この話には性描写が含まれるため、18歳未満の方の閲覧を固くお断り致します。

恋心恋錦

番外・本番

 ――全ての準備が整った。審神者が薬研藤四郎からそのように告げられたのはつい三日ほど前のことであった。

 物慣れぬすべてにどうにか慣れ、ふと余裕ができてみれば薬研への恋心に気づき、火照る身体を持て余すことが多くなったのは良かったのか悪かったのか。想いが通じ合ったのは間違いなく吉事であるが、そのめでたい夜から三ヶ月。告白と性的な触れ合いが殆ど同時だったにも関わらず、今日にいたるまで未だに身体を繋げたことは無かった。というのも、薬研が審神者を傷つけることを酷く嫌がったからである。
 薬研にはある程度人の身体にまつわる知識があるため、彼の性格も相俟って全てを委ねることはさほど難しい話ではない。元より、多く助けられ、支えられてきたのだ。己の正確かどうかさえ分からない性の知識を信じるよりは、医術的な知識を持つ薬研の言うことに従った方が確実で、かつ安全であることは考えずとも分かろうというものであった。
 『家』に居た頃普通だと思っていたことがそうでないと知ることができたのは僥倖としか言いようがない。審神者として活動するために必要なことを学ぶ場で、夜眠る時は勿論、室内で全裸で過ごすことは圧倒的マイノリティであることを教えられ、服を着ることこそが慎みであると諭されたのは今では忘れたくもある笑い話だ。刀剣達は付喪神であり、未熟な内に下手を打てば手がつけられなくなる。ゆえにくれぐれも粗相のないようにと徹底的に指導が入ったと薬研に零したのはいつの話だっただろうか。少なくとも結ばれてからだったはずだが、思えば、その辺りから薬研の頑なさに拍車がかかったような気さえする。
 審神者としてはセックスは愛情の籠った行為であるから、気持ちの上では直ぐにでもと考えていた。しかし薬研は必要な道具や家具を買い揃え、彼を受け入れるための肛門を解すことは勿論、夜な夜な按摩と称して審神者の身体のあらゆる場所を探り、徹底的に快楽を教え込んだ。耳、首筋、うなじ、鎖骨、腋、二の腕の内側、手首、手の甲、掌、指の付け根、指先、肋、腰骨、へそ下、背筋、尻、足の付け根、内腿、膝、膝裏、すね、足首、足の甲、足裏、足先。くすぐったいと笑えばそこが性感帯だと言って、審神者が嬌声を上げ、陰茎を勃起させるまで熱心に触り続けた。今では按摩の際に用いられるアロマオイルの香りがするだけでたまらない気分になってしまう程だ。クローブをベースにいくつか混ぜて変化を出しているようだが、芳しいその香りを、すっかり条件反射として身体が覚えてしまっている。夜半、主と刀剣、人と神という立場を離れて二人きりになる時間に薬研の隙の無い出で立ちが緩み、彼の素手が審神者の肌を撫でるのを。優しく丁寧に触れられながらも徹底的に焦らされ、最初は乳首で、次はキスで、その次は肛門から指を入れられ、そこだけの刺激で射精するよう言われ、もどかしい愛撫に泣き縋れば、審神者が薬研の眼にどれほど淫靡に映っているかを楽しげに囁かれたものだ。薬研の細い指を何本も咥え込み、いい加減薬研が欲しいとねだっても、薬研は己の中で次のステップへ移る条件を決めていたのだろう、頑として首を縦には振らなかった。終いには薬研は意地悪だとしくりと泣いた審神者に、これが意地悪だと言うのなら俺は意味のある意地悪しかしない、などと開き直られた挙句、情熱的なキスと審神者には真似できないような巧みな手淫で有耶無耶にされた。それが一度や二度ではないのだ。
 結局、少し前に審神者が薬研の指でドライオーガズムを知って尚、薬研の勃起した陰茎が審神者の中へ差し込まれることは無かった。その間、房事の最中審神者が彼に出来たことと言えば、拙い手淫と素股、それに陰茎同士をすりつけ、扱く兜合わせくらいなものだ。口淫は専らされるばかりで、することは叶わなかった。

 しかし、今までもどかしく切ない思いをしていたのもこれで終わる。そう思うと、審神者の心は一気に軽くなった。薬研からの愛情を疑うことはないが、『家』に身を寄せていた頃散々聞かされてきた愛する人とのセックスは審神者にとって憧れだ。
 誰かの一番になること。愛されること。その誰かが『パパ』から『薬研藤四郎』へ変わってから漸く、胸に秘めた渇望は癒されようとしていた。



 刀剣にとって肌を重ねることは霊力のバランスを整える非常に有用な手段である。霊力そのものや限界値を増やしたりすることは無いが、荒魂と和魂という性質を持つ心を鎮めることができるのだ。彼らの力が強ければ強いほど審神者側も相応の力を持っていることが要求されるが、40を超える付喪神を束ねている今であれば問題はないはずである。審神者の力に応じて拡張される本丸も随分広くなった。他の審神者の話では、セックスで神々の気を身体に取り込めば取り込むほど審神者の力も強くなるなどとまことしやかに言われており、子を孕めばそちらへ移ってしまうようだが、男同士であればその心配も全くない。
 下世話ながらも有益な情報の数々を審神者の集まるフォーラムで耳にしてからは、より一層薬研とセックスをしない理由がなくなっている。もっとも、恋仲として結ばれた以上、強くなるためにであるとか、必要なことだからなどという野暮な理由づけなど必要はない。審神者によってはむしろそのように説明することでセックスを日々の楽しみとしていたり、刀剣男士同士でのセックスを推奨しているようなのだが――それは、ここでは関係のない話だ。



 審神者が逸る心を宥めながら食事、湯あみを恙無く済ませて天蓋のつけられた寝床――薬研が審神者の身体への負担を気にして上等なものへ変えた――で座っていると、微かに襖の開閉する音が耳に入ってきた。薬研がやってきたのだと胸が跳ねる。近侍としてならば必ず入室前には許可を請うのだが、既に近侍としての仕事は終わっており、無言の入室は恋人としての、そして夜這いの合図でもあった。
 ふうと息をすれば、間接照明が仄かに光る。天井の照明は眩しいからと備えたものだが、中々どうして、怪しげな雰囲気を作り上げるのに一役買っていた。
「なんだ大将、やる気十分か?」
 苦笑めいた声色でそう言って、薬研が審神者の隣へ腰を下ろす。浴衣姿で胡坐をかき、白い足が惜しげもなく晒された。房事用の道具箱を脇に置き、開いた手がそのまま審神者の腰へ回され、審神者は上体を薬研の方へ傾ける。頬が触れ合い、額を擦り付けると、腰に回されたものとは違う薬研の指先が頤(おとがい)をくすぐる様に滑った。
アキ……」
 たっぷりと甘さを含んだ声と共に唇が重なって、審神者は軽く眼を閉じた。
 アキ、とは薬研がつけた審神者の名だ。審神者となったことで社会的には死んだものとして扱われ、それに伴い生来の名を名乗ることを禁じられている。人外の者にみだりに名を明かしてはならないという理由もあって、名を失っていた審神者が好きなように呼んでくれと申し出た結果与えられた名だった。滅多に呼ばれることは無いが、自分を想いつけられたためだろうか、はたまた薬研が付喪神であるからだろうか、その名が耳に届くと、審神者はいつも腰が抜ける。拳ひとつ作れないほどくたりと力が入らなくなるのだ。薬研の低い声の中に、気恥ずかしくもたまらない甘さが滲むせいだろうか。まるで寝入る寸前のような心地よさばかりで悪いものは感じないが、薬研に触れたいと思う時は不便であった。
 目を開けることさえも億劫で、視覚以外で感じられるだけ目一杯、薬研を知覚する。柔らかな唇が審神者の唇を挟み、揉む。時折ちゅ、ちゅ、と音が零れるが、緩い吸い付きが離れる瞬間に小さくも甘い痺れが走った。鼻先が猫がそうするように擦れ合い、細い指が審神者の顎をなぞり、首筋を辿るように下がっていく。薬研からは仄かに石鹸と、草の香りがした。
 瞬きの代わりに瞼を閉じたままぴくぴくと震わせ、キスに酔い痴れる。たっぷりと互いを確かめるかのように密着する唇と舌先はどちらのものとも知れぬ唾液に塗れていた。濡れそぼる口元を薬研の舌が這い、唇が吸い付き、拭っていく。鎖骨へ降りた指先はそのまま審神者の寝間着のボタンを外し、中へ潜り込んだ。
「あんっ」
 指先が乳首を掠める。強い刺激に審神者の肩は大きく跳ねた。それを皮切りにして、薬研が審神者を布団の上へ押し倒す。見上げた薬研は満足そうに笑んでいて、審神者はとくとくと早まる心臓の音に心地良さを感じた。散々焦らされたせいだろうか、怖さや不安からくる緊張はまるでなかった。これも含めて薬研は狙っていたのだろうかと思い至るも、優しげな微笑で頬を包まれるとあっという間に思考は細切れになり、繋がりを失う。
「何考えてる?」
 どこか窘めるような響きで、薬研の唇から低くも掠れた声が紡がれた。
「……薬研のこと」
 腹の上に尻を置き、軽く体重をかけてくる男に答える。寝間着はすっかり開かれており、夜の空気と二人の体温の混じったものが肌を撫でた。
「俺か?」
「そう。……ね、今日は最後までしてくれるんでしょう?」
 甘えるように告げ、薬研の無防備な膝小僧へ手を這わせた。そこで薬研は合点がいったように頷いた。
「ああ……随分待たせたな」
「ほんとだよ」
「俺だって同じだけ待ったんだぜ?」
「僕は何回も入れてって言った」
 怒っているのだぞとむくれて見せたところで、薬研には通用しないことは承知の上であった。案の定宥めるように柔らかく唇同士を重ねられ、審神者は頬を膨らませていたのを止める。
「何度も言わせて悪いな。……じゃ、今日はとびきりいい声で頼む」
 皮一枚で触れているような距離で薬研が囁く。低く艶を含んだ愛しい男の声に、審神者は少し唇を突き出してキスを一つ。
「薬研も。……今日は意地悪しないで」
 熱持った吐息に乗せた声は既に媚びるような甘さを含んでおり、目を合わせれば間近にあった紫の瞳がきらりと光るのを見た。



 唇での愛撫を耳に受けながら、審神者は薬研の手で寝間着を脱がされた。下着も同様に引き抜かれると、腫れぼったく膨らんだ陰茎が現れる。肌に向けられる視線に羞恥を抱いたのは薬研が初めてで、他の誰に見られようと何も思わなかったというのに、薬研に見られるのはいつになっても恥ずかしさが消えない。審神者は軽く身じろぎをした。シーツの上に更に大判のバスタオルが広げられ、その上へ身を横たえながら、薬研の愛撫を受け止める。動くと酷く楽しげな声で「じっとしてろ」と窘められるため、只々与えられる快感に身を捩るだけだ。
 薬研は白くしなやかな掌と薄い唇で丁寧に審神者の肌を撫でた。肩、胸、腕、腹から順番に下へ。しかし審神者が触れてほしい場所には触れずに、足先までじっくりと。そうして小さな刺激に悶えるだけの焦れったい時間の後、再び足先から腹部まで戻る。満足したのか、薬研はいつものように一度手で温められたアロマオイルを審神者の腹部に垂らし、広げた。二人そろって暖かなそれが広がっていくのを見遣る。クローブの刺激的な香りに、柔らかく濃いジャスミン、その名の通り『樹』の匂いのするサンダルウッドが混じり合い、鼻腔をくすぐる。心地良い温度と脳にまで届きそうな香気に審神者が吐息を漏らすと、薬研が胸の先に指を引っ掛けた。
「っん、ぁ……はぅ」
 柔らかな乳輪から直ぐに乳首が顔を出し、細い指が何度も優しくそこを撫でる。親指の腹で小さな突起の頭を擦られると、恍惚にため息が漏れた。胸から走る小さな快感が腰へ向かい、その度に下腹部がぴくりと反応する。刺激を求めて腰を揺らすと、薬研は直ぐに審神者の陰茎に指を絡めた。
「あっ はぁ、ん……」
 うっとりとした声を出すと、薬研がもっと聞かせてくれと囁いて頬を舐めてくる。審神者はその舌を追いかけつつ早くお尻を触ってと欲求を口にしながら、薬研の浴衣の帯を引いた。
「あ、こら」
「ん」
 途端に開いた薬研の懐へ両手を差し込み、腰を抱く。窘める声を上げつつも抵抗はしない薬研に気を良くした審神者はそのままころりと身体を捻り薬研を横たわらせると、上半身だけ薄い胸に乗り上げた。既にオイルの広がった審神者の肌が重なり、薬研へ移る。審神者は薬研の下着をずり降ろすと、改めて薬研の上に跨り、ゆっくりと腰をくねらせた。何の起伏もない柔らかな会陰部で薬研の陰茎を刺激する。
「ん……良い眺めだな」
 眼前で揺れる審神者の陰茎に再び指を絡め、薬研が唇を歪めた。もう片方、オイルを広げた手で審神者の尻たぶを掴み、滑るまま何度も柔らかな肉を揉みしだく。
「ふぁ……あ、いい……」
 優しく肌を撫でられたかと思うと尻たぶの内側の筋肉にまで届くように力強く掴まれ、審神者の菊門が疼いた。力なく薬研の腹へ手をついて小さく腰を揺らす。だらしなく唇を開き、悶え、吐息と共に喉を震わせる。その痴態を全て薬研から見られているのだと思えば、より一層身体は熱くなった。
 審神者の陰茎を指先で摘むようにしていた薬研の手が、手の内にあるものがぴんと背筋を伸ばすと同時に離れていく。つやつやと丸い頭を差し出すようにして、小さな鈴口が物言いたげに開いているのが薬研からはよく見えた。
「ほら、アキ
 満足そうに笑む薬研に腕を引かれ、審神者は再び布団へ横になるよう導かれる。膝を緩く曲げると、審神者の足は薬研の両手でゆっくりと開かれた。抗うことなく大きく広げ、しっとりと濡れた肌が窄まり近くで触れ合うのを感じる。細い中指が悪戯をするようにそこへ埋められたかと思うと直ぐに離れ、ぴたぴたと指の腹で小さく叩かれた。その度に期待も相俟って小さな快感を拾い、ひくりと筋肉が動いてしまう。審神者は薬研の口元が緩んでいるのを見ると、早く、と彼を急かした。いつになく堪え性がないなと揶揄するような声が降る。
「もう少し位味わわせてくれたっていいんじゃないか?」
「今までずっと味わってたじゃない。僕の方がずっと薬研のこと我慢してたもの」
 我慢が出来ないような身体にしたのは他でもない薬研である。だというのにこの期に及んで勿体をつけて笑っているなんてと審神者が唇を尖らせると、薬研は苦笑気味に頷いた。先の会話の中、意地悪はしない、とは言っていないが、薬研としてももう我慢する必要もない。審神者の腰にクッションを入れ、潤滑剤を手に馴染ませる。暫くの間審神者の門をよくよく揉んで慣らすと、小指を審神者の窄まりへ潜り込ませた。
 審神者にも違和感は最早なく、ぬるりと入り込んだ細い指の感触に吐息が漏れる。だが、すっかり受け入れることを学んだその菊門では、ただでさえ細い指の中でも更に小さく短い指一本では物足りなさを感じるだけだ。
 うわ言のように「もっと、」とねだる審神者を制し、薬研の小指が門を広げるようにゆっくりと円を描き始めた。抜き差ししながら余裕を見て、薬指になり、中指になりと次々に指が変えられていく。それに伴って門が擦れ、生理的な快感と、性的な興奮が重なって審神者の身体を炙るように焦がした。くちゅ、と小さな水音が断続的に響き、そこに審神者の官能に震えるため息が混ざっては消えていく。
「指、増やすぞ?」
「ん、」
 薬研の合図に否やがあるはずもない。審神者の頷きを確認した薬研が、中指と人差し指を入れた。太さが増したことで門が擦られる感覚は強くなり、より快感を引き出す。
「あっ、あっ……ん、あ、そこ……っ」
 内部で蠢く指先を揉んで感じながら、審神者は薬研の指で中の良い部分を押され、背をしならせた。要領が良いことに加え、知識の豊富さもあって、薬研が前立腺の位置を間違えることはない。審神者がそこで快感を得ることができることも相俟って、愛撫しない理由はなかった。
「もっと……声、聞かせてくれ」
「ふぁあ! っん、出してるっ……よ、っああん……!」
 強く、弱く、審神者を傷つけぬようにと指が動くのを感じる。薄目を開ければ、薬研の視線が手元と審神者の顔を窺っているのが見えた。その顔は真剣そのもので、少しでも審神者に痛みがないようにと腐心しているのが伝わってくる。
 今、薬研の心は自分で満たされているのだと思うと、審神者は胸の中がじわりと暖まり、甘くとろみのある熱が零れるような心地になった。今日こそは最後までしてくれるのかという心理的な気がかりもない。薬研が心砕く姿が只々嬉しく、審神者はまた一本増えた指に歓喜した。
「あっ、はぁ、……ん、んっ」
 三本の指の凹凸が蠢き、捩じるような手の動きに合わせて菊門を嬲る。ひくりと足の付け根が震え、だらしなく力の抜けた両足がバスタオルを乱した。
「ん、大分柔らかくなってきたな」
 ぬちゃ、と密やかな音を響かせる場所を注視しながら、薬研がうっとりと呟いた。指先を束ねるように寄せ集め、四本目が入る。その隙間から新たに潤滑剤が注がれ、水音を大きくした。
「はあっあ、ああっん、ん、ん、ふぁあ、あ、あっ!」
 ぐちゅぐちゅ、ぐぷ、ぷちゅ、とあからさまになる音と共に、薬研の指の動きも大胆になっていく。審神者の門は痛みもなくただただ指を飲み込み、快楽を得るだけだ。
 止まらない、その必要もない嬌声をあげ続け、薬研が指を引き抜く頃、審神者は終わりの見えない刺激に喘いでいた。薬研の手の甲で額の汗を拭われ、目を開ける。
「待たせたな」
 優しく響く声に胸が疼いた。薄暗い中にも薬研の瞳には桜の花弁が見え、どこか鋭ささえ感じる熱の籠った顔つきにどこからともなく肌が粟立つ。眩しいのは困るが、もう少し室内を明るくしても良かったと僅かに後悔が頭の中を掠めた。それも直ぐに、散々解された門へ熱いものが触れるとあっけなく霧散する。
「……いいか?」
 掠れた薬研の声に、審神者は何度も頷いた。
「来て……も、入れて……!」
 両方の膝裏にそれぞれ手を差し込み、あられもない姿になるのも構わず薬研を誘う。足を動かしたことで薬研の太い先端が門を擦ったが、審神者を満足させるには到底届かなかった。いよいよなのだと思うと同時に俄かに涙が滲む。興奮をいなそうとして追い付かなかった分が外へ飛び出そうとしているようだった。それでも、逸る心は次々と胸を高鳴らせるばかりで、まるで落ち着かない。
「ん……ふ、」
 薬研の熱い猛りが潤滑剤の助けにより何度も審神者の門へ引っかかり、ぬるりと滑っていく。わざとなのか上手くいかないのかは判断できなかったが、どちらにしても興をそがれるどころか、ようやっと受け入れることのできる喜びでおかしくなりそうだった。然程触れられていない審神者の幼い陰茎は萎えることなく勃起したままで、審神者の心と同じように、もう待ちきれないと涎を垂らしていた。
 浅い吐息もそのままに、じっとその時を待つ。薬研は改めて審神者の門へ自分の亀頭をぴったりと合わせると、審神者の太ももを掴み、ゆっくりと腰を突き出した。
「ふぁ……!」
 指とは比べ物にならないほどの太さ、熱さに詰まりそうになる息をどうにか吐いていく。初めて薬研の指を受け入れる際に教わったように、どうしようもなく上ずり、小刻みになる呼吸を堪え、吸って、吐いて。その拙い呼吸ははっきりと薬研の耳まで届いているのだろう。審神者の息遣いに合わせ、薬研はじわりと腰を押し進めてきた。どこまでも太い肉の剣が審神者の菊門を広げ、押し入ってくる感覚に微かな恐怖が滲んだのは致し方ないことだろう。細いとはいえ薬研の指を四本も受け入れていたにもかかわらず、全く形状の異なるそれは、まるで暴力的なまでに門を広げていくのだ。薬研に対する信頼とは無関係な、身体から発せられる怯えを興奮で抑え込むより他なかった。
「あ、……っ、は、ぁ……!」
「ひっ、あ!」
 薬研の低い嬌声が響くと同時に、太い先端が門を潜り抜け、審神者の中に納まった。切れるのではないだろうかと過ぎった直後に勢いよく中へ割り入られ、殆ど反射的に身を丸める。
「悪い、……痛く、ないか?」
 薬研の気遣いが近い。審神者の足の間から、薬研の上半身が覆い被さっていた。心配そうな顔で審神者を見下ろしている。彼の吐息が胸元をくすぐり、痺れにも似た快感が広がった。同時に、繋がった場所が脈打つように疼くのも。
「だい、じょうぶ……でも、薬研、あついね……」
 息を整えながらそう告げると、薬研はふと表情を和らげた。
「辛くないなら、全部入れちまってもいいか?」
 吐息と共に零れ落ちてくる言葉に頷き、審神者は腰を、猛りを埋めてくる薬研の肩へ手を回した。受け入れたことの無い、あるはずもない大きさのものが、審神者の肉を割り開いていく。それを門だけで感じながら、潤滑剤で滑り、柔らかな摩擦の中にも火花を散らすように生じる快感に声を上げた。薬研の下腹部と審神者の尻たぶが触れ合い、薬研の動きが止まる。その際、奥まった場所で甘く、鈍く響いた大きな快感の刺激に審神者は身体を震わせた。
「あっ……はあっ……!」
 薬研の鼓動を直に感じながら、漸く待ち焦がれたその時を味わっているのだと思えば、得も言われぬ充足感が体中に広がる。張り裂けてしまいそうな門にも痛みはなく、ただぱちぱちと快感が爆ぜるだけだ。
 審神者の身体に圧し掛かるようにして距離を縮めた薬研は、腋の下から手を差し込んでバスタオルで手を拭くと、そのまま下から審神者の肩を掴んだ。互いに蕩けそうな感覚のままの瞼で見つめ合い、どちらともなく唇を寄せる。普段誰かに触れられることなどないその場所は柔らかな熱と擦れただけでちりりと痺れ、審神者の瞼の裏に星が瞬いた。眩暈のように揺さぶられる視界の中で、薬研の紫が瞬きの合間に現れて審神者の意識を導く。身動きのできない今、しっかりと触れ合い、繋がり、抱き合っていることがこれ以上ないまでの安心感をもたらした。
 たっぷりと唇を味わい、唾液に塗れた顔を舐められる。動物めいたその仕草がやけに似合うのは、薬研藤四郎という男の内面を知っているからだろう。
「っはは……これで、本当に大将を刺しちまったな……」
 快楽の中に放り出されながらも絞り出されたその声は、どこか充足感に満たされているようでいて、反面懺悔のようにも思われた。熱に浮かされた思考でぼんやりとこれほどまでに時間を置いたのはもしや彼の心の準備のためだったのではと思い至る。呟きは冗談めかしており、しかし同時に、複雑なものを内包しているようにも感じられた。
 どのみち、薬研はそれ以上は語るまい。であるならば、言葉の通り受け止めておけばよいのだ。いつものように。
「……大将、じゃなくて、恋人って、言って?」
 圧迫感に喘ぎながらも視線を合わせてそう囁くと、紫の眼がきらりと艶めいて審神者を捕らえた。
「薬研が中にいるの、僕、すごく嬉しい……熱いよ……あつくて、おっきくて……奥まで、入ってる」
 脈打つ薬研の芯を門で感じながら、圧迫感はそのまま幸福となり、身体の末端まで広がり、満ちる。
「ね、薬研もたくさん気持ちよくなって……」
 頬擦りをし、まともに身動きできないながらも腰を揺らめかせると、薬研が息を飲む気配がした。同時に、その熱い芯が大きく跳ね、質量を増す。
「あ、やげ――ん、ああ!」
 抱き合ったまま、既に全てを審神者の中に収めたまま、薬研の腰が更に審神者へ押し付けられた。亀頭が審神者の内部を擦り、指とは比べ物にならないほど力強く前立腺を圧迫する。それを皮切りに、薬研は腰を揺らし、審神者へ何度も楔を打ち付けた。散々慣らしたために潤滑剤でぬかるんだ肌がぶつかり、水音交じりの音を立てる。ぬるりと出ていってはふてぶてしく入り込んでくる太さ、長さに、審神者の門からは快感が迸った。薬研が動く度に彼の亀頭が前立腺を引っ掻き、押し上げる。門では鋭く、中では熱く大きな快感が身体中へ響き渡り、審神者は足先をぴんと伸ばした。穿たれ、もう射精しているのではないかと思う程の刺激の強さに嬌声が止まらない。
「あっあっあっ、まっ、あ、あ! やあっ、あんっ、いきなりっひぁ、ああ!」
「っ、は……っ、ったく、とんだ誘い文句だな……!」
 既に排泄器官から性器として務めるよう教え込まれた場所は、快感にヒクつき、審神者の意思に関係なく薬研を飲み込み、ねっとりと絡みつく。奥は蕩けるような柔らかさで、薬研の動きを阻害するものなど何もなかった。
 角度、リズム、長さを変えて、何度も薬研の陰茎が審神者を貫く。薬研が堪りかねて審神者の腰を掴むと、審神者はびくりと身体を震わせた。瞬間、薬研の動きが緩慢になり、口元が淫靡に緩む。
「……みーっけた」
「うああっ」
 最も審神者が感じる体勢が薬研にとっても動きやすいのを知るや、薬研はここぞとばかりに審神者を責め立てた。
「あっやっやあっ、そこやあっ」
「嘘は言っちゃいけねえなあ? こんなに、っ締め付けてくるってのに……ほら、っん、ここがイイ、だろっ?」
「あああっ、あ、あっああっ! あ、だめ、だ、や、あ、あ、あ――!」
 小刻みなピストンが審神者を容赦なく追い詰める。抗うことも逃げることもできないまま、嬌声が大きくなると同時に審神者の下肢は大きく震えた。まるで快感を詰め込んだ風船が弾けたような勢いで、審神者の身体の中で感じたことの無い気持ちよさが走っていく。直前に引いた快感の波が巨大なものとなって審神者を飲み込んでいた。
「ふっ、こっち、出てるぜ……イったか?」
 暫し動きを止め、薬研が審神者の陰茎をからかった。膨らみ、充血したそこからは白濁色のものが零れだしていた。こぷり、とぷりと静かに溢れ、陰茎を伝って流れていく精液。その様子に、薬研の顔が愉悦に染まる。それを見る余裕もなく余韻に浚われたままの審神者は、再び薬研が腰を揺らしたことで半ば強制的に意識を戻さざるを得なくなった。
「んやっ、まっ……待って、まだ僕っ」
「悪いがこれ以上待ってたら夜が明けちまうんでな……俺もそろそろ、我慢の限界って奴だ。それに……『大将』だって困るだろ?」
「ひぁああんっ」
 達したことで最も敏感な状態のまま、更に薬研によって快感の生じる場所を容赦なく擦られる。繋がった時よりも大きくなり、硬さを増した薬研の陰茎はこれ以上ないまでに審神者の中に生まれ続ける快楽の源を掻き乱した。熱いのか冷たいのか分からないような感覚が足先に渦巻き、下腹部の奥では激流のように快感がぶつかり合う。その強さに審神者は眼を開ける余裕さえ奪われた。咄嗟にバスタオルを強く掴み、腋を締める。それでも止むことも引くこともない無い摩擦の快感に、意識は既に宙に浮いているようだった。
「あんっあんっ、あ、あっあっあっ、」
 甲高く甘えるような声はとても自分のものとは思えないほどで、何もかもが制御できず、ただ身もだえることもままならないほどの絶頂に頭の中までが侵食される。薬研と重なる場所、そして彼にしっかりとつかまれた腰にある熱さだけが、はっきりと、そこだけ浮かび上がるように感じられるだけだ。
「はあっ、アキアキっ……!」
 薬研の呻くような掠れ声に、耳から入り込んだ痺れが胸元で踊り、腰へ落ちる。彼から落ちた汗の滴一滴が肌を叩き、快感の水面を揺らめかせる。荒々しい息も同じだった。薬研の一挙一動全てが審神者への愛撫となり、引くことなく昂ぶったままの身体へ重なっていく。
「あっ、やあっあ! あんっ、いいっ、やっ、ああん!」
 受け止められる許容範囲を超えた快楽に審神者の目から涙が伝う。薬研の芯が擦れる門は鋭く痺れるようなのに、腰は甘く蕩けて、形を失っているようだった。
「ん、ぁ……っ、アキ、ぁ、出る……っ!」
 薬研が耳を、身体を赤く染めて呻く。乱れた呼吸の中にその声を聞いた審神者の意識は急に冴え渡った。
「っあ、出して、薬研も気持ちよくなってっ」
 快感に揉まれながらそうねだり、薬研の腰に両足を絡める。
「! あ、ばっ……く、ぁ、ああ!」
 逃がさないと腰を押さえつけられ、引き剥がす余裕もない薬研はそのまま、届くだけ奥で欲を放った。一際大きく膨らんだかと思うと幾度も強く打ち震える陰茎に、審神者の中までもが反応する。連鎖するように極まる感覚が押し寄せ、審神者もまた悲鳴のように声を引き絞った。
「ん、ひぃ、ぁ、あ――!」
 強い風が吹いたかのように肌が快感に粟立ち、中心から頭の先まで、そして足先の方まで広がる。薬研の力強い脈動に足の付け根を戦慄かせ、衝撃が引いていくのを待つ。
 しかし、徐々にながらも確実に収まるはずだった快楽はじわじわと身体で暖まるばかりで、一向に終わりを見せる様子はなかった。ゆえに、審神者が違和感を覚える間に、余韻から思考する余裕を取り戻したのは薬研の方であった。
「はっ……やってくれたな……」
「ひゃぁん! やあっ、まら、らめっ……やっ、」
 激しい抽送でこそないが、優しく中を擦られ、審神者は悲鳴を上げた。たっぷりと注がれたはずのものを想い感じる歓びと、身体が快感によがる感覚が止まらない。
「どうだ? アキ。俺の味は……」
「やうっ、あ、あっいい、きもひいいっ ふあ!」
 何度かピストンされた後、勢いを殺さずに引き抜かれ、門への強い刺激に審神者は震えた。実際に目に見えるほど身体は跳ねなかったが、薬研に突かれていた奥まった場所がきゅっと疼いた。
「……ったく、折角徐々に慣らそうとしてたってのに……こうなったら、もう、いいよな?」
「んっ、なに? なんのはなし……」
 腰の下に敷いたクッションを外され、薬研の指が門へ差し込まれる。問答無用で中に放たれたものが外へ垂れていくのを感じると、審神者はその感覚に身を震わせた。
「やっ……」
 出さないで、と首を振ると、宥めるようなキスがやってくる。
「……俺達が出した精液には、どうしたって霊力が纏わりつくんだとさ。しかも欲の塊みたいなもんらしい。だから慣れてなかったり、力の差が大きい状態で飲み込んだりして身体の中に取り込んじまうとあっという間に色情魔ってわけだ。……俺のを飲み込むのは初めてだろ? 一回出しとかないと、すぐ気をやっちまう」
「は、ぅ」
「聞いてるか?」
「ん、みみ、だめ……やっ、胸もだめっ」
 どうやら薬研は大人しくしていなかった審神者に少なからずお仕置きがしたいらしい。未だ余韻に沈んだままの審神者へ、容赦なく愛撫の手を寄せてくる。薄い唇が頬を滑り、耳元をなぞって舌を差し込む。それだけでいとも簡単に昂ぶる身体を嫌がって顔を背ければ、両手がぷくりと膨れた乳首を挟み、優しく擦った。ひと山越えてすっかり気の抜けた審神者に、最早動く余力は残っていない。薬研を離すまいとした両足も今は力なく、そしてはしたなく広がったままだ。
「おいおい、そんなんで大丈夫か? まだこれから……だぜ?」
 たっぷりと甘さを含んだ低い声だった。走った快感が審神者の腰元までやってきて這いずり回る。
「やん……もう、むり」
「無理じゃないさ。今のでもう俺の霊力にゃある程度慣れただろうしな……それに、あんな風に情熱的にねだられて一発で終わったんじゃ、男が廃る」
 言って、薬研が身体を擦り付けてくる。その陰茎が硬く、熱いのを感じると、審神者の身体は容易く火照りだした。先ほどまで激しく求められた感覚と、漸く侵されたい人に侵され切ったという充足感。穏やかな多幸感で、ちっとも嫌だと思えない。そもそも、未だに腰が砕けて力も入らないのだ。
「んっ……ぁ、ぼく、もう……動けない、よ」
「『大将』はそのまま感じてくれてりゃ充分さ」
 まだまだ余力を残している薬研の声に、薬研が満足するまでは遠そうだと息をつく。しかし解放してもらえないというならば、そのような贅沢、何もできなくとも彼が心行くまで添いたいというのも間違いなく本音であった。
「……最初は優しく動いて、ね?」
「分かった」
 睦言もそこそこに、薬研が審神者の足を持ち上げる。萎えた姿さえ見せなかった薬研の先端が再び審神者の中へ潜り込むと、愛しい感覚に小さな嬌声が漏れた。


******


(――意識が飛ぶまでで四回。まあまあ……か?)
 散々求め合った後、先に意識を失った審神者を見て、薬研は漸く意識を切り替えるためのため息をついた。射精し、硬さを失った頃合いを見て審神者の中から自身を引き抜く。人は剣と鞘に見立てることがあると言うが、なかなかどうして優秀な例えではないかと一人感心した。審神者の中は、まるで薬研のために誂えたような心地だった。鯉口は放すまいとしっかりと薬研を締め付けながらも、柔らかな肉壁が刀身を包む。その感覚は驚くほどの安堵を薬研の心にもたらした。
 まさか足を使って中出しを促されるとは思っていなかったため、一度出せば納まるはずだった衝動は霧散するどころかより滾ってしまった。尤も、そのおかげで審神者が快感に喘ぎ続けたのだと思えば悪くはない。一度目はそのようにして煽られ、比較的余裕を覚えた二回目は穏やかな腰使いでたっぷりと乱れる審神者の姿を堪能した後に。三回目は薬研の精の影響か、果てを越えたせいか色情めいた審神者から騎乗位で、散々いやらしい姿を見せつけられて。四回目は動けなくなった審神者をうつ伏せに寝かせ、上からぴったりと重なり、後ろから。その間審神者は目に見えるだけで三度、菊門とその中の刺激だけで射精していた。射精を伴わない絶頂となればもっと多い。痙攣する肉壁の動きを直に感じていたため間違いないだろう。生理的なその動きが、何の知識もないのに雄を知っているかのように艶めかしく薬研の筒を絞り、直ぐに射精してしまいそうなのを堪えるのに苦労した程だ。
(さて、もう朝だな)
 時計を確認し、思ったよりも耽ってしまったとうわべだけの反省をする。天蓋越しにある障子の向こうの空は深夜に比べれば明るくなっているだろう。まだ鳥も鳴かぬ時間ではあるが、今から眠るとなれば薬研は兎も角、審神者の身体には辛いはずだ。それとなく近侍として触れ回り、朝食は別にする必要もあるかもしれない。
 丁寧に審神者の身体から己の精をかき出し、使った道具類の後始末をし、審神者と己の身体を拭き、バスタオルを引き抜き、最初に脱がし、そして脱いだ衣類を――畳む。
 裸のまま一つの布団に入ると、間もなく審神者の穏やかな温もりが中に広がった。夜半、男としてこの部屋に入った日の翌朝、薬研がいないと審神者の機嫌は頗る悪くなる。目覚め、服を着るまでは恋仲としての二人でいたいのだとむくれた頬のまま告げられたのも随分と前のことだ。それを甘い、と言うことは容易いが、普段は中々機会のない審神者の心に響くような褒美なのだと思えば、窘めることは躊躇われた。
 欲を放ったことで気分のいい薬研はまだ稚(いとけな)さの残る寝顔に目を落とすと、自然と口元が綻ぶのを感じた。審神者として振舞っている間は見せない幼い仕草を、二人きりの時は惜しげもなく出してくること。その隙の多さにこのヒトは気づいているだろうか。愛しい、愛しいと震える心が、戦にも負けぬ激情となるのも、今のように静まりかえるのも、全てはこのヒト次第なのだと、それを分かっているのかと問うてみたくなる。
 凪いだ海のごとく広く大きく、深く、そして重いこの気持ち。小さく、まだまだ成熟したとは言えない身体で懸命に受け止めようとする様はいじらしく愚かにさえ感じる。それを笑い飛ばすことなく、ただただ嬉しく思うのは、他でもないそのヒトへと己の情が傾いているからだ。
 穏やかに鎮められた心に眠気が滲む。すまいと思えば堪えられる程度ではあるが、薬研はたっぷりと審神者の寝顔を眺めた後、徐に瞼を閉じた。視界を失っても、小さな寝息と温もりは依然近くに感じられる。他でもない唯一の生の証を感じていれば、眠りの帳は直ぐに下りた。


******


 審神者はふわりと瞼を開いた。何の前触れもなく持ち上がったためか、あっけなさから何度か瞬きを繰り返す。既に部屋の中には陽の光が入って来ている。穏やかな光を背に受けながら、その様子を間近で見ていた薬研がくつりと笑った。
「おはようさん。気分はどうだ?」
 お互いにまだ裸のままである。であるがゆえに、互いの肌の滑らかさが心地よい。
「ん、気持ちいいよ。……まだお腹がじんじんする」
 言って、審神者はとろりと目尻を下げた。行為の名残は消えず、審神者の内部でぽかぽかとした熱を生み出し続けている。痛みなどはなく、強いて言うならば菊門にまだ痺れがあるような違和感が残るだけで、心はふわふわとして、多幸感に満ちていた。そこへ、まだ手袋をしていない薬研の指先が審神者の頬をくすぐる様に撫で、髪を梳いた。頭皮に触れる指先がこそばゆく、身じろぎをして笑う。
「……薬研は? 気持ちよかった?」
「ああ。すごく、な」
 寝起きのためか少し掠れた声に夜のような甘さは然程なく、ただ優しく穏やかに審神者の鼓膜を震わせた。
 よかった、と返事をすると、薬研も目を細めて微笑む。暫くそうして小さくじゃれあっていたが、どちらともなく響いた腹の虫の音にくすくすと笑い声を零すと、まず薬研が起き上がった。
「流石に今日は着替えを手伝った方がいいかもな。……身体、起こせるか?」
「ん……、んー……?」
 審神者を支えすべく手を差し込むが、審神者は手をついたままの姿勢からそれ以上動けなかった。厳密には、力がうまく入らなかったのである。
「ちょっと……無理、かな?」
 仕方がなく苦笑いをして、決して痛みがあるわけではなく、力が入らないことを告げる。力を籠めようとした瞬間に、甘い疼きがどこからともなく胸と下腹部を締め付けるのだ。そう言えば思考の方も『心地良い』という感覚から一向に動く気配がない。
 審神者の現状を把握した薬研は黙って手で顔を覆った。
「……次はゴムつける」
「えー……」
 任務に支障をきたすのは不味い。その意識は審神者よりも薬研の方が強かったのだろう。孕む心配はないとはいえ、やはり薬研の放った霊気の影響は少なくはないと判断したらしく、いつになく渋い声色で吐かれた言葉に、審神者は抗議の声を上げた。
「僕、早く慣れるようにするから。もっとしてみよう?」
「……あのなあ、……。……だったら、休みの日を設けないとな」
 審神者にとって、中で精を放たれることは喜ばしいことなのだ。自分にも褒美をくれとばかりにねだると、薬研は窘めようとしていた言葉を飲み込み、ため息とともに了承した。寝起きにもかかわらず、既に頭の方はよくよく回っているらしい。きっと薬研のことだからいろんなことに気を回してくれているのだろうと思いながら、審神者はひとまず、薬研に着替えを頼むことにした。

 二人が霊力など関係なく、強いドライオーガズムによって翌日は頭が働かず使い物にならなくなるということに気づくまで、まだしばらく時間がかかることとなる。

2015.05.16 pixiv掲載

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