Umlaut

噂は飛ぶ - Remember fear - 05

 ぱちぱちと、忙しなく火の粉が舞う。じっとりと肌を炙られて、変な汗をかいているのに、肌は乾いたように張って違和感があるけれど、そのことが寧ろ今が非常事態だと知らしめてくれていた。
 しばらく走って、走り続けるのが難しくなって、速度が落ちる。途端、矢が地面に刺さった。
 ……無理に走ると追い詰められるだけだ。リューグはまだ走れるだろうけど、私はどうだろう。
キョウコっ」
 せめて足手纏いになるのはいやだな。
 思って、リューグを見た。目が合う。手はサモナイト石へ伸びていた。

 私は、ロレイラル、サプレス、メイトルパ、シルターン、全ての召喚術が使える。ただ、魔力量があるわけではなく、たとえ一つに絞ったところで極めることはできないだろうとは言われた。だから全属性に対応できることを脅威に感じられるよりも、たいしたことは無いと侮られることが多かった。実際、召喚術に対して知識を蓄えても、自分で積極的に誓約を行ったことはなかった。私自身がはぐれ召喚獣になった経緯もあって、召喚術を使うことへの忌避感とか、責任感が重くて。
 でも、一年前の任務において、そうも言ってられなくなった。先輩達や、縁があって知り合った異界の人達の知識もあって、サイジェントでは何度か誓約に成功している。勿論、その中には無属性のものもあった。
 リューグが私を庇おうと斧を構え、備えるのを見ながら魔力を込める。
「来て! ダークブリンガー!!」
 無属性のサモナイト石は、他の四つの世界以外からのものと誓約を行える。それは人かも知れないし、生き物でないかもしれない。経験上、有機的なものを召喚する確率が低い印象がある。無属性は適性がなくても扱えるため、研究する人は少ないし、あまりにも対象となる異世界が多すぎるためか、文献も少ない。それでも生物を呼ぶことが少ないという一点において他の四つに比べて抵抗感の薄さが、私は好きだった。
 自分の身体から魔力が抜けていく感覚と同時、空中で魔力の歪みが可視化される。そこから妖しく光る武器が複数現れ、私たちへ迫ろうとしていた黒服を貫いた。
「ぐあっ」
 響いた呻き声は二つ重なって、どうやら上手く当たったようだった。一人は弓使いで、もう一人は相方だろう。あちらが一人で行動しないことはよくよく分かった。
 私はほっと息をつくと、用が済んだ対象を送り還した。今ので他の襲撃者が来るかも知れない。驚いた表情でじっと召喚術を見ていたリューグと、さっとその場を離れた。その後直ぐに、ロッカが切羽詰まった表情で辺りをきょろきょろとしているのが見えた。あちらもこちらに気づくと、ほっとしたように表情を緩め、合流する。直後、ロッカの顔眉がつり上がった。
「リューグ! いきなり走り出すんじゃない! 一人じゃ危ないって話をしただろっ」
 声を絞りながらもリューグを叱責するのは、心配のためだろう。二人一組で行動していたらしい。
「はっ、見失う方が悪い。それに、コイツが襲われてたのに間に合ったしな」
キョウコが? 大丈夫かい?」
「……うん、リューグが助けてくれたからね」
 当然だけれど、リューグは私が村の人に襲われたことは伏せるようだった。この混乱の中、そんなことを正直に話しても仕方が無いし、けれど、嘘は言ってない。私はそのままリューグの言に乗ることにした。
「ロッカ、リューグ……。みんな……みんなもう、手遅れって、ホント?」
 言いながら、やけに喉が渇いているのを感じた。少なくとももう村の中には生き残りはいないんじゃないかと思い始めていた矢先の、あの男の言葉に私は、何の驚きもなかった。――ただ、アメルが心配だった。こんな私が、村の人達がどうなったか聞いて、何になるというのだろう。それでも、確認せずにはいられなかった。
 ロッカの顔が、痛ましく歪む。
「……ああ、そうだよ」
「女も子どもも関係ねえ。病人まで、全員さ。自警団の奴らと手分けして向かったんだが、あいつらただの野盗じゃねえ……やり口もだが、人数も、強さも違いすぎる」
 苦々しい表情でリューグが吐き捨てる。
 かける言葉が見つからない。誰一人として、こんな理不尽に一方的に、殺されるような理由なんて無い。そんなはずはなかった。
「こんな場所だからね。あいつらが……もし目的があって、人さらいをするというのならアメルが危ない。あの子の側には何人かついてるはずだけど、この状況じゃとても安心できないから、僕たちも向かう途中だったんだ」
 村の外れにあるアグラバインさんの家まで、この暴虐が響き渡るまでの時間。どれほどの命が奪われたのだろう。
 ロッカが、生存者を諦めるほど?
 リューグが、黒服の男達の異質さに気づくほど?
「ジジイはどうしてる?」
「真っ先にアメルの所に行って貰った。でも、合流できてるかどうかまでは……」
 もし生きていれば、誰かと合流できているだろうか。トリス達も……いや、フォルテさんやケイナさんは冒険者としてかなり場慣れしている様子だった。ネスティもいるし、あの四人が流砂の谷の盗賊団を捕まえたのだから、連携もそれなりに取れるのだろう。逃げるくらいはできるかもしれない。何より、彼らは自分で戦う術を持っている。
「走れるか?」
「大丈夫」
 三人、示し合わせたように目を合わせて、結論は同じだった。
 話したいことはある。でも、ロッカと合流できた今、何よりもアメルとアグラバインさんの無事を確認したかった。

******

 三人で移動し始めると、一転して村の中から黒服の姿が見えなくなっていた。気味が悪いと思うのと同時に、目指す方から大きな音と金属音がぶつかる音が響くのが聞こえ始めた。アメルが聖女として力をふるうための家は、自警団の詰所からほど近い場所にある。村の中央部。まさにそこからだった。
 ふと異界の臭いが鼻をかすめ、間違いなく誰かがいるのを知る。
 誰ともなく足早になって向かう。一際大きな音が響き、私たちはそこで、黒服の男達が地に伏す中、アメルを守るように立つ冒険者の姿を見た。それも複数人。炎に照らされて色はわかりにくいけれど、黒服の男達と見間違うはずがない。そして、そこに特徴のある悪魔の羽と尻尾が混ざったシルエットを認めると、私は、トリスたちなのだと力が抜けそうになった。
 縁もゆかりもないのに、彼女たちはこの非道な惨劇の中、アメルを守ってくれていたのだ。
「アメル! 無事かっ」
 真っ先にアメルに駆け寄ったのはリューグだった。トリスの直ぐ側に居たアメルの顔や様子を確かめるように何度も目線が上下している。それから、リューグにしては珍しく戸惑うようにフォルテさんを見遣った。
「お前達がアメルを守ってくれたのか……」
「……一応は、な」
 安心するのはまだ早いと、彼の表情が物語っていた。
「トリス、ネスティ! あなたたちも無事で良かった」
キョウコ……あいつら、聖女を狙ってるみたいなの」
 強ばった顔で、アメルの直ぐ側で庇うように立っていたトリスが答える。この中で非戦闘員なのはもはやアメルだけだ。……他の自警団員の姿は見えない。けれど、彼女の側にいないということは、そういうことなのだろう。ならば、黒服達もアメルが聖女だと言うことはもう察しているはずだ。
「リューグ、ロッカ、ねえ、他の人達は?」
 アメルが縋るような目でリューグ達を見る。リューグがそれに黙り込んだのを見て、ロッカがなんと言葉を開けて良いのか分からずにアメルの名前を呼ぶのを聞いて、彼女は口元を手で覆った。震える声で「そんな、」と言ったのが辛うじて聞こえる。決定的な言葉がなくても、リューグの態度は村の絶望的な状況を伝えるには十分だった。
「オイ、ニンゲン。まだ何も終わってねぇってのに、こんな悠長にしてていいのかよ?」
 バルレルがやけに楽しげにトリスをつつく。それの意味するところは、直ぐに分かった。
「冒険者風情に随分と手こずっているようだな」
 籠もった声は酷く静かで、この場には似つかわしくないほど冷たいものだった。
 土を踏みしめて現れたのは、髑髏にも似た面をつけた、黒い騎士のような姿の男だった。その後ろにはまだ他の黒服が居て、黙ったままの彼らを率いているのがこのの男なのだということが分かる。
 ……静かに、面の男の後ろの者達が広がっていく。私たちを囲うつもりなのだろう。戦うのは得策ではなかった。逃げるしかない。今しかない。
「おとなしく聖女をこちらに渡せ。抵抗しないなら、せめて苦痛を与えずに終わらせてやろう」
 それは、どのみち私たちを殺すということだ。彼らはやはり、この村の人間を……否、この村にたまたま居合わせただけの人間も、全て、殺すつもりなのだ。聖女一人のために。
 何故か?
 聖女がさらわれたことを、村が襲われたことを、その首謀者についての一切を、外部に漏らさないようにするためだ。
「ふ……ざけんじゃねえ!!!!」
 斧を持ち直し、リューグが男に向かって駆ける。斧を振りかぶり、男めがけて振り下ろす。あの一撃が重いことを私はよく知っていた。
 それを、あの男はたった一薙ぎ。
 それも、片手だけでリューグの身体ごと払いのけた。
「ぐああああッ!」
 リューグの身体が勢いよく弾かれていく。フォルテさんの足下で音が鳴る。彼の構え方が変わっていた。
 何が起こったのか、はっきり見えたのは彼だけだったかもしれない。傍目にはリューグの身体が吹き飛ばされたように見えただろう。私は、せめて打ち合いが始めるだろうと思っていた。それが、まるで相手にされないなんて。
 アメルがリューグの名を呼ぶ。リューグは受け身を取って直ぐに体制を整えていたけれど、あの男の強さは、多分リューグが一番分かっただろう。自分との実力差も。
 ――尚のこと、あの男が、この男達が何者なのかが分からない。ただ、何か大きな権力を持った者の存在を感じるだけだ。
 じりじりとしたものが胸に広がる。周りを囲まれそうになっているのに、かと言って目の前で背中を向けて逃げられるような相手でもない。
 手の中に握ったままのサモナイト石の存在を強く意識する。けれど、男達の目を盗んで魔力を込められるような隙があるようには見えなかった。誰かが庇ってくれるわけでもない。何も言わなくても動いてくれるような間柄でもなく、逆に皆を危険に晒しかねない。自然と奥歯を噛み締めていた。
 と、その時。
「うおおおおおおおおッ!!!」
 咆哮と共に飛び込んできたのは、アグラバインさんだった。
「っ?!」
 木こり用の斧で面の男に斬りかかる姿は、木こりには見えなかった。
 自警団の皆に戦い方を教えた話。どこかで戦闘訓練を受けたんじゃないかって話。強いという話。頭の中で知っていただけの事と、目の前のアグラバインさんの姿が合致し私の中に納得をもたらす。その顔は怒気を孕んでいて、昔、私を守ろうとしてくれたときを思い出した。
「わしの家族に手は出させん……お前達のような……命の重みを知らぬ者に、好きにさせてたまるものかあッ!」
 見たこともないほど鬼気迫るアグラバインさんの気迫に、黒服の男達は警戒を露わにする。その姿に、飲み込まれていたのは私も同じだった。
「ここは僕たちに任せて皆さんは逃げてください!」
 まず一番にロッカが叫ぶ。
「アメルを……その子を連れて! お願いします!」
 自警団長として、アメルの兄として、最善の判断だった。アグラバインさんと連携が取れるという意味でもそうだ。リューグは既に斧を構え直し、向かう気でいる。
 アメルは頭を振った。
「そんな、そんなの……あたしはいやっ! みんなをおいていくなんて、」
「聞き分けのないことを言わないで!」
 アメルを庇って死んだ自警団員がいたかもしれない。助けてくれと、奇跡を望んだ人がいたかも知れない。それでも死んだ彼らに報いることがあるとするならば、それは生き延びることで、彼らの要求をはねのけることだった。それを、ケイナさんがアメルに伝えてくれる。
「アメル、トリス達と一緒に行って」
キョウコまで……!」
「大丈夫だよ、アメル。必ず迎えに行くから。ちょっとお別れするだけだ」
 殊更に穏やかな声と顔で、ロッカがアメルをなだめる。私はトリスを見た。
キョウコ、」
「トリス、お願い」
 任せられるのは、もう、ここに居る人間だけだ。そしてここに居る人間だけでどうにかするには、それしか方法がない。戦えないアメルをここに置いたまま、ここで黒服の男達を追い返すなんてことは無理だ。そして、トリス達はたまたま居合わせただけの旅人で、彼らに足止めを願うなんてできるはずはない。
 私たちが。村の人間が、村の治安を担う自警団員が逃がすしかないのだ。家族としてもそう。唯一戦えないアメルに、真っ先に逃げて貰わなくてはならなかった。それは、悔しいけれど私たちではアメルを護りながら逃げることはできないと認めることでもある。でもそんなことはなんでもないことだ。
 皆の生存率を上げる、たった一つの方法がこれなのだ。それ以上に大事なことなんて無い。
「……こっちだ!」
 フォルテさんが、まだ塞がれきってない包囲網の穴目めがけて走り出す。ケイナさんが続き、ネスティがトリスを振り返る。トリスは、アメルの手を引いていて。殿はバルレルが務めた。
「降り注げ、岩石!」
 黒服の男達が迷わずアメル達の方へ攻撃しようとするのを、私は、新たにサモナイト石を取り出し障害物を召喚して物理的に塞いだ。人よりも大きな岩が、彼らを巻き込みながら突き刺さる。それでも尚アメルを追おうとする姿に、ぞっとした。召喚術を打たれながら一切怯まないなんて。本当に、どういう背景を持っていたら召喚術に対してまで怯えることなく、ここまで徹底していられるのだろう。……いろんな戦闘を想定している、騎士団でもあるまいし。無色の派閥が関与している可能性は捨てきれないけれど、あまりにも統一された姿を見ると違和感が拭えない。といって、ここまで召喚術の用いられる戦いに平静でいられるのは、日頃からそれを用いるような……召喚術が近い生活をしているからに他ならない。
 普通、召喚術を使われたら怯え、逃げるものだ。立ち向かえる人間もいるが、ほんの一握り。
「テメエらの相手はオレだっ!」
 リューグが、後を追いかけようとしていた男達に斬りかかる。私たちだけで戦い抜いて、勝てる相手じゃないことは分かっていた。かといって、ある程度戦闘不能にすれば十分だと言うには、彼らはあまりにも強い。
 手数が、欲しい。
 悔しさに歯を食いしばる。それでも、この戦いのためだけに昔誓約した召喚獣を呼ぶ気にはなれなかった。何度も繰り返したように、気を整え、練る。剣を振りかぶってきた男の攻撃を避け、拳を突き出した。
「がっ」
 それでも、鎧の上からではよろめくほどの深手は追わせられない。そのままもう一回、と狙ったところで、よく知った魔力のうねりを、視界の端に捉えた。
「あれは……?!」
 魔力が空間をこじ開けるようにして宙から岩が現れる。私が使ったものと同じ――召喚術だった。
 狙いを定めた岩が私めがけて落ちてくる。
 召喚師がいるのか、と思うと同時に、誓約済みならば一般人でも扱えるのだと、思い込みを自制する。でも、じゃあ、この連中はどこでそれを学んだというのか。
「くっ」
 考えてばかりもいられない。すんでの所で後ろに跳び退ったものの、衝撃で背中から地面へ倒れ込んだ。
キョウコ!」
 ロッカが槍を振り、私を狙っていた剣持ちを牽制する。その間に素早く転がって起き上がった。
「ありがとう、ロッカ」
「こちらこそ、さっきは足止め助かったよ」
 お互いに背を庇うように男達と相対する。とは言え、状況は良くない。相手の数が分からないままだし、目に見える範囲の数を考えても、村中の人間を殺して回るには少なく見える。まだまだ仲間はいるのだろう。私たちも早く離脱しなければ、このまま消耗して殺されるだけだ。
 見ると、アグラバインさんは面の男の相手をしていた。リーダーに加勢しようと周囲には何人かの男達が構えていて、その一部をリューグが引きつけようとしているけれど、やはり多勢に無勢。このままでは二人も危ない。分断されるのは拙い。召喚術で狙われるのも良くない。
 私のストラでは太刀打ちできないし、ロッカの槍でも、術者を狙って行くのは厳しいだろう。あちらにも前衛がいる。
 もう一度。もう一度、召喚術を放つ隙があれば。
「ロッカ、アグラバインさんのところまでいけそう?」
「……向かうだけで良いのかい?」
「取りあえずは」
「分かった」
 示し合わせ、じりじりと私たちを囲おうとしてくる男達から距離を取り、リューグと、アグラバインさんの方へ走り出す。私は、サモナイト石を握りしめた。岩石を降らせるそれではない。足止めとして有用な、妖しく光る武器達。
 半ば無理矢理にリューグと合流し、面の男の近くを狙って、魔力を込めた。
「……お願い、ダークブリンガー!」
 ごそりと自分の中の魔力が抜ける。これで三回目の召喚術だ。回復する手段はいくらかあるけれど、今、手持ちはない。いざというときの強大な自衛手段がなくなるのは避けたかったけれど、ここで温存して死んでしまっては意味が無い。
 現れた武器が敵を貫く。
 盛り返されてたまるかとでも言うように男達が距離を詰めてくる。サモナイト石の代わりに短刀を構えた時、強い風が吹いた。
「くっ、」
 面の男のくぐもった声が聞こえる。勢いのいい炎が、何よりも物凄い量の煙が、男達の方へ向かっていく。炎はどうにかできても、煙は無理だ。面の男の近くに居たアグラバインさんが直ぐに離れるのが見えた。殆ど顔を隠している男達と違って、煙の中じゃアグラバインさんの方が視界が広い。それが幸いした。
「今だ!」
 ロッカの声でその場を離れる。後ろを振り向くような余裕はなかった。



 夜の森は不気味だ。けれど、今はそんなことを気にしていられなかった。それよりも、必ず私たちを追ってくるだろう気配から少しでも長く逃げるために、必死に足を動かす。動けなくなれば、それは死ぬのと同じだ。
 自分以外の立てる音がロッカやリューグ、アグラバインさんであって欲しいと思いながら、黙って森を駆け下りる。短刀を握りしめた手が震えて、落としてしまいそうなのが怖かった。

 自分の呼吸がうるさい。息が上がって、まるで嗚咽のような声が出た。かみ殺そうとして失敗し、ここで走れなくなるよりはと諦める。
 あの黒服の男達は脅威だ。けれど、私が本当に怖かったのは、今、怯えているのは。
 無表情で私を見遣り、その目に、声に、心に、憎しみを滲ませたあの男の言葉だった。

『お前は村に災厄を呼ぶ』
『お前たちの親が死んだのはそいつのせいかもしれないんだぞ!』

 そんな馬鹿な。
 ……と、きっぱりと否定できない自分がいた。
 あの頃は召喚術の知識なんてなかった。ただ必死で、その結果が暴発で――暴発というからには、失敗だったはずなのだ。
 けれど、もし何かが召喚されていて、私がそれに気づかなかっただけだとしたら? そうやってはぐれた召喚獣が、あの子達の両親の命を奪ったとしたら?

 混乱と焦燥で何かを見落としている気がするのにそれがなにかわからない。
 違うと叫びたかった。信じて欲しいって。でも、それを言う機会はもう一生来ない。

2020/06/15 : UP

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