Umlaut
ゆるしの秘跡 - Talk with you - R
ガキの頃でもなかったほどの勢いで泣くキョウコにかける言葉がなかった。あの兄貴でさえもだ。
アメルの力で癒されたらしいあいつがアメルに縋り付いて堰を切ったように大声で泣きわめき、程なくして意識を失うまでを見ていることしかできなかった。そこまできてようやく、俺と兄貴はその場を動くことができたような有様だった。
アメルに何か言われる前に、兄貴がキョウコを抱きかかえる。俺はあいつの武器が納められたベルトを外した。ホルスターに納められた小刀がしっかりと手入れされていたことを思い出す。こいつは、どんな気持ちで手入れをしていたのか。……どんな気持ちで、今まで訓練してたんだろうか。
戦う力を持ちながら積極的に戦おうとしなかったキョウコに肩透かしを食らったことがちらついて、奥歯をかみしめた。
「ごめんね、二人とも」
「いいんだよ。僕たちには……これくらいしかできないからね」
あいつにと用意された部屋に運び終わって、アメルと兄貴が言葉少なに会話をする。それに混ざれるような語彙は持ち合わせてないが、兄貴の言葉に腹の中が冷える感覚を覚えるほど苛立った。
どんなに望んでも、アメルが見たものを同じように見ることはできない。かける言葉もない。できることの少なさに歯噛みするなんざ今に始まったことじゃない。それでも、慣れることはなかった。たぶん、これからもないんだろう。
キョウコの泣き声は屋敷中に響いていたはずだ。俺達の様子を気にしてるだろう底抜けのお人よしは、あいつの大声が聞こえにくい応接室でほかの連中と顔を突き合わせていた。俺達の姿を認めると、思わずといった様子でソファから腰を浮かせる。それを、兄貴が制した。
「キョウコは、」
「大丈夫です。疲れもあったんでしょう。眠ってしまったのでベッドへ寝かせてきました」
まるであいつの兄のような顔をして、兄貴がそう答える。……まあ、もともとキョウコは年上らしくはなかったが。
「そっか……。吐き出せたんならいんだけど。キョウコがあんなに取り乱してたところ見るの初めてだったから吃驚したわ」
「それもそうだが、彼女があんな初歩的なことを失念していたとはな」
黒髪のメガネ召喚師が意外そうに呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。顔を向けると、側にいたトリスと目があった。そいつは先の発言に同意するように僅かに頷きを。
「キョウコはあたしと違ってすごく勉強熱心だったからね」
取り繕うようにその顔を破綻させるが、メガネの射るような視線に気付いているのか、少々ばつが悪そうだ。そしてその視線は逃げるように一層俺へ向けられた。
「キョウコはさ、派閥にいた頃はすごかったんだよ? 勉強も鍛錬も絶対欠かさなかったし。あたし、なんでそんなに頑張れるの? って聞いたことあるんだ。そしたら、早く誰にも口出しされないようになりたいって。一人前として認められて、村に帰りたいって教えてくれたわ。あたしはそういう場所なかったからさ、うらやましかったなあ」
トリスがそう語るのを黙って聞いていると、急にその顔が険しくなった。
「でも、帰りたい以上に出て行きたかったのもあるかもしれないわね。……ごく一部の人以外に名前で呼ばれてるところなんて見たことなかったし……酷い時は、本当に……。あたしもいろいろ言われてきたから、気持ち、少しは分かるつもり」
嫌なことでも思い出したのか、その顔は苦虫をかみつぶしたように歪んでいる。
……そういや、村に帰ってきたときキョウコのやつも蒼の派閥にいた頃のことはそこまで突っ込んで話さなかったな。世話になったって言うこの屋敷の主やその師匠については良く話してたが……こういうことかよ。
「トリス、君の脱走頻度に比べれば、大抵の人間は真面目だと言えるんじゃないか」
「あはは……」
トリスの横でメガネがため息をつきながら、そのせいでよく師範には迷惑をかけたなと零す。トリスは言い訳をしようとしたようだったが、そのやり取りはいつものことなのか、諦めたように勢いを失った。
「……反省はしてるのよ、一応。師範にまで迷惑をかけるのは本意じゃなかったし。キョウコは脱走しようとしたって話は聞かなかったけど……」
「彼女は君と違って、師範や先輩達に迷惑がかかるのが分かっていたんだろう」
「いや、キョウコは一度だけだが、派閥から抜けだしたことがある」
「え?」
メガネの言葉を否定したのはギブゾンだった。だが、その顔は酷く穏やかなもので、寧ろ思い出話に花を咲かせるようだった。
意外に思ったのはメガネやトリスだけじゃない。俺たちもそうだった。村でのあいつは確かに目が離せないほど怯えていたし引っ込み思案だったからだ。詳しい事情も知らないまま、聞こうともしなかった。土足で踏み入るには、あまりにもあいつはジジイの後ろに隠れていた。ちゃんとした会話が果たしてどれだけあったのか、今ではもう分からない。
そんなあいつが? それも、『逃げ出す』じゃなく、『抜け出す』と言ったのか?
「ロッカくんと、リューグくんのご両親が亡くなったと手紙をもらった時にたった一度、それきりだけどね。当時の彼女は大人しいものだったが、思い切りの良さは……もう、君たちは知っているだろう」
村でどうだったかは知らないが、派閥内の様子では分からなかった、とギブソンは続ける。
「まあ勿論、すぐつかまって寮に戻されたわけだけど。随分抵抗してたわ」
メガネの――ミモザという女がその言葉を引き継いで、ふふと笑う。その意味が分からない歳でもなかった。俺は黙って話される言葉を聞き入れる。それは兄貴も、アメルも同じだった。
「その後のキョウコはすごかったよ。慣れない場所や、決して好意的とは言いがたい環境の中で凄まじいほどいろんなものを吸収した。
中でも、知識量はその最たるものだだろう。彼女は全ての属性に適性があってね。全ての世界にまつわる本を読み漁っていたんだ。立場上、閲覧できない資料も多かったが……それでも、兄弟子になる私やミモザでは教えきれないこともたくさんあった」
「っていうのも、彼女、ロレイラルとシルターンに特に興味があるって言ってね……なんでも、彼女の世界でも見聞きしたこととか知ってるものがたくさんあったからみたいなんだけど、ホラ、私達サプレスとメイトルパ専門でしょ? 勿論自分の専門分野では自信があったけど、それ以外のこととなっちゃうとねえ。そもそも、基本的な技術や知識から先のことはそれぞれが研究することになってるし、秘匿されていることも多いから」
「加えて彼女は鍛練も欠かしてこなかったからな。特にストラの習得にかけては目を見張るものがあった。恥ずかしながら、身体を痛めた時は彼女にはお世話になったよ」
「ギブソンってばその後キョウコにケーキご馳走してたものね」
「残念ながら彼女に返せるものは少なかったからね」
交互に語るその口ぶりを聞いていれば分かる。どうも扱いにくいらしい立場にあったアイツがかわいがられていたことくらい。
ただそれを、当の本人がまるで分かってない様子だったのが妙に気に食わなかった。あいつなりに慕ってはいたようだが、極端に引け目に感じているらしかったのが。
それはきっと俺たちが知らないキョウコの姿で、あいつが酷い目に遭ったこととその境遇からくる『何か』なんだろう。それでも、だ。
キョウコの奴はまだなにか俺たちに隠していることがある。村に帰ってきたときに本人がはっきりとそう言っている。とはいえ、それは俺達の親を殺したはぐれ関連じゃなさそうだということはこれで理解した。関連があるならもうあいつはさっきの話の時に口を割っているはずだってのがまず第一にあるし、百歩譲って俺達の親を殺したはぐれ召喚獣の件についてまだあいつの関与を疑うとして、それは事故に近い形だろう。例えば、無色の派閥の奴らによる報復なんかが考えられる。あいつがあそこまで反応するくらいだ。無色の派閥の連中がまた狙いにこないとは言い切れないってことだ。
だから、あいつがまだ隠しているのは、無色の派閥とか言う連中に召喚された当時のこと、になるだろう。さらに言うなら、外部に漏らすことを制限されるような『何か』。まるで見当もつかないが、蒼の派閥にきつく口止めされるようなことなんだから、召喚術関連と見るのが妥当か。ただ、同時にキョウコは「言いたくない」とも言っていた。相当胸糞悪い話だろうことはなんとなくわかる。
――それが、今回の件と関連しないとは、今のところ言い切れないが。どのみち、暫くあいつを一人にしねえ方がいいだろう。
あいつの昔の話と今回の村が襲われた件をまだ完全に切り離して考えてないという俺の心づもりを兄貴に言えばまた喧嘩になるだろうから、今は黙っといた方が良さそうだ。
そうなると、今考えるべき問題は一つ。
蒼の派閥の召喚師を信用してもいいのか? って話だ。これはキョウコも言ってたが、個人と言うよりは組織として。
ギブソンとミモザに関しては実際に召喚術を使うのは目にしているし、召喚師ってのは疑いようもない。そもそも謹慎処分とはいえこんなでかい屋敷を用意されてるんだから、黒ずくめの奴等とグルってことはあり得ねえだろう。街中での召喚術、騎士団への応対、黒ずくめの連中への啖呵の切り方。どれをとっても蒼の派閥の召喚師だって話に嘘はないとみていい。
だが、かといって安心していてもいいのか?
謹慎処分中なら、それを補える手柄があればいいってことじゃねえのか?
アメルが、それに値するとしたら?
あれだけ正面切って俺たちを庇いだてしたからには何か裏があるか……あるいは、揃いも揃ってお人好しかだ。まあこんなことを考えたって多分、ここは後者だろうが。こいつらに信頼関係があるのは、短い間に見たやり取りで十分伝わってくる。これで裏であれこれ手引されていたらトリスのダメージのほうがでかそうだと思うくらいには。
加えてトリスが連れてた悪魔のガキは面白くなさそうにしてたから、トリスがこんな厄介ごとに善意だけで首を突っ込むほど底抜けのバカってのはなんとなく感じ取れた。村から逃げる時もアメルのこと守ってやってくれてたみてえだしな。あいつが懐いて、だからこそ遠慮するような相手だ。フォルテの野郎も含め、現状村の生き残りは信用するしかないだろう。悔しいが、俺と兄貴でどうにかなるほど事は簡単じゃねえ。
加えて、起きたらすぐにでもここを飛び出していきそうなキョウコのことを考えれば……あいつについてまだ探ろうとしている俺が見張っておくのが妥当だろう。いろんな意味で一人にするのは避けたい。あいつの得体の知れなさもそうだが、今のあいつの情緒不安定さも、目を離すと拙いことになりそうだ。
なにより、アメルの顔をこれ以上曇らせるわけにもいかねえしな。
「先輩たちがそこまで言うのなら、彼女に関する一連の疑いは晴れたと考えていいだろう。最も、無色の派閥の連中が彼女のことを把握しているかどうかは微妙なところだな。確かめようがない。……先輩たちは何故彼女を発見できたんですか? 儀式の失敗だろうことは分かっても、生存者がいるとは考えにくい現場だったんですよね?」
メガネがキョウコの話を掘り下げた。アメルのことに加えて無色の派閥とやらが加わるともっと面倒なことになる。それを考えてのことなんだろうが……深堀りして徹底的に疑いを潰そうとするのは、本人の性質なのか。自分たちが関わるのをやめてどこかに丸投げしないのは意外だった。そしてそれは多分、トリスの存在があるからだろうとも思う。お目付け役らしいしな。こいつに限らず、身内の誰かが絡んでいなければ俺たちなんて適当にどこかに預けて終わりだっただろう。
だが、俺達は一人じゃなかった。全員が狙われている。そして最小単位で動くのは悪手だと、誰もが肌で感じていた。
ギブソンが、メガネの疑問に答える。
「最初から生存者がいるとは思ってなかったさ。さっきも言ったが、寧ろ制御できない召喚獣が野に放たれていたなら大惨事だからね。私たちはどちらかと言えば、召喚獣がまだリィンバウムにいるのなら、その命を奪うつもりで調査していたんだよ」
「そんな……」
「召喚獣が皆、言葉を理解するわけでも、コミュニケーションをとれるわけでもない。蒼の派閥の召喚師として、調査した上で事件をきちんと収める必要もあった。それは、被害を大きくしない、という意味でも。
幸い、キョウコは言葉が話せたし、当時は本当にただの幼い子どもだったから保護という形になったが」
アメルが声を震わせたが、ギブソンの声色はどこまでも穏やかだ。殺さなくて済んだことをよかったと思っているようにも取れるが、ある意味淡々と話すその様子からは、召喚獣が手がつけられない状態だった場合は、仮にそれがキョウコのような姿形をしていたとしても、容赦なく殺すつもりだったことの証左にも思えた。
「無色の派閥が彼女の起こした事故に気づかなかったとは考えにくい。が……この近辺は召喚師の本部のお膝元だ。つまり、その目をかいくぐって活発に活動することが難しい地域ということさ。彼らよりも先にキョウコを保護できたのは僥倖だった。彼女の身の安全もそうだが、連中の研究について、多少は情報が増えたからね」
しみじみと語るギブソンに、メガネが頷いた。
「なるほど……。しかし殆どを蒼の派閥で過ごしていたとは言え、10年以上消息を捕まれていないなら、やはり彼女が今更狙われるとは考えにくいか……?」
考え込む仕草をするメガネに、トリスが肩をすくめる。
「仮に今更狙われたとして、よ。キョウコはもうある程度なら戦えるじゃない。それに、無色の派閥が絡んでるってのが確定したとして、敵が何者なのかが分かるんだからマイナスにはならないでしょう」
……どちらの言い分も分からなくはない。状況が状況だ。少しでも疑いがあるなら浮かせたままにしておくわけにはいかねえ。だが、別にキョウコも狙われていると分かったところで、あいつの場合相手が誰なのか分かっているなら対策も取れるし、あいつ自身敵を知っていることになるし、何より戦える。アメルを狙う連中とは別口だったとしても、もしそいつらが手を組めばそれはそれで無色の派閥とやらの動向を糸口にして黒ずくめの奴らについても多少正体が分かる可能性があるなら、確かに悪いばかりでもない。
「これ以上あいつについてうだうだ言ってたって仕方ないってこったな。どのみち、これから狙われるようになるのは分かってんだ。……なら、相手がなんだろうが全員ぶっ殺すだけだ」
誰だろうが全員、片っ端から潰せば問題はない。極論だろうがそういうことだ。
何者かなんて、分からなくても。アメルに群がる奴らを、向かってくる奴らを全てねじ伏せてしまえばいい。分かりやすい話だ。……力さえあれば。
「それが無茶だということは分かっているだろう、リューグ。村で一番強かったお前が、あの時一撃で振り払われたんだ」
「言うな……!!」
兄貴をにらんだところで、その口を塞ぐことはできない。何よりも分かりきったことを指摘されて、俺は胸が熱くなる。
分かっている。分かってるんだそんなことは。それでも、あいつらを許すことはできない。あいつら全員死んだところを確認しない限り、安全だと思うことはできない。これはもう、そういうところまで行ってしまった話だ。どっちかが死ぬまで終わらない。
「逃げ続けたところで、あいつらが諦めるわけねえ。いつかぶつかる日が来る。遅いか早いかだけだ」
「そうかもしれない。でも、それは今じゃないし、僕たちにできることでもない」
「……じゃあ、なんだ? 泣き寝入りしろって言うのか? 死ぬような目に遭わされて、実際大勢死んでる。何をしたわけでもないってのに村まで焼いた奴らに何もせず、頼るあてもないまま逃げろってのかよ」
「――そうだ。これ以上誰かを巻き込むのも、犠牲者を増やすのもごめんだ」
兄貴の言っていることが理解できないわけじゃない。それでも、何もできなかったあの時の景色が、感覚が呼び起こされて、俺はとても兄貴の言葉に頷く気にはなれなかった。
逃げる? 何もせずに? あり得ないだろう。あいつら以上に、まず自分が許せない。後ろ暗いことは何もないはずの俺たちがこそこそとあいつらから逃げ回るなんておかしいだろうという気持ちと、生き残ったからこそあいつらに復讐しなくてはならないという、義務感にも似た感覚が頭を占める。あの日、あの夜、あのとき。何もできなかった。なにも、だ。
なんのための自警団だ。
こんな、こんなにも自分の中身をかき混ぜられるような不愉快な感覚を、兄貴が全く感じていないとは言わせない。
だというのにその口から出てくるのはすましたような言葉ばかりだった。
違う。そうじゃねえだろう。そんなはずはねえだろう。
喉元まででかかった衝動を、飲み下して、拳を叩きつける。
「アンタって野郎は、」
声が震えそうになり、悔しさに歯噛みした。怒りなのか失望なのか、もう分からない。腹の奥から際限なく湧いてくるものがあることだけは確かだ。
「二人とも、もうやめて!」
アメルの制止に、煮えくり返るようなそれから意識がわずかにそれた。
「どうして、どうしてこんな時まで喧嘩しなくちゃだめなの? どうして普通に話ができないの……っ?」
いつもならきっと、姉貴面の一つでもして叱るだけだっただろう。そのアメルが、泣きそうな顔でやめてくれと願っている。俺達が言い争っている姿を見て、弱々しく首を振りながら見たくないと。
――なにが、アメルの顔を曇らせたくない、だ。一番あいつの心を思いやれてないのは、俺じゃねえか。
静かに深呼吸をして、息を整える。
強ばった表情で俺達のやりとりを見ていたトリスに目を向けた。
「トリスとか言ったな? ……見ての通り、俺とこの野郎の意見は真っ二つさ。アンタはどっちにつく」
俺と兄貴とアメルだけで決められる話じゃない。となれば、一番意見を聞き入れやすいやつはトリスしかいなかった。別に、俺も兄貴も自分の意見に対して味方がほしいわけじゃない。ただ、
「あたしはロッカの意見に賛成するわ」
……自分の意見がこいつらにまで影響するなら、離れた方がいいと思ったことは確かだった。
トリスはまっすぐに俺を見返しながら言葉を続けた。
「リューグの意見だって間違ってるとは思わない。でも、今私たちにできるのはアメルを守るためにあいつらの手が届かない場所にいくか、対抗できるような手段を探すことであって、真っ向から立ち向かうことじゃない」
「……そうかよ」
正論だ、ということは認める。だが納得はできなかった。身体が突き動かされるように、あいつらをズタズタにしたくて仕方がない衝動がずっと疼いている。今、こうしている間にも虎視眈々とアメルを狙っている奴らがいるということも、村を焼いた連中がのうのうと生きているということも、何もかもが気に食わない。
自分の中に鬼がいる。いや、今までもいたんだ。あの夜、解き放たれただけで。本当はずっと、くすぶっていた。
「あたしより、アメルの意見を聞けば? ねえ、アメル?」
トリスが声を上げて話を振る。……アメルの希望なんざ、聞かなくても分かる。それを無碍にするつもりだって、ない。
「あたしは……みんなが無事なら、それでいいんです。それだけで、」
だが弱り切った声に、俺が言えることは何もなかった。
******
話はまとまった。俺はジジイを探すという名目でここを離れることにした。真っ先に伝えたのはトリスだが、兄貴やアメルには言わなくても充分伝わっているだろう。
……トリスには召喚術も、熟練の冒険者たちもいる。兄貴と同じ意見だというなら、うまくアメルを守ることができるだろう。だが、俺はできねえ。同じやり方で側にいることは。だったら、自分のためにも、こいつらのためにも別れたほうがいいだろう。
どうせ行き着く先は一緒だと、あの場にいた全員が分かっている。だったら、どうしようが同じことだ。
「ねえ、本当に行くの?」
「ああ。ま、ジジイを探すとなるとキョウコのやつも行きたがるだろうから、一応あいつと話をしてから行くつもりだがな」
「単独行動するメリットはないものね」
それもある。が、キョウコのやつを見張っておかないと、どうなるか分からないというのが大きい。
あいつ自身のことについて根掘り葉掘り聞くつもりはなかったが、一度話を聞いておくべきだろう。周りがどう言い募ろうが、そこにキョウコの声も言葉も意思もない。
あいつが何を思って、何を考えているのか、まだ俺は何も聞いちゃいない。あいつ自身の言葉でないなら、大した意味はない。
――あいつなら、俺の気持ちが分かるだろうか。それとも、あいつもこんな衝動に突き動かされたのだろうか。
今までため込んでいたものを全て吐き出すような慟哭を思い出しながら、俺は窓から差し込んでくる西日に目をすがめた。
2020/08/20 : UP