心恋相語れり
(5)
資源の運用は審神者にとって死活問題だ。一応上限は設けられているものの、時間当たり僅かながら政府から支援を受けられるが、よほどでなければ頼ることはない。そんなわけでもっぱら刀装と手入れに使っているのだが、日々のノルマをこなせばボーナスとしていくらか備品の支給があるので、鍛刀は毎日三振り分行っている。当然増えるばかりなので重点的に第一部隊の面々に連結という方法で還元しているが、おかげで戦線は安定していた。検非違使には苦戦しているが、それさえも夜戦であれば大した脅威ではないので、今は短刀のみで構成した部隊を二番目に据えて、精力的に出陣を繰り返しているところだ。京都の夜、それも幕末とあって、縁(ゆかり)のある刀達を混ぜることもある。既に一度制圧はしたが、その先の戦場での圧倒的な戦力差に足踏みをしているのが現状だった。大倶利伽羅に近侍を任せるようになって、大体三ヶ月ほど経とうとしていた。流石に私もあまり緊張せずに接することができはじめていた。まあ、毎日顔をつきあわせていたら、それも意識して相手のことを観察していれば、大体相手のペースや調子なども分かってくるというものだ。
大倶利伽羅は聞いていたように積極的に交流を持つタイプではないが、相手を無視することは殆ど無い。態度にしろ言葉にしろでなんらかの反応はきちんと返すタイプだ。無視することがあるとすれば、それそのものがコミュニケーションとして成立する場合だろうか。無視しないでよ、と突っ込むような、いわゆる軽口に近い空気の時は特に顕著であるように思う。
また、極めて穏やかだ。出陣が少ないと不満そうだが、政府へ提出する書類や申請書などがタイミング悪くブッキングして私に余裕がないときは、文句さえなく手伝ってくれることで確信した。一部の会話が苦手な審神者や、無駄口を厭う審神者などが重用するのも頷ける。
そろそろ大倶利伽羅には近侍を離れてもらって、今の段階で時の政府が実現可能な練度まで経験を積んで貰うのも悪くない。既に何振りかそういった刀はいるが、少しずつ新たなステージとして自分の殻を破って貰うため、修行に送り出している。私の人生は大きく予定から外れたが、戦績は安定していた。順調、なによりだ。
「よっ。鶴丸国永だ。俺みたいのが突然来て驚いたか?」
「――」
そんな折、我が本丸にやってきたのは白い装束に身を包んだ刀剣男士だった。上品な白に金の差し色が眩しく感じる。
鶴丸国永。付喪神としてのポテンシャルゆえか、あまり見ない刀の中の一振り。
「初めまして、鶴丸国永。この本丸を預かっている審神者です。此度の協力、感謝します」
「なあに、任せてくれ。驚きの結果を君にもたらそう。楽しみにしていてくれ。俺も楽しみだ」
私の肩を優しく叩きながら、明るく弾んだ声で白い刀が笑う。快活で気さくな様に秋田藤四郎を迎えたときのことを思い出した。その瞳がきらきらとしているのは、決して金という色だからというだけではないのがわかる。
気さくさは素直とはイコールではないから、また追々話をしていこうと思いつつ、近侍を紹介する。
「おっ。伽羅坊じゃないか!」
「……」
までもなかった。燭台切光忠がそういう気質なのだと思っていたが、伊達縁の刀は大倶利伽羅にもぐいぐい行く傾向があるのだろうか。お互い気心知れているからというのも大きいのだろうが……そういえば刀剣男士達はお互い今まで縁が無くても、皆あまり遠慮することなく接している。やはり刀だというだけで気兼ねしないものなのだろうか? 勿論、五虎退を筆頭にそうでない刀もいるにはいるが、本人の性質に依らない部分で……なにか、通じている部分があるように思える。
「大倶利伽羅も比較的最近迎えた刀だけど、既に多くの戦場を踏破済み。戦力として練度も上がってきたから、今は第一部隊の隊長と、近侍を兼任してもらっているの」
「成る程ねえ。俺も負けてられないな」
既に知己(ちき)であるらしい二振りの様子に、鶴丸国永の本丸の案内や諸々の説明は大倶利伽羅に任せても良さそうだとほっとする。先ほどから不機嫌そうにしているが、新たな刀を迎えるにあたって初っぱなから不機嫌にしているのは初めてだった。さっきまでは普段通りだったし、顕現したのが他の刀であれば、基本的にはいつも通り静かに、あるいは穏やかに軽く名を名乗り、私が促した後案内へ入るからだ。大倶利伽羅は黙ったままだが、気兼ねしなくても良い相手だということなのだろう。
「じゃあ大倶利伽羅、後は頼んだ」
「……分かった」
渋々ながらもため息と共に了承した大倶利伽羅は、そのまま鶴丸に一瞥をくれると、行くぞと一声掛けて鍛刀部屋から出た。
「ほいほいっと。……君とはまた改めて話す機会があるのかい?」
「あなたが望めばいくらでも」
「いいねえ。そうしたら先にいろいろと把握させて貰うかな」
「ええ。積もる話もあるでしょうから、ゆっくりどうぞ」
「おい、早くしろ」
見た目にも真っ白な新入りを見送る。今日は夜戦部隊をメインに回して、第一部隊は大倶利伽羅に合わせて出陣と買い出し、残る二部隊は遠征に送り出す予定だ。しばらくは鶴丸のフォローに回って貰うことになるが、落ち着いたら申し送りをしよう。
――そう決めて、実行する前に、珍しく大倶利伽羅から話があると切り出された。
「……修行?」
「ああ」
何の変哲も無い日だった。と、思う。出陣も遠征も終えて、後は入浴と就寝くらいかという頃。
修行へ行きたいという申し出で、私は少し意外だった。大倶利伽羅は既に近侍の仕事を指示もなくこなせるようになっている。なんなら、私が寝坊すれば先に仕事を始めているくらいだ。流石に予定時間を過ぎて私が起きて来なければ体調不良かと起こされるが。
だから、修行道具の場所も知っている。置き手紙の一つくらいはあるかもしれないが、それでももしかするとゆくゆくは黙って修行に行ってしまうのではないかとさえ思っていた。勿論、それは近侍でなくなった時だろうし、今よりももっと私と大倶利伽羅の間に一定の信頼があると、きっとお互いに思うようになった時だろうと。
「……今は、許可できないわ」
首を横に振る。大倶利伽羅だって知っているはずだ。修行道具の開発、配布および頒布がなかった頃は、練度にも限度があった。レベルキャップと俗に言われているものだが、それ以上に強くなることはできない、数値上の限界だ。この本丸では基本的にその限界まで達しないと、修行には出さない。と、少し前に私が決めた。そもそも政府側の準備がまだ十全ではないので、政府が許可した刀剣男士のみが修行に行くことを許されている現状、多かれ少なかれ強さを求めている彼らに我慢を強いているからだ。その中で順番を決めるにあたって比較的皆が納得できるのではないかと考えた末の決断だった。修行道具の数があまりにも少ないこともある。
それを知らない大倶利伽羅ではないはず。
「だろうな。……夜戦部隊に入れろ。隊長でだ」
「無茶な出陣は」
「しない。あんたに文句は言わせない。条件を満たしたら俺は行く」
「……流石に、あなたが二言のない刀だと知っているけど」
随分な言い方だった。有無を言わせぬ力強さに疑問がなかったわけではないが、それで素直に心の内を吐露してくれるような刀でないことはもう十分知っていた。
「分かったわ。それと部隊に関しては夜戦ではなく厚樫山へ。中傷での進軍は禁止。刀装が全て壊れても中傷でないなら進軍は許可。検非違使と出くわした後も、状況によっては進軍を許すわ」
「……」
「ただし、あなたの部隊でもし手伝い札を使うのなら一日六枚まで。刀装は制限なし……と言いたいけど、あまりにも壊すようなら上限を設けるから。勿論、札を含めて自分たちで資材の回収ができるのならばやりくり大いに結構。ただし私への報告は微細に行うこと」
あえて口を挟ませないように言葉を重ねる。今思いつくのはそれくらいだったが、大倶利伽羅なら守るだろう。無責任な刀ではない。
「大倶利伽羅。あなたは私に文句は言わせないと言った。だから、私が文句を言わない範囲でこれらを守れるのなら、部隊をどう運用するかはあなたに全て任せるわ。勿論、私が文句を言いたくなるようなことをすれば、今後は問答無用で私の指示に従って貰う」
「……いいだろう」
私の言葉に、大倶利伽羅は頷いて答えた。その声はいつもよりも力強さに満ちていて、大倶利伽羅のやる気をそのまま表しているように見えた。
「で、」
「……?」
「流石に明日からでは皆のスケジュールに影響するから、来週からね。それに併せてあなたの意見を踏まえて部隊のメンバーを決めたいし、刃事については私から告知するわ」
何せこの本丸で今までなかったことをするわけなので、手探りなことが多い。もし今回、大倶利伽羅と満足のいく結果を残せたら、今後もこのやり方を続けていってもいいのだし。
「となるとやることは多いわ。今日は少し残業して貰いましょうか」
「……」
「鉄は熱いうちに打てってね。さあ、言い出しっぺがやらなくちゃ」
手を打つと、大倶利伽羅はため息の後私の隣に座り直した。
******
それから大倶利伽羅を修行に出すまで、そう時間はかからなかった。そもそも出陣の割合が多かった大倶利伽羅は練度が上がる速度が群を抜いて高かった。いわんや、意欲を出した後をや。
「行っちまったな」
「鶴丸」
大倶利伽羅の部隊に厚樫山を任せたのは、最も激しい戦場が夜であるため、短刀や脇差以外の刀種の育成が遅れていたためだ。稀に該当地域から三日月宗近の宿った刀を入手できると聞いてきたことも大きい。きっとそれも大倶利伽羅は分かっていて、体よく押しつけた形になったことをどう思っていただろうか。それでも彼は文句一つ言わず、そして私に言わせずに修行にこぎ着けた。それで全て。それが全てだ。
「本当に、早かったわね。まさか一ヶ月経たない間に仕上げてしまうなんて」
「まあ、伽羅坊にもいろいろあるのさ」
訳知り顔で鶴丸が笑う。……鶴丸も、この短い間にすっかり本丸に溶け込んだものだ。馴染みの刀が既に本丸にいたこともそうだろうが、やはり本人の気質だろうか。毎日きらきらとした表情で皆に話しかけてはその日あったことを私にあれこれ言ってくるので、本当に、婚約破棄の件が随分と遠い話だったようにさえ感じる。そういう鶴丸も、大倶利伽羅と入れ替わりで厚樫山での練度上げに加わる程度には成長が早かった。修行から帰り、『極』のクラスを得た短刀を部隊に混ぜたことで検非違使に出くわしてもあまり不安がなくなったことが大きいかもしれない。極クラスになれば出陣の際に持てる刀装の数が増えるし、彼らの数値化された練度の内容を確認しても、修行前と後では雲泥の差がある。……戦うことを、強さを求める大倶利伽羅にとって、それがどれほど焦がれたものなのか、嫌でも分かるというものだ。
「大倶利伽羅は、どんな風に変わってくるのかしら」
「さてなあ。俺も楽しみだ」
修行先で、彼らは何かを乗り越えてくる。それは己にまつわる逸話であったり、別れであったりと様々だ。修行道具には時間遡行を行っても歴史改変が無いように特殊な仕掛けが施されていると言うから、修行に出た先で歴史が変わってしまうようなことは起こらない。
大倶利伽羅に関しても安心して送り出したが、さて、どうなるやら。
「ほんと、四日後が楽しみね」
大倶利伽羅で極クラスになるのは六振り目だ。極めた刀で部隊を組んで、そろそろ京都の先の戦場にも挑みたい。
まあ、ひとまず大倶利伽羅が戻ってくるまでは、私にできる範囲で戦線を下げることなく戦いを指揮し、戦力を育てることとしよう。
端的に言うと、四日間はあっという間だった。大倶利伽羅が発ったのが週末だったからかもしれない。そのせいか、手紙を何度も繰り返し読んで心待ちにしていた。光忠にからかわれたほどだ。違うのよ、他の皆の時もとても楽しみにしていたの。言うと、そうだったねと肯定が返ってきたけれど。
厚樫山の部隊は近侍を経験した部隊長が務め、ある程度自由な采配をしていいことになったので、皆思い思いに意見を出し合っているようだ。たまに意見がまとまらないときは私の決定に従うという流れができるまでそう長くはかからなかった。めまぐるしく変わるこの本丸の環境に、一番キラキラしているのが最も後に顕現した鶴丸国永なのは幸いだった。
「大将、大倶利伽羅が帰還した」
「!」
「おっと、こっちに来るから、迎えはなしだ」
週明け、丁度大倶利伽羅を見送った夕方に彼は帰ってきた。今日の夕飯は光忠と鶴丸が大倶利伽羅の帰還祝いにとあれこれ郷土料理を作っている。
毎度のこととなりつつあるが、三日間手紙をくれて帰ってくる刀剣男士を迎えに行きたくなってしまって立ち上がり、それを薬研に制される。私にとって帰ってくる者を迎えることはごく自然なのだが、私を『主』といただく彼らは時として『主』であることを望む。食事は一緒でもいいのに。特に戦に関してはこの傾向が強い。
立ち上がってしまったので、座布団を直して改めて正座をする。薬研の案内で縁側からそれなりに重くゆったりとした足音が響いてきた。障子を開けた薬研と入れ替わりで、少し大きくなったようにも感じるシルエットが目に入った。
「……帰った」
「……うん。おかえりなさい」
既に修行から帰ってきた刀がそうであるように、大倶利伽羅もまた身にまとう戦装束が少し変わっていた。自信に満ちあふれた堂々とした態度以上に、彼の纏う空気に以前までとの違いを感じる。自信が無かったわけでは無いけれど、強さに飢えを覚えているようなところがあったから、なにか自分の中に確固たるものを見つけたのだろう。手紙の内容から察するに……いや、いいか。そんなもの、大倶利伽羅が一番分かっている。
「どうする? 夕飯はできてるし、お風呂を先にもできるけど。私に何か言うことがあれば時間も取れる」
大倶利伽羅が部屋へ入ってくる。そして、私の前で座った。
「あんたにも分かるだろう、この力が」
「ええ」
極クラスになった刀剣男士からは、これまでと比べものにならないほど伸び代を感じる。余白と言い換えても良いかもしれない。弱くなっているのではないが、器が大きくなったことで纏う空気に中身が追いつけていない感じがする。それも直に馴染むだろう。
じっと大倶利伽羅が私を……そういえば正面から大倶利伽羅を見るのは初めてのような気がする。
「大倶利伽羅?」
黙ったまま私を見据える彼に、何かあるのかと促す。大倶利伽羅は少しの間沈黙を保った後、口を開いた。
「俺は」
まだ整理ができていないかのように、少しだけその唇が淀み震える。待っていると、続きは直ぐにやってきた。
「あんたに惚れている」
――。
「は?」
「少し見ないうちに耳が遠くなったか」
理解が追いつかない。大倶利伽羅が、惚れてる? 私に?
「……いつから?」
「さてな。答えたらあんたは俺に何を返す」
「……いや……まあ、答えてもらったところでって話だけど……え? 私のどこに? いやまあこれも聞いたって私の答えには……その、いやでも影響する? かも??」
「落ち着け」
「混乱させているのはあなたなんですけど」
……急に。胸の辺りがそわそわと落ち着かなくなってきた。だって、そんな、え、本当にどうして?
言葉にする前に疑問ばかりが浮かんで、話を進めるような言葉が何一つ思い浮かばない。
大倶利伽羅は少し辺りをうかがうように目線をゆっくりと移動させると、おもむろに座布団から前に身体をずらして、私との距離を詰めてきた。
「ひょぇ」
「……なんだそれは」
くつりと笑う大倶利伽羅の顔が近い。……笑う? あきれたように穏やかにこぼれた笑みだけど、こんな、表情は知らない。
「俺たちは刀で、あんたなしには立ち行かないとわかった。だが……俺はそれ以上に、あんたに惹かれているらしい」
「らしい、って」
「あんたにお節介を焼かれるのは嫌いじゃない。認めるのは癪だったが……結局、それも無駄なあがきだった」
大倶利伽羅の言わんとするところがよくわからない。……好かれている、ということは、はっきりわかる。けど。
「俺は、あんたに何も祈らない」
ひゅ、と息を吸い込む音が聞こえた。私のものだ。
「心も削らない」
それは、その言葉は、
「あんたの務めが果たされるかどうかに、興味は無い。待つつもりも、ない」
「どうして」
気づけば大倶利伽羅の言葉を遮っていた。
「それは、」
「あんたからは何も聞いてないし、今でも興味は無い。だが、俺はどうやら最低限、『そいつ』を越えないといけないんだろう?」
瞳がそらされることはない。私からそらすこともできない。
「あんたがほしい」
大倶利伽羅の唇がそう動くのを、見た。
あの後どうしたのか、記憶が曖昧だ。
「わっはっは! 伽羅坊もついに白状したか!」
「え……知ってたの?」
「知ってるどころか。光坊は勿論、短刀連中なんかには見え見えだったぜ」
私の様子があまりにもあからさまにおかしかったせいか、翌朝鶴丸が盛大に私の背を何度も叩きながら笑った。聞けば、修行に行って帰ってきたとき、素直になるか、完全に気持ちを隠しきるかで話題になったほどだそうで。
「全然分からなかった……」
最初にあった苦手意識から、注意深く大倶利伽羅を見てきたはずだった。思い上がりも甚だしいことだ。何も分かってなかった。
「そりゃあ伽羅坊も君に対しては隠そうとしていたみたいだったからな。バレてちゃ驚きも何もないだろ」
それにしたって。
「まっ。伽羅坊は根は素直な方だし、わかりやすいぜ。……むしろ君の方が、まさか伽羅坊をそういう目で見てなかったことに驚きだ」
「ええ? いや、だって私……」
「婚約してたって? そういう話は、時間なんて大した問題じゃないと思うがな。まあでも、君はそういう気持ちになれなかったんだから仕方が無い」
……どうやら、私は大倶利伽羅を振ったらしい。いや、らしいもなにも、状況的に受け入れる理由がないのだから、たとえ記憶がおぼろげでも断っていると考えた方が自然だ。
「ただ傍目には想い合っているように見えたぜ」
「……そう」
私の肩を軽く叩いて、鶴丸は出陣の準備をすると言って自室へ引き上げていった。……代わりに、黒い姿が目に入る。大倶利伽羅だった。
「お、はよう」
胸がはねた。緊張……というか、緊張は緊張だが、すごく落ち着かない。嫌な気持ちではないのに、どことなく顔が見にくい。
「……そういえば、俺の顔を見るのは止めたのか」
「うぇっ?」
目を細め、勝ち誇るように笑う大倶利伽羅の顔が視界に生えた。今まで大倶利伽羅が私の顔をのぞき込んでくるようなことはなかったのに。
というか、私は彼の気持ちに応えなかったらしいのに、こうもいつも通り……いやそれ以上に振る舞えるものなのだろうか。
「昨日はそれどころじゃなかったようだから、もう一度だけ言う」
「は、はい」
「誰か他に男を好きになろうが、そいつと一緒になろうが、あんたの勝手だ。俺は口出しする立場にない。だが、俺はそれまであんたに遠慮をするつもりもないからな」
……。つまり?
「あんたを口説く。落ちるかどうかは、あんたの好きにすれば良い」
「――」
もしかしなくてもそれって、めちゃくちゃ恥ずかしいのではないかしら?
「黙らせたいのなら精々励むことだ」
「なにを?!」
「他の男を見つけるか、俺で手を打つか」
そんなことを言われても、妥協で大倶利伽羅を選べるわけがない。そして、それ以上に他の男なんて、考えたことも、ない。
なんだったら今、嫌でも大倶利伽羅を意識させられているというのに、その上口説くだなんて、
「……お、てやわらかに」
「さあな。あんた次第だ」
「ひぇ」
大倶利伽羅でいっぱいにされたら、頭がおかしくなるかもしれない。
既に艶めいた声に腰が抜けそうになりながら、私は既に大倶利伽羅から目が離せないのだった。
fin.
2020.02.15 pixiv同時掲載
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