Umlaut
ゆるしの秘跡 - Talk with you - 01
走って走って、走って、走って……。後ろから矢が飛んでくるのを少しでも避けるためにジグザグに、がむしゃらに動いて、もうこれ以上走れないと、気配を探る余裕もなく、せめて息を殺して音を消してうずくまって……。そうしてようやく、私はアグラバインさんの姿がないことに愕然とした。
「……っ?!」
ひゅ、と息をのむ。取り乱そうにも、近くに居るロッカとリューグを危険に晒すわけにはいかなかった。何より、私の狼狽えた気配を察してか気遣うように側に来た二人が、私の気持ちを慮ってくれた。火を熾すことも躊躇われる闇の中、ロッカの手が私の方に触れる。
「ごめん、キョウコ。おじいさんは村を出るときに別れ別れになってしまったんだ。多分、追っ手の数を僕たちから減らすつもりもあったんじゃないかと思う。気づいたけど、言うタイミングがなかった」
「ううん……」
できる限り音を立てないように身を潜めながら岩陰に移動した私たちは、辺りに何の気配もないことを長い時間かけて確認して、極力声を抑えながらぽつぽつと言葉を交わした。
「ジジイはオレ達よりもずっと強い。オレたちを守りながらより、一人の方が動きやすいだろうしな……」
実際にアグラバインさんと手合わせしてきたリューグがそう言うならそうなのだろう。アグラバインさんの強さは聞いていたけれど、やはり手ほどきを受け続けてきた人の言葉の方が信用できる。心配なのは心配だけど、リューグが無責任に慰めを口にするとは思えなかった。
心配と言えば、アメル達も勿論心配だ。けれど、無事かどうかそのものよりも、無事であることを前提に動かなくては私たちも危ない。
「……アメルを任せたあいつらとは知り合いなのか」
「うん。蒼の派閥で」
「なら、逃げるならそっちを頼ってるか……?」
リューグの言葉に、私は少し考える。
トリスもネスティも成り上がりだ。彼らの師範ならまだしも、派閥が彼らを手厚く保護するとは考えにくい。トリスの性質と口ぶりから、召喚師を名乗ることを許されて派閥から出た身として、師範の元へ駆け込むかどうかは微妙。けれど、蒼の派閥がアメルを守る十分な力があることも事実。そして何より、逃げる先としてまず人の目があるところには逃げるはず。だから、ゼラムに行くだろうことは間違いない。
「どうだろう。蒼の派閥は王都の治安には直接関わってないしね……騎士団も……あの黒服の男達と万が一繋がりがあったらと思うと、頼る先としては不安が残る。どう見ても兵士だったし、黒い甲冑の男は騎士のようにも見えたしね。
ただ、頼る先に迷ってもゼラムへ向かっているとは思う。冒険者の方はともかく、トリス達は無責任じゃないことは保証する」
「そこはあまり心配してないよ。あんな状況であの子を守ってくれたんだ」
「問題はそっちよりも、あいつらが無事にたどり着けてるのかって方だろうな」
間違いない。ただ……
「……アグラバインさんは、ゼラムが分かるかな」
「どうだろうな」
「おじいさんのことだから、そもそもゼラムまで向かおうとしてないかも知れない」
「え?」
「連中の目的はアメルだ。多分あの黒服達もあの子を追う。おじいさんは、あの子を追っていく男の数を、少しでも減らす方を優先しそうだなと思ってね。それにあいつらは、……もう、あの子のいないレルムの村自体には執着しないだろう。村も、村の人も、旅人も……あのままにはしておけない」
ロッカの表情が歪む。彼のそんな苦々しい表情を見ることはまずなかったから、それだけに彼の心中を察するにあまりあった。
「村に戻っているかもしれない、か……。そうね、無事ならもう、なんでもいいわ」
私は、アグラバインさんに拾って貰ってからまだなにも返せていない。だから今はせめて、アメルの無事を確認しよう。それが第一歩。
リューグと、ロッカも。私にできる限りのことをして、二人をフォローできるなら。それに越したことはない。少なくとも三人が再会を果たすまで。それまでは、私が側にいても良いよね?
見張りを交代で行って夜を明かすことにしようと言う流れになったのは自然だった。夜警に慣れている二人が任せてくれと言うので、ありがたく休ませて貰う。……その前に、微力ながらどうにかストラで二人の傷を癒やした。リューグから話を聞いていたのか、ロッカはさほど驚くことはなく、ただ、その表情が柔らかくほぐれたのを見てほっとした。
召喚術の連発にストラを使ったことで、私は身体を横たえて直ぐに意識を失った。
******
極度の緊張状態でも、知った気配が近くにあって、身体を横たえて目を閉じることができるだけで違うものだ。辺りが白み始めた頃、私たちはその場から離れることにした。
昨夜の村の凄惨さなど無かったかのように、豊かな森は静かにたたずんでいる。けれど、動物の気配さえ感じないのは異常だった。大きな炎が上がっていたし、軒並み逃げてしまったのだろうか。いつかは戻ってくるだろうけれど……今は、気配を感じればそれは人によるもので、黒服の男達の可能性が極めて高いというだけでも気が楽だ。無用の騒ぎを起こしたくないのは私たちも同じ。
街道に出るのは止めておこうとなったのも、巻き込みたくないことと、誰も彼もが信用に足るものではないという気持ちからだった。実際、夜の森よりは黒服の姿を視覚的に見つけることは難しくない。私たちはどうにか平野も抜けて、朝日が昇る中王都ゼラムの門をくぐることに成功したのだった。
とはいえ、ボロボロだ。多少休めたからまだマシというだけで、緊張の糸は切れないし、そのせいで疲労もたっぷりある。傷は癒えても疲労までは癒やせない。
「で、どうする」
ゼラムに慣れていない二人が私を見るのは当然だった。……恥ずかしながら、私もゼラムのことはよく知っているわけじゃないのだけど。
「無理にでも何か飲み食いした方がいいとは思う。食べ歩きできるような……果物一つとかでもいいから。いくらかなら手持ちがある」
自警団として、村人として、昨日の夜を迎えた二人は手持ちがないだろう。そう言うと、私は市場へ足を向けた。
「よく持ち出せたな」
「全部じゃないけど、長らくの習慣でね。大切なものは極力身につけたままにしているの」
繁華街の手前、露店で山積みになったシルドの実とナウバの実を見つけて、少し迷ったもののナウバの実を選ぶことにした。栄養価が高く、腹持ちが良いと言われている。今の私たちにはぴったりだろう。
三人で一房を分け合えば、それなりの量を食べることになる。取りあえず一本分をその場で食べきり、剥いた皮はゴミ箱へ入れて引き返した。人が大勢居る場所は確かに人の目があるという意味では安全だけど、路地裏に引きずり込まれたり、人が多すぎてどこから攻撃されるか分かりにくい。静かに後ろから近づかれ、ナイフで刺されるかもしれないと考えると、やはり見通しの良い場所がいいと思えた。
それに、見通しの良い場所の方がトリス達からしたって見つけやすい。加えて、多少暴れても周りを巻き込みにくい、丁度良い場所がゼラムにはある。――召喚獣による鉄道計画で開発が進んでいる区画だ。色々あって頓挫していると聞いていたけれど、この前立ち寄ったら工事が進んでいたから、再開したのだろう。
二人の様子を見ながら、そっちへ案内する。道すがら、再開発区を過ぎれば蒼の派閥、さらにそのお国は騎士団を抱える城があると伝えると、二人は納得したようだった。
「繁華街の奥には何があるんだい?」
「高級住宅街ね。ゼラムだと高名な召喚師だったり、貴族が住んでるわ。そっちを通ってもお城には着くけど……まあ、こんな格好で変な絡まれ方したくないし、騒ぎを起こせば私たちが捕まっちゃうわね」
肩をすくめると、リューグは鼻を鳴らし、ロッカは苦笑いで返してくれた。
再開発区は、前に見かけたとおり工事が進んでいた。ぱっと見はさして変化はないように見えるけれど、とんでもない重量の荷車を線路の上にのせて召喚獣に引かせ、人も物も移動するようになるというから、基盤工事が大切なのだろうと思う。けれど、そんなにしげしげと見ていられるような余裕は私たちにはなくて、精々作業に当たる人影に怪しいものがまぎれていないか注視するのが限界だ。
「ここなら、話をするには丁度良いかな」
「そうだね」
私の意図を理解してくれている二人が反対することはなかった。そこで、腰を落ち着ける。的以外のなにものでもないけれど、それでも体力のことを考えれば少しでも身体を休める方が優先されたからだ。リューグの提案だった。
……こんな風にゼラムへ戻ってくることになるなんて思わなかったと、苦い気持ちが湧く。でも、すぐに思い直した。
一人で村を出てこっちに来ていたら?
この夜を知らないまま、こうして二人を案内することもできずに全部失っていたのかも知れないと思うと手が震えるようだった。
アグラバインさんを、アメルを、そして今目の前に居る二人を。
失って、じゃあ、私は今まで何のために生きてきたのだろう。何をよすがに、この世界で生きていけというのだろう。
そう思うと、私の中にある大切なものの狭さを思い知らされる。私はアグラバインさんに拾って貰ったときから何も変わってない。村があんな風になっても、本当に最優先される一握りが無事だったら、『よかった』だなんて。
口に出せるはずはなかった。
「どこからあたるのが良いかしら」
「昨日の話だと、あまり心当たりがないようだったね」
「うん」
受け入れてもらえるかどうかで言うと騎士団の方にやや軍配が上がるけど、信用できるかどうかで言うと……どっちも、微妙なところだ。騎士団は黒服の男達の格好からもしかしたら繋がりがあったり、国家間規模の話になった時にアメル一人で話が済むのなら簡単に身柄を引き渡すこともありそうだという意味。蒼の派閥もそういう意味では同じだけれど、それに加えてアメルの奇跡の力について、研究対象になったりしないだろうかという不安。それは、アグラバインさんもこの二人も絶対に望まないだろう。
そして多分、トリスもそうだ。
少なくとも彼女は、自分が任されたことを安易に放り出したりしない。そもそも引き受けたりもしない。自分だけが損をしたり、嫌な思いをするならともかく、人ひとりの命が掛かっているのだ。無事に逃げられているなら、もう安心だと言えるまで責任を持ってくれるだろう。そして、彼女のお目付役のネスティ。彼は物事を決して楽観視しない。どちらかと言えば悪い方向を考えるのか、トリスに厳しいこと、想定される悪い結果を言っていることが多いと先輩達から聞いたことがある。今回も、彼はトリスに、今考えられる悪い結果を伝えているだろう。彼も真面目で責任感があるし、なにより、彼がトリスに対して無責任なことを言っていた話は、私が知る限り聞いたことがない。
仲が良いわけではなかった。けれど、二人は穏健派で知られるラウル師範の弟子だ。愛情を持ってかわいがられていたことも見かけたことがある。だから……二面性は、たぶん、ないはず。
私はロッカとリューグに、ざっくりと二つの団体がどういう風に信頼できないのか、どうしてトリス達は信用できるのかを簡単に説明した。したはいいけれど、さて、では結局トリス達は今どうしているのか? という問題に戻って来た、丁度その時。
「お前さんたち、無事だったか」
――私たちは、フォルテさんに拾って貰ったのだった。
******
「ロッカ! リューグ!」
「アメル!」
フォルテさんに連れられた先は意外な場所だった。豪奢なもの……というよりも、歴史ある品のよい邸宅の並ぶ高級住宅街。敢えて避けた先に彼らの避難所があるとはつゆほども思わなかった。
「フォルテさんって、貴族御用達の何でも屋系冒険者なんですか……?」
「まさか。流石にそれはないな」
双子とアメルが感動の再会を果たすのを見遣りながら、私は唖然としながらもそうこぼさずにはいられなかった。もちろん、あっさりと否定されたけれど。
「トリスたちのコネさ」
「え?」
それこそ耳を疑う内容だ。ラウル師範といえどこんな場所に居を構えていただろうか、と訝るも、流石に家の場所まで知っているはずもない。トリスの伝手でこんな場所に家を持つような相手なんて、それくらいしか考えられないのに。
「キョウコ、キョウコも無事で良かった」
目を潤ませて、アメルが私のいのちを喜んでくれる。……そのことに喜びだけを感じられれば良かった。誰かに無事を喜ばれる度に、あの男の言葉が頭をよぎる。
「アグラバインさんと一緒に来られなくてごめん」
「ううん……。おじいさんは心配だけど……今はせめて、三人が無事でいてくれたことを、喜びたいの」
「ありがとう。アメルも無事で、本当に良かった」
フォルテさんからは道すがら、あの時いた面子は皆五体満足でゼラムへ入り、この邸宅で身体を休めさせて貰っていると聞いている。トリスの姿が見えないのは寝坊……かな?
「そうそう、詳しいことは兎も角、命あっての物種よね」
「――!」
アメルを軽く抱き合いながらお互いの無事を噛み締めていると、知った声が掛かった。
……まさか、そんな。でも、それならトリスが頼るのも理解できる。
「ミモザ先輩……それに、ギブソン先輩!」
「はぁい、可愛い妹弟子ちゃん。しばらくぶりね?」
「やっと君が穏やかに暮らしていけるのではと思っていたが……随分、大変なことになったようだね」
穏やかに微笑んでいるギブソン先輩は兎も角、ミモザ先輩からはそこはかとなく不義理をなじられているような空気があった。とは言え、本気で怒っているわけではないのは分かる。そうして、お互いに名乗る間もなく、私たちは立派な住居の中に招き入れられたのだった。
話をするのは後。身体を清めて食事をして、甘いものと食後のお茶で張り詰めた心をまず癒やそう。
この屋敷の主だという先輩二人に促され、私たちは有無を言わさずに従うことになった。リューグはそんな場合じゃないと言いたげだったし、実際小さく抗議のようなものはしていたけれど……実力的にも、ミモザ先輩には叶わなかったよね、うん。
サイジェントで、そしてその前からずっと面倒を見てくれていた先輩達。ただでさえ命令違反の上、さらに二人の顔に泥を塗るような真似なんて恐ろしくて無理だと言った私に、いつか笑顔で会いに来てくれたら良い、それまで元気に生きていてくれればいいと、私の背中を強く押してくれた二人。息が詰まりそうだった蒼の派閥の中で、私にも、私のことを想ってくれる人が居たんだって、二人の暖かさは知っていたはずだったのに、何も理解してなかった。受け取ろうとしていなかった自分が恥ずかしかった。
約束を果たす、というにはイレギュラーな再会だったけれど、それでも先輩達は喜んでくれた。そして、サイジェントから戻った後、案の定除名処分になるところだったのを、とある任務を命ぜられたことで首が繋がったのだと教えてくれた。ただ、表向きは謹慎処分扱いで、今二人はこの屋敷に二人で住んでいるということだった。
「それでトリスは先輩達のとこへ来たんですね」
「ふふ、後輩に頼ってもらえるのは素直に嬉しいよ」
ギブソン先輩がはにかむ。……こんな風に笑う先輩を、私はあまり見たことがなかった。相当嬉しいのだろう。
「まあ、今は皆自由行動と言うことで出払っているよ。その内ここに戻ってくるだろう」
「話を聞く限り、蒼の派閥と王のお膝元で、そこまで目立ったことをやろうって連中じゃないでしょう。とはいえ、何も仕掛けてこないわけはないかもだけど、それまでは少しでも身体と心を休めないとね」
鷹揚に構えている先輩の姿を見ていると、あんな夜を過ごした後だというのに大丈夫な気がしてくるのが不思議だ。一年前の騒動、サイジェントでの二人を見ているからだろうか。正確な召喚術、そしてその威力。間近で見ていた身としては、あの男達にも後れを取ることはないだろう、なんて無責任な考えが頭をよぎる。
勿論、先輩達を頼ってその先も任せきり、なんて思っちゃいない。
「あの連中からアメルを守ってくれたんだ。この先どうするにせよ、礼の一つは言っておきたいところだな」
リューグがぽつりと呟いた。ロッカも頷く。それなんだけど、とミモザ先輩は紅茶に口をつけてから続けた。
「トリスは、ここではいさよならってつもりはなさそうだったわよ?」
「え?」
「顔を見られているし、別れたところで連中は目撃者を生かしてはおかないだろう、という結論さ」
「そうそう。俺達ももう、無関係じゃねえってことだ。だったら、全員で行くところまで行こうってな」
ギブソン先輩の言葉を、フォルテさんが引き継ぐ。……フォルテさんの気質なのだろうか。出会ったばかりなはずなのに、すっと会話に入ってこられるのが凄い。
「そんな……すみません、巻き込んでしまって」
ロッカが顔を歪める。けれど、ロッカが悪いわけじゃない。誰も、悪いわけじゃない。そう言いたい。でも、私が言うのは筋違いだ。
ロッカとは違うことを私が懸念していると、フォルテさんは気分を害した様子もなく、寧ろ気易く返した。
「おいおい、あの村に来てた奴は全員聖女の奇跡に与りたい奴らで、俺達だってそうだったんだ。自分たちで決めて、自分たちであの村へ行った。聖女の奇跡がどんなに凄いことなのか、全員が知ってた。だったら、良からぬ連中が来ることも考えておくのが自然ってもんだ。流石にあの規模はでかかったが、それを巻き込まれただの何だのと言うのは、ちと違う気がするがね」
フォルテさんが言っているのは、冒険者の心構えとしては普通なのかも知れない。そういうことまで考えられるから、今まで冒険者としてやってこられたのかも知れない。けれど、もし今生きていたのが彼らではない、別の人だったら。責められていたかもしれない。そもそも、アメルは守られていなかったかもしれない。
「色々言ったが、こうなっちまった以上、俺達としても一緒に行動した方が安全なのさ」
ウインクで締めたフォルテさんは、本当に苛立った様子も、不安そうな感じもなかった。だからだろうか、ロッカは小さくありがとうございますと彼の言葉を受け入れたようだった。その姿を見て、ギブソン先輩が続ける。
「連中が何者なのか、今はまだ手がかりが無い。次にどうするかもそうだが、準備が整うまで、君たちもここを拠点にすると良い」
「……ありがたい話だがな、なんでそこまでする?」
「リューグ」
リューグが口にした疑問をたしなめるようにロッカが名を呼ぶ。けれど、疑問はもっともだ。ロッカも疑問には思っていたのだろう。あまり強くリューグを止める気配はない。
「なんでもなにも、ねえ。あたしたち、別に誰彼構わず味方するわけじゃないし、守ってあげるつもりもないわよ?」
「そうだね。君が感じている事に対して率直に答えるなら、トリスやネスティが頼ってくれたから、彼らに応えているに過ぎない……ということさ」
「なるほどな……」
先輩達のさっぱりとした答えは、リューグにとってはむしろ納得できるものだったのだろう。何か裏があるのか、と思うのは致し方ない。
でもまあ、先輩達とトリス達の仲に救われた。人生、何に助けられるか分からないものだ。
「キョウコもよ」
「え?」
「水くさいのはなしだからね。いつだって頼ってちょうだい」
「そうだな。我々の妹弟子はなかなか甘えるのが上手くならない」
「先輩……」
「さ! どうせ大して眠れてないんでしょ? 少し部屋で休めば良いわ。トリス達が帰ってきたら起こしてあげるから」
優しく告げられ、私はどう言えばいいのか分からずに、ただ、懐の広い先輩達を前に小さく感謝の言葉を口にするしかできなかった。
――起きて、やるべき事を済ませたらできるだけ早くここを離れよう。先輩達の言葉は勿体ないくらいに嬉しいけれど、だからこそ、私はそれに甘えない方がいい。
だって、そこに私の意思なんてなかったとは言え、私は危険な思想を持つ無色の派閥の召喚師たちに召喚された、はぐれ召喚獣なんだから。
『ソイツは厄を呼び寄せる。ここで殺しておかなければ』
そうじゃないって、言えないんだから。
2020/07/06 : UP