ。僕の部屋じゃないと。
「ダメなら仕方ないな」
 薬研はそう言って、僕の上から退いて、身体を起こしてくれた。まだちょっとだけ、疼く感じがする。
 上半身を起こした勢いのまま、薬研の胸元に頭を寄せる。
「……つ、続きは……夜に、部屋でなら……いい、よ」
 そう言うと、一瞬辺りが静まり返った。……気がした。
 急に恥ずかしくなって、俯いたまま薬研から頭を離す。と、薬研の顔が近くなった。顔を上げられない僕の耳元に、薬研の小さな息遣いを聞く。
「大将、今晩は覚悟しとけよ?」
 低くてたっぷりとした凄みのある声が耳の中から僕の胸を震わせる。その後直ぐに耳の外側に触れた柔らかなものの感触に、唇がじんと熱を持った。

2015.04.14 pixiv掲載