錯綜バイオレット
05: 愛の絆
「ん……む……」
背筋を伸ばそうと、背伸びをしようと、私の指はお目当ての本に届かなかった。
このデュエル・アカデミアには勿論図書館がある。室、ではなく、館だ。蔵書の数はそんじょそこらの町の図書館が束になってもかなわないほどだと言われている。海に囲まれたこの島だからこそ、それだけありとあらゆるジャンルの本を置かねばならないのだろう。ここは特別に娯楽が少ないし、本の虫にとっては楽園かもしれない。私はその図書館の地下までやってきていた。地上と違い空気の入れ替えがほとんどない所為か妙に埃っぽい場所だ。人の気配なんてほとんどしない。数人姿が見えるのは例外なく先輩達で、多分人が来ないからこそこの場所にいるのだろう。とにかく、私はその地下の本棚の一角で途方に暮れていた。踏み台を使っても、一番上の段まで手が届かないのだ。そこまでどうにかして読みたいと思っている本ではないのだけれど、好奇心に突き動かされやすいのは昔から変わってないと言うべきか、どうにもあきらめきれず、私はしばらく本棚の前に立ち尽くしていた。
「どの本が取りたいんだ?」
その時、すぐ後ろで声がした。振り向くとオベリスク・ブルーの白い上着を着た先輩が立っていた。面識がなくてもその名前は分かる。
「丸藤先輩」
カイザーの名を欲しい侭にしている、丸藤亮その人だった。準くんがLPを少しも減らせないまま敗北した相手。その強さから怖い人なのだろうかと思っていたけれど、はっきり言って準くんよりもはるかに穏やかそうな顔の人で、声の調子を聞いてみても多分性格も予想通りなのだろうと思わせる優しい人だった。
「あの、一番上のあの本なんですけど」
まさかそんな有名人に声を掛けられるとは思いもしなかった。折角声を掛けてもらったのだしと厚意に甘えることにする。
私が指さしたのは『カードゲームに秘められた歴史』という本だった。昔似たような内容の絵本を父に読んでもらったことがあった。遥か昔、古代のエジプトでは石板に魔物を封印しその力を操っていたのだと言う。そしてM&Wはその流れを汲んでいる、という、まあ、言ってしまえば所謂トンデモ本なのだけれど。
「わかった。代わってくれ」
「はい」
丸藤先輩は私の代りに踏み台に上ると、簡単にそれを取ってくれた。大事に受け取って頭を下げる。
「ありがとうございます」
「珍しいな、君は一年生だろう?ここにはマイナーな本しかないんだが」
「えと、ちょっとこの本だけ読みたくて。たまたまです」
別に勉強家でもなんでもない。丸藤先輩がここにいるのはきっと勉強絡みか、もしくは大変な読書家だったりするからだろうと勝手に見当をつける。
「この少し奥に、もう少し高い踏み台がある。また来るつもりならそれを使えばいい」
「はい」
重いから気をつけるようにと言われて、私はもう一度頭を下げた。さらに丁寧にお礼を言って丸藤先輩と別れる。準くんも落ち着いていて背が高い方だと思っていたけれど、丸藤先輩はもっと大人な印象を受けた。あれが先輩の貫禄ってやつなのだろう。いつか準くんもあんな風になるのかなと想像すると、もしかしたら直視できなくなるかも、なんて思った。今よりかっこいいならともかく、もし昔みたいに笑うようになったら……私、何をしてしまうか分からないかも。何かをしないでいる自信はない。
「……歩くん?変な顔してるけど大丈夫かい?」
声を掛けられてハッとした。地下から貸出ロビーのある一階まで戻ってきていたのだ。少し顔をあげると、三沢くんが微妙な表情で立っていた。声を掛けるか掛けまいか迷って、一応掛けてみることにしたけどやっぱり掛けないほうが良かったかもしれない、とか、そういう感じの顔で。
「あ、はは、うん、ごめん、ちょっと考え事をね」
取り繕うように笑ってみたけれど、くだらない事だと言うことは彼にも分かるはずだ。それでも三沢くんはくすりと笑った。
「三沢くん、勉強でもするの?」
「いや、あえて言うなら終わったところさ。参考書代わりに借りてた本を返したところでね」
「そっか」
「そういう歩くんは?」
三沢くんは私の手の中にある本に目を落とした。私はまあ、趣味の類かな、と言葉を濁した。本当に、ふと気になってパソコンから昔読んでもらった絵本がないか探したのだ。結果、絵本はなかったのだけれど、この本が検索結果として出てきた。だから、本があるならと来ただけだ。
「へえ、歩くんはそういうのが好きなのかい?」
「んー……好きと言えば、好きなのかな」
カードの精霊って、もしかして古代エジプトの魔物なんじゃないだろうかと、少しくらいは考えているのもある。絵本は魔物と精霊と言う言葉を使っていたけれど本質的には同じものだろう。もしかしたらこの本に私がそれを見ることのできる理由が書いてあるかも知れない。例え知ったところでどうにかなるわけでもないけれど、私は何か、非日常的なことに対して憧れを抱いているのだ。そうじゃなければ、こんな風に首を突っ込むこともない。
借りて来るね、と三沢くんに断って受付カウンターまで行く。手続きを済ませて、同じくもう図書館に用はないと言う三沢くんと一緒にそこを後にした。一歩出れば声を極端に絞る必要もない。私たちはそのまま廊下を歩きながら話を続けた。
「そう言えば、万丈目とは随分近くなったらしいじゃないか」
「ひえ」
急に彼の話が飛び出して、変な声を出してしまった。
「な、なぜ」
「ちらほらと話を聞くよ」
ウインクつきで笑まれて、私は赤くなる頬を手の甲で冷やした。大した効果はないし、ほとんど自分の気を落ち着かせるためだけの動作だ。
良く考えれば当然だ。私たちは高校生で、多感な時期で、青春真っ盛りのお年頃な若者なのだ。そんな集団がこんなところで閉鎖的に過ごして決闘漬けの日々を送っているのだから自然と話題も限られてくる。色恋沙汰なんて特にターゲットとして選ばれやすい。
「君がどうやってあの万丈目を落としたのか、みんな興味津々さ」
「お、おとした?」
「違うのかい?難攻不落の城を崩したって、一部ではすごく注目されてるみたいだけど」
三沢くんの言葉に私は首を横に振りまわした。
「ち、違うよ。私たち、昔、その、友達だったの。私が引越して離れちゃったんだけど」
「ここで再会したってわけか」
「うん。ここにきてから、ずっと怖い顔だったから話しかけにくかったんだけど、最近やっと話せるようになったの」
ふぅん、と、三沢くんは興味深そうな眼をした。どうやって知り合ったんだい、と聞かれて、私は
「私が準君の家に忍び込んだんだ」
「え?」
素直に答えると、三沢くんがギョッとした顔をした。
「どうしてそんなことを?」
「万丈目くんの家って、すごく大きくて。そのお屋敷が、お城みたいで素敵だなって思ったの。門からじゃ遠くて……。近くで見てみたかったんだ」
「……君は大した兵士だよ」
呆れ半分、驚き半分で肩を竦められた。そうかなあ、と私は思う。
「まあでも隠れるつもりもなかったし、敷地も広いし、そんな風に潜り込んだらすぐ見つかっちゃうよね。あっちからしたら見ず知らずの、どう見ても一般家庭の子どもがいるんだから驚いただろうけど。子どもだったからか、その時は許してもらえたの。迷子だと思われたのかもしれないけど……たまたま私を見つけたのが準くんだったんだ。それで、少し話をして……」
準くんに見つけてもらったことは本当に幸運なことだったと思う。大人だったら叩き出されていたかもしれない。勿論人の家の敷地に勝手に入って行った私が悪いのだけど、そうなっていたら準くんと知り合うこともなかった。
「お家が見たかったのって言ったら、準くんが私を案内してくれてね。名前も家の電話番号も言えたし、お手伝いの人がまあ身元確認してくれたと言うか……。私の母親が来るまでは自由にさせてもらったの。迎えに来た母親にはこれ以上ない位怒られたけどね」
母親の怒りようはすさまじかった。今思えば無理もない事だとは思うけれど、当時の私には数日間うなされる位のインパクトがあった。元々、挨拶はきちんとしなさいとか、そういう礼儀には厳しい母なのだ。
「それで、私たちはまた遊ぼうねって約束したんだけど、私の方は親が怖くて行けなくって。そうしたら、準くんの家から電話があったの」
「呼ばれたのかい?家に?」
「うん」
「余程仲良くなったんだな」
オレには想像もつかないよ、と感嘆のため息を交えながら三沢くんは笑った。
「うーん、どうだろう?私が好奇心でいろんなことを根掘り葉掘り聞き倒した記憶しかないよ……」
思い起こせば人の家に侵入した身でありながら、かなり態度が悪かった。あれっきりならともかく、よくあちらのご両親が私を家に呼ぶのを許したものだと思う。
敷地に入って準くんに見つかった私は何の臆面もなく自己紹介をした。何をしてるの、とかどうしてここにいるの、と聞かれたから、私は思ったことを素直に口にした。そしてお城にも見えたお屋敷に住む人がどんな風に暮らしているのかを聞いたのだ。今なら真っ青になりそうなくらい聞き方も悪かった気がする。準くんは確かにその時戸惑っていた顔をしていたけれど、すぐにはにかんだように笑って質問に答えてくれた。そしてお手伝いの人の了承も取って、家の中まで案内してくれたのだ。破格の対応だった。無神経にいろんなことを尋ね回った私を、どう転んで気に入ってもらえたのかは甚だ疑問だ。
御転婆だったんだな、と笑われて、私は頭をかいた。
「いやぁ、ただのバカな子どもだったと思うよ……」
「万丈目には新鮮だったんだろうさ」
「素敵なフォローありがとう三沢くん」
笑みがこぼれた。三沢くんはさらりと、本心だよと返してくれた。ううん、とても紳士だ。
そう思った瞬間、三沢くんが表情を改めた。
「歩くん、これはオレの杞憂だと良いんだが……」
「なに?」
「君たちのことが一部で好きな風に言われてるって言ったろ。この学園はミス・アカデミアとか、とかくそういう方向の話題には目がないのは君も知る通りだ。それで――」
「いたぞ!」
三沢くんの声にかぶさるように、大きな声が響いた。吃驚して声のした方を見ると、イエローの上着を着た、先輩だろう男の人が二人立っていた。こっちを指さしているけれど、いったい何なのだろうと辺りを見回している間にあっという間に囲まれてしまった。
「かの珍しいオシリス・レッド女子の小鳥遊歩さんで間違いないね?」
「はあ」
「僕たち、学園のホームページ内でニュースブログやってるんだけどね、君と万丈目準の関係についてインタビューしたいんだ」
きらきらと顔を輝かせて先輩達は私に目を向ける。私は少したじろぎつつ、両掌を見せてけん制した。
「あの、インタビューと言われても、友達と言うだけでわざわざニュースに取り上げられるような話なんてありませんけど……」
答えると、
「いいや!そんなことはないはずだ!君たちが一緒にいたという目撃情報の多さを自覚してないはずはないよね?あの万丈目準がしょっちゅう特定の生徒、しかも相手はオシリス・レッド!女子!!と一緒にいるなんて、友達以上の何かがあるって思うのが普通さ!」
勢いの増した先輩に素気無く否定されてしまった。何故当事者の私が言うことを第三者に根拠なく――いや、先輩たちからすればあの言い分は十分な根拠なんだろうけど――否定されなければならないんだろう。少し不愉快に思ったのが顔に出ていたのかもしれない。三沢くんが私の前に立ってくれた。
「本人がそう言ってるじゃないですか。それにそんなことまで首を突っ込むのはプライバシーの点においてどうかと思います」
三沢くんの言葉に、先輩たちは彼に向き直った。
「確かに一生徒の人間関係にまで首を突っ込むことはない。しかしそれがあの万丈目準となれば話は別だ。丸藤亮、天上院吹雪、ミス・アカデミアを争った小日向星華をはじめ、学園内における有名人は注目の的なのさ。万丈目準も勿論その中に入っている」
「……なら、彼に聞けばいい事です。歩くんは一般生徒のはずです」
三沢くんは毅然とした態度でそう言ってくれる。別に私は、隠していることなんてない。聞かれたら正直に答えるだけだ。でも、どうも三沢くんを見る限りそれではすまないような雰囲気だ。学園中が驚きで震えるほどのものを記事にしたいのかもしれない。準くんが十代に負けた時のような。
先輩たちは三沢くんの言葉に顔をしかめた。
「それが、彼に聞いても全く相手にしてくれなくてね。仕方がないから小鳥遊さんの方に話を聞きに来たってわけさ」
「だからと言って――」
「キサマらいい加減にしろ!」
先輩達が現れた時よりもはるかに大きくて厳しい声が響いた。自分が怒られたわけではないのに、ひ、と身をすくめてしまった程。
先輩達が声のした方に振り返る。その向こうに、酷く険しい顔で準くんが立っていた。……今まで見たことのない位怖い顔だった。そのまま準くんがこっちに向かって歩いてくる。そして三沢くんと同じように、私と先輩たちの間に割って入ってくれた。
「くだらんことにオレ達を巻き込むな」
「君が答えてくれないからだよ」
「オレが友人といるのが、そんなにおかしいか」
誰が見ても苛立っていると分かる。先輩たちはそんな態度にも慣れているのか、全く気にした風はなかった。
「だからね、とてもそんな間柄には見えな」
「そう言う邪推が、くだらない、くどいと言っているだろ!」
今にもとびかかりそうな姿に私はいつ止めるべきか気が気じゃなかった。三沢くんも随分と荒れている準くんに驚きつつ、同じ気持ちのようだし。ここまで怒っているなんてただ事ではない。かなりしつこく付きまとわれたんだろう。
「そう言うかたくなな態度が、我々からすると怪しいんだよ」
少し含みのある笑みにあまりいい気持ちはしない。
「なら、オレと決闘して、勝てば好きなようにしろ。ただしキサマらが負けたら金輪際オレとコイツには付きまとうな」
「おっとそうはいかないな。君は仮にもジュニアチャンプだ。それこそ一生徒にすぎない我々ではあまりにも勝ち目がない」
「だから、小鳥遊さん。君が相手になるなら、その条件をのんで決闘しよう」
急に振られて、私はすぐに対応できなかった。
「わ、私?ですか?」
「ああ。僕たち、と言っても、勿論闘るのはシングルでだ。君たちの関係について書きたいと思ったのは僕だから、僕と決闘だ」
「歩、こんなやつに付き合うことはない」
「……いや、ここで勝っておけば、万丈目も助かるんじゃないか」
三沢くんの言葉に、準くんが何を言うのか、とでもいいたそうに彼を睨みつけた。三沢くんはそれを気にもせずに私の方を見た。決めるのは私だ、とその顔は語っていた。
「約束は守る」
その奥で先輩が言った。間違いなく私になら勝てると、そんな笑みを浮かべて。
「やります」
私が了承すると、先輩たちの笑みが一層濃くなった。いい気分ではないけれど、負けるつもりはない。約束は守ってくれるはずだ。なら、何も渋ることはない。
「……歩」
「負けられないな、歩くん」
準くんと三沢くんが、それぞれ反対の表情を浮かべるのが何だか可笑しくて、私は思わず笑ってしまった。だって、いつも不敵に笑っているのは準くんの方なのに。今はむすっとしているけれど、よく見ると、何となく不安そうな表情に見えてくるのだ。
「私、負けるつもりなんてないから」
こそ、と彼の耳元でささやくと、ようやく彼はため息ながらも折れてくれた。
決闘場へと場を移す。ほとんど人の気配はなく、フィールドの側に三沢くん、準くんが立っていた。あとは物珍しそうなギャラリーが観客席にまばらに見えるだけだ。さっきの廊下でのやり取りは随分と派手だったから、これから人が増えるかもしれない。
「準備は良いかい?LPは4000からだ」
「はい」
決闘盤にデッキをセットする。借りた本は三沢くんに預けた。――デッキ調整をしてから、実質初めての決闘になる。授業で指定されたデッキを使っての決闘は何度かやったけれど、怪我をしたのもあって、自分自身で作り上げたデッキで戦うのはしばらくぶりだ。
緊張をごまかすために震える息で深呼吸をした。誰かの為に決闘をするのは、初めてだ。
「決闘!」
デッキに指を掛け、五枚ドローする。
「先行は君に譲るよ」
「……私のターン、ドロー!」
手札五枚に加え、六枚目が手の中に入る。モンスターばかりでも、罠・魔法ばかりでもなく、バランス的にみて不安要素はない。
「私はカードを一枚裏守備表示でセット!さらにカードを一枚伏せてターンエンド」
どくどくと心臓が脈打つのが分かる。確かに緊張しているけれど、決して不安からじゃない。これは、期待だ。これから自分がどんな決闘が出来るのか。今、私はわくわくしている。
「僕のターン、ドロー!……僕もカードを一枚裏守備表示でセット、そしてもう一枚、カードを伏せてターンエンドだ」
すぐに攻撃が来なかったのは幸いだった。そして先輩が笑みを浮かべていることも、私に対しては終始有利な決闘が出来ると言う思いの表れであることが見て取れる。それはある意味で攻撃のチャンスでもあるのだ。相手が油断をしているならその隙を突くことが出来る。
「私のターン、ドロー!」
新たに手札に加わったカードを合わせて考える。まだ攻撃手段が乏しい。壁用のモンスターもまだ来ない。
「私は裏守備で更にもう一枚カードをセット。ターンエンド」
「おいおい、手札事故でも起こしてるのかい?」
くすりと先輩が笑う。多分向こうは既に攻撃の準備が整っているのかもしれない。さっき様子見とばかりにカードを伏せるだけで終わったのは私に対して警戒心がないと言うことだろうか。
「僕のターン、ドロー」
先輩の笑みが濃くなり、その指が鳴った。
「どうやら今日、僕は最高にツイてるらしい。僕はモンスターを反転召喚!連弾の魔術師!このカードは表側表示で存在する限り、自分が通常魔法を発動するたびに、相手ライフに400ポイントダメージを与えることが出来る。更にもう一体連弾の魔術師を攻撃表示で通常召喚!そして伏せカードオープン!永続魔法、悪夢の拷問部屋!相手ライフに戦闘ダメージ以外のダメージを与える度に、相手ライフに300ポイントダメージを与える。そして、手札から魔法カード、デス・メテオを発動!君のLPに1000ポイントのダメージを与えることが出来る!悪夢の拷問部屋と連弾の魔術師二体の効果により、合計で3000のダメージだ!」
「!う、っく……!」
三沢くんがフルバーンデッキか、とつぶやく声がかすかにする。実際に痛みを感じるわけではないけれど風圧や衝撃はくるからそれになんとか耐えた。いきなりLPが半分以上減らされてしまった。でも、まだ手がないわけじゃない。
「さあバトルだ!攻撃力1600の連弾の魔術師で裏守備モンスターをそれぞれ攻撃する!」
「くっ……私のカードは因幡之白兎と竜宮之姫……ッ」
現れたカードに、良いカードだ、と先輩が笑う。
「因幡之白兎は攻撃力700……とはいえ、スピリットモンスターは表側になったターンのエンドフェイズ時に手札に戻る上、因幡之白兎の場合プレイヤーへの直接攻撃が可能というのは厄介だ」
「因幡之白兎の守備力は500で墓地へ。竜宮之姫も守備力は100……。破壊された時、竜宮之姫の効果が発動します。このカードは召喚、あるいはリバース時に相手のモンスターの表示形式を変更できます。連弾の魔術師を選択、守備表示に変更」
「ターンエンドだ」
「……私のターン、ドロー!」
ひいたカードを確認する。相手の伏せカードはない。――行ける。
「私は墓地の因幡之白兎をゲームから除外することで、手札から大和神を特殊召喚します!そしてさらに手札からスピリットモンスター一体を除外することで、手札から伊弉凪を特殊召喚!私が手札から除外するのは砂塵の悪霊!」
「!上級モンスターが二体……ッ!」
先輩の顔色が変わった。それでもこの二体だけじゃ、先輩のLPを削り切れない。
「さらに私はまだ通常召喚をしていません。阿修羅を攻撃表示で召喚!阿修羅は相手フィールド上の全てのモンスターに1回ずつ攻撃する事ができるッ!!」
「なんだと!?」
「バトル!攻撃力1700の阿修羅で攻撃力1600、守備力1200の連弾の魔術師をそれぞれ攻撃!そして攻撃力2200の伊弉凪と大和神でダイレクトアタック!」
「うわああああ!」
勢いに押されて先輩が尻もちをついた。連弾の魔術師との差分のダメージを合わせて、合計で4500のダメージだ。……手札に団結の力もきていたから阿修羅に装備すればもっとダメージを増やすことも出来たのだけど、その必要はないだろう。
浅く息をついて三沢くんと準くんの方へ駆け寄る。余程私が嬉しそうな顔をしていたんだろう、二人の顔も緩んでいた。
「三沢くん、手!」
片手をあげると、彼も手をあげる。その手めがけて、私は自分の掌を叩きつけた。パァン!と景気の良い音がして、
「勝ったよ!」
思い切り、笑った。
「すごいじゃないか。おめでとう、歩くん」
「ありがとう!嬉しい!」
決闘で勝ったのは本当に久しぶりだ。今日は引きの悪さも何処かへ行ってしまったらしい。だって、そんなことよりも、ドキドキとワクワク、緊張と期待と、不安もちょっとあったけれど、そういうものでいっぱいになっていて――とても楽しかった。前までは不安で仕方がなかったのに。
私が準くんに向き直ると、準くんは組んでいた腕を解いた。その手を握る。両手で握手するような形になって、それを小刻みに揺らす。
「ね、勝ったよ」
「……ああ。ちゃんと見ていた」
きっと私の嬉しそうな顔につられたんだろう、準くんの顔にも笑みが広がっていた。分かりづらかったけれど、とても優しい表情だった。
「やれやれ、参ったな」
ため息が聞こえて、見ると、先輩がこちらまで歩いてきていた。
「あのまま押せると思ったのに、最初からLPを削りに行くべきだった」
「残念でしたね。私も自分で驚きましたけど……勝ちは勝ちです!」
笑うと、先輩はため息交じりに笑った。
「まあ、約束は約束だからね。君たちについてのインタビューは諦めることにするよ」
肩をすくめる先輩に、そうしてくださいと頷いた。
「我々にしては珍しい恋愛記事に出来たのに、本当に残念です」
もう一人の先輩もそういいながら、ちぇー、と唇を尖らせている。いや、だから恋愛じゃないんですけど。
決闘場から出ていく先輩たちを見送ってから、さっきよりもわずかにギャラリーが増えていることに気付いた。その中に柚月が見えて、手を振る。柚月も笑顔で振り返してくれた。
「歩、今日は赤飯ね!」
「柚月が作ってくれるなら食べるー!」
冗談を飛ばして、準くんに向き直った。
「これでこれからは平和に過ごせるよね」
「フン、今度またくることがあったらその時はオレが叩き潰す」
「……二人とも、今回はおつかれさま」
三沢くんが苦笑する。彼に持ってもらっていた本を受け取ってなし崩しのように別れて、準くんの後をついていく形になって決闘場を後にした。振り向いて三沢くんに手を振った時、がんばれよ、とばかりにウインク付きのガッツポーズをもらったのは私しか知らない。……三沢くんには好きな人が誰かは言えなかったはずだけど、この様子だと完全にばれているだろうなァ。
黙ったままの準くんの後を歩いて行くと、彼はいきなりこっちを振り向いた。そして
「歩、どれがいい」
「なにが?」
彼が指を挿した先には、自販機が。確かオベリスク・ブルーの生徒なら使用できるヤツだったような気がする。私は少し迷ってから、茶葉三倍、と書かれたホットミルクティーを選んだ。彼がそのボタンを押すと容器が落ちて中身を注入する音がする。少しして出てきたそれを渡されて、私はそれと彼を交互に見た。
「祝勝だ」
彼の目が細められる。私はバカみたいにぼうっと彼を見た後、ありがとう、と言ってから口をつけた。とても美味しい。まずレッド生には手が届かないような味……の、ような気がする。
「……でもなんか申し訳ないなぁ」
「?」
「だって今日の決闘に勝てたら、今までお世話になった分をちょっとでも返せる気がしたの。なのにお祝いしてもらうなんて……私ばっかりよくしてもらってるからさ」
「なんだ、そんなことか」
準くんは腕を汲んで壁にもたれかかった。そこからは学園の外の景色がよく見える。
「オマエは気にしなくていい。オレが勝手にやっていることだ」
「そう言われてもね、私の気が済まないんだもん」
「今日のその紅茶は、オマエがブルーに来ていれば何でもないことだっただろ」
おかしそうに準くんの顔がゆがむ。そうだけど、と言いながら私は紅茶の味を堪能した。
「それに、礼と言うならもうその約束はしたはずだ」
「そうなんだけどさぁ、もっとこう、尽くしたいと言うか……」
唸ると、準くんはその必要はないと断った。必要以上に何かされることを嫌いそうなタイプではあるから、分かるんだけど。
「……そのままで十分だ」
「え?」
「なんでもない」
つぶやかれた言葉の意味が酌めなかったけど準くんの口元が笑んでいたから、私もそれ以上何か言うのはやめた。
後日ニュースブログを見ると『愛があれば引きの悪さなんて』となんだか微妙なタイトルで決闘の記事がアップされていて、私たちは顔をしかめることになる。確かに私たちが恋人だ、なんて嘘は書かれていないのだけど……それにしても『レッド小鳥遊がブルー万丈目のために勝利をもぎ取った。愛は不可能を可能にする』なんて、ちょっと失礼なんじゃないのかな!
2010/06/22 : UP