種を割る夜・おまけ

 久しぶりに動きやすい格好になり、桑名江の畑の畦を歩く。よたよたと歩く私に対し、後ろを行く桑名江は慣れたものだ。
 息抜きに散歩でも、と思い立ってここを歩こうと思ったのは私で、桑名江は作業の手を止めて私に付き添ってくれていた。
 珍しいこともあるものだ、と思ったのが顔に出ていたのだろう。
「僕と君は両思いで、恋仲だよね?」
 と感情の読めないのんびりした声で確認を取られて、即座に謝った。今『分からせ』が発生するのは困る。彼の気持ちが分かった以上、もうサインを見逃すのはごめんだった。
 それはそれとして、桑名江が畑よりも私を優先するということに、未だに頭がついていかないのは許して欲しい。
 「そういえば」
 機嫌を直してくれた桑名江がふと思いついたように呟いた。
「温室に興味があるんだ」
「……ハウス栽培ってこと?」
「ううん。なんだっけ……『がーでんはうす』……『さんるーむ』、だったかな」
「ああ、温暖な気候の植物でも扱いたくなった? サボテンとか」
 桑名江に否定されて、そういえば本丸は気温や季節を固定できるのだから実質既にハウス栽培みたいなものだったなと思い至る。
 そして彼の口から出た単語に頷いた。
「洋風の、四阿と茶室のいいとこ取りみたいなやつなんだけれど……」
「イメージは伝わってるよ。なにかやりたいことでもある?」
「寒くなると、縁側で景色を見るのも、畑で僕と話をするのも辛いでしょう? だから、温かくて、景色がよくて、ゆっくりできるスペースがあっても良いかと思って」
 なるほど、提案は悪くない。利用する刀達は限られるかもしれないものの、冬の過ごし方が増えるのを喜ぶ刀は多いだろう。
「流石に私と桑名にメリットが偏ってると思う。畑に関しては食事に直結するから予算も組みやすかったけど、サンルームは入れる人数も絞られるし、刀派・刀種ごとのお茶会とかくらいしか思いつかないし」
 考えながらそう言葉を返すと、後ろで桑名江がふふっと笑った。
 思わず足を止めて、彼を振り返る。
「なにか変なこと言った?」
「いや。ごめんね。ただ……やっぱりそうなるよねって思っただけだよ」
 何がそんなにおかしいのか、桑名江は手を自分の口元に持ってきて、取り繕うように咳払いを繰り返した。
「はー……。自分の振る舞いに首を絞められることもあるんだね」
「さっきから一体何の話?」
「温室の話は、予算が欲しいって言うんじゃないんだ」
「?」
「今まで自分がもらったお給金は、君に贈る花とか、品種改良の研究費に入れてたんだけど……、温室の費用は自分でまかなおうと思っているよ。それで、本丸の敷地内かつ、君の行動範囲内で場所を押さえておきたくて」
 言いながら、桑名江がまたふふと笑う。
「個人的には、農具を置いてる蔵の隣でも問題はないかなって思っているけれど……君がいつでも気晴しに来られたらと思って」
「ああ、それで……」
 桑名江とは予算のことで話し込むことが多かったから、てっきり今回もそうだと思っていた。
 早とちりを謝ると、首を振って「いいんだよ」と未だ楽しげな声が返ってくる。
「だって、君と二人で過ごす場所が欲しいって下心もあるからね」
 桑名江に顔を覗き込まれ、彼の顔が近くなったことに驚いてしまって、思わず仰け反った。
「わっ」
「おっと」
 畦の上でバランスを崩して畑に突っ込みそうになり、足を前に出して畝を踏み潰すこともできずつんのめった私の身体を、容易く彼が抱き止める。ひょいと畦の上に戻されたものの、桑名江の手が離れることはなくて、むしろ両手で囲い込まれてしまう。
「桑名、」
 なんとなく甘い空気を感じて、名前を呼ぶ。顔を上げると、近づいてくる桑名江の唇が見えて、咄嗟に目を瞑った。
 ちゅ、と密やかな音と共に、おでこに柔らかなものが当たる。目をゆっくりと開けると、まだ近い桑名江の顔に視線が彷徨った。
「……流石に明るいうちから外で口吸いはできないよね。他の刀の目もあるし」
「!」
 ちょっと残念そうな桑名江の言葉に、一瞬で顔が茹だる。咄嗟に辺りを見渡したけれど、長閑な畑の景色の向こうから、微かに刀達の誰とも知れない声が風で流れてくるだけ。
「だ、誰もいないじゃない」
「そうは言うけれど、短刀たちの目はすごくいいんだよ」
「……!」
「それでも続き、する?」
「しないっ!」
 どんどん甘さを増していく声に、優しく囲われた腕の中で首を横に振る。
「そうだよね」
 桑名江の手が解かれ、頭を優しく撫でられた。大きな手に大切に扱われて、ほっとする。
「やっぱり、布団の中が一番確実に見えなくていいよね」
「~~っ! 桑名! もう戻るからっ」
「あはは。はーい」
 ぽすぽすと桑名江のジャージを叩くと、こらえきれない彼の笑い声が弾けた。

2025/11/22 UP

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