錯綜バイオレット

14: 錯綜バイオレット

 中間テストが迫っていた。前回の調子はすこぶる良くて、筆記は言わずもがな。実技も申し分なかったと思う。このままいけば総合成績は上がっていく……はずだった。
 痛めた足も回復した。体調も全く問題ない。なのに、倒れた。
 体育や他の授業の時は何ともないのに、決闘の実技授業、それも集中してドローするたびに心臓に何かが刺さったような強い痛みが走る。
 初めは我慢できた。でもしばらくして決闘が終わった後に心臓に痛みが走って倒れた。その後もドローの度に発作のような苦しさに襲われ、酷い時にはドロー直後に意識を失った。
 鮎川先生に何度も診てもらった。でも原因は分からないままだった。精神的な問題かと言われたけれど、どう考えてもそんなはずはないし、そう答えた。先生もそうよね、と首をひねった。デッキ調整をする時や時間つぶしに決闘盤なしでやる気軽な決闘では全く異常もない。
 どうにも出来ない原因不明の症状に僅かに苛立ちすら覚えていた。
 それも今はため息に変わる。
 揮わない成績に度重なる失神。訝ったのか心配からなのか響先生に呼び出されたのが一週間前。先生の部屋には何故か十代もいて、二人とも険しい表情で迎えてくれた。
 私とよく似た症状の人を知っている、と響先生は言っていた。そして今は意識不明になって目を覚ます気配はないのだと。
、最近変な決闘を受けなかったか」
「変な決闘って……あの、闇の決闘とかいう……?」
 真剣な顔で訊いてくる十代に呟くようにそう返すと、二人の顔色が変わった。知っているのかと詰め寄られ、何とか頷く。あの嫌な感じのする決闘のことでしょう、準くんとラブくんがしていた。そう言うと神妙そうに十代が頷いた。
「でも、そんなの受けた覚え、ないよ?」
「……」
 十代と響先生は顔を見合わせて、それからおもむろに口を開いた。
小鳥遊さん、しばらくは決闘を……『本気の決闘』を控えて欲しいの」
 響先生らしかぬ言葉に私が驚いたのは言うまでもない。響先生に限らず、このデュエル・アカデミアでそんなことを堂々と言い放つ人なんて先生に限らず生徒だって一人もいないはずなのだ。決闘に本気を出さないなんてどんな校則違反よりも許されないことじゃないのだろうか。大体、それならなぜここに入学したのか、と言う話だ。
「成績は考慮するわ。今度のテストも……本気で出来ないのが耐えられないと言うのなら、欠席したほうがいい」
「……っでも、それってズル休みじゃないですか。私はともかく、成績は考慮するって言われても響先生に迷惑がかかるようなら嫌です。それに、いつの間にか治ってるかもしれないですし」
「それは期待しないほうがいいだろうな」
 厳しい十代の声は少し落ち込んでいるようにも聞こえた。
 二人が私を心配してくれているのは分かる。多分誰が見ても。けれどその口から洩れてくる言葉にうなずくわけにはいかなかった。
 じゃぁ、私は何のためにここにいるのか?
 散々言い合った結果、響先生は校長に直談判するとまで言いだした。脳波やら脈拍やらを測るために身体中至る所にコードを繋いで十代と決闘。あんな見た目にも物騒な決闘はあれっきりがいい。
 鮎川先生と学校の最新医療設備のかいもあってか、平常時には見られない異常がドローの後に見つかったと知らされたのは数時間後。その時だけ脳と鼓動に異常が見られたと。原因がはっきりしない上ドローと異常の因果関係が分からない以上『本気の決闘』を制限できないとは言われたものの、校長や鮎川先生からは概ね響先生と同じ判断が下された。こうなっては私は従うしかない。
 デュエル・アカデミア生徒でありながら決闘が出来ない身体になる。否、出来るけれどそれを控えるように言われ、そして私自身ドローするのが怖くなっていた。再起不能、ではないだろうけれどこれでは決闘者として致命的だ。
 最悪のところ退学処分になるのを免れたのは、ひとえに校長の恩情だった。原因が分からないと言うのなら今後の為にも究明すべきであるし、若い生徒から未来や夢を奪うようなことがあってはならないと。それでも長ければ留年の可能性はあると言われたけれど、それでよかった。すぐに追い出されるよりはるかにましだ。
 牙を抜かれた獣。今はただひたすらそんな気分だった。
 他の生徒を不安にさせるわけにはいかないからこのことは秘密にするようにと緘口令が敷かれたから、気軽にぐちぐち言えるわけもない。変に心配はかけられないから、柚月にも準くんにも、他のみんなにも言わなかった。だから事情を知っているらしい十代の存在はありがたかった。
!調子はどうだよ」
 ちょくちょくと気にかけてくれる十代に目を丸くすると、十代は少しはにかんで、いつ私が倒れてしまうか不安でさ、とこぼしてくれた。自分のことのように、あるいはそれ以上にあれこれと心配してくれるのにはワケがあった。響先生が言っていた私と似た症状で意識不明になっている人は、十代の大切な人でもあったそうだ。あんな思いはもうしたくないから、と。
「決闘らしい決闘が出来ない以外は良好だよ。寧ろいろいろ暴れたいくらいで」
「……早くスランプから抜けられると良いな」
 私の身体に起こっている『何か』は人前ではスランプ、と言うことになっている。こういう暗号めいたやり取りは好きだけれど、あまりいい意味ではないから使いたくもない。
「頑張るよ。退学なんて洒落になんないもん」
「だよな。オレもに勉強教えてもらえなくなるのはヤだし」
「十代、理由が不純ー」
 何とか元気づけようとしてくれているのをひしひしと感じる。嬉しくて軽口に乗ると、お互い、何とか笑むことが出来た。本当に、十代の存在には助かっている。
「アニキー!!」
 廊下の向こうから翔くんの声がして、見るとやっぱり翔くんがこっちに向かって走って来ているところだった。
「あ、ちゃんも一緒だ」
「どしたの、翔くん」
 いつになく興奮している翔くんに、十代も何事かと首をかしげている。翔くんは私たちの前で立ち止まると、息を整えながらもあのね、と切り出した。
「電光掲示板、もう見た?」
「ううん……まだだけど」
「何かあったのか?」
 首をかしげつつ翔くんに尋ねると、翔くんは一度大きく深呼吸をして
「今日の実技授業の対戦カード……ちゃんと万丈目くんだよッ!」
 やはり大きな声で知らされたそれに、私と十代は息をのんでいた。
 ――ドローに痛みが伴い始めてから落ちた成績。オベリスク・ブルーとの合同授業もあったから、私が負け続きだと言うことは彼も知っているかもしれない。
 急いで掲示板へ向かう。翔くんから聞いた通りそこには私と準くんが対戦する旨が表示されていた。その下に、本人もいて。彼は私を認めると、厳しい顔つきをして私を睨みつけた。僅かに怒りが滲みでているのが目に見えて分かるような表情だった。それなのに何処かその眼は冷たくて。
「……、今負けを認めて決闘を投げるなら、オレはあえて何も言わないでおこう」
 静かな声は、今は僅かに震えて聞こえた。
「……どう言う意味?どうせ負けるんだから時間の無駄だって?」
 棘のある言い方に反応すると、準くんは私の言葉を即座に否定した。
「誰だろうと相手になる。だがそれはオレの前に立つのが決闘者だった時の話だ。今オマエは自分を決闘者だと胸を張って言えるか?……オレの前に立つ以上、腑抜けた姿は見せるなよ。オレは、決闘をする気のないやつに付き合ってやるほど酔狂じゃない」
 彼の声はどこまでも冷ややかで、私の口をつぐませるには十分だった。
「決闘に集中できないほど他のこと心を奪われている今のオマエは、この場に相応しくない。決闘するよりやりたいことがあると言うのならここをやめて出て行ったらどうだ?ここは単なる遊びでカードゲームをする場所じゃないぜ」
「万丈目、これにはちゃんとワケが」
「いいよ十代」
 十代も翔くんも、それぞれが何か言いたそうに私を見る。私は二人の顔を準に見て、それから準くんに向き直った。やっぱり彼にはばれていた。成績を落としているは私の力不足のせいではないと。
「私、そこまで言われて引きさがれるほど大人しくないよ」
!」
「闘う前から負けを認めるつもりも、決闘中に降参するつもりもない。私にだってプライドがあるわ」
 十代の制止を振り切って言いきると、準くんは黙って私の言葉を聞いた後、静かに目を伏せて歩いて行った。
「おい、、オマエ……」
「ねェ十代。ひとつ訊くけど」
 彼の背中が消えるより先に十代を振り返ると、十代は言いたいことがあるだろうにそれを飲み込んで、何だよ、と先を促してくれた。
「胸を張って決闘一筋だって言えるような人間じゃないけど、私だって決闘者のはしくれだよ。あそこまで言われて本気を出さないほうがどうかしてる。違う?」
 翔くんが不思議そうに見てくる。私は決闘盤持ってくるから、と二人に背を向けた。
「あ、待てって」
 後ろで十代が追いかけてくる。翔くんには先に決闘場へ行くように言って。
「なぁ、オレ、オマエにまで倒れて欲しくねェよ」
「ありがと。でも今日一回本気でやってみて、そのまま意識不明になるかは分からないじゃない?それに案外もう何ともないかもしれないし」
 何でもないことのように振る舞っても十代は乗ってこなかった。彼の心配事が何かを考えればそれも当然だ。
 直に授業が始まる。廊下に人通りはほとんどない。
「十代、あなたの知っている人がそんな風になるまで決闘し続けていたのは、その人が決闘者だってことを誇りに思ってたからでしょ?だからきっと後悔はしなかったと思うよ。……私も後悔したくないの。準くん相手に真剣さを欠くなんて心臓が止まるより嫌だよ」
 彼の前で、彼に対してふざけているなんて考えられない。十代や響先生は怒るか、泣くかもしれない。もしそうなっても今日、彼と決闘する瞬間を逃すつもりはなかった。きっと先生たちには迷惑をかける。でも、これだけは押し通したかった。
「約束してくれる?絶対、何があっても、私がどうなっても、決闘が終わるまで邪魔しないで」
 一方的な言葉に、十代は迷いに迷って押し黙り、けれどついには頷いてくれた。そこでようやく私の目元から力が抜ける。……顔が強張っていたのに気づかないくらい、必死になっていた。
「……。やるからには、楽しんでこいよ」
「勿論だよ。だから見ててね」
 軽くガッツポーズを決めた私を見る十代の顔は、笑っているのに険しくてくしゃくしゃで、私はそれには気付かないふりをしていつも通り笑って見せた。
 決闘者じゃないと言われたことよりも、準くんにあんな風に……ここから去れと、言われたことの方が辛い。プライド、という言葉を口にしたけれど、それすら本当はどうだって良かった。決闘が、ドローが怖くなってどんな決闘も夢中になるのをやめた時点で私の決闘者としてのプライドなんて知れている。
 彼の言葉にムキになったのは、彼の言葉が真実正しすぎて私が反論する余地など残されてはいなかったからだ。ただ彼を相手に、本気で向かうしか。痛みを乗り越えて闘うことでしか、私は自分の想いを守ることが出来なかったからだ。



 決闘場には数多くの生徒の姿があった。実技授業で対戦があるときは寮は関係なく対戦者はランダムで選ばれる。その中で今決闘の舞台に立っているのは私と準くん、そしてクロノス教諭だけだ。
 LPは4000から。デッキとセット。読み込んだ決闘盤が合図とばかりに開く。
「本気で来い、
「当然」
「それでは、本日の実技授業を始めるノーネ。セニョール万丈目vsセニョーラ小鳥遊、前へ!」
 そして、クロノス教諭の右手が上がる。
「決闘!」
 声が重なって、僅かに風が吹いた。カードを五枚ドローする。まだ痛みはない。けれど彼のデッキ内容を考えて一回一回のドローが命運を分けるには違いない。
「先攻は譲ってやる」
「……私のターン、ドロー!」
 刺すような痛みが走った。我慢できない痛みじゃない。奥歯を噛みしめて何とかやり過ごす。まだ、最初のターンだ。こんな所で準くんに異変を感づかれるわけにはいかない。
「私はモンスターをセット。さらにカードを二枚伏せてターンエンド」
「……。オレのターン、ドロー!」
 ドローが怖い。けれどそれ以上に今は準くんの言葉に必死になっている自分がいる。これまでの経験上、痛みはドローの数だけ増してくるだろう。それだけの価値が決闘にはあるのかと問われれば、私は答えに窮する。私にとって決闘そのものが特別な意味を持つわけじゃない。
 特別なのは、仮に命さえ削っても良いと思うのは、彼が相手だからだ!
「オレはランス・リンドブルムを召喚!伏せカードに攻撃だ!」
 ランス・リンドブルムの攻撃力は1800。対する私のカードは……
「磨破羅魏の守備力は1700……100のダメージを受ける」
「カードを二枚伏せターンエンド」
「私のターン。磨破羅魏の効果により私はドロー前にデッキの一番上のカードを一枚めくり、デッキの一番上か下に戻す」
 カードを引く。引いたのは金華猫……カードを、デッキの一番下に戻す。
「……ドロー!」
 心臓が圧迫するような感覚。私は引いたカードを手札に加える。
「私は雷帝神を召喚、雷帝神の攻撃力は2000。ランス・リンドブルムに攻撃」
「くっ……」
「このカードが相手プレイヤーに与える戦闘ダメージは半分になる」
 準くんのLPが100削られる。一進一退だけれどあっちの二枚の伏せカードはなんだろう。発動しなかったのはブラフだからか、それともブラフに見せかけたいからか。それとも?
「私は装備魔法・八汰鏡を発動し、雷帝神に装備する。これにより雷帝神のバウンス効果は発動しなくてもよくなる。……ターンエンド」
「……オレのターン、ドロー!オレは罠カード舞い降りる竜を発動、手札から鎧竜を特殊召喚!そして鎧竜を生贄にスチール・ドラグーン召喚!攻撃力2000のスチール・ドラグーンで雷帝神に攻撃する!」
「くっ……相殺……でも雷帝神に装備した八汰鏡により、装備モンスターが戦闘によって破壊される場合、代わりにこのカードを破壊する」
「カードを一枚伏せ、ターンエンドだ」
「私は雷帝神を手札に戻す。……私のターン、ドロー」
 重く、鈍く、鋭く、深く。ひたすら痛いとしか言えない痛みは私を地面に叩きつけようと必死だ。それに負けるわけにはいかない。この決闘、私が負けてはいけないのは自分自身の、このドローへの恐怖だ。
 ドローしたカードを手札に加えて、一度深呼吸をする。
「私は阿修羅を攻撃表示で召喚!」
 今ならダイレクトアタックが出来る、と思った瞬間、彼の場のリバースカードが開かれた。
「罠発動!墓地からの命綱!オレはLPを900払い墓地からスチール・ドラグーンとランス・リンドブルムを特殊召喚!」
「く、……ぅ……!」
 風圧が迫り、両手を顔の前でクロスして前屈みになる。けれど私のメインフェイズはまだ終わっていない!
「手札から竜宮之姫をゲームから除外することで伊弉凪を特殊召喚する!!
伊弉凪でランス・リンドブルムを攻撃する!」
 伊弉凪の攻撃力は2200。これで準くんのLPはさらに400減って2600。
「阿修羅はこのターン攻撃しない……。私はカードを一枚伏せる。そして伊弉凪の効果により……自分フィールド上に存在するスピリットモンスターはこのまま場に残る。ターンエンド」
「オレのターン、ドロー!」
 準くんのエースカードはもちろん光と闇の竜だ。召喚するには生贄を二体必要とする通常召喚しか方法がない。私もスピリットモンスターの多くは通常召喚のみでしか場に呼び出せないけれど、彼の場合生贄にするモンスターを特殊召喚で呼び出せるカードの種類が豊富だ。……とは言え、今光と闇の竜を呼んでも攻撃力が下がってしまうだけだ。多分ここぞと言うところじゃない限り召喚はないと見ていい。あるとすれば場を一掃するカードがあるときか。
 それでなくても彼が持つモンスターカードはどれも攻撃力が高い上に効果がついたものもある。出来ればそれを回避したいけれど……
「スチール・ドラグーンで阿修羅に攻撃!」
 攻撃力の差は300。LPが300削られた。残り3600。
「……カードを一枚伏せターンエンドだ」
「私のターン、ドロー!」
 ……痛みに、身体が前に倒れそうになる。それを一歩踏みしめることで何とか耐えた。
!」
 十代に声が聞こえて、私は思わず、牽制するように睨みつける形になった。でもそれを気にする余裕もない。
 彼の顔色が変わる。――気付かれた。
、オマエ」
「私は」
 彼の、決闘の時に見せる真剣な顔が揺らいだのを見て、私は声を振り絞った。
「ロビーで言った通り、降参なんてするつもりはないよ。……恋愛だろうと何だろうと……他のことに気持ちが浮ついてたなんて理由で決闘を疎かにしたことなんて一度もない!それを納得してもらうには、この決闘を最後までやり切るしかないもの。……馬鹿にされようと、決闘者として認めてもらえなくても、本当はそんなことどうだって良かった。でも……」
 あなたを好きだと言う気持ちを、他でもないあなたに否定されるのは辛かった。
「手札から……手札断殺を発動!お互いのプレイヤーは手札を2枚墓地へ送り、デッキからカードを2枚ドローする」
 ……二枚、ドロー。
「――~~ッ!」
 刹那、視界が白く染まった。少しの浮遊感の後、身体に痛みが走る。――倒れていた。でも、まだ大丈夫。また視界が、意識が戻ってくる。
「セニョーラ小鳥遊、」
「……ッ、止めないでください。大丈夫です、まだやれますからッ!!」
 クロノス教諭を制止して、私は立ちあがる。……踏ん張ってないと崩れてしまいそうだった。気合を入れ続ける、それを維持しなければならないのが驚くほど辛い。泣きたくなった。でも、泣くわけにはいかない。
 刺すようだ、と思っていた痛みは、今度はその鋭さを保ったまま殴打されているように感じるほど暴力的で理不尽だった。
 足が震えるのを止める力はもうない。
「私は……伊弉凪を生贄に……砂塵の悪霊、召喚ッ!!!」
 カードを確認して、動作を間違えないようにするのが精いっぱいだった。後のことなんて気にしてられない。自分の声すら遠い。
「このカードが召喚・リバースした時、フィールド上のこのカード以外の表側表示モンスターを全て破壊する……!そして、因幡之白兎を特殊召喚ッ」
 伏せカードに臆する時間もない。攻撃するしかない。どうせ砂塵の悪霊も因幡之白兎もエンドフェイズに手札に戻ってしまうのだ。
 けれど私の攻撃宣言よりも先に、彼の声が耳に届いた。私の声よりもずっとずっと力強く、はっきりと澄みわたるような。
「リバースカードオープン、魔法カード、竜の嗅覚!相手場上に2体以上のモンスターが存在する時手札からドラゴン1体を特殊召喚する……!来い、ダークエンド・ドラゴン!更にオレは罠カード、不死の竜を発動。墓地からライトエンド・ドラゴンを特殊召喚する」
 伏せカードも手札もない。ライトエンド、ダークエンドの攻撃力は2600。対する砂塵の悪霊は2200。どのみち破壊は出来ない。
 ここまでくれば挽回するのは難しい。なら、負けることが分かっていても引かない。引けない。

「……?」
 名を呼ばれ、朦朧としはじめた意識の中で準くんの姿だけがやけにはっきりと見えた。彼はまっすぐに私を見据えていて――
「来い」
「……私は!因幡之白兎の効果でプレイヤーに700のダイレクトアタック!さらに攻撃力2200の砂塵の悪霊でライトエンド・ドラゴンに攻撃するッ!!!!」
 りん、と澄み渡る鈴の音の様な声に、私はありったけの力で攻撃宣言を。
「ライトエンドの効果!攻・守力を500P下げることで砂塵の悪霊の攻・守力を1500P下げるッ!迎撃だ!」
 ――……何かが砕け散る。私の牙はこれで失われた。3600あったLPは今の戦闘で900削れ、2700になった。後は、これを0にまで削られるしかない。
「……ターン、エンド」
 それでも決闘が終わったわけじゃない。決着がつくまで、倒れるわけにはいかない。
「オレのターン、ドロー!」
 私の場はガラ空きだ。手は尽くした。出来ることはもう何もない。
「オレはライトエンドとダークエンドを生贄に捧げ、光と闇の竜、召喚」
 高らかに、準くんが宣言する。
「光と闇の竜でダイレクトアタック!シャイニング・ブレス!」
 ぶわ、と風に襲われた。光と闇の竜が放ったまばゆい光が私の胸を貫くのを見る。
「――……」
 ぐらつく意識の中、もう目を閉じているのか開いているのかも分からない。けれどその中で暖かくて優しい、確かなものに包まれた。それから、私の名を呼ぶ、大好きな声が。

2010/09/23 : UP

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